旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

「欲と物」について

2024年03月02日 | 日記



『欲』

仏教でいう所の三大煩悩とは、
貧・瞋・痴(とん・しん(じん)・ち)らしい。

三毒と言われる言葉ですな。

仏教上での人々を苦しめる煩悩です。

ここでは、
「貧」について個人的な想いを書きますて。

仏教での正式な教えではなく、
僕の個人的な、
稚拙な経験上での価値観の今の考えでおま。

しかも、僕の考えを全部書くと超長くなるので、
省略して書きます。

もちろん、僕は仏教の教えとか全く知りませんし。
間違えている記載もあるかもしれません。

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貧(とん)とは、
無尽蔵(必要以上に求める)の欲求、
物、愛、地位、名誉などへの執着であり、
心の貪欲の事ですな。

また、
五欲とされるのは、
食欲、睡眠欲、色欲、財欲、名誉欲が、
「五欲」(ごよく)の総称とされるらしい。
(正確には五感から生じる欲望らしいが、用法として上記を指すらしい)

三毒と五欲を混ぜて考えてしまうと違うだろうが、
三毒においては、
少なくとも、
超超簡単に言ってしまうと、
つまりは、
仏教上、欲は人を毒する、としての位置を僕は感じ取っている。
(足るを知る、とか、その先もあるのだけどここでは省略)

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僕は「物を売買する仕事」を生業としております。

個人的には、
「無形の物語や価値観の共有と対価を得ている」と考えているけど、
それは現実的な書類上では成り立たないのは重々承知である。

お堅い銀行などにその考えを言っても、
「あ、頭、イってるのね」と思われるのがオチだろう。


物を売る仕事

それは、
人々の「物欲」の対象を提供しているとも言える。

言い方によっては、
毒を広めているのかもしれない。

しかし、
最近思う事がございます。

その欲は人を苦しめる反面、
欲求に対する「力」は出てこないのでしょうか。

「何かを欲しい」と思う時、
人は、
そこに生きる目的を見出したりはしないだろうか。

「あー、もう全てがどうでも良いや」とか
「生きているのが苦しい」とか
思う人や時もあるかもしれません。

しかし、
もし、
「何かを求める欲求」が心に残っていれば、
生きる(または生きたい)理由にはならないだろうか。

そこに「何かの希望」が僅かでも残りさえすれば、
心は生きたいと思えるのではないかしら。

その欲求は人や状況それぞれだろうけど、
生死をかけた欲求とかや、
涅槃に至る境地とか、
そこまでのゼロヒャクの話だけではなく、
単に、
日常生活における、
何かを求める欲望は、
有っても良いのかもしれない、
と個人的に感じるのです。

例えば、
もしその目的が、
「物」であるならば、
その物を手に入れたい欲が、
日常、毎日、今日、翌日、翌週を生きる目的になるならば、
その欲は役に立つのかもしれない。

もし僕が、
いや、
誰でも良いのだけど、
誰かが「欲しい」と思える物を売っていたとしましょう。

それを「手に入れたい」と、
もし誰かが思ったならば、
そして、
その欲求が、
もし生きる目的、
大袈裟に言わないと「楽しみ」を、
与えるきっかけになれたのであれば、
それは意味のある行為ではないだろうか。

毒も使い方では薬になる。

僕はそう感じています。

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仏教での教えは、人生で役に立つ時もあるでしょう。

しかし、
このクソにまみれた、
現代社会での日常生活で、
どんだけ真摯に生きようとも、
多くの場合、難しい局面に対峙するのが、
世の常です。

それを超えて、
欲を捨て、
全てを悟り、
涅槃に至るのも極めて難しいでしょう。

「煩悩を打ち砕き、涅槃に〜〜、俺は光になる!」

ネパールのチベット人地区で、
チベット仏教に浅くかぶれてしまった欧米人達がよく言うセリフです。

そういった人々に数えられない数、僕は出会ってきました。

「そりゃ、無理やで、ダンナ」

ぶっちゃけ、
基本的に人は、
欲を全ては捨てられません。
・・と個人的に思っております。

だからこそ、
おこがましいですが、
僕のやっている「物の売買」が、
いつか
誰かの
何かに
もし、少しでも「生きる目的や楽しみのカケラ」になれば良いかな、
と願っておるのです。

