哲学日記

聞いても聞かない、見ても見ない者 スマナサーラ長老法話

スマナサーラ長老「苦は幸福の面を被る」
より引用させていただきます。

 

……………………
一体楽しみというのは、何なのでしょうか。それは、生命にかけている罠なのです。ロバの前にぶら下がっているニンジンなのです。人はどこまででも楽しみを追うのです。しかし満足するということは、一度も無いのです。いくらかの楽しみが手に入っても、すぐ飽きちゃうのです。もっと良い楽しみがほしくなるのです。苦しんでいる人は、楽しみたいと悩んでいる。楽しんでいる人は、もっと良い楽しみがほしいと悩んでいる。

 

お釈迦さまは欲の楽しみは、火に喩えているのです。

火にいくら燃料を与えても、満足して消えることはないのです。

燃えれば燃えるほど、危険性も増すばかりです。

火に対しては、燃料をあげないことが答えなのです。欲に対しても、燃料をあげないことにするならば、満足というものを味わえるはずなのです。

この真理は一般人には、なかなか理解しがたいのです。

(引用終。強調は私です)

 

 

 

 

 

 

 

 

この真理は一般人には、なかなか理解しがたいのです。←この言葉を誰も他人事に聞いてはいけません。
 
欲が自他の人生を破壊する出来事を、どれだけ多く体験し深く知っても、解脱しないうちは、欲の支配から誰も完全に自由になれないからです。

 

 
ブッダを信頼し教えをよく聴けば、欲の力を弱めることができる。
ブッダが致命的破滅から常に信徒を守ってくれる。

しかし、

ブッダを信頼する気持ちが、あなたに弱ければ、それもかなわない。

あなたは、ちょうど、聖書に書かれているイザヤの預言どおりになる。

マタイ福音書12章14節15節イエスのことば

より引用させていただきます。

 

あなたたちは

聞くには聞くが、

決して理解せず、

見るには見るが、

決して認めない。

 (引用終)

 

 

 

今、正にそうなっています。

あなたは、自分の意志でそうしています。

自分の欲の力で、自分を、

むごたらしい様態にストップさせています。

 

苦に夢中の人が

苦から解脱できるわけがない。

 

とブッダの説法にあります。

全くもってごもっとも。

 

火に、

夢中で薪をくべながら、

火を、

消せるわけがないでしょう。

 

だから、

ただ、

自分でそれに気づけば

即棄却できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (My Favorite Songs)  

 ミッシェル・ポルナレフ。

昔よく聴いた曲に、こんなのもありました。
どうってことない曲だけど、みょうに懐かしい。 


MICHEL POLNAREFF. " Tous les bateaux.. tous les oiseaux ... "

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