まあ、うちの犬の話なんですがね。
うちのバカ犬、ブン四郎が、徐々に認知症の症状が出てきた…ということは、秋口だったかのエントリで一度触れていると思うのだけれど、今や我が家は犬のために一家総動員態勢をとっている次第であります。
秋の3ヶ月の間にみるみるうちに年老いたブン四郎。
最近は専ら寝るか徘徊するかの二択でしかなく、徘徊するにしても、頭自体がぼけてきてしまっているから、とにかくクビを突っ込めそうな場所を見つけては突っ込んでいって、身動きが取れなくなっては鳴きわめく…という状況が続いているので、一月前からは居間の一部をマットレスで仕切り、ご覧のような犬用のスペースを作ることに。
このマットレスとて実は万能ではなく、マットレスの継ぎ目と継ぎ目は縫いつけてあるだけだから、ちょいとでも鼻っ柱を突っ込めそうな時は容赦なく突っ込んで穴を大きくするというオチが付いてくる。
徘徊するにしても、自分で好きなだけ歩けるのなら良いのだが、御歳15歳と半年生きているうちの犬、やはり急激に年老いたその余波はまず足腰に来るようで、後ろ足、特に右足はもう踏ん張りが効かなくなっていて、何かの拍子で倒れると、まず自分で起きあがれない。そのたびに悲しい鼻声で鳴くので、そのたびに立たせてやるという手順が必要になってくる。
それは犬が歩いている時はほぼ毎分のように転ぶから、そのたびに立たせてやらなければならないので、犬が起きている間は、誰かしらそばについていてやらねばならない。でなければ、余計悲しい声で吠え出すのだ。
そして、これもおそらくは老化の一種なのか、なかなか熟睡することがなく、2~3時間寝ては覚醒することの繰り返し。
これが元気な頃は、昼間は駆け回って夜は寝る…というサイクルが出来上がっていたのだが、今のブン四郎には昼も夜も関係なく、起きたら出す、あるいは歩くという状況だから、家族交替で一晩寝ずの番をしているという状況。寝ずの番と言っても、犬が寝ればこちらも寝られるから、一晩中寝ずの番をするということはないのだが、いろんな意味で犬と共に寝食を共にしているという状況なのだ。
こんな状況なので、休みの日に一日どこかへ出かけるというのならまだしも、おいそれと泊まりがけでは出かけづらい状況にある。
このブログでは、春先は大阪とか、或いは交流戦では広島に行きたいねえ…なんていう腹づもりはあるにはあるのだが、それもどうなることか。
足腰に力が入らないので、必要な筋力が落ちていき、必然的に体重も一気に減ることに。今や一年前が信じられないくらいにまでやせ細ってしまった。
これが一年前、いや秋口には、こんな体格をしていたというのに。
↑左側がブン四郎。右側は兄妹犬西園寺マリー。
この頃から既に家ではおしめを常時付けている状況で、徐々に年老いていく気配が伺えた頃だったのだが、この頃の写真と見比べても、僅か3ヶ月の間に一気にやせ細ったものだなあ…。
うちの犬は、この写真に写るマリーと共に、1992年6月に、4匹の兄妹と共に産まれ、そのうち一匹はすぐに遠くに貰われていったから、マリーとブン四郎、後は5軒隣で、母親の犬と同居していたあやめという女の子がいたのだが、先日、あやめも亡くなった。15年も生きているのだから、そろそろ寿命と言えば寿命なのだが、やはり近づくものが来ているのかな…と思うと、寂しさは拭えない。
しかし、15年前と言えば、おいらはまだ高校3年生。
当時はインターネットはおろか、携帯電話すらほとんど普及していなかった。
ビデオはVHSが全盛の頃。
それよりまして、千葉ロッテマリーンズが千葉に移転してきた初年度。
そりゃあ、時代は過ぎるというものだよなあ…。・゜・(ノД`)・゜・。
昔付き合っていた人も何人か、散歩に付き合わせたこともあるしなあ…。
まあ、こればっかりは、もう良くなるはずもないから、致し方ないですなあ…。
少しでも長生きして欲しいが、果たしていつまで…。
うちがこんな状態なんで、付き合いが悪くなった時があったらすいません。
こーゆー事情もあるもんで。
うちのバカ犬、ブン四郎が、徐々に認知症の症状が出てきた…ということは、秋口だったかのエントリで一度触れていると思うのだけれど、今や我が家は犬のために一家総動員態勢をとっている次第であります。
