未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第5章 海洋牧場 ①②

2021-08-22 16:21:01 | 未来記

2005-11-03

1.海中ドームへ行こう

 

勉強熱心でもあり、遊び好きな子供達は、遊びの計画を立てたら大人も顔負けだ。

 

ホスピタルでぐったりしていたマイクのために、キラシャが熱心にパールを誘った。

 

パールがOKしたと聞くと、参加する男の子は大はしゃぎだ。

  

休日の朝。チルドレンズ・ハウスでは、保護者の所でホーム・ステイしない子供達が、朝寝坊にどっぷりとつかっている。

 

しかし、今日は海洋牧場へ行く日だ。

 

キラシャは早めに起きて、ツアーに参加する子に、

 

届くとキラシャの姿が3Dであらわれ、

 

「オッハー! 今日は海洋牧場に行く日だよ~! 遅れないようにね~!!」

 

と大声で話しかけるメールを送った。

  

お昼は、海洋牧場の博物館屋上レストランに、Mフォンで予約している。

 

キラシャは、大のお気に入りのチャッピを圧縮して、ポケットにしまった。

 

『これで、準備はOK。コメットに乗れば、海中ドームまでひとっ飛びだぁ~』

  

なにしろ、子供同士のツアーは初めてである。くわしく海洋牧場を説明できるのは、自分以外にいないと信じるキラシャは、誰よりもこのツアーに熱が入っていた。 

 

最初っから参加を決めていたキラシャ、ケン、マイク、エミリ、サリーに加えて、ボス格のダンと、引率者気分のヒロと、パールにもっとも興味を示すジョン。

 

それから、なぜかマギィとジョディ。

 

美しいパールをエスコートするのは、照れ屋のマイクではなく、女の子にやさしいジョン。ダンも女の子の扱いは苦手なので、今日はジョンにパールを譲ったようだ。

 

もちろん、先頭を行くのは、今日誕生日を迎えたキラシャだ。

  

マキは、オリン・ゲームでどうやらひざを骨折してしまったようだ。ホスピタルで治療を受けていて、今日は欠席。

 

キラシャは、あれからタケルが何のメールもよこさないことに、いらだちを感じていた。

 

キラシャは、イジメを受けたり、無視されたりするのは平気だったが、ちゃんと約束したことが守れないのには、ガマンできなかった。

 

タケルが好きだったのは、本当はキラシャでなく、違う子なのかもしれない。そんなイライラや、さびしい気持ちを吹き飛ばしたかった。

  

それぞれに着飾った子供達は、チルドレンズ・ハウスからコメット・ステーションまでボックスで移動して、休日の大移動の波にもまれながら、コメットに乗り込んだ。

 

コメットは、まもなく隣のドームへ到着。そこから、海中ドーム行きのコメットへ乗り換える。

 

まるで遊園地のジェット・コースターのように、回転しながら海の中へと入って行くと、トンネルが透明に変わり、海の色が子供達を包んだ。

 

そこはもう、海洋牧場だ。天気の良い日は波が輝き、トンネルを囲むように魚が泳ぎ回っている。

  

青く澄んだ海洋牧場の世界。エイが優雅に舞い、赤・黄・青・緑、さまざまな色や形や大きさの違う魚が、思い思いの場所へと移動する。

 

海の世界をながめる子供達の何気ない会話が、自然と笑い声に変わった。 

 

パールは、朝から他の子の視線を避けては、時々曇った表情を見せていたが、目の前に広がる青いきれいな海を見ると、うっとりとした顔つきで「ステキ!」とつぶやいた。

  

アニメの映画監督を目指しているジョンは、パールをモデルに理想の女性を描いてみたいと思った。パールの笑顔を見て、思わずジョンも微笑み返す。  

 

マイクは思うようにパールに近づけなくて、楽しそうに見つめ合う2人をうらやましそうに見ていた。

  

海洋牧場は、海中ドームを囲むように広がっている。

 

海中ドームのステーションに到着すると、海洋牧場への出入り口に向かった。おしゃべりを続けながら、水中ボート乗り場へと急いだ。

 

水中ボートに乗るには、身体にぴったりした専用のスーツを身につける。泳がない子供も、緊急事態に備えて着替えなくてはならない。

 

受付でMフォンをかざし、本人確認をすると、水中ボートへの搭乗の許可を受け、着衣ルームで自分の体型に合ったスーツを身につけた。

  

MFiエリアでは、スクール時代の遊びに使うお金は、それほど必要ない。管理局がすべての費用を負担しているからだ。

 

ドームのゲームコーナーはどれも無料で、Mフォンにダウンロードできるアプリは、たいてい無料で手に入る。

 

スクールにあるゲーム機は、無料で貸出しているし、許可されているソフトのダウンロードも無料だ。

 

ゲーム機のメーカーは、スクールへ寄贈すると、卒業後の売り上げ数量が比例して増えるので、新しい機種を製造しては、スクールに寄贈している。

 

そのかわり、生まれた時に与えられた生命コードは、ロボットの製造コードのように一生ついてまわるし、病気になったら、すべてのデータが、ホスピタルのサンプルになる。

 

スクールを卒業したら、保護者から必要以上に援助されることは禁止されているから、自分で働きながら生活を維持しなくてはならない。

 

だから、卒業してから後悔しないよう、精一杯遊んでおくようにと、先生も勧めている。

 

無論、海洋牧場の入場料や水中ボートの乗船代も無料だ。

 

乗客の搭乗が締め切られ、水中ボートが管制塔から指示を受け、海中ドームを離れて、海洋牧場の中をゆっくりと進む。

 

子供達は、ボートの窓から海中や海底をながめ、泳いでいる魚や変わった形の生き物を見つけると、口々に名前を言い合った。

 

キラシャは、誰よりも早く魚の名前を言い当てたし、名前の由来まで説明し始めるので、そばにいた体格の良い真面目そうなおじさんも、感心しながらその説明に聞き入った。

 

なにしろ、普通の子の何十倍も通いつめた海洋牧場のことだ。キャップ爺から仕込まれた魚の説明は、他の子に負けるはずはなかった。 

 

ただ、話に勢いがつきすぎて、「海洋牧場にいるタコは足が8本だけど、外の海には足が100本以上もある、このボートの何十倍もある、大きいタコもいるンだって」

 

「牧場にはいないけど、外の海には温暖化でやせて、空中も飛べるペンギンが、ウジャウジャ…」

 

ホラかホントの話なのか、いつもの大げさな話をし始めたキラシャに、周りの子供達はニヤニヤしながら、「また始まったよ」とささやき合った。

  

ボートは海洋牧場を周遊し、途中の安全な区域で、ダイビングが許可された。

 

パールとジョンはボートに残り、泳ぐ子供達を楽しそうに見守った。 

 

男の子は、パトロール隊の指示に従って、小さな魚の群れを追いかけたり、浅い海底に隠れている貝や生物を見つけたり、お互いの姿をMフォンで写し合った。

  

女の子は、きれいな魚を見つけては、さわって遊んだ。

 

その周りで、イルカ・ロボットのチャッピとキラシャが仲良く泳ぎ、シロイルカも寄って来た。

 

キラシャが輪を描いて泳ぎ始めると、イルカも後を追うように、グルグルと数珠つなぎにつながって泳ぎ出した。

 

海洋牧場では、海の底から空気の泡が出ている所があり、海水に適度な酸素を送り込んでいる。

 

イルカは時々そこから空気を吸って、口からきれいな輪を吐き出し、その輪を追いかけて遊んでいた。

 

キラシャは、イルカの調教技術を持っている。キラシャの合図で、イルカが次々に口から空気の輪を吐き出すと、子供達も集まって来て、その輪を追いかけて遊んだ。

 

マギィとジョディは、相変わらず2人で、かわいい魚を追いかけたりしていたが…。

 

ホスピタルで休養しているマキに動画を送ろうと、パールの付き添いをしているジョンの代わりに、ダンがみんなの遊んでいる風景を撮っていた。

 

水中ボートに戻って来ると、みんなで「これがいい」、「あっこれも」と、わいわい言いながら、動画に落書き編集して、Mフォンで送った。

 

マキは、アニメ映画にどっぷりつかっていたらしく、しばらくしてメールを送ってきた。

 

[みんなが編集したの、今見てたアニメより面白かったよ。今度誘ってもらったら、絶対行くからね。だけど、進級テストが終わってからだと思うけど…]

 

マキのメールをダンから聞いて、進級テストが近いのを思い出したキラシャはヒヤッとしたが、今からがんばればまだ間に合うと思って、誕生日の今日は思いっきり楽しもうと思った。

 

水中ボートは、ゆっくりと海中ドームの博物館の入り口へ移動した。

 

そこは、太古からの海の歴史を展示していて、珍しい海の動物の化石や模型像が、順番に動画で紹介されている。

  

ここでは、説明を聞きながらヒロが得意そうに補足した。

 

ちょうど、地球の生物の歴史についての授業があったので、ヒロは「ここは進級テストに出るかもよ」と、他の子に学習のポイントを教え始めた。

  

勉強が苦手なキラシャにしてみれば、何でも知ってる先生のような態度のヒロは、何とも生意気で憎らしい男の子だ。 

 

ヒロが来なければ、ここでも得意になって説明できるくらい、キラシャはたくさん生き物のことを知っていた。

 

しかし、時々とっぴょうしもないことを言い出すキラシャに比べると、正確な説明のできるヒロの方が信頼されている。

 

