未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第2章 未来のスクール ①②③

2021-08-26 20:04:49 | 未来記

2005-01-24

1.子供部屋(1)

 

さて、スクールに隣接したチルドレンズ・ハウスでは、どんな生活を送っているのだろう。

 

MFiエリアの子供は、生まれてすぐから保育コースが修了するまでの間、朝から晩まで同じ年の子が大きな部屋の中で、集団生活をしている。

 

初級コースに進むと、上級コースを卒業するまで、年齢が入り混じった子供部屋で一緒に寝起きする。

 

新しい部屋に入りたての子供は、知らない上の学年の子ばかりの部屋の生活になじめず、今までいた部屋に戻る子がいたり、保護者の家へだまって帰ろうとする子がいたりする。

 

そのたびに、先生やスタッフが、大慌てで子供を探し回ったり、部屋に連れ戻したり、その部屋に慣れるまで、付き添いのスタッフがそばで寝起きしたり…。

 

そんな周りの苦労もお構いなく、子供達は部屋でお互いの権利を主張しては、ケンカを繰り返す。

 

先生もスタッフも、時には怒鳴ったり、涙を浮かべて抱きしめたり、一緒に泣き、笑いながら、新しい環境に慣れるまで辛抱強く見守っている。

 

特に管理が厳しくて、戦争を禁止している平和的なMFiエリアは、ひとときの安住を求める移住者が、一時的に落ち着ける場所を提供した。

 

近くで災害や戦争などがあると、MFiエリアの人口が急劇に増え、時間が経つと、管理の厳しいこのエリアのルールになじめず、潮が引くように人口が減ってゆく…。

 

つまり、他のエリアに比べると、入ってくる人も多いが、出てゆく人も多い。

 

タケルが火星行きを決めた同じ時期、新たに火星への移住を志す親と一緒に、たくさんの子供達がチルドレンズ・ハウスを離れた。

 

これから、この物語を読んでくれる人に、お願いしたい。なるべく簡単に、登場人物を説明したいので、名前はファースト・ネームか、ニックネームだけを使うことを許してほしい。

 

何しろ、ひとりひとりがコードで判別される未来では、ファミリー・ネームは、成人になって働く時の名称として使われるが、子供達同士の呼びかけには使わない。

 

ファミリー・ネームだから、親の名前を継ぐ子供は多いが、スクールを卒業するときに、父親か母親かどちらかを選んで、自分のファミリーネームとする。

 

どのエリアに所属するのかも、自分で選択できる。

 

生まれたときにつけられた名前も、その名前に不満があるとか、自分の気に入った名前にしたいときも、卒業のときに決められる。

 

キラシャと同じ時期に生まれた子供の中には、混乱のさなか、性の暴力行為によって、中絶もできず、生まれた子供達が大勢いる。

 

母親が名前も告げず、子供を手放すことが多かったので、救済措置として、子供が成人するときに、自分で名前を決める権利が、新しいルールによって与えられた。

 

もちろん、有名な人物はスクールのテキストやテスト問題に登場するので、子供でもフルネームを覚える必要があるし、スクールで表彰されるときは、ファミリー・ネームで呼ばれる。

 

ファミリー・ネームが知られることは、名誉ではあるのだ。

 

それから、未来でも男女の区別や差別をなくすことで、平等社会をめざしているが、スクールの中級コースから上級コースになると、女性は妊娠可能な身体に成長する。

 

ピコ・マシンが妊娠をブロックしていても、100%ではない。

 

中級コースでは、スクールにいる間に妊娠すれば、中絶というつらい思いをする女の子がいるということをルールの1つとして、学ぶようになる。

 

チルドレンズ・ハウスでは、男子と女子は別の棟に分かれて生活する。

 

上級コースになって、恋愛学を選択しても、パートナーに会うためにお互いの部屋を行き来するのは、許可が出たときのみ。

 

チルドレンズ・ハウスでは、パトロール隊員が常に移動しながら、パートナー同士の性行為の有無をチェックしている。

 

仲の良い恋人でも、会えるのは、食堂とスクールにいる間だけ。

 

年に一度のヴァレンタイン・デーも、チルドレンズ・ハウスでプレゼントを渡す場合は、受付で相手のボックスに転送してもらうことしかできない。

 

ボックスに入りきらないほどプレゼントをもらう子には、災害時に使用する広い部屋にプレゼントを重ねて置き、後で取りに来るようにMフォンで指示がある。

 

中には、男の子(女の子)の身体で、女の子(男の子)の心を持つ、トランスジェンダーの子供達もいる。

 

卒業すれば、性転換は自由だが、スクールにいる間は、身体の男女で区別し、お互いの気持ちを理解し合えるトランスジェンダーの子供達が、同じ部屋で生活しているようだ。

 

では、キラシャの部屋の住民を簡単に紹介しておこう。

  

最上級生の子は、15歳のケイ。

  

オシャレで素敵なデザインの宝石を見ると、何時間もずっと夢の世界にいられる彼女は、宝石のデザイナーを目指し、卒業後の進路も、デザイナー・カレッジと決まっている。

 

 

デザイナーとしての才能はAクラスなので、あとは卒業テストに合格できれば、それがカレッジへの入学許可となる。

 

上級コースは実技が多いので、卒業テストには、語学やスクールで習った知識や計算力の他に、社会人として必要なルールやマナーなど、どれだけ身につけているかを試される。

 

ケイは恋愛学のパートナーで、同じ年のボブと、仲良くテスト勉強に励んでいる。 

 

恋愛学では、パートナーを選ぶ目を養い、助け合って生活するための心構えを身につけることが目標だから、卒業テストはパートナーと取り組むのが普通である。

 

2人の将来や恋愛についての考えなど、話し合った結果をレポートしなくてはならない。自然と恋愛を楽しむ、雰囲気の良いカップルも出てくる。

 

逆に、お互い背中を向けたまま、しかたなく恋愛学で出された宿題のレポートを作成する、気の毒なカップルもいる。

 

好奇心の強い男の子や女の子達にとって、同じ年ごろの子が相手では物足りない子も多い。

   

そこで恋愛学には、管理局に選出された社会人も、希望者に参加してもらっている。

 

自分のスクール時代に、良きパートナーを見つけられなかった人も、数多く登録しているので、人材に不足することはないようだ。

 

ただし、社会人は登録されるまでにいろいろな検査や面接を受けて、合格した人に限定される。

 

問題は、恋愛学の授業がある時間、仕事を途中で抜けなくてはならないので、その分の給料は会社等から引かれることだ。

 

会社の方は、アルバイトを安く雇って、仕事を回しているが、アルバイトの方が仕事をうまくこなしていると評価された場合、仕事を休んでいた方が不利な待遇に陥りやすい。

 

そういった面も含めて、社会人達は恋愛学を受けるかどうか、慎重に選択しなくてはならない。

 

スクールの生徒達は、Mフォンで登録している人物を検索し、自分の好みの相手を選択する。

 

付き合ってみて、途中で相手を変えたいという希望にも、恋愛カウンセラーによるアドバイスを受けた後、お互いにキチンと話し合いがついてからだったら、変更可能だ。

 

付き合う相手は、必ずしも異性でないといけないというわけではない。

 

トランスジェンダーなど、同じ性の人に興味を持つ生徒は、同じ考えの人を見つけて恋愛学を学ぶことも可能だ。

 

この授業でお互いが好意を持つようになると、人間の自然な成り行きとして、キスや抱擁までは許されている。  

 

ただし、例え社会人であっても、スクール以外の場所であっても、それ以上の関係は、相手がスクールを卒業するまでお預けだ。

  

参加者には、事前にエッチに反応しないようなピコ・マシンが注入されているし、パトロール隊がいつでも見回っているので、スクール内でのみだらな行為は命取りだ。

 

例え、エッチを強要しようとしても、恐怖感や興奮が、すぐに体内のピコ・マシンに感知され、Mフォンが、これでもかと耳をつんざくような警報を鳴らし始める。  

 

この警報が、あまりに長く続くと、Mフォンがすぐに位置と不法行為を通報するので、すぐにパトロール隊員がやってきて、厳重注意を受けることになる。

 

これは、スクールから離れた所でも、適用される。

 

体内のピコ・マシンには、男性には××が働かないように、女性には妊娠をブロックするための機能も追加されるので、マシンの状態に問題がなければ、妊娠は不可能だ。 

 

何とも未来は、味気ない社会だなと思うかもしれないが、ドームの人口調整のためには、やむを得ない措置なのだ。

 

それでも、ほっておくと若い者同士、ちょっとした感情のすれ違いで、ケンカを繰り返しては、簡単に出会いと別れを繰り返してしまう。

 

自分本位で、分別のつかない若者も多い。ちょっとしたことが犯罪に発展して、事件を起こし、大きな混乱にもなりかねない。

 

社会人として、マナーを身につけた上で、性的な防犯対策として、恋愛学が設置されたというわけだ。

 

恋愛関係に役立つような経験を積み重ねながら、自分に合った相手を見つけることで、より良い人生を送ることも、この授業のねらいである。

 

 

さて、話がそれてしまったが、この部屋の最上級生ケイは、この恋愛学で良きパートナーを得たようである。

 

幸せそうなハートを周りに飛ばしながら、2人の新しい生活のために、迎えに来たボブと楽しそうに買い物へ出かけている。

 

しかし、こんな素敵なカップルがそばにいると、キラシャは大好きだったタケルを思い出しては、涙が出そうになる。

 

あんなに信頼し合っていると、思っていたタケルなのに…。

 

タケルが一言も何も言わず、目の前から消えてしまったこともショックだったが、火星に行ったまま、上級コースになってもタケルが帰って来なかったら…。

 

ケイのような、お似合いのパートナーに出会えるンだろうか…? キラシャは、日増しに不安な気持ちになり、ため息をついては自分の将来を思った。

 

2005-01-28

2.子供部屋(2)

 

キラシャの部屋の住人は、卒業前のケイを含めて今のところ20人弱だが、明日になれば何人に変わるかわからない。

 

主な人物の紹介をしておこう。

 

14歳のルディは、理知的な上級コースの2年生。宇宙ステーションで生まれたが、流星騒ぎで命からがら家族と地球へと戻って来た。

 

それでも、いつかは宇宙へ帰りたくて、将来は宇宙船の飛行士を目指している。

 

宇宙でどんな危険に遭うかわからないから、ドームの外出許可を取るための厳しい訓練を受け、スポーツはオリン・ゲーム(オリエンテーリングの未来版)を選択している。

 

オリン・ゲームは、初級・中級・上級レベルに分かれている。

 

スクールでも、スポーツの選択科目のひとつで、大人になっても、この競技に参加を希望する冒険好きな人は多い。

 

初級・中級レベルは、ドームの中で行うが、上級レベルになると、ドームの外で行う。

 

ドームの外は風も強く、視界も悪い。何が起こるか予測できない危険もあり、天候の急な変化によって、行方不明になった生徒もいたようだ。

 