もし、
僕がたずさわった何かを、
誰かが欲しいと思うならば、
誰かが興味を持って頂けたならば、
それで、
少しでも元気になれたら僕も嬉しいな、
と僕は考えているのです。

例え、
それが、仏教上で欲が毒であったとしても、です。

そう思っておりやす。


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同じ空の下、異なる世界

2024年01月25日 | 日記


「タフな時代だよ」

友人がポツリと呟いた。

100円が大きな意味を持つ路上の女の子、
金銭的に恵まれた人、
通るのは同じ道。

同じ空の下で、
見えない隔てられた壁を
僕は、行き来する。

何十回、
何百回、
同じ風景を見たのか。

どれほどの回数、
同じ事を想ったか。

無限に生み出される言葉の数々。

言葉と情報に埋もれる、心。

偽りの言葉が溢れるなか、
僕は泳ぐ。

アンティーク売買が仕事だって?

冗談、言うなよ。

マトモな神経じゃ、
やってられねぇぜ。

「じゃあ、どうして続けてるのか」って?

僕の答えはシンプルだ。

世界に、
可愛い猫が居るからさ。




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2023.12
ネパールにて。



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人生を売る対価は、価値観の共有。

2024年01月14日 | 日記


長く旅をして来た気がする。

そして、今は想う。

僕は、
誰かと価値観を共有したいだけなんだ、と。

本当に
ただ、
それだけなんだ。

でも、
僕にとって、それは、
とても難しい事らしいのです。

僕が間抜けだからでしょう。

僕は、
良い車も、
五つ星のホテルの宿泊も、
高級なレストランの食事も
求めない。

それでも、
時には、
裏切られ、
時には、
人とすれ違い、
時には、
バカにされ、
時には、
傷つき、 
時には、
怒り、
時には、
良くない噂をされ、
出会いと別れを繰り返し、
それでも、
魂と身体を擦り切らせ、
生き続けているのです。