ここは転校生パールの手前もあり、キラシャもぐっとこらえて、ヒロの説明をだまって聞いた。

 

仮想空間のゲーム・コーナーでは、種の起源から、進化に沿って、いろんな種類の生き物が3Dで映し出され、いろんな質問に答えながら、現代へとたどり着く。

 

大きなクジラの姿が、目の前で波打つように現われると、子供達の「大きい。スゴーイ!」という歓声が響き渡った。

  

次は、エレベーターで海中をながめながら、海上の展望台へと上がった。

 

そこから見える風景は、穏やかな波が漂い、海鳥がえさに群がり、イルカがジャンプしながら移動している姿が見える。 

 

いつも先生やMフォンの指示に追われる子供達は、誰も何も言わず、ただ青い海と流れる波をジーっと見つめていた。

 

2005-11-23

2.パールの事情

 

博物館屋上のレストランに行くと、子供達は楽しみにしていたお昼の弁当とドリンクを受け取り、窓際にある机を合わせ、輪になってすわった。

 

みんな水中スーツ姿で、キャップの部分だけ、後ろにはずしているが、遠くから見ると、区別がつかない。ただ、マイクだけが、大きく目立っていた。

 

マイクに渡されたドリンクは、特注だ。少しずつ飲むようにとメッセージがついていて、量もけっこう多かった。

 

キラシャは、『マイクはからだが大きいから、たくさん飲めてうらやましいなぁ』と思いながら、みんなに聞こえるような大声で言った。

 

「マイク!

 

そのドリンクをいっぺんに飲んだら、トイレの順番を待ってるうちに、おしっこもれちゃうよ!」

 

その声はレストラン中に響いて、大きなマイクと特注のドリンクに注目が集まり、大爆笑されてしまった。

 

みんなが笑っている中、パールもこらえきれず笑い出し、マイクは照れながらパールにたずねた。

 

「パール オカシイ?

 

エット アフカ・エリア ドンナ ショクジ?

 

オイシィ?」

 

パールは笑うのを止めようと、少し引きつった顔をしながら、マイクの口調に合わせて答えた。 

 

「アフカ・エリア ドンナ ショクジ?

 

ソウ モリノ ナカ タベモノ ミツケタ」

  

周りの子供達は、笑うのをやめて、顔を見合わせた。

 

「森の食べ物って、おいしいの?」

 

キラシャが、思わずパールにたずねた。

 

「…ソウ。オイシィモノ アル。

 

ワタシノ グループ ミカシ カラ タベタ」

 

マイクは、パールの間違いに気がついて、得意そうに言った。

 

「パール ソレッテ ミ・カ・シ ジャナイ。ム・カ・シ ダヨ!」

 

「ソウ? ム・カ・シ?」

 

パールにMFi語の指南を始めたマイクに、エミリとサリーがまた大笑いしながら、こう言った。

 

「それって、マイクが間違えてた言葉だよ~」

 

「ミカシって、何回も間違えてるもンね。

 

エムフィのことも、最初はエミフィって言ってたし…」

 

マイクは、大きなドリンクのボトルで、恥ずかしそうに顔を隠した。

 

 

マギィとジョディは、アフカと言えば、だだっ広い草原しか思い浮かばないようだ。

 

「アフカって、ドームやレストランとかないの?」

 

「アフカ ドーム アル。

 

レストラン アル。

 

デモ コンナ オイシィ ドリンク ナイ。

 

ホント オイシィ…」

 

パールは無理に笑顔を作って、ドリンクを飲み始めた。

 

しかし、マギィとジョディの質問は、まだ続いた。

 

「森って、ドームの外でしょ?

 

ライオンとか、トラとか、毒ヘビや毒グモだっているンでしょ?

 

あんなのと一緒に暮らしてるのかしら」

 

「戦争だって、まだ終わってないンでしょ?」

 

「パールの家族って、何してるの?」

 

パールは、マギィとジョディのどぎつい質問に、顔を曇らせて、黙り込んでしまった。

 

ダンが怒鳴った。

 

「マギィ、ジョディ、もう少し、相手のことを考えて話せ! 

 

せっかくのランチが台無しじゃないか。

 

パール、気を悪くするなよ」

 

ヒロもパールには、他の子より気を使って話しかけた。

 

「アフカの戦争は、最近落ち着いてるから、心配ないよ。

 

どっちも、やめるきっかけがつかめないだけなんだ。

 

コズミック防衛軍が介入すれば、時間の問題だよ」

 

「パールの家族だって、大丈夫だよね…」

 

キラシャもパールを気遣って言った。

 

マイクも、ジャンも心配そうに、パールを見守った。

 

「ウン。…マッテル。

 

センソウ オワルコト。

 

カゾクニ アエルコト」

 

 

パールが、気丈に振舞ったので、再びなごやかにお昼が始まった。

 

マイクは、母親に送ってもらったおいしそうなクッキーをみんなに配った。

 

 

そこへ、ボートに乗り合わせたおじさんもやって来た。

 

子供達が声をかけると、ドリンクを片手に、にぎやかな昼食会に加わった。

 

しばらくして、おじさんはパールに興味を持ち、どこから来たのかたずねた。

 

パールは、今まで何度も練習した言葉なのか、すぐに答えた。

 

「アフカ カラ キマシタ。

 

センソウ デ ヤケド シマシタ。

 

センソウニ ハンタイスル グループニ タスケテ モラッタノ。

 

トテモ カンシャ シテイマス」

  

おじさんは、もう少し、くわしい話を聞かせてくれないかと頼んだ。

 

周りの子供達も口には出さなかったが、興味を持っていた。

 

パールは、言うべきか、どうか、しばらく迷っていたが、MFi語でゆっくりと話し始めた。

 

「ワタシノ グループ カゾクガ オオイ。

 

ケンカモ スルケド オオゼイデ アソブト タノシカッタ。

 

アフカ・エリア センソウデ タベモノ ヘッタ。

 

キョウダイ パパ ワタシ イッショニ モリニ イッタ。

 

デモ チガウグループ キテ モリヲ ヤイタ…。

 

チカクデ バーン オオキイ オト。 アツイモノ トンデキタ…。

 

パパ モエル ワタシ タスケタ…。 」

 

パールは、ポロポロ涙をこぼした。ジョンがやさしくパールの肩を抱いた。

 

子供達は、パールの事情をようやく理解した。

 

おじさんは、言った。

 

「パール…だったね。

 

おじさんもドームの中で、何度も暴動を見た。

 

ある日、何の関係もないおじさんにまで、ロボットが銃を向けたんだ。

 

そこはマシン社会の発達したエリアでね…。

 

マシン化していない人間の方が、地位は低いのだ。

 

これを見てほしい」と言って、おじさんはスーツをめくり、腕の筋肉を子供達に見せた。

  

子供達は、わぁっと驚きの声を上げた。 

 

「すべての筋肉が、マシンに変わってしまったんだよ。

 

命を守るため、苦労して得た財産が、マシンの身体になるために消えてしまった。

 

でも、そのおかげで、仕事の方は順調だった。

 

ただ、このごろ急に、このエリアに住んでいた人が恋しくなってね。

  

人間らしい気持ちを取り戻したくて、このエリアに来たんだ。

 

若いころに出会った女性との間で生まれた娘が、このドームに住んでいる。

 

あの頃、心から子供が欲しいと思った気持ちを思い出したくて、会いたいと思ったのだ。

  

だが、実際に会ってみると、娘は冷たかった。

 

身体がマシンに変わっていることに気づくと、…娘はもう来ないでと言ったんだ。

 

おじさんの身体はマシンだが、人間の感情まで失ったわけではない。

 

しかし、エリアが違うと、考えがこれほど違っていることに気づかなかった。

 

ここでは、マシン人間の地位はずいぶん低かったんだね…」

  

ダンが、首を振って言った。

 

「オレ、お父さんがマシン人間でも、別にかまわないと思う。

 

お父さんは裁判官なンだ。

 

オレが弱い者イジメする奴をぶん殴ったら、子供の裁判にかけられるだろ?

 

そのたびに、すっごい怒られるンだ。

 

『お父さんが裁判官なのに、なぜオマエは裁判にかけられるようなことをするンだ』ってね…。

 

ホントは、弱い者イジメする方が悪いンだ! 

 

だけど、お父さんはそンなのゼンゼン、わかっちゃいないのさ!

 

ルールがあったって、イジメる子はたくさんいるンだ。

 

裁判じゃ、弱い子を助けられないよ。

 

だから、オレ、裁判官になるより、エリアの警備隊に入って、コズミック防衛軍に選ばれるのが目標なンだ。世界で戦う戦士を目指すンだ!