この競技には、スクール時代にその魅力に取りつかれた人が多く、社会人の参加も可能だ。

 

エリアの大会もあり、上位に入賞するとバッジももらえる。冒険好きな子供には人気があるが、子供の危険を心配する保護者には不評だ。

 

上級レベルのチームは2人1組で、相手は誰と組んでも良いが、危険を伴うので、たいていは恋愛学で知り合った、信頼できるパートナーを選んでいるようだ。

 

ドームの外出許可証を取り、2人で練習を積み重ねて、パートナーと仲良くやっている姿をみんなにも見てもらいたい、といった動機で参加する者もいる。

 

ルディも付き合って2年目のジャンと、仲良くオリン・ゲームのトレーニング。ルディもきれいだが、同じ年のジャンもカッコいいので、みんなからうらやましがられている。

 

 

13歳のキャメルは、上級コースの1年生。目がパッチリして背も高く、モデル志望。ただ、声がアニメの声優のようで、怒り出すとキンキン声になってしまう。

 

恋愛学はようやく1年かけて、納得した相手を選べたようだ。相手のウィルは社会人。アニメが大好きで、特にキャメルの声が気に入ってるらしい。

 

  

中級コースのコニーとカシュー。2人はいとこ同士。年齢は12歳と11歳で、担任の先生に直訴して、同じ部屋になった。

 

2人ともマイペースで、流行りの曲にアレンジを加えて、ダンスを楽しんでいる。将来は、テーマ・パークのダンサーが目標だ。

 

男性にはあまり興味がなく、なるべく2人でいる時間を増やしたいので、恋愛学は一緒に受けようと相談しているらしい。

 

そして、まだ10歳のキラシャ。 

 

明るくて愛嬌はあるのだが、じっとしているのが苦手。自分でも気がつかない間に、目立ったことをしてしまっている。

 

上級生には説教され、イジメっ子にワナをはめられ、しょっちゅう痛い思いをしている。

 

負けず嫌いで反射神経も抜群なので、やられたらすぐにやり返す。だから、反省ルームや裁判のお世話になることが多いのだ。

 

 

中級コースのリコも10歳。チルドレンズ・ハウスでは、誕生日を月ごとに祝うのだが、キラシャの方がひと月だけお姉さんだ。

 

 

キラシャの通うスクールでは、毎年、進級テストと卒業テストが終わった後に、さまざまな分野で優秀だった生徒の表彰式がある。

 

MFi語や共通語で、テーマのある主張をする生徒。特殊な知識・技能を身につけた生徒。スポーツで活躍した生徒。

 

芸術分野で才能を発揮した生徒。ルールを守り、スクールの評判に貢献した生徒等。

 

そして、恋愛学は卒業生の中から、模範となった最優秀カップルが表彰され、さらに生徒による投票で、ベストカップル賞が選ばれる。

 

この栄誉を勝ち取った2組のカップルは、周りの声援を受けながら、ステージの上でお互いにハート・マークのバッジを胸につけ合い、熱いキッスを交わすのが恒例になっている。

 

 

共通語をうまく話せないキラシャと違い、リコは流暢で、いろんなエリアの言葉で簡単な会話もできる。成績も良いので、表彰されることが多い。

 

キラシャはこれまで、イルカの調教と水泳の素潜りの優勝で表彰されただけ…。

 

海洋牧場にいる魚の名前なら、おじいさんに教えてもらったので、たくさん知っているが、スクールの成績にはあまり関係ないので、表彰されることはない。

 

ちなみに、ここで表彰されることで、希望のカレッジへの推薦という道も開けてくるのだ。

  

 

2005-02-02

3.子供部屋(3)

 

子供部屋の住人の説明に戻ろう。

 

キラシャと同じくらいの学年には、ユワン・ミニョ・マラ・タリ・ムタキ・ニアヌという、地球上のあちこちで発生する、エリアの紛争から逃げて来た難民の子供達がいる。

 

この子供達は移民クラスに在籍していて、スクールではほとんど会うことがない。

 

スクールでは、難民の子供達の実情を授業で学んでいるから、一緒の部屋にいる間に、このエリアが安全であることを伝えて、安心してもらえるよう先生から指導を受けている。

 

同じ地球上で、これほど便利な世の中になっていても、同じ人間同士が戦争で殺し合いをする状況が続いているエリアも、まだあるのだ。

 

ただ、エリアによっては、内政不干渉を主張する政府もあって、難民の子供達が打ち解けて話せる状況にない場合が多い。

 

自分のエリアで起きたことを話すと、後でまた怖い目に遭うのではと、口を閉ざす子もいる。同じ部屋の子は、気にかけながらも、そっとしておいてあげることしかできない。

 

今いる子供達も、次の受け入れ先が決まると、すぐに出て行ってしまうので、残念だが名前だけにしておこう。

 

 

この部屋で一番にぎやかなのは、やんちゃな9歳で、マフィとミディの双子姉妹かもしれない。

 

双子はたいてい仲が良いし、区別がつかないくらい似ているということで、同室にされたのだが、この2人がケンカを始めると、周りまで翻弄してしまう。

 

マフィとミディのケンカが何度も重なると、面倒見の良いキラシャも、さすがに切れてしまい、「悪いのどっち?」と2人を問い詰める。

 

騒ぎが大きくなると、一番大きいケイが怒鳴り始め、それでも聞かないと、3番目のキャメルが金切り声を張り上げる。

 

キャメルの発する耳をつんざくような金属音に、誰もが耳をふさぎ、ケンカを忘れてみんなおとなしくなるが、双子姉妹はまだふくれた顔をして、不満を持て余している。

 

それに気づいたルディが、次の最上級生の役目として、2人の間に入って話を聞いてやる。

 

それが、この部屋にいる子供達のケンカの治め方だ。

 

 

それから、中級コース9歳のキャシー。探究心旺盛な女の子で、スクールで飼っている動物や虫や植物の面倒を見るのが好き。 

 

初級コースで、8歳のレイカ。マイペースながら、Mフォンで知り合った相手と、ゲームを楽しんでいる。

 

初級コースで、7歳のサンディとユキ。

 

2人とも、入って来たばかりのころは、ちょっとしたことで泣きじゃくって、周りをあわてさせたが、レイカと3人で仮想空間のゲームを始めてから、仲良く遊ぶようになった。

 

仲が悪いと、先生がメンバーを変更することもあり、ケンカがひどくなると別のスクールへ転校する子供もいるが、この部屋はわりと仲良くやっているようだ。

 

部屋で大ゲンカをすると、他の部屋からも苦情が出るので、その部屋の全員が廊下の罰掃除を行うというのがチルドレンズ・ハウスのルールだ。

 

誰かが部屋の掃除をサボった場合も、みんなの責任になるので、いやでもお互いをかばって掃除の担当を変更したりする。

 

チルドレンズ・ハウスから卒業するまでの間、同じ部屋での生活を続けていると、兄弟姉妹のような感情が生まれ、卒業してからは、お互い困った時の相談相手になることもある。

 

ケンカばかりで、いやな思いが残る子もいるが、子供同士が触れ合いながら育った思い出は、大人になるほど強いきずなとして、感じられることがあるのかもしれない。

 

 

タケルが、スクールからいなくなった日。

 

部屋に戻ったキラシャはたまらなくなって、最上級生のケイに抱きついて泣き出し、タケルへの気持ちを延々と打ち明けた。

 

日頃は、恋も知らず元気がとりえのキラシャ、としか見ていなかった部屋の上級生も、いつまでも泣き止まないキラシャを可愛そうに想って、だまって話を聞いてやった…。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第2章 未来のスクール ④⑤

2021-08-26 19:44:56 | 未来記

2005-02-14

4.タケルに会いたい…

 

日を追うごとに、キラシャのタケルに会いたいという気持ちは、どんどん強くなってゆく。

 

いつも悪ふざけばっかりしているケンとマイクが、心配してゲームに混ぜてやるが、元気を取り戻したかなと思うと、フッーとため息をつくキラシャ。

 

学習ルームにいる時は、メールしたらすぐに返って来たのに、あれからいくらメールを送っても、タケルからの返事はない。

 

メールは届いているはずなのに…。

 

 

ある時、キラシャは希望を見つけたように、ふと思った。

 

『タケルの出発まで1週間あるって、ユウキ先生は話してた。

 

もし、ユウキ先生がタケルの居場所を教えてくれたら…。絶対会いに行きたい。だって、話ができれば、このモヤモヤした気持ちがパーって吹っ切れるかもしれないじゃない』

 

大好きなスポーツでさえミスをして、厳しい先生にやる気がないと叱り飛ばされ、これ以上平常点がマイナスになると、成績の悪いキラシャは確実に落第してしまう。  

 

『もし上級コースに進めたとしても、タケルがいない恋愛学のパートナーに、いったい誰を選べばいいんだか…   

 

いっそのこと、タケルが戻ってくるまで、落第しちゃおうか。でも、パパはきっと怒るだろうな。タケルは…、やっぱり怒るかな?

 

タケルだって、成績良くなかったモン。相談したら、…なんて言うだろう?』

 

…とは言うものの、タケルへのメールには、この切ない気持ちを伝えられない。

  

せめて、タケルへの連絡先を知りたいが、まず、ユウキ先生に相談してみなくてはならない。

 

だが、キラシャがタケルに会う理由を見つけられないまま、1週間が過ぎようとしていた。

 

 

タケルが火星へと出発する日。

 

午前の授業が終わると、学習ルームを出ようとするユウキ先生をぎゅっとつかまえて、キラシャは勇気を振り絞って、タケルに連絡を取るための許可を願い出た。

 

ユウキ先生は困った顔をしながらも、キラシャのただならぬ様子を心配して、声のもれない相談ルームに連れて行った。

 

ユウキ先生はすぐにカウンセラーを呼ぼうとしたが、キラシャの気持ちは、タケルと話すことでしか解決しないのだ。

 

 

キラシャは、すがる気持ちで先生を見つめた。

 

それを察した先生は、キラシャを諭すように言った。 

 

「出発の近いタケルに、面会を申し込む子は多かったが、実際に話をした子はいないよ。

 

一応、タケルの気持ちを聞いてはみるが、今まで言って来た子は、みんな断っていたぞ。

 

もし、君が同じ結果でがっかりしても、先生は責任を負えないよ。

 

先生がタケルなら、こんな風に慕う子を拒否するなんて、もったいないことしないのだがね…」  

 

先生は、キラシャにそれでも良いかと確認をしてから、Mフォンでタケルを呼び出した。

   

『きっと、パスボーを応援していたタケルのファンの子達も、あたしと同じ気持ちだったんだろうな。ダメでも、先生にはお礼を言わなくちゃ』

 

キラシャはユウキ先生に向かって、深々と頭を下げた。

 

タケルの着信音だろうか、戦艦ヤマトの音楽が聞こえる。

 

音が切れると、先生のMフォンの先に、タケルの顔が見えた。

 

「タケル、良かった。ちょっと元気がないな…。みんな心配しているんだぞ。今、そばにキラシャがいる。時間がないから、キラシャに代わろう」

 

先生は、すぐに自分のMフォンからキラシャのMフォンへと転送した。

 

キラシャは、お気に入りのアニメの着信音が鳴り響くMフォンをあわてて出し、目の前に浮かび上がったタケルを見つめた。

 

「君達が話せる時間は、300secだ。

 

時間が来たら、先生の所へ自動的に転送されるからね」

 

先生は、キラシャの頭をポォーンとたたき、その場を離れた。

 

キラシャは、急いでMフォンの時間を確認して、目の前に浮かぶタケルを見つめた。

 

タケルは、少し青白い顔をしていた。

 

キラシャがいつもより明るい調子で「元気だった?」と声をかけると、タケルはぼう然とした顔をして言った。

 

「キラシャ、会いたかった…」

 

キラシャの目から、ボロッと涙がこぼれた。

 

『タケルもあたしに会いたかったのか…』

 

タケルも涙が出そうだったが、歯を食いしばって言った。

 

「メールありがとう。でも、返事を出したら、せっかく決心した火星行き…」

 

キラシャは涙をぬぐって、急いで口をはさんだ。

 

「いいじゃない。火星行きなンてやめちゃえば…。どうして、そんなことになったの?