「俺は人生を売っているんだ」

友人が言った言葉だ。

その言葉を聞いた時、
僕はドキッとした。

だって、
そう、

僕も『人生を売っている』と想っていたからだ。

長い時間をかけた旅

多くの時間や労力や、
少なくないお金を費やした。

それが品物という物として現れているだけなのです。
矛盾をする様ですが、
その対価が現時点で金銭であると言うだけなのです。

本音は金銭でなくとも構わないが、
心の共感だけでは、
現実世界では食べていけません。

心の底では、
他の何かを求めているのです。

それを、理解してくれる方は稀かもしれない。
それは、僕のエゴなのかもしれない。

それでも、
僕は、
必要以上は、
見返りは求めない。
いや、
正確に言えば、
僕は、
共感を求めている。

僕は多分、面白い出来事や
素晴らしい風景、
言葉に表せない体験をしているかもしれない。

それを共有したいだけなんです。

だから、
僕は公に顔を出しているし、
色々な発信をしているだけなのです。

ただ、
それは、
この弱肉強食の世の中、
信頼と言う言葉は、
驚くほどに脆い。

どんなに言い訳しようが、
「金」が全てである。

最終的には、
自己の利益が優先されるだろう。

それは構わない。

僕も理解しているさ。

それでも、僕は信じる。

まだ、他の『風景』があるのだと。

金さえ有れば、
幾らでも稼ぐのは可能な現代だろう。

でも、
金が無い僕でも、
何かを信じているのです。
例え、それが思い違いとしてもです。


僕は、
何処に居ようと、
誰と居ようと、
常に、
孤独感を感じて来た。

だが、
誰かと居るとわずらわしく、
独りで居ると何かを求める。

僕は、そんな性格です。

だからこそ、
「価値観の共有」を強く重視するのです。

難儀で困った性格なのです。

だがそれは、
もう、
損得勘定ではない、のです。

もしかしたら、
簡単な事かもしれないけど、
僕には難しいのです。

心が求めているのです。

その、「誰か」を。
その、「共有」を。

そして、まだ見ぬ、風景、を。


そんな感じなのです。


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野良猫の生き様

2023年11月20日 | 日記


自宅の周りには野良猫が多い。

どの猫にも片耳に去勢手術を行った跡があるので、
地元の行政が去勢を行っているのだろうが、
野良の猫が居なくなった事はない。

近所の人々は猫好きが多いので、
いくつかの家でご飯を与えているようだ。

天気の良い日には、
道の端や車庫の上でノンビリ過ごす猫達が見られる。

彼らは頭が良く、
人の顔や姿を覚え、
僕が自転車で通ると、
「なんだ、コイツか」という顔をして逃げずに目をすぼめる。

野良猫の世代交代は早いようで、
年老いた猫が長年生き延びる姿は見られなく、
早々に姿を消し、
若い猫が新たに姿を見せる。

若い猫の、
その毛色や毛の長さで「君、誰々の子孫だね」と感じさせる。

中には家猫でも日中は外で遊んで、
夕方になると家に自分で帰る猫もいるし、
その逆で野良猫でも、家猫と野良猫の間の生活をしている奴もいる。

首輪を付けたり付けなかったりする猫も居るが、
どうやら首輪に馴染めない猫も居るらしく、
ひきちがれた首輪が道に転がっている時も何度か見かけた。

生粋の野良の猫は、家には馴染めない。

自由に外を歩き、
自由に生きる。

ご飯はもらうが、必要以上に媚びはしない。

そして、
長生きもしない。

路上には色々なルール、
例えば、
お互いのテリトリーであったり、
雌猫の奪い合いや喧嘩などがあり、
冬の寒さや夏の暑さなどに加え、
病気や怪我が多い。

家猫と比べ、
野良猫の寿命は極端に短い、と何処かで耳にした。

自由とは過酷なのだ。

命とトレード・オフなのだ。

命あるうちに自由に振る舞い、
必要以上に老いる事はなく、
人知れず命を閉じる。

残酷でもあるが、
その生き様はクールで鮮やかだ。


人間はどうだろう。

自由に生きるってのは、
基本的には犠牲にするものは多い。

時には命が擦り切れる。

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先日、ある超大手企業で働く人と食事する機会があった。

同世代の彼は、
安定した収入がある。
それも日本での平均的収入よりも多いだろう。

「会社員は良いよ」と彼は言う。

もちろん、社内の人間関係とか様々なしがらみも多いだろうが、
ある一定のポジションを確保し、
現実的には毎月給料が支払われる。

日本でX(旧ツイッター)とかで日々論じられる社会的かつ政治的な話題が、
日々の生活に直結し決定的な出来事になるかと言えば、
基本的には、そうではない。

増税や物価高騰など、
それなりに感じるだろうが、
それによってすぐに生活が破綻する事ではない。


少し前に用事があり、
東京の品川、いわゆる社畜ロードと揶揄される道を
通勤時間帯に通った。

僕が用事があったのは品川駅からすぐ、
ピッシリと化粧をした整った顔立ちの受付嬢の居る近代的な高層ビルであった。

身なりの綺麗な会社員達が、