 

防衛軍には、マシーン人間や、いろんな民族がいるンでしょ?」

 

おじさんは「ウン、そうだよ」と答えた。

 

ダンが続けて言った。

 

「おじさん、普通の人よりかっこいいし、娘さんの言ったこと気にしなくていいと思うよ! 」

 

他の男の子もうなずいた。

 

「そうか。おじさんは君達のような息子が欲しかったな。

 

だけど、パール。君を助けたお父さんは? 」おじさんはパールを心配した。

 

「パパモ ヤケドシタ。

 

アフカノ ホスピタル イル…」 

 

「君は子供だから、このエリアでの治療が許されたんだね。

 

アフカか…。おじさんも必要な材料を探しに、あのエリアに行った。

 

ドームの外には、素晴らしい自然が残っていた。

 

他のエリアは災害が起きるたびに、どんどん外の自然を見捨てて、ドームの建設を急いでいた。

 

でも、アフカはドームの外に森を作り、その森を守っていた。

 

何度、災害や戦争に脅かされてもね…」

  

その時…

 

「地底探検のボートが、もうすぐ出発します。早めに乗船手続きを済ませてください」

 

というアナウンスが流れた。

 

子供達は人数分を予約して、古い潜水艦の形をしたボートに乗ることを楽しみにしていた。

 

たくましい男にあこがれを持つケンは、もっと話を聞きたくて、

 

「おじさんも行かない?」と誘った。

  

「残念だけど、そろそろ仕事に戻らなくてはならない。

 

君達に会えて良かったよ。久しぶりに人間らしい気持ちが取り戻せた。

 

ありがとう。

 

パール。アフカの戦争が、一日も早く終わるよう、おじさんもなんとか努力してみるよ」

 

とパールにやさしく声をかけた。

  

パールは、おじさんに抱きついて、泣きじゃくった。 

 

「ほら、もう泣かない。

 

君はお父さんや家族が無事でいると、強く信じていなくてはいけない。

 

その方が、たいへんなことなんだよ。

 

パール シンジル。OK?」 

 

パールは泣きじゃっくりしながら、おじさんの言葉にうなずいた。

  

おじさんはパールを身体から離し、諭すよう言った。 

 

「いいかい、みんなにも君と同じことを信じてもらえるように、仲良くするんだよ」 

 

その時、キラシャが大声で、おじさんに向かって言った。 

 

「パールのことはあたし達が守るよ。パールはあたし達の仲間だモン。

 

みんな、きっと協力するよ」 

 

おじさんは子供達を見て、しっかりうなずいた。

  

「それじゃぁ、みんな仲良くな。君達も平和なエリアを守って、元気に暮らすんだよ」

 

おじさんはそう言い残すと、コメット・ステーションへ向かった。 

 

子供達は「元気でね。また会えるといいね」と遠ざかるおじさんに声をかけ、

 

何人かがパールの腕を引いて、ボート乗り場へと向かった。

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第5章 海洋牧場 ③④

2021-08-21 16:24:33 | 未来記

2005-12-18

3.1通のメール

 

タケルの乗った宇宙船は、途中でいくつかの宇宙ステーションに立ち寄り、一週間程度の停泊中に住民への検査機器を提供し、船の安全点検を行う。

 

いつ終わるともわからない、この船の長い旅に、タケルの気持ちは曇りがちだ。

 

気がつけば、宇宙船の中でもタケルは寡黙な少年として扱われ、浮いた存在になっていた。

 

地球のドームにいた時も、時々激しくカンシャクを起こすタケルには、それほどたくさんの友達がいたわけではない。

 

タケルの怒鳴り声に頭を抱えながらも、キラシャやケンが、気にせず声をかけてきたから、仲間として付き合うことができたのかもしれない。

 

いろんな女の子に声をかけられたが、キラシャのように誰とでも仲良くしていたわけではないし、タケルは自分から打ち解けようとする少年ではなかった。

 

そんなタケルのガマン大会のような日々が、ちょうどピークを迎えた時、マギィから送られてきた1通のメールが、タケルを逆上させてしまった。

 

内容は、こうである。

 

[タケル、元気?

 

キラシャ、海洋牧場のこと何か言ってた? 

 

最近は、別の子に夢中みたいよ。

 

ちょっと前まで、タケルばっかだったのにね。

 

どう、心配…? 

 

あたしも、ジョディと行ってみるわね。

 

何だか、面白いことになりそう…]

 

キラシャのメールは、確かに毎日受け取っていたし、海洋牧場に行くことも前から知っていた。

 

キラシャがそれを楽しみにしていることは、タケルにも十分伝わっていた。

 

このごろは、キラシャのメールを読むことが、タケルの楽しみになっていた。

 

しかし、それはキラシャが、タケルを一番大事に思ってくれると信じていたからだ。

 

タケルの心の中で、キラシャにつながっていた糸が、プツンと切れて、自分が遠くに飛ばされてゆくような気がした。

 

タケルは、気がつくと音声モードでマギィにメールを送っていた。

 

[オレはもう、キラシャとは何の関係もないンだ。

 

火星に行くのは、別の目的があるからだ。

 

地球にいたらできないこと、火星に行って実現してやるンだ。

 

オレはいつか火星で成功して、地球のみんなにザマーミロって言ってやる。

 

マギィ、おまえなんかにオレの気持ちがわかってたまるか!]

 

タケルが今まで心にためていたものが、一挙に爆発したのだ。

 

 

勢いで送信したものの、少し冷静になってくると、だんだん不安になってきた。

 

『キラシャ、愛してるって言ったじゃないか。オレがいたら、絶対、何百倍も楽しいのにって…。

 

マギーの言うこと、ホントなのか? キラシャがメールくれなかったら、オレ…』

 

2005-12-28

4.消えた2人

 

大流星群が地球を襲う以前に、このドームのそばで大きな地震が起こっていた。

 

そのときに、この海洋牧場の海底がぽっかり開いて、みごとな洞窟が現われた。

 

海洋牧場では、冒険好きの観光客目当てに、この洞窟への運航を行っている。

 

探検と言っても、管理のきびしいMFiエリアのことである。ボートで洞窟をくぐりながら、自然にできた岩の形や、珍しい生き物を紹介する程度だ。

  

このうわさは広く知られているのだが、洞窟の探査中にボートが行方不明になり、乗組員が帰って来ないこともあったとか。

 

それでも、怖いもの見たさに運行を要望する声が強く、ドーム管理局も資金稼ぎのために、慎重に運航を続けている。

 

キラシャを心配するキャップ爺も、潜水艦には乗らないよう注意していた。

 

だけど、そんな説教より、冒険を楽しみたいキラシャは、この地底探検を楽しみにしていたのだ。

 

暗い洞窟の中、ライトだけを頼りに潜って行く。時々、深海からやって来たのか、奇妙な形をした魚や動物らしきものが動いている。 

 

子供達はそれを発見しては、新しい名前を命名するのが楽しみなのだ。

 

しばらく、泣きじゃっくりの止まらないパールに、ジョンが付き添っていた。

 

キラシャは、何かなぐさめにならないかと、イルカ・ロボットのチャッピをパールに反応させてみた。

 

チャッピがパールに向かってクウクウと泣き始めると、パールはキラシャから赤ん坊を抱くように受け取り、やさしくほおずりしてかわいがった。

 

みんなと洞窟の風景をながめていると、心がなごんだ様子だ。 

 

パールは、キラシャに向かって「これは何?」とたずねた。キラシャは知っている魚は得意そうに答え、知らない魚にはキラシャ流の解釈をつけて、新しい名前を命名した。

 

ところが、キラシャの命名した名前に、他の子から異論が出て来ると、あたりが騒がしくなる。

 

正しい情報を求めて、キラシャも魚の情報をMフォンから仕入れるのだが、ヒロやジョンやダンの方が、高度な機能を持つMフォンを使っている。

 

遠くで泳ぐ魚でも、望遠カメラで写すと、Mフォンがすぐに3Dホログラムで、目の前に魚の泳ぐ姿を映し出し、名前や特徴を音声で教えてくれる。

 

「キラシャは、ああ言っていたけど、本当はこんな風に泳ぐ魚なんだ」

 

ヒロやジョンだけでなく、ダンまでも、自分のMフォンの動画をパールに向けて、競うように見せ始めると、いつもの子供同士の言い合いが始まってしまった。

 

特に、キラシャをいつもバカにしていたマギィとジョディは、この時とばかりに、キラシャの悪口を言い始めた。

 

「キラシャって、でしゃばりなのよね。知ったかぶりばかりしちゃってさ」

 

「そうそう、ちょっと泳ぎがうまいからって、えらそうな顔して。だから、タケルにも嫌われちゃうのよ。フン!

 

タケルはキラシャを嫌がって、火星に行ったのよ」

 

パールに遠慮して、今日はマギィとジョディのつんけんした態度に、ずいぶん気を使ってだまっていたキラシャだった。

 

それでなくても、タケルのことが気がかりで、腹立たしくもあり、不安にも思っていただけに、この言葉にはムッときてしまった。

 

しかし、マシンおじさんの言った言葉が、まだキラシャの耳に残っていた。

 

『仲良くするんだよ』 

 

近くにいたサリーやエミリも、心配そうにキラシャを見守った。

 

それでも、マギィのジャブは続いた。 

 

「だけど、タケルもヘンな子が好きだったよね。

 

なんでキラシャばっかり相手にしてたのかしら…。

 

かわいい女の子には真っ赤な顔して、無口になっちゃってさ。

 

地球を離れてやっと気がついたのよね。あンな子と付き合って、損したなって。

 

だって、そうでしょ。

 

そうよ~、考えてみれば、タケルってたいしたことなかったわよ…。

 

あたし達って、バカだったわ~。もっとイカス男子いたのに…」

 

キラシャは自分のことより、あれほど応援していたタケルの悪口を平気で言うマギィに、こらえきれず反論を始めた。 

 

「マギィ。タケル、タケルって、パスボーの試合のたびにギラギラの衣装着て、うるさいほど応援してたの誰だっけ。

 

タケルはね、最初からそんな子に興味なかったよ。タケルは、顔のきれいな子と付き合うの疲れるって言ってたんだ。

 

それに、あたしのこと忘れないって、言ってくれたんだよ」

  

マギィは、いつものように、人を小馬鹿にしたような感じで、フンと鼻で笑い、こう言った。

 

「あらそう、タケル、あたしにはメール送ってきたわよ。キラシャは、どうなの?」

 

キラシャは、思わずうなった。

 

 

キラシャを軽く横目でちらりと見たマギィは、こう付け足した。 

 

「タケルは、もうキラシャと関係ないンだって。だから、あたしに伝言をよこしたの。

 

火星の方がいいらしいわよ~。地球のみんなにザマーミロって、言ってやるンだって…」

 

キラシャは、冷静に判断できなかった。

 

プライドの高いマギィが、タケルのことで、つまらないウソをついているとは、とても思えない。

 

朝から張り切ってみんなを先導したり、水中のパフォーマンスでイルカと泳いだり、みんなに気を使って、ケンカの種をこらえていた疲れが、どっと出て来た。

 

 

身体が妙に重く感じ、頭もふらふらして、倒れそうな気がする。

 

『タケル、マギィの言ったこと本当なの? キラシャに言ったことはウソ? 