 

ケンもマイクも、みんな怒ってるンだ。あたしだって、もう、絶交だって思ったモン!」

 

タケルは、キラシャの抗議に戸惑いながらも、こう言った。

 

「パパとママが、火星へ行こうって。

 

…2人とも医療技師を始めたころから、ずっと火星で研究したかったンだって。

 

…オレは、パスボーがしたかったけど…

 

でも一緒に行って、何か新しいことを発見してみたくなったンだ…。

 

今までの自分になかったものが、見つけられたらいいなって」

 

キラシャは叫んだ。「そんなの、ここでも見つけられるじゃない!

 

パスボーだって、誰にも負けてないじゃない。

 

それ以上に、タケルは何が欲しいって言うの?」

 

タケルは、だまってうつむいた。

 

「それにさ、なぜ、もっと早く教えてくれなかったの?

 

あたし、タケルと一緒に外の海に行ってみたかったンだよ!

 

上級コースになったら、2人で組んでオリン・ゲームにも出たかったのに…。

 

11歳になったらドームの外出許可取って、外で早く動けるように、必死で訓練してたのに…」

 

   

「…キラシャ、だまっていて、ゴメン。

 

キラシャの悲しい顔、見たくなかったンだ。だから、家族にも話さないように頼んだンだ。一緒に食事したら、すぐに顔に出るからって…。

 

絶対、キラシャが反対するのわかってた。

 

だけど…、オレ、またキラシャに会えるって…」

   

「…すぐには帰って来れないの? 

 

5年も10年も先のことなんて、あたしにはわかンないよ!

 

お願いだから、火星へ行かないで! 

 

あたし、ひとりでどうしたらいいンだよ…。

 

タケルがいたから、勉強できなくても、今までがんばれたのに…。

 

タケルがいなくなったら、あたし落第だよ…。

 

ひとりで、上級コースへ進級できないよ…」  

 

「キラシャ。オレだって、がんばって頭に詰め込んでテストに合格して、やっと、火星行きが決まったンだ。もう、今じゃどうしようもないンだ。

 

…オレ、今はうまく言えないけど、キラシャにはわかって欲しい。

 

いつか、話せる日が来ると思うから…」  

 

キラシャは、タケルの頬を伝う涙を見つめた。

 

タケルには、何か大事なことがあるのだと感じた。

 

キラシャのMフォンが、「300secまで、残り10secです」と告げた。

 

「わかった。…もう時間だね」

 

そして、タケルに気持ちを込めて、キラシャは言った。

 

「タケル、…愛してる。いってらっしゃい!

 

きっと会おうね。

 

メールしてよ! 約束だよ!!」

 

キラシャに涙を見せてしまったのが恥ずかしいのか、愛してると言われてテレてしまったのか、タケルはうつむき加減で、涙を乱暴にふき取りながら言った。

 

「キラシャ、わかった。絶対、忘れやしないよ…。元気でな…」

 

その言葉を聞いて、ちょっと満足したキラシャの姿が、ぼんやりとタケルの前から消えた。

 

 

入れ替わりに、タケルの前に先生の心配した顔が現われた。

 

タケルは鼻を赤くしたまま、照れくさそうにお礼を言った。

 

「先生、ありがとう。突然でびっくりしたけど、キラシャと話ができて良かった」

 

しかし、先生は「今まで断った子にも、ちゃんとお詫びのメールを送っておいた方がいいぞ」と注意した。

 

そうでないと、これがもれたら、みんながキラシャをイジめるから…。

 

 

2005-02-18

5.タケルの旅

 

宇宙旅行への手続きを終えたタケルは、家族とともに火星行きの宇宙船に乗り込んだ。

 

彼は、得意なパスボーで、相手を攻め続けて得点することに夢中になるタイプだから、自分を振り返って考えることなんて、これっぽっちもなかった。

   

あれほどにぎやかで、わずらわしかったチルドレンズ・ハウスの毎日が、日増しに自分と関係のないものになってしまったんだと、感じるようになった。

 

 

火星への道のりは、思ったより長かった…。

  

この船は火星に向けて、医療物資を運ぶための専用船で、途中、宇宙ステーションに立ち寄って、新しい機材で住民への身体検査や運動能力の測定を行い、人体に関するデータを収集している。

 

超音速宇宙船に比べると、何倍も時間がかかるので、子供はたいくつな日々を持て余していた。

 

常に動く敵のチームと戦っていたタケルにとって、多少からだを動かせても、周りに変化のない生活が、これほどたいくつでやる気をなくすものだとは、想像もしてなかった。

 

大切な医療機材を積んでいるので、乗組員達はうろつく子供に対して厳しい。タケルが機関室や倉庫に近づいただけで、ゴキブリのように追い払われる。

   

さびしそうにしているタケルを見かけて、両親は心配そうに声をかけてくれるが、厳しい訓練で独立心の芽生えていたタケルは、かえって子供扱いされるのをいやがった。

   

かといって、タケルほど激しいスポーツが得意だという男の子は、見当たらない。

 

共通語が苦手なタケルは、定期的に行われる授業に参加するだけで、友達を作って会話しようという発想がなかった。

 

タケルには、別の目的があったからだ。

 

 

気晴らしに、船内をグルグルと散歩していると、タケルの顔をチラッと見ながら、女の子の集団が、楽しそうに話を咲かせている。  

 

スクールで見かけた子も、何人かいた。

 

自分のうわさかな? と気づくと、思わず笑顔で答えても、照れくさくて話の中に入ることができない。

 

タケルは内心くやしい思いをしながら、女の子の集団から離れて行った。

 

トレーニング室では、いろんなエリアの言葉が飛び交っていたが、スポーツ好きの大人も集まって、地球からのスポーツの映像を見ながら、なつかしそうに雑談している。

 

何を話しているのか、時々耳を傾けながら、タケルは黙々と自分のトレーニングに励んだ。

 

定期的に行われる授業や食事で同席する子とは、ありきたりな雑談を交わすが、自分から進んで友達を作ろうとしないタケルに、周りの子も少し距離を置くようになった。

 

担任のユウキ先生が、タケルの乗った船のメール・アドレスを紹介してくれたおかげで、しばらくはタケルのMフォンに、読み切れないくらいのメールが入った。

 

パスボーを応援してくれた子や、パスボー仲間、同じクラスの子達からは、急にいなくなったタケルのことを心配するメールもあったが、怒りのメールが多い。

 

みんながキラシャをイジめるという先生の言葉も、わかる気がした。

 

『キラシャも負けず嫌いだから、メールに困ったなんて入れてないけど、いろいろ言われてるンだろうな…』

 

タケルはみんなにちゃんと話をしてから、出てくれば良かったと後悔した。

 

とは言うものの、自分のことを冷静に、みんなに説明できるほど、タケルは自分の気持ちの整理がついていなかった。

 

そんなためらいがあって、ファンだった子から、直接話がしたいという、宇宙船のメッセンジャーからの通知に、タケルは断りの伝言を頼んだ。

 

キラシャに会いたかったのは、小さいころから自分の気持ちを素直に言える相手だったから。

 

それでも、タケルが自分の秘密を言い出せないまま、キラシャにわざと不機嫌な態度を取ったのは、タケルのプライドからだろうか。

 

タケルは、相手になめられるのをキラった。女の子に同情されるのも、大キライだ。

 

ただ、キラシャに愛してると言われて、悪い気持ちはしないし、上級コースのオリン・ゲームだって、キラシャと2人なら、ダントツで優勝できる自信はあった…。

 

でも…。

 

タケルは、「まいったなぁ」とつぶやいた。

 

『ケンにダン、それにヒロ。今ごろ何やってるンだろう。

 

ケンは、オレよりキラシャのことを気にしていたから、きっとキラシャが困った時には、助けてくれるさ。

 

ダンだって、弱いものイジメはキライなんだ。オレやキラシャがイジメに巻き込まれた時も、加勢してくれたっけ。裁判になれば、オレよりあいつの方が、要領いいからな。

 

ヒロとは、パスボーのことで、殴り合いの大ゲンカしたっけ。ヒロの異次元の研究が認められて、バッジもらえるトコだったのに。

 

おかげで、ヒロのバッジも、飛び級の話も、パァになっちまった。

 

ヒロさえだまってたら、上級コースやカレッジなんか飛び越えて、ラボラトリでやりたい研究、バンバンできるのに…。

 

オレが悪かったってあやまったら、ヒロは、あれで良かったンだって…。

 

言いたいことが言える仲間がいて、やりたい放題ケンカができて…

 

オレ…何て幸せだったンだろう。

 

殴り合いのケンカだって、もっとやっとけば良かった。今みたいに、何にもできないより、全然やった方がましだよ。

 

この病気さえなかったらなぁ…』

 

タケルの気持ちは、深く沈んだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第3章 美しい転校生 ①③

2021-08-25 15:10:25 | 未来記

2005-02-20

1.アフカ・エリアからの転校生

 

キラシャは、その日も夕食を済ませた後、タケルへ今日のクラスの様子と、明日の予定を入れたメールを送って、シャワー室へ向かった。

 

次の日は、午後にオリン・ゲームの予選会がある。

 

タイムで上位20チームの中に入れば、進級テストの後で行われる、エリアの大会への出場権が得られるのだ。

 

上級コースで、本格的なオリン・ゲームを目指すキラシャは、中級コースのオリン・ゲームのトレーニングにも参加していた。

 

タケルがいる時は、チーム・リーダーでキラシャを引っ張ってくれたので、常に上位の10チームに入れたし、安心してゲームに参加していたが、新しいメンバーは、ケンがリーダーだ。

 

