やっと・・・やっとたどり着い・・・・(@_@)
いつからだろうか・・・いつからこの地獄のような穴埋めをやってきたのだろうか???
何度も挫折した。いや、無理だと思った
てか、別にいいじゃんとも思ったことだってある。何のために???何度も問いかけた自問自答の答えはいつも、いつでも自己満足に終わった
自己満足・・・それはある意味で座右の銘でもある
座右の銘ってのは、別にひとつに限った事ではない。いくらあってもいいんだ
誰かが言っていた。物事は単純じゃない。複合的で複雑で・・・単純に見えるだけだって・・・(@_@)
まあ、最後の方は俺がたしたんだけど・・・多分ビタミンCの環ちゃんがそんなようなこと言っていたような気だけはする
つまりはそういうことなのだ。人生において、何が重要か・・・何が自分を支え、思考を支え、心を支えているのかというと・・・それは決して一つではない
自分の中に体があり、考えがあり、心があるだけでもすでに3つの複雑なことに囲まれているということだ
自己満足・・・そう、せめて自分ぐらいは満足させてみろ。話はそこからだ・・・ってね
人を感動させる。人を満足させることは困難だ。なぜなら、人は、自分ではない。人の考えは読めない。会話をしても、最後のコアの部分を他人に教えるということは希だ
なら・・・そんな中で自分というものを使い、他者を満足させ、感動させる・・・そんなことはある意味で不可能でもある
ただし、一人だけ感動させることができる奴がいる。誰にでもいる・・・それこそが、自己満足ということだ(@_@)
自分を満足させる方法は自分が一番知っている。もちろん、そこに法や他人の目という柵があり、それなりのルールを設けなければならないことも知っている
けど、ルールがあってこそ、物事は成り立つのだ
サッカーで足しか使えないから・・・不便だと思う人はやらない。つまりはそういうことなのだ
足しか使えないからこそ面白さを感じることもできる。ルールとは不自由でありながら、同時に、面白くするためのスパイスでもあるのだ
だからこそ、自己満足にもルールがある
ただし、そこにある満足は、完璧な満足かと聞かれれば・・・完璧ではないんだろうな
人は、自分の力だけで満足できるとしたら・・・きっとそもそもオスとメスで別れはしなかっただろう
どんなに知識が上がっても・・・分裂して数を増やせばよかったのだ(@_@)
人類補完計画ではないが、人は足りない部分を補うために誰かを必要としているのかもしれない
それか、自分の器以上の何かを得るために、他者を必要としたのかもしれない
その答えはわからない
ただ、自己主張を受け入れられると心も満たされるよね
それは優越感なのかもしれない。あるいは、使命感かもしれない
自分にしかできないことをする。それは形がなくてもいい
文字だけの世界だってある
けど、イマジネーションもある(@_@)
正確に形を示さなくてもいい。点と線で人は何かを感じ取ることができる
それが他者を満足させることになる場合だってある
イマジネーションの形を見せる。だから、小説は面白いのだ
誰もが持つ、理想を想像する。理想を創造するのだ
それは憧れであり、感情移入でもある
何を求めて進むのか・・・理想とイマジネーションだ
そして自己満足と他者満足(@_@)
自分がやることやれないこと・・・誰かに手伝ってもらわなければならないこと・・・
いろんなことを見つけ・・・そして、仲間を見つけるための自己満足
ああ、興奮しすぎて訳がわからなくなってきた
あえてここで書くのをやめるのは・・・
いいんだけど、このまま興奮した脳に任せてなんか書き続けるのもいいんだけど・・・
それで人を惹きつけることができるかどうかというと・・・
とても難しい問題だよね(@_@)