 

タケル、どうして?

 

何があったの?

 

お願い、あたしを助けて! 』 

 

なんとなく、キラシャの身体がフワッと浮いた感じがした。

 

そばにいたパールが、思わずキラシャに抱きついた。

 

その時である。ボートがガタっと傾き、ボートの客全員がよろめいて倒れた。

 

ボート全体が伸びたり縮んだりするような圧迫感が、みんなを襲った。

 

ボートの中を照らす照明も、ついては消えを繰り返した。

 

ボートのアナウンスが始まった。

 

「どうか皆さん落ち着いて! 姿勢を低くして、動かないものにつかまってください!」

 

同時にキーンとする耳鳴りがして、誰もが耳をふさいだ。

 

ボートがいったいどうなっているのかわからず、乗客は身体が上下左右にぶれるのを少しでも抑えようと、必死でしゃがみこみ、周りの人や手すりにつかまった。 

 

しばらく揺れが続いた後、ボートは静かに止まった。

 

乗客は無事を確かめ合うと、Mフォンから何の注意報も出なかったので、ザワザワし始めた。

 

未来では、地震の予知情報も早い。

 

しかし、この揺れが地震なのかどうかもわからず、責任者への説明を求める声が上がった。

 

そんな騒ぎの中、キラシャとパールがいないことに、ケンが気づいた。 

 

「キラシャ、…パール。いったいどこへ行ったんだ?」 

 

周りの子供達は、2人がいたはずの場所を見つめた。 

 

「ホントだ。どこへ行っちゃったの?」

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第6章 モビー・ディック ①②

2021-08-20 16:28:39 | 未来記

2006-01-08

1.2人の捜索

 

ヒロとジョンの2人は、この不思議な出来事を冷静に受け止めていた。

 

ヒロはいつもの癖で、左の人差し指でこめかみを押さえながら、ジョンに言った。

   

「きっと、さっきの振動は、太陽フレアの影響だと思う。

 

ドームの中は、その影響を防ぐ装置があるから大丈夫だけど

 

この船は古いから、それがなかったんだろうな。

 

たぶん、急激に強い磁力が働いて、船が揺れて

 

たまたま磁力が集中した所に2人がいて、瞬間移動してしまったんだ。

 

僕の星フィラでは、こんなことがあっても、すぐに場所がわかるけど

 

ここでは、どこに移動する可能性があるのか、地図で調べないと…。

 

2人が飛ばされた場所は、いったいどこなんだろう」

 

ところが電気障害の影響か、Mフォンが使えない。子供たちは絶望感に襲われた。

 

船に起こった電気障害は続き、室内の温度も上がって、ふらつく子も出てきた。

 

周りで苦情を叫んでいた人達も、潜水艦が動かない状態になっていることがわかり、だまって座り込んで、助けを待った。

 

どれくらい時間がたったのだろうか。ようやく、潜水艦の位置を確認して、他の潜水艦が救助に来て、ドッキングし、乗客はその船に乗り換えることになった。

 

船を乗り換え、Mフォンが使えることを確認したジョンが、キラシャとパールの居場所を突き止めるために、急いでこのエリアの3D磁界地図を広げた。 

 

「僕達がいるのは…この地点で、さっきいた地点がここら辺とすると…。

 

ひょっとしたら、外の海に飛ばされたのかもしれない」   

 

ヒロとジョンが、2人のいる位置をMフォンで探している間に、ダンと男の子達は、キャプテンを探して見つけ、強引に引っ張り出した。

 

そして、キラシャとパールがいなくなったこと、その原因とどこに行ったのかを、口々に説明しようとした。   

 

ところが、突然の出来事と乗客の抗議に混乱していたキャプテンには、騒ぎを大きくしようとする子供のいたずらにしか思えないらしい。

 

「訳のわからないことを言って、これ以上私を困らせないでくれ! 私は事故を本部に報告するので精一杯なんだ!」と怒鳴り、迷惑そうに子供を払いのけ、行ってしまった。

 

 その後、ドーム管理局のボス・コンピュータから、子供の生命コード反応が、2人分消え、現在の位置も特定できないことが、キャプテンに伝わったようだ。   

 

キャプテンは、原因究明のために乗船していた科学者としばらく相談してから、子供達を部屋に呼び寄せた。

 

部屋に入ってきたのは、ダンとヒロとジョン、そして、キラシャとパールが消える直前まで2人を見ていたサリーとエミリである。  

 

ケンは、まったく耳を貸そうとしなかったキャプテンに、ケンカをふっかけそうなほど腹を立てていたので、心配したマイクと客室に残った。

 

マギィとジョディは、私達には関係ないという顔をして、大人の乗客をかき分けながら、喫茶ルームへと向かった。

 

乗り換えに使われた潜水艦も、かなり古いもので、廊下を歩くときにも、ギシギシと音がした。

 

 話をするために訪れた部屋の壁には、誰が彫り込んだのだろう。潜水艦による犠牲に遭った人達への、追悼の言葉が荒く刻まれてあった。

 

『潜水艦の過ちによって、悲しい出来事が繰り返されませんように』

 

キャプテンはすわって腕を組み、改めて子供達の説明を聞き直そうとした。

 

そばにいたサリーとエミリが説明しようとするが、友達が急にいなくなったショックと、キャプテンが自分の言うことを信じてくれなかった不信感で、言葉が出て来ない。

 

キャプテンはゆっくりと立ち上がり、「君達にはすまないことを言ってしまった。乗客を乗せたボートで、こんなことが起きるなんて。

 

なにしろ初めてのことで、君達が何を言っているのか、理解することさえできなかったのだ。本当にこんなことになるなんて…」

 

と、涙を浮かべながら2人の女の子の肩を抱き、申し訳なさそうに言った。

 

2人に代わって、ヒロがくわしく説明しようとしたが、キャプテンはパトロール隊がすでに捜索を始めていて、まだ2人の居場所がわからないことを告げた。

 

ジョンは、ムッとしながらMフォンで磁界地図を広げ、キャプテンに飛ばされたと予想される場所を示した。

 

ダンがパールはまだやけどの治療が終わったばかりで、もし海の深い場所にいるのなら、水圧によるダメージが心配だと伝えた。   

 

キャプテンは、さっそく救助隊本部へ連絡を取り、こう言った。

   

「君達はこのエリアの立派な一員なのだから、

 

極秘情報は人に話してはいけないことは知ってるね。

 

今後は、乗船口で待っている救助隊の指示に従って、行動して欲しい」

 

ダンは他の子に呼びかけ、だまって部屋を出ると、ケンとマイクを探した。

 

大人と離れた静かな場所に座り込むと、複雑な気持ちで話し始めた。

 

ヒロがぽつりと言った。

 

「大人って、勝手だよな。キラシャやパールが心配なんじゃない。

 

犠牲者が出るのが怖いんだ。

 

校長先生だって、キラシャやパールに何があったって、きっと設備が整っていない船を運転してたキャプテンのせいにするよ。

 

キャプテンはそれを恐れているんだ」 

 

ジョンも不安そうに言った。 

 

「だけど、もし、見つからなかったら、…見つかってもだめだったら…。

 

キラシャがいなくなると、クラスが静かになるし、

 

パールだって、今日やっと仲良くなれたのに…。

 

いつだって、僕はそうなんだ。女の子と仲良くなると決まって、こんな風に…」   

 

ジョンが、涙ぐんで肩を落とすと、サリーとエミリは、泣きながらジョンに抗議した。 

 

「やめてよ。キラシャは絶対生きてるよ。パールだって、きっとだいじょうぶよ」

 

「…あたしたちと、一緒に歌うんだもン。今度の誕生日パーティーで…」   

 

ケンも、反発した。

 

「そうだよ。キラシャもパールも、生きてるさ。

 

ほら、今日会ったおじさんも言ってたじゃないか。無事だって、信じないといけないって」 

 

マイクは1人目をつぶり、胸の所で十字を切り、ひとりごとをつぶやいていた。

 

「キラシャモ パールモ 

 

カンゼン デ アリマスヨウニ。

 

アーメン」

 

2006-03-21

2.モビーとの出会い

 