急ぎ足でエレベーターに向かっていた。

仕事が終わると、
彼ら彼女らは帰る家を有し、
愛すべき家族も居るかも知れない。

その小綺麗な会社員達の通うビルのすぐ下の喫茶店では、
くたびれた作業着を着た労働者が朝のコーヒーを飲んでいた。

どんな仕事をするにせよ、
様々な悩みを
どう捉えているのだろうか。

魂は擦り切れないだろうか。

それとも日々の人生を謳歌しているのだろうか。

または、その狭間を行ったり来たりし、
各々の悩みを持ち、
幸せとのバランスを考えているのだろうか。

分からない。

そんな事を思いながら、
約束の時間まで、
僕は彼らを眺めていた。

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僕はどうであろうか。

長い間、野良猫のような生活をしてきた気がする。

自由と言えば
かなり好き勝手に生きさせてもらっただろう。

時には家猫の生活もした。

従業員数、数百人規模の企業の広告部門のトップに居た事もある。
世田谷の一等地に住み、
収入面では不自由はなかった。

ただ、電車のホームで朝、満員電車に必死に乗り込む人々の姿を目にし、
それが自由とはとてもじゃないが思えなかった。

そして全てを手放し、
海外に戻った。

野良猫の生活に戻った。

僕は、家猫から野良猫になった類だろうか。
それとも、
野良猫と家猫の生き方を交互にしているのだろうか。

今は野良猫なのだろう。

だから感じるのです。

僕はいつまで生きられるのだろうか、と。

これだけ、
インドやネパール、チベットや様々な国の路上を見てきた。

その感覚は世間とはズレてしまっているだろう。

かなり昔、僕が好きだった、
海外在住の旅人のブログの筆者が、
日本に一時帰国した時の違和感と、孤独感を書いていたのを覚えている。

彼は路上の価値観に近い海外生活を長年していた人間であった。

病気で死期を感じ取った終盤は哀愁があった。

そして、彼は亡くなった。

本人の事は他人からは分からないが、
彼は幕引きも鮮やかだったと僕の印象には残った。

もちろん、
会社員や安定した暮らしも悩みや苦しみはある。
いや、
その苦しみは野良猫以上かも知れない。

ただ、
色々な理由や比較はあれど、
相対的に見た時、
基本的には、
野良猫、野良猫の様な生き方は、
長くは生きられないだろう。

限られた命で、
自由に輝き、
良くも悪くも
サッと幕引きをする。

その生き様

美しいんじゃないだろうか。

だからこそ、
その限られた人生で
何ができるか、
を僕は考えているのですばい。



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海外アンティーク・バイヤーの始め方

2023年10月31日 | 日記




海外アンティーク・バイヤーという職業の始め方です。

「あなたの様に旅しながら生きたい。どうすれば良いの?」と
よく聞かれます。


様々な職種・ビジネスの始め方は、
本やネットで溢れている昨今。

本当にやっている人間が書くアンティーク・バイヤーの始め方は、
あまり目にしない。

おおむね、日本で目にするのは、
日本の古物商の始め方とかでしょうね。

だってニッチな市場ですし、
そもそも、
プロとしてやっている人も日本では多くはないでしょう。

そして、
その手法は隠さないと真似されるから、
公にしないのは、
暗黙の了解なのです。


一応、僕は現役のバイヤーで
仕入れ業を生業としてます。

底辺で生きてますけど。


参考にならない内容です。


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さて、前置きが長くなったが、
始め方です。

絶望的な結論から言いましょう。


もし、本気でやるのであれば、
金がなければ始めない方が良い。


僕が見てきた人々、多くに共通する事でですが、
金を用意できない人は続けられません。

あまりにもキツすぎるからね。

最初に気力が尽きます。

その金額は最低でも100万円は必要です。

金がなく、生き残っているのは、
余程の変態か重度の旅中毒しか、僕は知りません。


今や海外渡航費は高額になっております。
円安でもあります。

海外のアンティーク業界、
チベット物でも、
嘘、裏切り、偽物、高額押し売りが蔓延しております。
むしろ、それが当たり前です。

簡単に、損せず、勝ち逃げできるほど
甘い世界ではござりません。


結論の続きを言いましょう。

もし、
あなたが生活の基盤が既にあるのであれば、
そう、
主婦であるとか、
本業があるとか、
趣味程度でやりたいとか、
もう働かなくても良い金銭環境であるとか、
であれば、
簡単に始められます。


究極論、
どこでも良いが、海外の何処かの国に適当に行き、
適当にアンティーク・ショップで買い物をして、
日本に持ち帰り、
SNSを開設したり、
HPを作ったり、
骨董市に出たり、
何がしかのネットで売ったりすれば、
それであなたは、もう海外アンティーク・バイヤーです。

今や、
多くの主婦がやっておりますさかい。

見極めの眼が必要?