何でも自分で決めないと、納得しないタケルに比べて、ケンは周りを気にして、いい加減に済ませることが多い。

 

ちょっと頼りないリーダーだけど、キラシャはこのオリン・ゲームをきっかけに、元気な自分に戻りたいと思っていた。

 

タケルと最後に話をしたことで、ずいぶんイジメに遭ったけど、ケンにはいろいろ助けてもらったし、マイクとケンのコンビには、遊びにも入れてもらったし、笑わせてもらった。

 

明日のオリンでは、ケンとマイクとキラシャのチームで、なんとか20位以内に入りたいと思っている。

 

入浴をすませて、湯気を立てながらキラシャが部屋へ戻る途中、ホールで女の子と、車椅子の女の人と担任のユウキ先生が、話をしているのを見かけた。

  

『転校生? …ひょっとして、うちのクラス?』

 

タケルがいなくなった後、タケルのいた席はそのままだ。 

 

『もしそうだったら、タケルに知らせようっと』  

 

その夜は、オリン・ゲームとタケルに報告したいことがいっぱい頭に浮かんで、なかなか寝つけないキラシャだった。

 

次の日の学習ルーム。キラシャも眠い目をこすりながら、友達とMフォンでメールのやり取りをしていた。

 

オリン・ゲームが終わったら、休日にクラスの仲間と海洋牧場に行く計画だ。その日は、キラシャの11歳の誕生日でもある。

 

ケンがキラシャを気づかって、みんなで一緒に行こうと誘ってくれたのだ。

 

チャイムが鳴って、学習ルームに入って来た先生と女の子に気がついて、生徒達はメールの手を止めた。

 

先生はクラス中を見渡し、そばの女の子に安心するよう微笑んで、話し始めた。

 

「みんな、アフカ・エリアから来た、とってもチャーミングな女の子を紹介しよう。

 

彼女はこれまで、ホスピタルでやけどの治療を行っていました。

 

名前はパール。

 

このエリアの優秀な医療技術のおかげで、身体は元通りに回復し、しばらくリハビリを続けながら、一緒に学習することになりました。

 

君達もパールから、学ぶことがあると思う。だから、このエリアの習慣に慣れていないからといって、イジメたらダメだよ。

 

パール、みんなにあいさつしてごらん」   

 

その女の子は少しためらったが、先生の方を見て少しうなずき、何度も練習したのか、きれいなMFiの言葉で、話し始めた。  

 

「私はパール。私のお母さん、MFiエリアで生まれました。

 

おばさんも同じドームにいて、このエリアのこと、教えてくれました。  

 

…アフカでは、まだ戦争が続いています。

 

ここで平和を学んで帰りたいです。アフカが平和になるように…。

 

どうぞよろしく」

 

  

子供達は、拍手してパールを歓迎した。

 

パールは、正装用の黄色や赤色の模様が入った民族衣装を身につけていた。アフカは肌の色も黒褐色の人が多いが、パールは色が白い。

 

キラシャと同じくらいの年なのに、パールは女優のように目がパッチリして鼻も高い。くちびるも薄くて、賢そうな感じがした。   

 

やけどをしたというから、顔も整形しているのかもしれない。

 

それでも、気品のある美しい顔立ちに、女の子のキラシャでさえ、目を奪われた。

 

パールがタケルのいた席にすわると、みんな落ち着かないように、チラチラとその席を見やった。

 

先生の話だと、パールは午後のオリン・ゲームを見学するようだ。

 

ゲームに出場する男の子は、転校して来たばかりで何もわからないパールに、イイトコ見せておこうと、やる気満々で午前の授業を終えた。

 

 

お昼の休憩時間。

 

大勢の参加者とゲームのスタート地点へ向かうキラシャ。

 

同じチームで張り切っているマイクから、メールが入った。

 

Mフォンの翻訳は、いろんな言語で、すぐに翻訳して発音してくれるが、その精度は日進月歩だ。

 

人によって、いろんな発音の仕方があるから、万能なMフォンとはいえ、いつも正しい翻訳というのは期待できない。

 

今でもインターネットやスマホの翻訳を当てにしていると、とんでもない会話になって、失笑してしまうことがある。Mフォンも同じだ。

 

だから、MFiエリアでは、社会人のマナーとして、なるべくMフォンを使わず、自分の言葉で話すように、子供達に指導している。

 

それに子供のころから、翻訳までMフォンに頼っていると、普通に共通語を話せる他のエリアの人達から、取り残されてしまうだろう。

 

 

キラシャと同じクラスで、別のエリアを転々としていた転校生のマイク。

 

タケルがいなくなる半年くらい前にやって来たが、ようやくMFiエリアの生活に慣れたようだ。

 

マイクは、男の子とすぐに仲良くなって、MFiの言葉もなんとか話すようになったが、キラシャは時々送られてくるメールのマイク語に、悩まされていた。

 

「マイク、あたしにわかる言葉で、送ってきなよ!」と大きな声でどなると、マイクは「ミジカシィ(難しい)メール キライ」と澄ました顔。

 

転校生がきれいなMFiの言葉を使っていたのに、マイクはマイク語でメールを始めた。

 

[キラシャ アノ ビギャル

 

ウミ ツレテ イク?]  

 

[アノ ビギャル?

 

パールのこと?]

 

[イエー

 

キラシャ ドウ?]

 

[マイク…

 

カノジョ ヤケドでしょ?

 

ウミはムリ!]

 

[デモ オレ

 

パールト イッショ イイ!] 

 

 

キラシャは、Mフォンから目を離し、近くにいるマイクに話しかけた。

 

「…マイク。海洋牧場でイルカと遊ぶより、きれいな女の子と一緒に船の中で見学する気?

 

マイクってさ、コズミック防衛軍のパイロットになるのが夢じゃなかったの?

 

女の子とイチャツイテ、空の英雄になれると思ってンの?」

 

マイクは、キラシャの早口に面食らったのか、ケンの方に助けを求めた。  

 

キラシャは、タイミング良く来たケンに怒鳴り始めた。  

 

「ケン、ナンなの?

 

あたしの誕生日に付き合って海洋牧場に行くより、

 

きれいな子と遊びたいンだったら、正直に言えばイイじゃない!」

 

すると、ケンは不思議そうな顔をして、こう言った。 

 

「何のこと…?

 

オレは、仲間を増やして行こうよって言っただけだよ!」

 

 

マイクは顔を赤らめながら言った。 

 

「パール マダ トモダチ イナイネ。

 

ナカマニ シヨウ!」

 

キラシャは頭を抱えた。

 

「…アノネ、マイク…」

 

海洋牧場では、みんなでイルカと泳ぐのを楽しみにしていたキラシャ。

 

でも…。

 

転校生を自分達の仲間に入れておくことは、これからの友達づきあいを考えると大事なことだ。

 

ケンは、キラシャに聞こえないように、マイクにささやいた。

 

「マイク。海洋牧場のことは、オレにまかせろ。マイクは次の予定を立てろよ…」

 

マイクは、軽くうなずいた。

  

ケンは、キラシャに対して言い訳を始めた。

 

「マイクは、女の子を誘うのがヘタなンだ。今日来た転校生に遊びに行こうなンて、気が早いよ。

 

だいたい、サリーとエミリが許すわけがない。マイクはあいつらのアイドルなンだ。

 

オレがなンとかするから、今度の休日は海洋牧場に決定だよ!」

 

 

サリーもエミリもキラシャの遊び仲間。

 

マイクが転校して来てから、マイクの妙なMFiの言葉に笑いコケながら、この2人が正しい発音を教えた。  

 

このエリアには珍しく、マイクはプーさんのように太っている。おかげで、転校して来てから、女の子には妙にかわいがられていた。

 

『フン。どうせケンが知恵出したンでしょ…? 

 

それくらい、長い付き合いだからわかってるよ。

 

ケンってば、自分で女の子に話しかけて、すぐ調子に乗ってイヤがられるじゃない。

 

まったく…』

 

きれいな転校生を目の前にしたとたん、ケンやマイクまでが、女の子への競争心に燃えてしまったようだ。

 

キラシャは、男の子の心変わりの早さにあきれてしまった。 

 

でも…

 

タケルがいなくなってから、ケンは前と変わらずキラシャの良い友達でいてくれた。

 

他の子は、平気でイジメに加わってたのに…。

 

オリン・ゲームだって、ケンとマイクが同じチームに入れてくれたから、キラシャもこうやって、やる気を取り戻せたのだ。

 

ここは、敬愛なるケンとマイクを立てることにした。  

 

「それじゃあ。いい?

 

今日のオリン・ゲームで、タイムが30位以内に入ったら、海洋牧場に誘ってみる。

 

それがダメでも、次はどっか一緒に行こうって誘ってみるから、がンばってね」

 

 

マイクとケンは喜んで、OKの合図をした。  

 

「あ、それと、次の予定はどこでもいいケド、サリーとエミリはイッショでいい?」 

 

キラシャがたずねると、マイクはエーッと顔をしかめながら、力なくうなずいた。

 

2005-02-27

2.タケルの秘密

 

その昔、「宇宙大作戦」というアメリカのテレビドラマと映画があったのを知っているだろうか。

 

あのバルカン人は、耳の上がツンととがっていて、地球人にはない特殊な能力を持っている。

 

地球以外の場所で暮らしていると、その場所に適応した体形や能力を持って、生きてゆくようになるのかもしれない。

 

それをくわしく調査するための医療研究者が、たくさん船に乗り込んでいた。

 

タケルの父トオルは、耳専門の医療技師。

 

火星で発生する、聴感覚の変異についての研究を担当する。

 

母のミリもその助手として働くために、耳を含めた皮膚に関する医療の資格を取っている。

 

トオルは、遺伝的な障害で、子供のころからだんだん耳が聞こえなくなっていた。

 

ミリも突然の大きな地震で、壁に激しく頭を打ち、耳が聞こえない時期があった。今でも、急に耳鳴りがして、聞こえづらいことがある。

 

耳に障害を持つ両親にとって、2人が結婚を決めてから、長年の夢を実現するための移住だった。

 

2人とも、新しいピコ・マシンの開発によって、普段は他の人と変わりのない生活を送っていた。

 

それでも、100%聞こえているわけではない。

 

タケルの場合、トオルの遺伝を受け継いでいたが、小さいころからトオルの開発したピコ・マシンを注入していたから、自分の生活に何の不便も感じたことがなかった。

 

キラシャや周りの子供達も、タケルがごく普通に生活していたので、耳の病気が問題になるなんて、誰も想像もしなかったのだ。

 

しかし、パスボーで活躍していたタケルは、なぜ両親と一緒に火星へ行くのだろう?