キラシャとパールは水中に漂っていた。あたりは暗闇で、何も見えない。

 

2人とも水中用スーツを着ていたので、水を感じて呼吸装置が自動的に作動していた。

 

思いもかけない急激な周囲の変化に、頭も身体も圧迫されて、2人とも意識を失っている。

 

キラシャに抱きついていた、パールの手がだんだんと離れ、キラシャとパールにはさまれていたチャッピも、少しずつ離れて行った。   

 

ここは、ドームの外の海。

 

温暖化が進んだとはいえ、時折、冷たい風が吹いてくる。

 

ドームに近いからだろうか。いろんなゴミが散乱し、5メートル先が見えないくらい、海はにごっていた。

 

キラシャは水中に漂いながら、夢を見ていた。

  

ふんわりとキラシャが浮かび、白いクッションにぶつかると、それはキラシャを載せて動いた。 

 

『変なクッションだなぁ』

 

キラシャは首をかしげた。よく見ると、それはクッションではなく、大きな真っ白いベッドだ。

   

全身に疲れを感じていたキラシャは、『こんな広いベッド、初めて見た』とつぶやいて、バタリと横になった。

 

ベッドは少しぼこぼこしていたようだが、疲れ切っていたキラシャは何も考えられず、目を閉じてじっと横たわった。  

 

「あぁ、あったかくて気持ちいいー」白いベッドは少しずつ、上昇した。

 

やがて、キラシャは上からのまぶしい光を感じて目が覚めた。 

 

ザッブーンという音とともに、キラシャの身体が急に軽くなった。

 

光があまりにまぶしくて、思わず両手で目をおおったキラシャに、バシャバシャっとシャワーが降りかかった。  

 

「ワーッ、スッゴイ冷たい」

   

キラシャは、急に寒気を感じた。身体をさわると、スーツはふくらみ、マスクで呼吸していることに気づいた。 

 

周りの景色は何にも見えず、煌びやかで明るいドームの中とはまったく違っている。霧がかった空の上からぼんやりと光が差していただけ。  

 

「何で…?

 

あたしって、ひょっとして海にいるの?」

 

まだ夢の続きなのか、白いベッドはゆっくりと波を立てながら、キラシャをどこかへ運ぼうとしていた。あたりを何度見渡しても、果てしなく続いていそうな海と空が見えるだけ。

 

風を強く感じて、キラシャは自分の身体を抱きしめ、寒さをしのいだ。

 

「だけど、へんだね。

 

あたしは、クラスの友達と海洋牧場に行ったような気がするけど、一緒に帰った覚えがない。

 

あたしって、置いてきぼり食っちゃったのかなぁ。ケンも、マイクも、サリーやエミリも…。

 

エーッと、他にもいたような気がするんだけど…」

 

その時、スーツの内ポケットにしまっていたMフォンが、警告を発し始めた。

 

《ここは危険地帯。ここは危険地帯。すぐに安全区域に移動せよ》 

 

キラシャは、自分のMフォンのことをピーコと呼んで利用している。

 

警告がある時は、いつもピコピコと光っているからだ。

 

ルールに縛られるのが嫌いなキラシャは、すぐにルール違反をしでかすので、何度もこの警告を聞いている。

 

寒くて手が動かない。すぐに音声モードに切り替え、ピーコに今の居場所をたずねた。

 

「ピーコ。いったいここはどこ?」  

 

《EW147.86NS30.54》 

 

「もう、そんなこと言ったって、あたしにはわかンないでしょ!

どこからどれだけ離れているのか知りたいの」  

 

《海洋牧場北端から35km離れています。パトロール隊への通信不能》 

 

「ちょっと、待って。ピーコ、なんで海洋牧場からそんなに離れた所にいるの?

 

それに、パトロール隊を呼んでくれるんじゃないの?

 

先生はさ。危険なことがあったら、Mフォンがパトロール隊に知らせてくれるって…」 

 

《原因不明の事故発生。パトロール隊への通信不能。こちらの救助要請に、応答なし》

 

「こんなことって、ある…? どうやったら、助けを呼べるの…?」

  

白いベッドは、キラシャが海につからない程度に沈みながら、ゆっくり移動している。 

 

このやわらかいベッドは、いったいどこへ行こうとしているのだろう。

 

それに、自分だけなぜここにいるのだろう。

 

考えれば考えるほど、途方にくれるキラシャだったが、ふと、おじいさんの言葉を思い出した。  

 

『キラシャがもし、水中で危険な目に合った時は、このイルカがアラートを発信するから、パトロール隊がすぐに駆けつけてくれる…』 

 

「そうだ。爺がくれたチャッピ…。…あたしどこに置いたんだっけ…」  

 

《MF-Q14-RF26-00648、ここから140m離れた所で応答あり》 

 

「え? それってチャッピのこと? 」

 

Mフォンのピーコが、キラシャの目の前に、チャッピの泳ぐ姿を映し出した。

 

「良かった。ありがとう、ピーコ。チャッピもいたんだ。 

 

わぁっ、身体がちょっとゆがんでるね。

 

えっと…チャッピをここへ呼ぶには…。そうか、ピーコにまかせておけばいいのか」

 

《…MF-Q14-RF26-00648、機能の一部に故障あり。…可能な操作あり。

 

アラートの発信は、可能です》 

 

「ピーコさすがだね。ありがとう! 」 

 

チャッピは、キラシャの声で動くように設定してある。

 

「チャッピ、アラートを発信して! 」 

 

Mフォンが、信号を発しながら赤く光るチャッピの姿を映した。

 

キラシャはあたりを見渡した。

 

しかし、海上には何の気配もない。白いベッドは、徐々にスピードを増していた。

 

キラシャは、だんだん強くなる風に飛ばされないよう、腹ばいになった。水温に比べて、ベッドは暖かかった。  

 

しばらくして、上空から空中ボートが飛んでくる音が聞こえてきた。 

 

白いベッドは、再び噴水を勢いよく上げ、キラシャが上に乗っているのもお構いなしに、海に沈み始めた。

 

キラシャはあわてて近くにあったコブに手をかけ、離されないようにしがみついた。ベッドが海の底へと、深く深く潜って行くにつれて、キラシャは頭がボーッとしてきた。 

 

『苦しい…誰か、誰か助けて…』  

 

キラシャの手がコブから離れると、水流に圧されて勢いよく水中でクルクルと回った。色は白いが、傷だらけの大きなクジラが、海底へと遠ざかって行くのが、わかった。 

 

キラシャは、自分の身体が安定すると、『ゆっくり、ゆっくり』と心の中でつぶやきながら、海面へと上昇した。  

 

海面へたどり着いたキラシャは、まずチャッピを探そうと思った。

 

もし、あの空中ボートが、アラートに反応して来てくれたのなら、チャッピのそばにいなくてはならないからだ。 

 

まもなく、空中ボートの音が大きくなった。

 

キラシャが海面を立ち泳ぎながら、精一杯手を振っていると、ボートの姿もだんだんと大きく、はっきりと見え始めた。

 

《パトロール隊からの応答あり。そのまま待機》

  

「あぁ、良かったぁ。あたしのこと見つけてくれたんだ。

 

何だか、夢みたいな気がする…。

 

誰かそばにいたような気もするんだけど…」

 

 

その時、キラシャのMフォンが警告を始めた。

  

《警告。危険な生物が近づいています。落ち着いて行動してください》 

 

この警告は、海洋牧場で泳いでいた時にも、何度か聞いたことがあった。 

 

海洋牧場では、生態系を保つために危険な魚も何種類か泳がせている。

 

時々、どう猛になるサメやシャチなども、パトロール隊によって管理されながら、人間のそばに来ることがある。そんな時、Mフォンは決まってこの警告を繰り返すのだ。

  

海洋牧場では、常にパトロール隊がついていて、危険な時は、網で囲まれた大きなボックスに入ったりするのだが、ここには、つかまえるものさえ何もない。

 

キラシャは、できるだけ身体の力を抜き、水面に横たわるように波に身をまかせた。おじいさんが、ラクに浮くには、こうしたら良いと教えてくれたやり方だ。

  

すると、近くでキューゥ、クカカカカッという鳴き声が聞こえた。海洋牧場でよく聞いた、人なつっこい鳴き声だ。 

 

《接近している生物に危険性はありません。イルカです》 

 

「そうか。…でも、チャッピはどこ? 本物のイルカの方が、ロボットより頼りになるね…」

 

キラシャは悲しそうにつぶやいて、そばに寄り添うイルカに抱きついた。

 

イルカは高度な頭脳を持つ、哺乳類の動物である。 

 

『海洋牧場に住んでいても、秘密の通路を見つけて、外海へ遊びに出かけているようだ』

 

と、海洋牧場でパトロール隊員が言っていた。

 

きっと、一緒に遊んだイルカがキラシャのことを覚えていて、そばに寄って来たのだろう。

  

 

《警告。危険な生物が近づいています。サメです。速やかに移動してください》

 

Mフォンが、再び警告を発した。キラシャは、なるべくソーッとあたりを見渡した。

 

 

そして、キラシャからはっきりと見える距離に、三角の背びれが、ゆっくりと旋回した。

 

しかも、その三角はひとつだけではない。

 

ふたつ、みっつ、…。キラシャの身体が、急にこわばった。

 

そばにいたイルカは、キラシャの腕を軽く噛み、その場から逃げようと尾を動かした。

 

何匹かのサメが、キラシャを標的に動き始めた。

 