お金が無い?

英語が話せない?

そんな心配は不要です。

旅行ついでに、
自分が良いと思った物を、
自分の予算に合わせて買いさえすれば良いのです。

海外旅行ができれば、
誰でも出来ます。

全予算、
10万円でも可能です。

ベトナムやタイなどアジアであれば、格安で行けます。

海外へ旅行できる費用と、
ちょっとした買い物ができるお金さえあれば良いのです。

売れるか
売れないか
そんなのは分かりません。

安心してください。

何が売れるのかなんて、
絶対的な事がわかれば、
みんな、すぐに金持ちです。

なんでもかんでも売れたバブル期とは今は違います。

皆、常に、
ギャンブルと商売、
自分の独りよがり、の狭間を
行ったり来たりしているのです。

続けられるか否かの、
その結果は、やってみなければ、
誰もわからないのです。


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では、僕の実体験を話します。

僕はこの仕事を5万円で始めました。

「ハァ?言ってる事が違うじゃねぇか。頭、大丈夫?」と
言われるでしょう。

自分で言うと批判されるだろうが、
僕は、変な事例なのです。

僕は海外旅行が以前から好きで、
この仕事を始める前から、海外を旅行してました。
その年数は居住も含めて10年になります。

そして、古い物もずっと前から好きで、
旅する毎に現地の骨董屋やマーケットなど、
色々見ておりました。

性格的に、
表通りの店ではなく、
奥へ奥へと行っておりました。

そして、ある時、
海外でド底辺の生活をしていた頃、
現地の骨董屋で全財産の半分の5万円で買い物をしました。

「仕入れて売る」と言う事を前提にしていた訳ではございません。
今でも、何故、それを買ったか分かりません。

ただ単に、薄暗い雑多な店内に居合わせた、
外国人中年女性バイヤーの
「あんた、コレ、買ってみなさい。儲かるわよ」と
言われた言葉と運命に流されただけなのです。

日本に戻り、ネットオークションで出品しました。

時は、まだ中国人が日本で爆買いしている最中でした。

アンティークに置いても例外ではなく、
ネットオークションに1000円スタートで出品した品は、
3品で45万円以上で一週間後に落札されました。

その金を持ち、すぐに再び海外へと旅立ちました。

嘘や作り話みたいな話ですが、
本当です。

そして、
現地で卸の店を見つけたり、
地方の村や僻地へ行ったり、
仕入れては帰国、
帰国しては渡航、
を凄まじい頻度で繰り返しました。

それは、超好景気で爆買いする中国人相手に販売をしていたので、
単に運が良かったのかもしれません。

裏話を言うと、
ネットオークションで中国人相手に売れ線の物を売り、金を作り、
骨董市で日本人相手に手頃な金額で珍しい物を売り、
お客を作っていきました。

初めのうちはチベット物だけでなく、
ミャンマーの物とかも売ってましたが、
そもそも僕はミャンマー現地で真贋色々見ていたので、
ありがたい事に、偽物氾濫の骨董市では、
コレクターの方々に珍しがられました。

もちろん、
古物業界に多く見られる様な、
個人で闇で商売していたのではなく、
古物免許も取得し、
始める前に事業登録をして、
確定申告も毎年欠かさず、
泣きながら黒字申告をしておりました。