 

自分の思うようにならないと、すぐイライラして人やものに当たってしまうタケルは、人と協調して学ぶということが苦手だ。  

 

タケルが周りに騒がれるほどパスボーの才能に目覚め、自分の活躍を鼻高々に自慢するようになった頃、タケルの変調に気づいたトオルは、こう告げた。  

 

「君がパスボーを続けることに、そろそろ限界が来ているかもしれない」

 

タケルには、すぐには理解できない言葉だった。

 

なんとなく、音や人の声がかすれて聞こえるのは確かだった。でも、パスボーができないなんて信じられない。

 

納得できないタケルは、両親と一緒にホスピタルに行き、自分の耳が今後どうなるのかをシミュレーションしてもらった。

 

担当の医療技師は、パスボーのコート上で響くコールや歓声、騒音のような激しい音楽を毎日聞いていることが、タケルの耳の機能を低下させていると伝えた。

 

遺伝的な要素もあって、これから半年足らずの間に、タケルの聴力は急激に衰えるとも。

 

タケルの聴力が、何%か減っただけでも、今までのようなすばやい動きはできないし、パスボーの得点のキーパーソンとしての活躍は望めない。

 

本当は、研究を続けたい両親だけが火星に行き、研究に成果が現われたらタケルを呼び寄せるはずだった。

 

しかし、このままだと大好きなパスボーができなくなるという現実と、いつも自分の味方になって勇気付けてくれる両親が、ずっと自分から離れた所にいるという不安。

 

負けず嫌いで、人に自分の弱い所を見せることのできないタケルには、そんな毎日が耐えられそうになかった。 

 

『火星に行けば、耳が聞こえるより、もっとすごい感覚が生まれるかもしれない』   

 

それが、タケルの火星を目指す理由だ。 

 

しかし、時が流れるのが日に日に長く感じられる。

 

火星に向かって行く宇宙船の中で、タケルのひとりぼっちのガマン大会が続いた。

 

2005-03-05

3.クラスの仲間

 

オリンの試合が始まる前に、キラシャと海洋牧場へ一緒に行く予定の、学習ルームの仲間のことを紹介しておこう。

 

パスボーチームでは、タケルの抜けた後、シューターとしてがんばっているケン。

 

ケンは血のつながった両親ではなく、登録されていた人の中から選ばれたおじさんが保護者だ。

 

でも、気が合わなくて、しょっちゅうグチをこぼしている。

 

ケンは両親ともあったことがないし、自分の名前も誰につけられたのかわからない。

 

親がわからない子は、上級生にイジられやすいので、キラシャがケンを励まそうと、おじいさんの所に誘った。

 

ケンは、キラシャとおじいさんの話の世界に入り込み、何度も話の続きを聞きに行くようになった。

 

最近では、キラシャもおじいさんの所へ行くのがおっくうになり、ケンがひとりで会いに行くこともあった。

 

キラシャのおじいさんは、休日に子供達を集めては、海の冒険話を子供達に聞かせてやっている。

 

その中でも、おじいさんの話す外海の世界に一番関心を持っていて、話の続きを催促するケン。

 

おじいさんの方も、ケンのことを誰よりかわいがってやっていた。

 

だから…ではないようだが、ケンはキラシャの方も気になるらしい。

 

タケルがいない今は、自分がキラシャのナイトにならなくちゃと、張り切っているようだ。

 

 

マイクも、複雑な生い立ちだ。

 

両親はマイクが生まれて、すぐに離婚している。

 

植物学者の父親と一緒に、戦争をしているエリアを避けながら、転校を繰り返していた。

 

食べ物に心配のないエリアばかり移住していたので、いつの間にか縦も横も大きく成長してしまったようだ。

 

少し甘えん坊のマイクだが、別れた母親はフリーダム・エリア出身で、コズミック防衛軍のパイロット。

 

マイクも、将来はカッコいいパイロットを目指しているが、それでもおやつをポケットから取り出しては、口を動かすのが習慣になっている。

 

そのおやつは、いつも途切れることなく、マイクの母親から送られている。

 

 

タケルと口ゲンカを繰り返していたヒロは、宇宙考古学が趣味で、将来を期待されるような技術者を目指している。

 

ヒロの頭の中には、地球より千年も文明が進んだ星、フィラが存在しているらしい。

 

すべてが合理的なシステムのフィラでは、パスボー・ゲームみたいなエネルギーの無駄使いで、非効率的なゲームはあり得ないと、ヒロは時々タケルをからかっていた。

 

オリン・ゲームでも、ヒロは無駄なエネルギーを使って、他のチームと早さを競争するよりも、エネルギーを使わず、最も効率的な移動にこだわりを持っている。

 

ヒロは、今日も運動が苦手で、自分の説に耳を傾けてくれる従順な仲間を選び、ボックスを最大限に使った、最短コースでゴールするのが目的で参加する。

 

 

男子のリーダーのダンは、父親もおじいさんも裁判官。ジュードーやレスリングも習っているので、スポーツは得意だが、ケンカも強い。

 

ケンカが過ぎて、子供裁判のお世話になることも多いが、キチンと自分のケンカの理由を説明して、罰もまじめに受けているので、先生方からの評判は良い。

 

でも、裏では親分を気取って、子分にした子をアゴで使うこともあるようだ。

 

ケンやマイクも、以前からダン好みのかわいい子に声をかけていたから、パールだって、ダンから誘うよう指図されたのかもしれない。

 

 

クリエート・エリア生まれの、ちょっと独特な雰囲気を持つジョン。

 

やさしい男の子だから、かなりイジメを受けたらしく、本人の希望でこのエリアにやって来た。

 

彼はアニメの映画監督になるのが夢で、授業中も先生から注意を受けない限り、アニメ作りに熱中するマイペースな男の子だ。

 

クリエート・エリアは、いろんなアイデアを商品化する人が多いので、どの分野も競争率が高い。

 

子供のアイデアを盗んで、商品化して儲けようとする人もいるが、作品の著作権や特許権については、あまり保護されていないようだ。

 

ジョンも、自分の作品を無断で、他の人の作品として使われてしまったことがあるらしい。だが、被害を訴えても、扱う件数が多すぎるのか、エリア警察は何もしてくれない。

 

MFiエリアには、子供裁判があると聞いて、自分や自分の作品を保護してもらえるかもと思って、やってきたようだ。

 

ただ、イジメに関しては、子供裁判で訴えることができるが、著作権などの問題は、MFiエリアでも、まだ子供裁判で保護できるルールと対策が十分ではないようだ。

 

MFiエリアにも、自分でゲームやアニメ作品を作って、スクール卒業後のカレッジへの進学や、その後の活動資金に充てたいと頑張っている子供達がいる。

 

だが、競争が激しくて、アイデアの盗み合いは日常茶飯事だ。

 

子供裁判でも、アイデアを盗まれた子から訴えがあると、著作権などの権利が認められたら、アイデアを盗んだ子には罰を与え、報酬を返還するよう説得をしている。

 

ただ、人からアイデアを盗むような子は、報酬を自分の遊びたいことにすぐ使ってしまい、訴えた子に返還される確率は低い。

 

だから、報酬を与えたゲームやアニメ会社などと交渉して、本来の権利を持つ子に、改めて報酬を渡すよう、ルール・ラボで新しいルール作りを検討している。

 

これによって、自分の作品と偽って報酬を得た子は、スクールを卒業するまでに返還しないと、報酬をくれた会社から、詐欺で訴えられることになる。

 

また、本人に無断でコピーされた作品とわかっていて、会社の方が黙って使用していた時は、子供裁判で発覚すると、すぐに本格的な裁判に移行して、会社が訴えられることになる。

 

才能のある子供の権利を、大人社会が奪っている事実を見過ごしにしていると、そのエリアにいる魅力を失って、権利を大事にしてくれるエリアに才能という財産が流れ出てしまう。

 

他のエリアで才能を認められた子供の過去の作品が、他の子の作品として盗用されている事実を知った所属の会社が、権利の復権を裁判にかけて、盗用を黙認した会社と争うこともある。

 

さて、今日のオリン・ゲームで、ヒロから同じチームでやらないかと誘われたジョンだが、今は次のアニメ作品の構想で頭がいっぱいらしく、ゲームは見学することに決めたらしい。

 

スポーツも勉強も得意で、キラシャよりボーイッシュな、リーダー的存在のマキ。

 

性格があっさりしているから、ケンカしても、タケルみたいにすぐ仲直りできるし、キラシャとはいろんなスポーツで競い合えるライバルだ。

 

オリン・ゲームの中級レベルは3人1組で、男女の区別はない。

 

キラシャとタケルがコンビを組むと、タイムだけはいつも上位なので、スポーツの指導者を目指すマキも、一緒のチームを組んでいた。

 

マキは、チェック地点の問題の正解率も高いので、個人成績ではトップクラスの常連だ。

 

チーム・リーダーのタケルがいなくなってからは、マキはキラシャとは組まず、キラシャと同じ部屋のコニーとカシューと組んでいる。

 

彼女らはいとこ同士だ。

 

朝のトレーニングの時も、「今日はライバルだから、チーム記録も負けないよ!」とキラシャに声をかけて来た。

 

 

マギィとジョディの2人は、タケルがいなくなったら、別のスポーツの選手がカッコいいと言って騒いでいる。

 

タケルとキラシャが最後に話したことが、周りに知れ渡るようになると…。

 

2人がキラシャに呪いのメールを送るよう、他の子にも強制し始めたが、キラシャはいっこうにめげる様子はなかった。

 

それに、タケルにいじわるなメールを出しても、まったく返事がなかったので、キラシャにも関心がなくなったようだ。

 

 

キラシャにとっては、タケルがそばにいないことの方がつらかったので、周りの女の子にイジメを受けても、逆に励みになっているように思えた。

 

『だって、タケルのこと本当に好きだったもン。タケルも絶対忘れないって言ってたし…。会えないのは、ホントつらいけどね…』

 

 

小さいころから一緒だったサリーやエミリは、キラシャにどんなことがあっても、仲間ハズレなんてしなかったし、いつもと同じように声をかけてくれた。

 

ケンとマイクは、他の男の子との友情より、キラシャを遊び相手に選んでくれたし、オリンのチームにも入れてくれた。

 

『やさしい友達に感謝しなくっちゃ…』

 

 

マギィとジョディは、チアガールの子と3人でオリン・ゲームに出場するが、この2人の機嫌を損ねるようなことをしたら、その子は後でいやというほどイジメられる。

 

女の子のイジメは、怖いのだ。

 

休日に海洋牧場に行くのだって、キラシャは誘わなかったのだが、オリンが始まる前に、急に行きたくなったからと言って、参加を申し出て来た。

 

また、何かたくらんでいるんだろうかといやな予感がしたが、断る理由もなく、なるべく2人には気をつけようと、キラシャは思った。

 

 

サリーとエミリのコンビは、スポーツは苦手だけど、歌が好き。

 

2人で作った曲を一緒に演奏したり、歌ったりして楽しんでいる。

 

オリンでは、マイクと走りたがっていたが、キラシャにユズってくれたようだ。

 

上級コースの恋愛学で、誰をパートナーに選ぶのか、興味が高まる時期でもある。

 

今回は、隣のクラスでちょっとイイ感じの男の子に、2人がかりで誘い込み、レースに参加しながら、パートナーの適性を確かめようとするサリーとエミリ。

 

父親の仕事の都合で転校して来たマイクは、また他のエリアに転校するかもしれないから、2人ともパートナーの対象から外している。

 

いつまでも、マイクをからかって、おもしろがっている場合ではないのだろう。

 

 

また、海洋牧場へは一緒に行かないが、この2人は同じクラスでも、ちょっと変わった存在なので、紹介しておこう。

 

オリエント・エリアから来た12歳のカイと、初級コースから編入して来た7歳のニール。

 

  

カイは、すんなりとクラスに溶け込んだマイクと違って、同じエリアの言葉の通じる仲間とは、普通にしゃべっているが、他のエリアの子だと共通語か、片言のMFi語で、少ししか話さない。

 

一方のニールは、同じ年の子供達と学習するより、自分の研究を早く始めたいという希望があって、この中級コースを選んだ。   

 

2人とも、同じクラスに長く居続けるつもりはない。  

 

カイの方は、オリエント・エリアで暴動が起きる前に、家族とMFiエリアへたどり着いたのだが、規律正しすぎる生活や、親切すぎるMフォンになじめない。

 

カイ本人は、移民クラスに行きたかったようだが、家族がこのエリアに定住したいと考えていたので、しぶしぶそれに従っているという感じだ。

 

 

一方のニールは、女の子達のかわいいマスコット。

 

マイクがプーさんなら、ニールは、ピカチュウだろうか?