  

その時、キラシャの近くにザッブーンと大きく音を立てて、何かが落ちて来た。

 

 

驚いたイルカはキラシャを放し、フルスピードで逃げて行った。

 

サメも警戒しながら、遠ざかって様子をうかがっているようだ。

 

キラシャは身動きがとれず、海中へ沈んで行った。

 

バンジージャンプのように、海に飛び込んだパトロール隊員が、沈むキラシャを追いかけた。

 

キラシャは海中で、パトロール隊員に気づき、ホッとしたのか、眠るように気を失ってしまった。 

 

しばらくして、空中ボートが海面に降り立ち、隊員達が出て来て、キラシャとパトロール隊員を救助した。

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第6章 モビー・ディック ③④

2021-08-19 16:32:12 | 未来記

2006-06-11

3.パールの救出

 

キラシャは、空中ボートの中で起こされるように目を覚ました。

  

パトロール隊員が、何人かあわただしく情報のやり取りをしている。

 

一方のキラシャは、まだボーッとした頭のまま、

 

イルカにかじられて軽くケガをした腕の治療を受けていた。

 

年もそれほど違わない、お姉さんのような医療隊員が「大丈夫だった?」とか、

 

「今日の出来事を思い出せる?」と質問したが、

 

キラシャはうなずくか、首をかしげることしかできなかった。

  

しかし、「パールと言う女の子を知っている?」という質問を受けた時、

 

キラシャの記憶がうっすらとよみがえり、

 

海洋ツアーのひとコマひとコマを思い出すことができた。

 

   

海のドームへ向かうコメットからの風景とパールの驚いた顔。

 

イルカと泳ぐキラシャをうらやましそうに見ていたパール。

 

レストランでおじさんに泣きじゃくった、かわいそうなパール。

 

潜水ボートの中で、マギィに言いたい放題言われ、カチッときたキラシャを

 

心配そうに見ていたパール。

 

『そうだ。マギィに何か言われた後で、あたしが宙に浮いたようになって…

 

それを止めようと抱きついてきたのは、パールだった…』

 

みんなは、どこにいるの?

 

パールも一緒?

 

うまく言葉にできないキラシャは、相手の目をじっと見つめた。

 

そばで足を組んで地図を広げ、胸にたくさんのバッジをつけたパトロール隊のチーフが、医療隊員に退席を命じ、キラシャに声をかけてきた。

 

「どうやら、何か思い出したようだね。

 

実は、君とパールという女の子だけが、ボートから事故で外の海に瞬間移動してしまった。

 

私の言うことが、理解できるかね?」

 

キラシャは、チーフの方に向かって、うなずいた。

 

「そうか。それなら話は早い。

 

君が海に漂っていたように、パールという女の子も、この海の近くのどこかにいる。

 

パールのMフォンからの反応は、外海ではとても弱いので、もっと近くに行かなくては、場所が特定できない。

 

だから君も、その女の子を助けるために、協力して欲しい。

 

時間がないんだ。もう、起きても大丈夫か?」   

 

キラシャは、目を大きく開け、うなずいて言った。  

 

「あたしのイルカ・ロボットが、まだ海にいるんです。

 

あたしの居場所を知らせたけど、チャッピが来る前に、助けてもらったから…。

 

パールを探すよう、命令します。

 

パールからどれくらい離れているのかわからないけど、チャッピはパールにも反応してた。

 

きっと見つけることができます。

 

あたしも、パールを助けてあげたい」  

 

キラシャは、興奮して叫んだ。

  

 

チーフは、キラシャを制してゆっくりと話した。  

 

「いいかい。君も見たと思うが、この時期、あそこはサメの通り道なのだ。

 

えさと間違えられて、攻撃の対象にされていなければいいが…。

 

そのイルカ・ロボットは…」

  

キラシャはピーコに、チャッピの最初の応答があったポイントを表示させた。

 

「そうか…。実を言うと、こちらもアラートを感知していたのだが、

 

君を助ける少し前から、ロボットの応答が途絶えてしまっている。

 

とにかく急ごう」  

 

パトロール隊のチーフは、ボートに積んであった数台のイルカ・ロボットを海に放ち、Mフォンで操作を始めた。  

 

空中ボートも海中に沈み、近辺を探索し始めた。   

 

一方、パールは海の中を漂っていた。

 

キラシャの命令を受け取った時、パールから離れて流されていたチャッピは、パトロール隊に向かってアラートを発信し、残った機能でキラシャのいる位置に向かっていた。

 

しかし、チャッピは方向受信装置にゆがみが生じたせいか、キラシャを探して右往左往していたのだ。 

   

キラシャは、Mフォンを通じて、ゆっくり何度も話しかけた。 

 

「チャッピ、聞こえる?

 

パールを助けて欲しいの。

 

パール、わかる?

 

パールの近くで、アラートを発信して!

 

お願い! 」

 

Mフォンが、再びチャッピの位置を伝え始めた。  

 

《MF-Q14-RF26-00648。SSE方向180m先で、NNE方向に移動中》

 

パールは、ゆっくりゆっくりと海流に乗って、移動していた。  

 

チャッピはキラシャの思いを受けて、パールのマシンに向かって、フルスピードで泳いでいるようだ。

 

ボートはすぐに後を追った。  

 

近くの海面には何頭ものサメが、えさを探して泳ぎ回っている。キラシャは祈った。  

 

「どうかパールを助けて!

 

パールが無事でありますように! 」   

 

そのころ、群れから離れたサメが、漂っているパールに気づいた。

 

サメにとっては、子供の大きさがちょうど良いえさに見えるのだろうか。  

 

サメは、パールに興味を示し、その周囲を旋回し始めた。   

 

パールのMフォンが、警告を始めた。  

 

《警告。危険な生物が近づいています。落ち着いて行動してください》  

 

パールのまぶたが少し動いた。  

 

《警告。危険な生物が近づいています。速やかに移動してください》  

 

パールの目がパッチリ開いた。  

 

《警告。危険な生物が近づいています。相手を威嚇しながら、通りすぎて行くのを待ちなさい》   

 

サメは1m手前で、パールに襲いかかろうと口を開けた。

 

パールは何もできずに、目の前のサメを見つめるだけだった。

 

そのサメの口の前に、スーッとイルカ・ロボットが現れた。

  

サメは、口にイルカ・ロボットを挟んだまま、大きな目をカッと開けて、パールのそばを離れて行った。

 

イルカ・ロボットはアラートを発信しながら赤く光り、サメとともにどこかへ去って行った。

 

アラートを感知して移動を始めたパトロール隊は、その近くでパールのMフォンの生命コード反応を感知し、急いで救出作業を始めた。

 

2人のパトロール隊員が海中に飛び出し、1人は武器を持ってサメの襲来を警戒しながら、もう1人がパールを抱きかかえ、急いでボートへ戻った。   

 

ボートに収容される前に、ふわふわと泳いで自分に近づいて来る小さな物体を見つけ、パールが思わず声をかけた。  

 

「チャッピ?

 

ダイジョーブ?…」   

 

ボートでお互いを見つけたキラシャとパールは、無事を喜び合い、涙を流して抱きしめ合った。

 

2006-08-13

4.チーフの話

 

皮膚の炎症で、全身から熱を出していたパールは、すぐに治療のために別の部屋に移された。

 

ドームまでの帰り道、キラシャはチーフのいる部屋で過ごすことにした。   

 

チーフは隊員に指示して、キラシャにおいしそうなドリンクを与えた。

 

一息ついた後で、チーフは日頃のパトロール隊の仕事ぶりについて、自慢げにキラシャに話を始めた。

   

「パトロール隊というのは、自分の存在よりも、救助する相手の方が大事なのだ。うちのチームは、特に優秀なメンバーがそろっている。

 

救助を求めるものがいれば、どんなに高い所からでも、平気で海に飛び込んでゆく。

   

イルカ・ロボットだってそうだ。救助するものを生かすためには、自分から危険なものに飛び込んで犠牲となる。

 

ロボットの犠牲は高いコストがつくが、君達が大人になって、ちゃんと税金を払うようになれば、その一部がパトロール隊の資金源となる。   

 

だから、まぁ、事故が原因とはいえ、自分を救助するのにいくらかかったとか、そんな心配はまったく必要ないのだ。

 

我がチームの使命は、君達のような遭難者を助けるためにあるのだから。  

 

しかし、君のイルカ・ロボットは修理した後で、もう少し訓練が必要だな。

 

良かったら、我がチームに預けたまえ。一人前の救助ロボットに育ててあげようじゃないか」   

 

それを聞いて、キラシャはていねいに断った。  

 

「あたし、いろんな危険に立ち向かうチーフを尊敬しています。

 

それに、命がけで助けてくださったパトロール隊員にも、感謝しています。

 

パールを助けて犠牲になってくれた、イルカ・ロボットにも。 

 

でも、できの悪いイルカ・ロボットですけど、チャッピは、尊敬するおじいさんからの大切な贈り物なンです。

 

チャッピが、故障してもあたしの言うことちゃんと聞いて、パールをいっしょうけんめい探してくれただけで、うれしかったンです。  

 

修理するお金なんてないから、故障は治せないし、チャッピは誰にもあげることはできないです。

 

だから、助けてもらった思い出に大切にしまっておこうと思います」   

 

チーフは、少し残念そうに言った。  

 

「フム。それも、良いかもしれない。

 