やがて、顧客対象を中国人から日本人100%へと移していきました。

わずかな売り上げを重ねていきました。

生活は余裕がなく、
一日一食とか当たり前の生活は続きました。

今でも続いております。

全てを仕事に費やしました。

友人が幸せな家庭を築くのを傍目に、
色々なものを犠牲にしたり、
諦めました。

そして、
公的な金融機関の借入審査に合格し、
お金を借り、
予算を確保しました。

その借入も昨日、完済しました。


超高額品を扱う他の業者は、
どーやって初めの一個を買ったかは僕は分かりません。

僕が知る限り、
50年前には安値だったチベットのアンティーク。

その頃に始めてたら、
今は少なくとも70歳代にはなるでしょう。

もし今の業者が、
若い人または働き盛りの年齢であれば、
初めの予算はどこから持ってきたのか、
親などからなのか、
僕は他の人は知りません。

僕の場合は上述した様に、
積み重ねを繰り返し、
少しづつお客様の獲得と、
渡航・仕入れ費用の確保で予算を造りました。

買ってくれる方々には、本当に感謝しかありません。

また、
底辺バックパッカーだった経験も活き、
飛行機の乗り継ぎや経路、取得方法、
滞在場所の確保から食事、
荷物の送り方まで、
低予算で海外渡航をできる術も既に持っていました。

品物を買う交渉術も、
モロッコの強欲熾烈な業者から、
ロンドンやパリの品の良い業者、
ネパールの泥沼業者まで、
始める前の段階で、既に下地の経験はありました。

今では日本でもメジャーになった小さな骨董市とかの存在も、
かなり以前から知って、客として足を運んでいました。

僕が始める前は老人の嗜みと思われていた骨董市も、
今やすっかり若い人の間でも定着した様です。

当時、アパレル業界の友人に
「骨董市が面白いだよ」と言うと、
変な目で見られていましたが、
今の骨董市では、ファッション業界の人も多く見られます。

余談ですが、
僕がネットオークションで売っていた頃、
中国人をターゲットにしていたので、
中国語翻訳しやすい日本語で商品名や説明文を僕は書いていました。

中国人がオンラインの翻訳機能を使って商品を買っている事に、
当初から僕は気が付いていました。

だから日本語が少しおかしなタイトルを付けていました。

すぐに真似されましたけど。

当時はそんな汚い事も繰り返しましたよ。

僕みたいな立場の人間は、
金を作らなきゃ続けられませんからね。

「まずはバイトやって金作れば?」
と言われるでしょう。

今ではわかるのですが、
そんな考えでは、
すぐにバイト生活に戻ります。

もしくは、
安定した職種に就いて、
時間と気力は無くなります。

命懸けと言えば大袈裟になりますが、
明日、食事を食べられるか否かを、
考えなきゃいけない状況に追い込まなきゃ、
真剣になりません、僕の場合は。


もし真剣にやらないのであれば、
幾らでも方法はあります。

北京や上海でもチベット物は売ってますし、
タイのバンコクで中国少数民族の物も、
アフガン系の物も手に入ります。
わざわざ現地や奥地に行く必要はありません。

インドのニューデリーでも色々手に入ります。
旅の物語とか無視して商売重視であれば、
効率的に幾らでも実践できます。

僕は単にアホだから旅してるだけなのです。

イスタンブールでも卸を見つける必要はなく、
グランド・バザールの表通りの店で仕入れても、
十分商売としてやっていけるでしょう。

マニアックな国に行くのも手でしょうが、
近隣のアクセスの良い国でも、
実は手に入れるのは可能です。

英語がさっぱり通じない中国の貴州省の奥地ではなく、
タイのチェンマイでも同じ手の物は手に入れられます。

イギリスでもフランスでも同じ事でしょう。
地方ではなく、
中心地の著名なマーケットに行けば、
値段や希少性はともかく、
手に入れる事自体は可能です。

その仕入れ値で、商売が成立するか否かは分かりませんが。

でも、ここでの話は「始め方」でござる。

実は、
海外アンティーク・バイヤーってのは、
誰でも始められる商売なのです。


まずは海外へ行き、
適当に買ってくる。
そして、
ネットなどで売ってみる。

ただそれだけです。


初期費用だって、
飛行機代プラスアルファで、
最初は始めてみられます。


続けられるか否か、となると
また別の話になるだけです。

以上

全然、参考になりませんでしたね。



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