秋の3ヶ月の間にみるみるうちに年老いたブン四郎。
最近は専ら寝るか徘徊するかの二択でしかなく、徘徊するにしても、頭自体がぼけてきてしまっているから、とにかくクビを突っ込めそうな場所を見つけては突っ込んでいって、身動きが取れなくなっては鳴きわめく…という状況が続いているので、一月前からは居間の一部をマットレスで仕切り、ご覧のような犬用のスペースを作ることに。
このマットレスとて実は万能ではなく、マットレスの継ぎ目と継ぎ目は縫いつけてあるだけだから、ちょいとでも鼻っ柱を突っ込めそうな時は容赦なく突っ込んで穴を大きくするというオチが付いてくる。
徘徊するにしても、自分で好きなだけ歩けるのなら良いのだが、御歳15歳と半年生きているうちの犬、やはり急激に年老いたその余波はまず足腰に来るようで、後ろ足、特に右足はもう踏ん張りが効かなくなっていて、何かの拍子で倒れると、まず自分で起きあがれない。そのたびに悲しい鼻声で鳴くので、そのたびに立たせてやるという手順が必要になってくる。
それは犬が歩いている時はほぼ毎分のように転ぶから、そのたびに立たせてやらなければならないので、犬が起きている間は、誰かしらそばについていてやらねばならない。でなければ、余計悲しい声で吠え出すのだ。
そして、これもおそらくは老化の一種なのか、なかなか熟睡することがなく、2~3時間寝ては覚醒することの繰り返し。
これが元気な頃は、昼間は駆け回って夜は寝る…というサイクルが出来上がっていたのだが、今のブン四郎には昼も夜も関係なく、起きたら出す、あるいは歩くという状況だから、家族交替で一晩寝ずの番をしているという状況。寝ずの番と言っても、犬が寝ればこちらも寝られるから、一晩中寝ずの番をするということはないのだが、いろんな意味で犬と共に寝食を共にしているという状況なのだ。
こんな状況なので、休みの日に一日どこかへ出かけるというのならまだしも、おいそれと泊まりがけでは出かけづらい状況にある。
このブログでは、春先は大阪とか、或いは交流戦では広島に行きたいねえ…なんていう腹づもりはあるにはあるのだが、それもどうなることか。
足腰に力が入らないので、必要な筋力が落ちていき、必然的に体重も一気に減ることに。今や一年前が信じられないくらいにまでやせ細ってしまった。
これが一年前、いや秋口には、こんな体格をしていたというのに。
↑左側がブン四郎。右側は兄妹犬
この頃から既に家ではおしめを常時付けている状況で、徐々に年老いていく気配が伺えた頃だったのだが、この頃の写真と見比べても、僅か3ヶ月の間に一気にやせ細ったものだなあ…。
うちの犬は、この写真に写るマリーと共に、1992年6月に、4匹の兄妹と共に産まれ、そのうち一匹はすぐに遠くに貰われていったから、マリーとブン四郎、後は5軒隣で、母親の犬と同居していたあやめという女の子がいたのだが、先日、あやめも亡くなった。15年も生きているのだから、そろそろ寿命と言えば寿命なのだが、やはり近づくものが来ているのかな…と思うと、寂しさは拭えない。
しかし、15年前と言えば、おいらはまだ高校3年生。
当時はインターネットはおろか、携帯電話すらほとんど普及していなかった。
ビデオはVHSが全盛の頃。
それよりまして、千葉ロッテマリーンズが千葉に移転してきた初年度。
そりゃあ、時代は過ぎるというものだよなあ…。・゜・(ノД`)・゜・。
昔付き合っていた人も何人か、散歩に付き合わせたこともあるしなあ…。
まあ、こればっかりは、もう良くなるはずもないから、致し方ないですなあ…。
少しでも長生きして欲しいが、果たしていつまで…。
うちがこんな状態なんで、付き合いが悪くなった時があったらすいません。
こーゆー事情もあるもんで。
これが人間だったら、こんなものではないですから。
やっぱり気が気じゃないんですよねえ…。
外の犬小屋の中にいたのに(家に入れたらかえって落ち着きを失ってしまい、結局最期の日1日前まで外にいました)、夜中に引っくり返って鳴いてると必ず、家の中にいた我々の目がぱっと覚めたのは不思議でしたね……。