こういった事故は、めったに起こるものではないからな。それに、所有者は君だ。

 

パトロール隊の訓練を受けたところで、人の役に立つことに使われるということは、ロボットが犠牲になるということだ。

 

このロボットを失いたくないのなら、自分の宝物として保存する方が君のためだろう。

   

…しかし、あれだけ機能を失いながら、君の命令を聞いて、遭難者のいる方向に我々を導いてくれた。

 

このことに対しては、誉めてやりたい。私としては、こういった優秀なロボットが、人命救助のために活躍することを願っているだけなのだ」 

 

チーフは、おいしそうにドリンクを飲み干した後、キラシャに妙なことを言い出した。

 

「…ところで、最初に君に気がついたのは、何か発信源のようなものを感知したからなのだが、

 

君の近くにそういったものはなかったのかね」

 

キラシャには、思い当たることがあった。

 

おじいさんが何度も繰り返して話してくれた、マッコウクジラのモビー・ディックの話である。

 

あの白いベッドは、モビーだったのだ。

 

モビーには、発信装置がついているはずだから、それに反応したのかも。

 

「あの、…チーフにこの話を信じてもらえるかどうか、わからないのですが…

 

あたしのおじいさんが、モビー・ディックっていう白いクジラを生け捕りにしようとしたンです。

 

そのクジラには、発信装置がついていたって…。   

 

…おじいさんはその時ケガをして、ホスピタルに運ばれて、仲間の人に言われました。

 

そのクジラは、運ぶ途中で死んでしまったって。

 

でも、まだあのクジラは生きてたンです。

 

あたし、そのクジラの背中に乗ってたンです。

 

チーフは今まで、あの白い大きなクジラを見たことはありませんか?」

  

 

チーフは、少し考えながら答えた。  

 

「フム。我がチームも、何度かあの発信を感知したことはあった。

 

探そうとするとすぐに消えてしまうので、ゴースト発信とも呼ばれている。

 

しかし、君の言うとおり、白いクジラの豪快な話は、私も若いころ何度か聞いたことがあるが…

 

もう死んだというのがパトロール隊でも定説だ。  

 

それに…、例え生きているとしても、年をとって泳ぐのも遅いはずだ。

 

見つかったら特殊部隊によって、すぐに始末されることだろう」  

 

それを聞いたキラシャは、ゴクリと、つばを飲み込んだ。  

 

『しまった、モビーのこと、だまっていればよかった』とキラシャは後悔した。

 

 

チーフは、そんなキラシャに気がついたのか、ゆっくりと話を続けた。   

 

「…まだ、子供の君に、こんな話をしてもわからないかもしれないが…

 

海洋牧場が増えてから、外海のクジラは、我が天下のようにその数を増やしているのだ。

 

外海を良く知らないエリアの管理者達が、クジラを獲る必要がないと判断したからだ。

 

しかし、その数が増えれば増えるほど、自分達のエサを食い荒らし、エサに事欠くと、海洋牧場にまで目を向けるようになった。

 

もう、すでに多くの被害が報告されている。

 

人間は、自分達の生活圏だけを守っていれば良いのかもしれない。

 

しかし、外の海にも秩序というものは必要だ。私は、それを制御するのが人間の役目だと思っている。

 

…これを話すと、君はがっかりするだろうが、我々はただその数を減らすためだけに、何千・何万頭ものクジラを殺した。

 

他でもない、…海を守るために」

 

キラシャは、チーフの目をじっと見つめた。

 

「人間だって、そうなのだ。お互いが増えようとすると、自分と異なるものを排除しようとする。

 

しかし、一部を除けば、人間は最終的には制御できる動物だ。

 

私は、それを信じている。

 

だが、クジラはそうはいかない。

 

地球上の秩序を保つためにも、クジラを減らすことは、海洋パトロール隊の使命でもあるのだ!」

 

チーフは、自信ありげにそう言い切った。

 

 

キラシャはその迫力に、何の反論もできなかった。

 

今までの疲れと眠気が襲い、キラシャは気を失うように眠りに落ちた。

 

   

しばらくして、空中ボートがドームの飛行場に降り立った。

 

パトロール隊員は、急いでパールの入った移動用カプセルを、ホスピタルへとつながるレールにセットした。

 

カプセルは、ゆっくりと移動して行った。 

 

ボートを取り囲むように、キラシャの仲間達が集まった。

 

パトロール隊から無事救出の連絡があったので、すぐに移動して来たのだ。

 

 

その飛行場には、メディア関係の人達も取材をしようと、カメラを手に待ち構えていた。

 

無事に発見されたので、夕方のニュースなどに取り上げられるのだろう。  

 

パールはすでにホスピタルへと運ばれたので、キラシャは眠ったまま、パトロール隊の人に抱えられて、ボートから出てきた。

 

キラシャは仲間の歓声が聞こえると、目をうっすらと開け、自分に向けられるライトを手でよけながら、笑顔で答えようとした。

 

サリーとエミリが、「わぁ~、本物のキラシャだ!」

 

「無事で良かった!」と言って、キラシャに駆け寄ってきた。

 

 

キラシャは、2人の手を握ろうと手を伸ばして言った。

 

「パールも無事だよ。チャッピが助けてくれたンだ。あたしもたいへんだったンだよ…」

 

2人が、その言葉にうなずきながら、手をしっかりとにぎると、キラシャは安心したように目を閉じて、眠りの世界へと戻って行った。

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第7章 与えられた命 ①②

2021-08-18 16:42:10 | 未来記

2006-10-08

1.ホスピタル

 

キラシャの見る夢では、タケルはいつもそばにいた。

 

夢の中で、ずっとこのままでいられたらいいのにと思った。

 

タケルとケンの出場するパスボー・ゲームの大会。

 

キラシャのそばで、マイクが大声で声援している。

 

「タケル! ナイス シュート!! ヒュー アイシテルヨ!!」

 

「ちょっと、マイク。それって、あたしのセリフだよ!」困った顔のキラシャ。

 

「コエ ダス キモチ スッキリ! キラシャ コエ ダス!」

 

「エーッ もう 愛してるなんて言えないよー。タケルはもう火星に行っちゃったンダモン」

 

『あれ…、タケルって、火星に行ったんだっけ…』

 

キラシャは、ようやく目を覚ました。

 

Mフォンが時を知らせてくれたが、キラシャの頭はボーっとしていた。

 

事故から2日経っていたようだ。

 

キラシャが寝返りをうつと、そばに傷ついたチャッピがいた。

 

しばらく、チャッピが受けた深い傷跡をながめていた。

 

外海での出来事が、ぼんやり浮かんで来た。

 

 

母親のシャーリが、キラシャの入ったカプセルに近づいて来た。

 

キラシャが目を覚ましたことに気づくと、心配そうにふたを開けて、顔に手を当てた。 

 

キラシャはシャーリにしっかり抱きつくと、肩に頭をもたれて、早口でしゃべり始めた。

 

「ママ、あたしって無事だったンだね。もう少しで、サメのえさになるとこだった。

 

そのときね、本物のイルカがそばに来て、あたしを助けようとしてくれたの。

 

それから…、パトロール隊員が、あたしを助けてくれた。

 

とっても高い所にいたボートから、ジャンプして降りて来たンだよ。

 

あたし、最初は空中ボートみたいな重いものが落ちて来たのかと思って、おぼれそうなくらいびっくりしちゃった。

 

キャップ爺のプレゼントのチャッピも、あたしとパールを助けてくれたンだ。

 

あたしの言うことを聞いてくれてね。とっても、いい子だったンだよ! 」

 

   

シャーリは、勢いよく話すキラシャの頭にほおずりをした。   

 

「ママ、そう言えば、パールはどうしているのかな。

 

パールは熱が出て、治療が必要だって、ボートに乗ってから、話もできなかったんだ。

 

…ママ、パールは?」

  

 

シャーリは、キラシャをギュッと抱きしめ、微笑んで答えた。  

 

「キラシャ、ちょっと待って。

 

あなたが事故に遭ったこと、管理局から通知を受けてから、

 

パパも私もどれほど心配していたかわかる?

 

キラシャが無事なら、パパはホスピタルに行く必要はないなんて、強がっていたけどね…。

 

でも、あなたの元気な声を聞いて安心した。

 

さっき担当の先生から、

 

「パールが目を覚ましたから、キラシャはどうかな?」と言われて、

 

あわててこちらへ来たとこなのよ。

 

パールは高い熱が出て、たいへんだった時もあったようだけど、今はだいじょうぶ。

 

本当に、あなたはパパに似て、人の心配ばかりしているのね」   

 

キラシャは、照れ笑いしてシャーリを見つめた。

 

 

シャーリは、わが子のおでこに優しくキスをして言った。

 

「おじいさんには、何も知らせてないの。

 

キラシャが事故に遭った日に、具合が急に悪くなってね。

 

パパは動物園の仕事で手が離せないし…。

 

ママは、あなたとおじいさんのことで、パニック状態だったのよ。

 

本当に、心配をかける家族を持って、ママはたいへんよ! 」   

 

キラシャは、キャップ爺にチャッピのお礼を言いたかったし、白クジラのモビーに会ったことも話したかった。

 

また会えるのか、少し不安な気持ちになった。   

 

「今、パパは“おしゃべりするゾウ”の具合が悪くなって、そばを離れられないの。

 

あのゾウも、私達が子供の時から人気者だったから、ずいぶん年を取ったわね。

 

ずっとキラシャと会ってなかったから、さびしいゾーって言っていたんだけど。

 

…そうだ。パパもあなたの様子を聞きたくて、きっとイライラしているわ」   

 

シャーリは、自分のMフォンを使って、仕事中のラコスを呼び出した。

 

ラコスは、動物専門の医療技師である。

 

Mフォンで映し出されるラコスを相手に、家族で会話が始まった。

 

「パパ、やっぱり心配した?」

 

「パパは信じていたよ。キラシャは無事だってね。

 

“おしゃべりするゾウ”に、元気な声を聞かせてやってくれ」

 

 

「“おしゃべりするゾウ”、ガンバってる?」

 

「パパのそばにいるよ。一晩中うなってたな。パパは睡眠不足だ。

 

2日も寝てたキラシャがうらやましいよ…」

 

「アハハ…。パパもたいへんだね。でも、あたしだって、サメに食べられるとこだったよ」

 

「キラシャ、サメ? 食べる? わしゃ、見たことナイゾウ」

 

“おしゃべりするゾウ”も会話に入ってきた。

 

「もう、サメを食べるんじゃなくて、サメに食べられるとこだったの!