 

好奇心の強い女の子は、自分よりうんと年下で、まだまだかわいい顔のニールが、難しいプログラムに取り組んでいるのが、不思議でしょうがないらしい。

 

先生の話によると、ニールほどの知能があれば、すぐにでも上級コースに進んで良いのだが、上級コースの大半は、ディベート形式の授業や実地訓練が多い。

 

だから、まず知識を吸収するという点では、中級コースに所属するのが一番なのだ。

 

  

しかし、ニールは、いったいどんな研究をしたいのか?

 

時々、それがクラス中の関心事となる。

 

 

高度な知能を持つ生徒では、先輩格のヒロ。

 

彼が言うには、今よりもっと効率的なエネルギーの開発方法があるらしいとのこと。

 

これ以上は、言ってもわからないし、ひょっとすると、これですごい金もうけになるから、秘密にしといた方がいいのかもしれない、とも付け加えた。

 

未来の技術は、未来の子供達によって、思いもよらないような新しい進歩を遂げるのだ。

 

ニールがこのクラスに編入してから、生徒は感化されたように、授業中に先生を困らせるような、難しい質問をするようになった。

 

キラシャのクラスを担当する先生達は、生徒の突拍子もない質問に、少々戸惑いながら、Mフォンを最大限に使った説明に追われた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第3章 美しい転校生 ④⑤

2021-08-24 15:12:30 | 未来記

2005-09-12

4.オリン・ゲーム(1)

 

オリン・ゲームは、初級・中級・上級レベルに分かれて、順番に行われる。

 

参加するのは、スポーツの時間にオリン・ゲームを選択した生徒と、大会へ出てみたい希望者。

 

競技に参加しない生徒達は、オリン・ゲームの手伝いや、応援をするようになっている。

 

初級レベルのゲームは、5人1組でスクール内のチェックポイントを通り、ゴールする。距離も短いので、ゲームが終わると、すぐに中級レベルの応援に駆り出される。

 

中級レベルのゲームは、コメット・ステーション広場がスタート地点。人通りの少ない時間帯に、スタート時間が設定されている。

 

ゲームでは、問題が出題されるポイントもある。学習意欲を向上させるのが目的なのだが、勉強の苦手なキラシャは、いつもこの点数でチームの足を引っ張っていた。

 

予選会の成績は、チームのタイムと、3人の問題の正解数が、総合成績として記録に残る。

 

個人成績としては、チームのタイムと自分の正解数が、単位を取得するための評価の対象となる。

 

エリアの大会では、タイムの方が重視される。上位20位までの出場権を獲得したチームのうち、上位30位までの選手と入れ替え可能で、新しいチームを結成し、大会に臨む。

 

オリン・ゲームの開始時間が近づき、大勢の選手がスタート地点に集まった。

 

時間になると、スターターの先生が合図を送り、チームのリーダーにゲーム用のマップを送信。

 

マップを受信したリーダーは、Mフォンの先に3Dホログラムで街のマップを広げ、同じチームの3人でチェックポイントを確認する。

 

今回のチェックポイントは8ヶ所で、そのうち問題が設定してあるのは、広場にある3ヶ所。そして、ゴール地点はスクールのトレーニング場。

 

出発するのはいつでも良い。チェックポイントを通る順番を決めたら、すぐに飛び出すチームもいるし、じっくり考えて走り出すチームもいる。

 

同じクラスの子達も、広い通路の両側で、手を振りながら応援している。

 

キラシャのチームの場合、スタート地点の広場のチェックポイントは後回しにして、少し離れたボックスへ一緒に飛び込み、次の階のチェックポイントへと進んだ。

 

オリン・ゲームの極意は、なるべく人の少ないルートを探すこと。

 

Mフォンが混雑情報を伝えてくれるので、わざと寄り道して、ゴールに近いチェックポイントを先に通過することも、上位のチームは積極的にやっている。

 

キラシャもタケルと組んだ時は、そうやってチームの総合成績に貢献していた。タケルの場合、成績は悪いのに、勝負となるといろんな知恵を出して来る。

 

「次は、ここの人のいないボックスを使って、2階上のチェックポイントを目指そうぜ。その次は、こっちのチェックポイントだからな」

 

キラシャとマキの手を引っ張って、走り出すタケル…。

 

キラシャがタケルの背中を見つめていると、いつの間にかケンの後姿になっていた。

 

ケンはキラシャの視線に気が付いたのか、ニヤッと笑った。

 

「オレがタケルだったら良かったのになぁ」

 

思わず顔を赤くして、足がもつれそうになるキラシャ。

 

マイクもニターっと笑っていたが、キラシャを見ていたのではないようだ。

 

「パール イタ。オレ ガンバル!」とうれしそう。

 

『そういえば、ユウキ先生とジョンとパールが、通路で声援を送ってたっけ。

 

そうか、マイクは本気でパールにイイトコ見せようとしているんだ…』

 

パールを探そうと、後ろを振り返るキラシャの手を握って、マイクはあわてて引っ張った。

 

 

「タイムだけでも、20位内を目指そう!」

 

3人は声をかけ合いながら、チェックポイントを目指して、ボックスへと急いだ。

 

せまい場所のチェックポイントは、通路沿いに設置してあるので、近づきながら証拠のメールを受信すれば良い。

 

このチェックポイントのメールは、チームが10mくらいまで近づかないと、受信できないように設定してある。

 

チェックポイントの近くには、ニセモノも設置してある。マップで確認しながら、ホンモノかどうかメールを受信しないとわからない。

 

広場のチェックポイントでは、問題を受信して答えなくてはならない。この順番をどうつなげて行くかが、勝敗を決めるポイントだ。

 

常に移動するパトロール・ロボットにも、チェックポイントが仕掛けられている。

 

このロボットもクセ者だ。ニセのロボットも何台かうろついている。これもメールを受信できる位置まで近づいて、確かめなくてはならない。

 

キラシャのチームは、せまい場所のチェックを優先して、問題が出題されるチェックをなるべく後回しにした。

 

このメンバーでは、問題の正解率に期待ができない。早くから問題に取り組んで、落ち込んでしまったら、後を引いてしまうからだ。

 

4番目のチェックポイントをクリアし、パトロール・ロボット2機が、近くで移動中だとわかった。

 

「どうする?」とケンは、キラシャとマイクにたずねた。

 

「パトロール・ロボットは、ホンモノを見つけるのがやっかいだし、後回しにしようか」

 

タケルなら、自分の判断でルートを決めてしまい、マキがOKを出したら、キラシャが意見を言ってもすぐ却下されていたが、ケンはすぐ2人にたずねてくる。

 

『考えてると、時間がロスしちゃうんだけど…』

 

マイクも判断がつかなくて迷っている。みんな、疲れて頭が働かない様子だ。

 

「休憩所でドリンクをもらって、考えようか?」

 

いつもは頼りないが、時々、素晴らしく気の利いたことを言ってくれるケン。

 

パスボーでも、最近シュートが成功する確率が上がって、少しは自信が出て来たようだ。

 

3人はボックスを使って、休憩所へと移動した。

 

休憩所は、ボランティアでドリンクをサービスする大人と、それを手伝う子供達と、選手でいっぱいだ。

 

下級生達に、「キラシャ、がんばって!」と声をかけられ、急いでドリンクをもらって、一息ついた。

 

マキのチームは休憩が終わって、キラシャのそばを通り過ぎようとした。

 

「マキ、何ヶ所終わった?」とキラシャがたずねると、「4ヶ所だよ。問題は全部答えたし、あとはロボットと、3か所のチェックポイントでメールをキャッチするだけ」とマキは余裕で答えた。

 

「うちも4ヶ所だけど、まだロボットと問題が3つ残ってるンだ。

 

マイクがあの転校生の応援で、ナンだか異常に張り切っちゃって。ゴールまで持つかな?」

 

マイクが真っ赤な顔をして、キラシャの口を覆った。

 

マキは「お先に…」と軽く手を振って、次のポイントへ向かい始めた。

 

後を追うコニーとカシューは、ちょっとふくれ気味で、イライラしているようにも見える。

 

ケンはその様子を見て、「マキのペースに合ってないンじゃないかな、あの2人」とつぶやいた。

 

今日はやけに張り切っているマイク。

 

「ツギノ ポイント ドコ?」とケンにたずねた。

 

「ロボットの周りは、どこも人が多いから、残しておいた最初の問題を目指そう!」

 

ケンの案に、2人も同意した。

 

「マイク!まだ走れる?」

 

「OK!」

 

「よし、じゃあがんばろうぜ!」

 

3人は手をつないで、混雑していないボックスへ向かった。

 

2005-09-26 

5.オリン・ゲーム(2)

 

広場のチェックポイントでは、メールと一緒に問題が送られて来る。

 

「フリーダム・エリアの初代大統領の名前は?」

 

「ユニバース・エリアで製作された、最大の宇宙ステーションの名前は?」

 

「クリエート・エリアで生産されている、輸出量の多い食料を3つあげよ」

 

「ユートピア・エリアで行われている雇用政策を何と言う?」

 

「MFiエリアのドームで使う、一日の平均エネルギー量は?」

 

「ヒンディ・エリアで伝えられている宗教哲学は?」

 

「アフカ・エリアの多民族政策とは?」

 

「地球から火星までの距離は?」

 

答えは選択式だから、正解と思う番号にタッチすればよいが、授業の成績にもつながるので、できれば慎重に答えたい。

 