 

“おしゃべりするゾウ”、もうじき会えるから、それまでに元気になってね」と声をかけた。

 

“おしゃべりするゾウ”も、「早く会いに来るんだ…ゾウ…」と、苦しそうに答えた。

 

「事故の後は、どんな症状が出るかわからない。

 

しばらくゆっくりして、体調が戻ってからスクールへ戻りなさい。

 

気晴らしに動物園に来るのは、パパも歓迎するよ!」

 

ラコスは、キラシャにアドバイスした。   

 

シャーリはキラシャの夕食まで一緒にいた。

 

大好物のパンプキンプリンまで、きれいに平らげたわが子を見て安心したのか、看護士に後を任せるとキラシャのそばを離れた。

 

キラシャは次の日から、担当の医療技師の指示に従って、さまざまな検査を受けたが、事故の精神的なダメージもほとんどなく、疲労度を除いたあらゆる検査に合格した。  

 

しかし、何の問題もなかったことが、かえって新しい検査の対象となり、担当の医療技師から数日間の検査の延長と引き換えに、結果がわかるまでの外出許可が許された。

 

一方、意識は回復したものの、パールは微熱が続き、集中治療ルームのカプセルから一歩も出られそうにない。

 

キラシャは、ホスピタルから許可された時間だけ、パールの眠るカプセルのそばで過ごし、彼女のおばさんと一緒に回復を祈った。

 

そんなキラシャとパールの見舞いに、ケンとマイク、サリーとエミリ、ダンとヒロとジョンが、交代に訪れた。

 

キラシャは、自分のバースディ・パーティには参加できなかったが、同じ部屋の子供達が、お見舞いをかねて、チャッピに似たイルカのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

 

マキも骨折のリハビリ・トレーニングが終わったら、帰りに寄って話しかけてくれる。

 

マギィとジョディは、お見舞いのメールを送ったからと言って、自分たちのやりたいことを優先していたが…

 

事故に遭ったボートのキャプテンや、乗組員のお詫びのメッセージも儀礼的だった。

 

もらっても、うれしくないメールには返信もせず、キラシャはメールボックスからすぐ削除した。

 

もう、いやなことは、なるべく思い出さないようにした。キラシャはホスピタルで過ごす時間が長く感じるほど、楽しかったことを思い出すように心がけた。

 

2006-12-17

2.オパールおばさん(1)

 

MFiエリアでは、年老いて寝たきりになると、延命治療は施されない。

 

エリアの存続に必要な人材となる可能性がある者に対してのみ、最大限の医療行為が施される。 

 

パールのおばさんの名前は、オパール。いつも車椅子を使っている。

 

目と口のあたりがパールに似て、やはり女優のようにきれいだ。

 

 

オパールおばさんは、キラシャが来ると、いろんなお菓子やドリンクを勧めてくれた。

  

仲の良い友達とも、進級テストが近づいているせいか、メールする余裕もない。

 

そんなキラシャにとって、パールの回復を待つのが一番の楽しみでもあった。   

 

とはいえ、キラシャはじっとしている子ではない。

 

ホスピタルで治療を続ける子供達に声をかけ、おしゃべりや、リハビリの手伝いをするのが日課になっていた。

 

パールは相変わらず発熱に苦しみ、目が覚めてもカプセルから出られそうにない。

  

オパールおばさんは、何か胸につまったものを打ち明けるように、キラシャに話し始めた。

 

「あなたにこんな話をしていいのか、よくわからないけど…。

 

パールのこと、少しでも理解してもらいたくて、私のこと正直に話すわね。

 

 

パールのお母さんの名前はルビーで、私の名前はオパール。

 

面白いでしょ。私達の母は、宝石のような輝いているものが大好きだった。

 

姉のルビーは、そんな母と同じように、大事な娘にも、宝石の中から名前を選んだのね。 

 

もっとも、オパールはごろごろした石のかたまりの中で見つかるのに、パールは貝の中で守られながら育つ真珠。

 

私と違って、パールの名前には、姉の強い愛情を感じるわ。

  

 

私にも娘がいるけど、さすがに宝石の名前はつけられなかった。   

 

実はね。パールがこのドームに運び込まれた時、姉がそれまでに撮っていたパールや、家族の動画も一緒に送ってきたの。

 

キラシャには、ぜひこれを見て欲しかった」  

 

キラシャは、ヤケドしていない時のパールを見て、ショックを受けないだろうかと、ドギマギしながら、おばさんがMフォンで動画を再生するのを待った。

 

薄暗いドームで、やせた人達が楽しそうに踊っている。お祭りの風景なのだろうか。

 

大人も子供も、華やかな民族衣装だ。   

 

キラシャと同じくらいの女の子達も踊っている。

 

皆同じ衣装を着ているのだが、目立ってきれいな子が…。

 

ひょっとして、この子がパール?  

 

おばさんは画像を静止して、言った。   

 

「キラシャにもわかったようね。この女の子がパール。目がきれいでしょう?

 

でも、ホスピタルの緊急治療室でパールを見た時、正直な話、もうダメかもしれないと思った」

 

「あの、パールが燃えたって言ってたけど、…本当なンですか?」

 

「そうね。顔も見てはいけないって思ったほど…。

 

でもね、私はこのパールの動画を見て、決心したわ。

 

パールの持つ細胞だけを培養して、身体を回復させるには、ダメージが大きすぎたの。

 

足りない部分は、私の細胞を使ってもらい、パールをできるだけ元の姿に戻してあげようって。

 

…私には、それだけの義務があったから…」

 

おばさんの話は続いた。   

 

「私と姉は、姉妹ではあったけど、私の方が姉のクローンだったの。キラシャはクローンを知ってるわね」  

 

「えっ、はいっ、生物の授業で習いました。元になった細胞から生まれてくることでしょ?

 

あ、でも、おばさんがクローンだってことは、誰にも…内緒?…」 

 

「キラシャ、こんな話はいやかしら?…」   

 

おばさんは、これ以上難しい話を子供に聞かせて良いのか迷っていた。

 

でも、キラシャは、パールのことがもっと聞きたいと思って、首を振った。  

 

おばさんは、キラシャの目を見ながら話を続けた。   

 

「姉は、母にとって本当の宝物だったの。

 

若い時から女優として、気ままな人生を送ってきた母だけど、

 

一度だけ真剣に愛し合った人がいて、その人との子供ができたの。

 

それがルビー。

 

その人とは、ルビーが生まれて別れてしまったのだけど、宝物に何かあってはいけないと思って、管理局にお金で掛け合い、クローンの許可を得たの。

 

そして生まれたのがこの私。

 

でもね、姉はいつも言っていたのよ。何をしても母に誉められて、そのたびにたくさんのプレゼントをもらって、そんな過保護な母の愛し方が、とっても重荷だって。

 

いつか、このエリアを出て、母よりも愛せる人を見つけたいって。  

 

そして、独立心が強かった姉は、メディア・カレッジから、中央管理局の外交部の採用試験を優秀な成績でパスした。

 

それから、さまざまなエリアに研修に行き、アフカで音信不通になってしまった…。

 

母は姉が急にいなくなって、事件に巻き込まれたのだと思い、警察に訴えた。

 

でも、それは違っていたの。姉は上司に退職を願い出て、管理が行き届かないアフカに、新しい住みかを求めた。   

 

それを知った母は、気も狂わんばかりに私を責め立てて言った。  

 

『あなたもグルなのね。あなたがルビーを私から引き離したんでしょ。私がどんなにルビーを大切に思ってたか。

 

ルビーが帰って来なかったら、管理局に言って、あなたの生命コードを取り消してもらうわよ。あなたはルビーの細胞で作った、クローンなのだから!』   

 

そのとき、初めて自分が何のために生まれてきたのか、思い知らされた。  

 

当時のルールではね、クローンとして生まれ、その義務を拒否したら、莫大な罰金を支払わなくてはならなかったの。

 

でも、メディカル・カレッジの学生だった私は、管理局の教育局からのローンで生活していたし、自分の部屋も借りているし、何の財産もない。   

 

母は『私は、こんな人間を育てるつもりはなかった。義務の不履行で訴えるわよ』と言ったの。

 

私は母に何の反論もできず、裁判を受けることになった…。 

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