ただし、チェックポイントには見張りもいるし、視線が問題からはずれるとMフォンが警告を出すから、教え合うこともできないし、制限時間もある。

 

3人は黙々と、Mフォンの問題の答えを選んで、全部解き終えると、すぐに返信。

 

2か所の広場のチェックポイントを通過すると、次はロボットを追いかけることにした。

 

キラシャのチームも、途中でまたマキのチームに出会い、競争してロボットを追いかけた。

 

でも、受信の結果は「残念でした(^_^;)、ハズレです!」

 

マキのチームは、早めにハズレに気づいて、近くのボックスへ飛び込んだようだ。

 

もう姿はない。

 

「やられたな…」

 

ケンもすぐにMフォンで、混雑情報を確認。

 

どうも下の階にいるロボットが怪しい。他のロボットの周りより、明らかに近づいてゆく人数が多いからだ。

 

3人は下の階へ移動して、ロボットを追った。マキのチームは見えない。

 

内心あせりながら、子供達に囲まれたロボットへ近づいた。

 

メールを受信したMフォンから「チェックポイント通過。おめでとう(*^_^*)、当たりです!」のコメント。

 

後は、ゴール前の広場の1ヶ所だけ。

 

マキのチームが、まだゴールしてないことを願いながら、最上階の少しゴールから離れた場所を目指し、ボックスへ。

 

混雑で何秒か待たされたが、無事に転送された。

 

広場のチェックポイントにたどり着くと、もうゴールへと向かっているチームが見えた。

 

キラシャのチームも、受信した問題を秒殺で解き、返信すると、勢いよくゴール目指して走った。

 

トレーニング場の観覧席には、応援しているチームのゴールを待つ子供達でいっぱいだ。

 

前の方で、ダンが子分を引き連れて走っていた。

 

何チームかと競い合いながら、団子状態でゴールした。

 

「何位だろう?」

 

Mフォンで順位を確認すると、ゴールの瞬間が浮かび上がり、28位という表示が見えた。

 

「タイムは28位か…」キラシャは、がっかりした。

 

「…タイムだけでも、20位に入りたかったなぁ」

 

「惜しかったけどな。まぁ、そう簡単に20位には入れないよ」と、ケンは言い訳した。

 

マイクの返事がなかったので、あわてて周りを見回すと、ゴールのそばで倒れたまま、動こうとしないマイクがいた。

 

「だいじょうぶ? マイク…」キラシャは、マイクが息をしているか心配で、のぞき込んだ。

 

マイクは、寝っ転がったままゼイゼイ言いながら叫んだ。

 

「キラシャ ヤクソクだヨ!

 

パール イッショ イケルネ!

 

ヤッター!!」

 

 

ゲームの補助員がゴールのじゃまにならないよう、吐きそうになっているマイクを車椅子に乗せ、口にタオルをあてて、あわててホスピタルへ連れて行った。

 

キラシャとケンは、後でマイクのお見舞いに行くことにして、18位で大会への出場権を得たダンに、「おめでとう!」と言って、仲間のゴールを待った。

 

数分後、マキがコニーとカシューに両脇を抱えられながら、ゴールへと入って来た。

 

「どうしたの?」と聞くと、「ちょっとね…」とマキが苦笑いした。

 

コニーとカシューは、口をそろえて不満を言った。

 

「マキ、早すぎ!」「私ら無視して、急ぎ過ぎ!」

 

コニーとカシューは、自分達のリズムを持っている。

 

マキのペースの速さに切れてしまい、ついカッとなって、マキの手を2人でパッと離したらしい。

 

「マキってさぁ、ひとり決めなンだモン。もう少し、あたしらのペース考えろっての!」

 

「そうだよ。あたしら、別に大会に出たいわけじゃないンだ。

 

休憩、短いしさ。早けりゃいいってモンじゃないよ!

 

やっぱり、ペースってダイジだよ…」

 

マキは気まずい顔をして、傷ついたひざをのぞき込み、キラシャを振り返って苦笑いした。

 

キラシャも、マキを見て微笑んだ。

 

そういや、タケルがチームリーダーで、無茶苦茶引っ張った時は、2人でぶつくさ言ってたっけ。

 

「タケル!マジ早~。休憩しよ~!」って。

 

そこへ、ヒロとニール、隣のクラスの賢そうな男の子、3人でゴールした。

 

ヒロは「もう少し、早くゴールできる予定だったンだけどな。

 

休憩所で異次元の話を始めたら、止まンなくなっちゃったよ」と言って、ニールと笑った。

 

サリーとエミリも男の子を引っ張って、戻って来た。2人とも浮かぬ顔だ。

 

背が高くてやさしい顔をした男の子が、バイバイと言って離れて行ってから、キラシャに向かって、がっかりした表情を見せた。

 

「あの子とは、合いそうにないね」

 

「周りに振り回されてばっかりだモン」

 

サリーもエミリも、自分達を引っ張ってくれるパートナーの男の子を探していたのだ。

 

同い年の男の子は多いけど、なかなかタイプの子を見つけるのは難しい。

 

上級コースが始まるまで、最初のパートナー選びは、これからも続くようだ。

 

中級レベルのオリン・ゲームが終わると、ドームの外でがんばっている上級レベルの選手達を映像で応援した。

 

トレーニング場には、巨大な3DホログラムでゲームをLIVEで映し出すコーナーもある。

みんな思い思いの場所ですわったり寝転んだり、友達とおしゃべりしたり、ドリンクを飲みながらの観戦だ。

 

キラシャの部屋の先輩ルディとパートナーのジャン、美男美女2人の映像が映し出されると、ヒューと口笛が鳴り響き、うらやましそうな声援が飛んだ。

 

でも、やっぱり社会人の方が断然早い。スクールの生徒は、最上級生の8位が最高だった。

 

今回は、行方不明者もなく、負傷者が多少出ただけで、ゲームは無事に終わった。

 

キラシャは鼻歌を歌いながら、海洋牧場の準備を楽しそうに始めた。

 

『タケルがいれば、最高なンだけどなぁ~』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第4章 キャップ爺

2021-08-23 16:18:44 | 未来記

2005-10-13

1.プレゼント

 

海洋牧場へ行く前の日。

 

キラシャは、しばらく会わなかったおじいさんに、誕生日の前祝をしてやろうと声をかけられ、オールディ・ハウスへ寄ってみた。

 

“キャップ爺”。キラシャはおじいさんを尊敬して、時々こう呼ぶ。

 

おじいさんは、空中ボートの船長だった。空中ボートはドローンが進化した飛行機で、空だけでなく、海にも潜れる未来の乗り物だ。

 

おじいさんが船長だったころは、外海の魚を獲るために使っていた。

 

小さいドローンは、ドームのいたるところで使われているが、ドームの外で飛ぶ空中ボートは、パトロール隊の救助活動か、観光のためにしか使われていない。

 

おじいさんの影響で、海の大好きなキラシャは、午後のスポーツの時間に、ダイビングも選択していた。

 

タケルが火星へと旅立つ前までは、海中ドームでイルカの調教師になろうと思って、訓練に励んでいたのだ。

 

おじいさんは、久しぶりにやって来たキラシャを歓迎すると、誕生日のプレゼントだと言って、イルカ・ロボットを手渡した。

 

海のパトロール隊にも使用されているイルカ・ロボットは、初めて海洋牧場で見かけた時から、キラシャがずっと欲しがっていたものだ。

 

しかし、このロボットには制限があって、パトロール隊の司令官から許可を受けた者でないと所有者になれない。

 

ほんのささいなことで始まる友だちのケンカにも、すぐに巻き込まれてしまうキラシャ。

 

罰を受けた回数も多いので、すっかりあきらめていたのだった。   

 

「キラシャは、熱心に海洋牧場に通っていたからな。

 

おまえがいつもイルカと仲良く泳いでいたのが、パトロール隊でも評判だったそうだ。  

 

知り合いのパトロール隊員にイルカ・ロボットの話をしたら、司令官にうまく話をつけてくれた。

 

聞けば、このごろはおまえさんもケンカもせず、いい子にしていたそうじゃないか。

 

それより、キラシャや。

 

おまえがもし、危険な目に合った時は、このイルカがすぐにアラートを発信してくれるそうだ。

 

海の深い所へでも、パトロール隊がすぐに駆けつけてくれる。

 

いいかい。これは、ただの遊び相手ではないぞ」

 

 

『…キャップ爺、何もわかってない。

 

あたしがおとなしかったのは、タケルがいなくなったからだよ。

 

11歳になったら、ドームの外出許可が出るっていうのに…。

 

タケルったら急にいなくなっちゃうんだもン。がっかりだよ。

 

もう、ドームの外に出てもつまんないから、当分は出ることないと思うけどね…。

 

それに、危険な目にあった時は、Mフォンがアラートを発信してくれるンだ。

 

近くのパトロール隊が、すぐに救助してくれるから、よけいな心配しなくていいのに…』

 

キラシャは内心そう思ったが、笑顔で「ありがとう!」と言い、

 

おじいさんの頬に軽くキスをして、感謝の気持ちを表した。

 

さっそく、ロボットをチャッピと呼ぶことにしたキラシャは、自分のピコ・マシンとの反応が良好か、確かめた。

 

チャッピがピコ・マシンに反応することで、Mフォンからいろんな操作ができるからだ。  

 

チャッピをカメラで撮ると、Mフォンがひとつひとつの機能を3Dホログラムで見せながら、どのように操作するのかを説明する。

 

キラシャは、キャップ爺がそばに居るのもすっかり忘れて、真剣に操作を自分でやってみては、その使い方を確認した。

 

半分以上は、すぐには覚えられない内容だったが、チャッピの持つ機能を知れば知るほど、その素晴らしさを感じた。

 

キラシャは、そばでじっと見守っていたおじいさんにやっと気が付くと、今度は両頬に熱いキスをした。

 

「キャップ爺! 明日は、海洋牧場に必ず持って行くね」と約束した。

 

キラシャはお礼に、久しぶりにおじいさんの昔話に付き合うことにした。

 

2005-10-16

2.海の王(1)

 

キラシャの笑顔に満足して、おじいさんはいつもの昔話を始めた。

 

海中ドームの周りに、海洋牧場がオープンしてから試行錯誤を繰り返し、外海の珍しい生き物をボートでつかまえては、ドームへと運んでいたころの話だ。   

 

ただ、おじいさんの冒険話には、時々アンビリーバブルな話も混じっている。

  

例えば、無人島に放射能がたくさん持ち込まれたとかで、トカゲが巨大化して、恐竜王国ができているんだとか。

 

北極が温暖化で、黒いクマもやって来るようになって、白いクマとのアイの子ができて、パンダみたいなまだら模様になっていたとか。  

 

でっかいイカとでっかいタコが戦って、海が真っ暗になって、しばらくしたら、近くを通ったでっかいマッコウクジラが、おなかを大きくして満足そうに海に潜って行ったとか…。

 

それが事実なのかどうかはお構いなしに、今日もホントだったのかわからない、白クジラの話を聞かせた。

 

「ワシはだんだん広くなってゆく海洋牧場に、でっかいクジラを入れてもらおうと、何ヶ月も海の上を飛び回ったものじゃ。

 

知り合いの管理局の人から、ごほうびの分け前は大きいと言われたからな。  

 

最初のころは、それが楽しみでクジラを追いかけた。   

 

キラシャ。想像がつくかい?

 

大きな背中から、いきなりシュワーッと潮を吹き、海の深い所まで沈んだかと思うと、いきなり空高く飛び出して、身体をくねらせバッシャーンと海面をたたく音。

 

水しぶきが太陽の光を浴びて、キラキラと輝いては散って行く。何とも優雅で、美しいこと。

 

キラシャにも、ホンモノのでっかいクジラを見せてやりたいものだなぁ」   

 

 

「だいじょうぶだよ。クジラの動画はいつも見てるし、キャップ爺が心配しなくても、あたしだって外海のクジラに会うことだってあるさ」とキラシャは答えた。 

 

 

「そうか。ワシは、海洋牧場にいる小さな白クジラの、何十倍も大きな白いクジラを知っているぞ」と自慢げにおじいさんは話を続けた。

   

「この足は、ワシの最後の仕事で、モビー・ディックというあだ名のついた、ドームのようにでっかい白クジラと格闘した時の記念じゃ」

 

と、おじいさんは指先がない右足をキラシャに見せた。

 

「ワシは、歴史に残るような大仕事をしようと思って、頭にいくつもコブがある、とてつもなく巨大な白いマッコウクジラを探して世界中の海を飛んだ。

   

白いクジラと言うだけで珍しい。

 

しかも、このクジラを生け捕ろうとして、何人も犠牲者が出ていた、

 

と聞けば、ここは地球を支配する人間の威厳をかけても、つかまえなくてはならないと、ワシは思った。  

 

前に犠牲となった漁師が、居場所を知らせる発信装置を撃ち込んでいた。

 

だから、ワシらは時々反応して現われる、発信源の位置を確認して追った。

 

クジラをつかまえるには、ショック銃を放射して気絶させ、海洋牧場まで運ぶための網に入れてしばれば良い。

 

だが、あの大クジラを引っ張って移動するのに、大型のボート2隻以上は必要だというのに、集められるのは中型のボートだけだった。

 

ある時、モビー・ディックが湾でのんびりしていた所を発見し、仲間のボートを呼び集めた。

 

飛んで来たのは6隻。クジラ獲りには定評があるベテランばかりだ。

 

かといって相手は、人が乗っていることなどお構いなしに、ボートを海底に沈めてしまうようなクジラだから、決して油断はできない。

 

ワシらは用心して、モビーに近づいた。   

 

『うまくいけば、銃を使わなくても生け捕りにできるかもしれない』  

 

ワシがそう思ったのは、白いクジラの目があまりに優しい表情で、ワシらを見つめていたからだ。

 

なんとなく、話しかけるだけで、ワシの思いが伝わりそうな気がした。 

 

それでも、金もうけしか頭にない仲間がいて、合図を待たず、いきなり銃を放射してしまった。

 

モビーはショックが効いたのかおとなしくなった。

 

ところが、ボートが海中に潜り、ゆっくりとそばに近づくと、モビーはいきなり動き出し、ワシらに向かって来たのじゃ。

 

その時、あいつが何をしたかって? 

 

銃を放射した仲間のボートに体当たりして、海深く潜って行ったのだ。

 

ぶつかったボートは穴が空き、徐々に海底へと沈んで行く。

 

もうクジラにかまっている場合ではない。仲間を助けなくては…。   

 

モビーは、ゆっくりとワシらから離れて行った。

 

その時、生まれて初めて、人間にも勝てない動物がいることを思い知ったのじゃ…」

 

2005-10-22

3.海の王(2)

 

おじいさんはボートに乗っていた時に、いつもくわえていたというパイプを吹かして、一服した。

 

しかし、格好を楽しむだけで、おじいさんのパイプから煙は出ていない。  

 

「そして、あの大流星群がやって来た。

 

海洋牧場も破壊されてしまった。

 

隕石の被害は少なかったドームも、暴動であちこち破壊され、その心労で命を落とした人は多い。

 

ワシにとっても大切な、おまえのおばあさんも失った。ワシも、生きる気力を失いかけた。

 

だがな、騒ぎも静まってから、昔の仲間からモビー・ディックが生きているという情報が入った。

 

あいつは何があっても生き残るだろうと思った、ワシの勘に間違いはない。

 

しかし、荒れていた海洋牧場が再開すると、なんてこった。

 

海洋ドームの管理局の方針が急に変わって、外海からクジラのような大きな生き物を運び込むことを禁止する、というルールができるらしい。

 

それを聞いて、ワシはそのルールが成立するまでに、なんとかあの白いマッコウクジラを管理局の責任者に見せてやりたいと思った。  

 

小さなクジラやイルカなら、どの海洋牧場にもいる。

 

あのクジラは、キラシャにも見せてやりたいくらい、気高い海の王様という気がした。

 

いや、神様が宿っているというべきなのかもしれん。

 

おまえにも、他の子供たちにも、海の尊さやクジラの雄大さを伝えてやりたい。

 

クジラを獲っていた海の仲間も、ドームの中では仕事がなかった。

 

みんな、何か生活するための仕事が欲しいと望んでいた。

 

そのために、外界の漁師は大クジラを獲る技術も持っているぞと、アピールしたかった。

 

そんな時、ワシの息子ラコスが、娘が生まれたことを知らせた。

 

長いこと離れて暮らしていたから、そろそろ隠居して、一緒に暮らさないかと言ってくれた。

 

キラシャ、小さなおまえの笑顔を見るだけで、ワシは幸せじゃった。

 

だがな。あの白クジラを生け捕りにするまで、ワシは隠居するわけにはいかなかった。。

 

だが、こんなばかげたことにお金を融資してくれる人はいない。

 

ドームの外で、海岸に打ち上げられたボートや道具を見つけて、修理したものを使った。

 

ワシは、今まで犠牲となった、たくさんの漁師の魂を慰めるためにも…。

 

未来を築く子供達のためにも、自然に育ったクジラの優雅な姿を見せて欲しいと願っていた。

   

自然の中でたくましく育てられた、大きいもの、強いもの、

 

神秘的なものをどんどん遠のけてしまう、管理局の考えを

 

何とか変えてやりたい。だから、モビーを生きたまま運んでやろうと思った。

 

とはいうものの、何度も近づくボートを沈め、犠牲者まで出している奴だ。

 

簡単には人間に従うことはあるまい。

 

いざとなれば、ワシが犠牲になって、魂となっても説得する覚悟でいた。

 

 

そして、ワシらはクジラの生け捕り作戦を開始した。  

 

遠くから見ても、はっきりわかるくらい大きな白いクジラが、海から顔だけ出していた。

 

 

モビーだ!

 

 

漂流しているワシのボートに気がついた。

 

ボートの底からつり下げた網の中に、エサの小さな魚の群れが、ひしめいていた。

 

しばらくして波が高くなり、ワシはボートにしがみついた。

   

ワシは、モビーが海上に姿を現わす瞬間を待った。

 

 

仲間も心配して、ショック銃で撃とうと伝えて来たが、下手に攻撃して前みたいに逃げられては、ワシの苦労も水の泡だ。 

 

それに、ワシはクジラと話し合うことが必要だった。モビーを説得して海洋牧場に引き渡すのが、ワシの海での最後の仕事と考えていた。   

 

ずっと待ちながら、なつかしい海の思い出にひたっていた。

 

何時間も波にあおられながら待っていたから、ワシの足の感覚は、なくなるほどしびれてしまっていた。

 

 

すると、突然、ワシの乗ったボートが浮き上がった。  

 

ワシとボートは、空中を高く飛び、斜めになりながら、海上にたたきつけられた。

 

心配した仲間が、ワシの身体に鎖をつなげていたのだが、モビーはすぐにそばへやって来た。

 

ワシは網にからまり、奴は周りで右往左往する魚を飲み込もうと、口をぽっかり開けたのだ。

 

このままでは、何もできずモビーの餌食になるだけだ。  

 

ワシは叫んだ。 

 

『モビーよ。白い気高い海の王よ。

 

頼むから、ワシの願いを聞いてくれ。

 

決して悪いようにはしない。

 

どうか、その姿をワシの孫に見せてやってくれ。

 

ドームの外に広がる、ホンモノの海を知らない子供たちに、

 

自由な海で育ったおまえの姿の美しさを、見せてやって欲しいのだ!』

 

 

その瞬間、仲間が必死でワシを引き上げようとしてくれた。

 

しかし、クジラの丈夫な前歯が、ワシの身体をくだこうと目の前に迫ってきた。

 

モビーの口に、ワシの足先がはさまれたが、もがきながらも、仲間が網を放射して、モビーの身体を包み込むのを見届けた。

 

 

さすがのワシも、すぐに意識を失ってしまい、後の記憶はない。

 

だが、モビーがワシに向かって、こんなことを言ったような気がした。

 

『我々は生きてゆく。海を守るために…』 

 

ボートの中で気がつくと、ワシのブーツは破れ、血が流れ落ちていた。

 

どうやら、モビーに足の指をかじらせてやったらしい。

 

ワシは、ホスピタルへ運ばれ、しばらくしてからモビーのことを聞かされた。

 

モビーはショック銃を集中的に浴び、おとなしくなったそうじゃ。

 

しかし、その銃のショックが効きすぎたのか、海洋牧場へ運ぶ直前に生体反応がなくなってしまったそうじゃ…。

 

死んだクジラを海洋牧場に運ぶわけには行かない。

 

クジラの生態なら研究し尽くされているから、細胞のサンプルだけとって、そのまま海へ返したらしい。

 

仲間は残念そうに、惜しいクジラだったと後で話をしてくれた。 

  

 

ところが、ワシはモビーの方から聞こえてきたあの言葉がどうも気になってな。

 

モビーが死んだとは、いまだに信じてはいないのじゃ。

 

ただ、ワシはそれ以来、外の海に出ることをやめた…」

 

海の話をした後で、爺はキラシャに言った。

 

「海洋牧場の海は、とても静かで魚もおとなしい。

 

ながめも美しいしな。しかし、自然というのは恐ろしいことが多いのじゃ。

 

キラシャや。海洋牧場のシャチやサメも、いつ、人間に襲いかかるともわからん。

 

どんなことがあっても、パトロール隊のそばを離れはいかんぞ」

 

 

キラシャは、火星へと向かったタケルも心配だけど、モビー・ディックには1度でいいから会ってみたい、という気持ちもあった。

 

その晩、キラシャはいつも通りに、タケルにメールを送った。

 

[イルカ・ロボット、チャッピのおかげで、

 

明日の海洋牧場も楽しみが倍になったよ。

 

 タケルがいたら、絶対、何百倍も楽しいのに…。]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする