未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第9章 それぞれの想い ①~③

2021-08-15 16:52:14 | 未来記

2007-11-11

1.さよならは言わない

 

検査の結果、問題のなかったキラシャは、パールより一足先に部屋へ戻った。キラシャを慕う下級生は、キラシャの顔を見ると、ホッとしたように駆け寄ってくる。

 

事故がニュースになったことで、冷やかしを言う上級生や同級生もいたが、なるべく笑顔で受け流し、キラシャは仲の良い子と一緒に行動した。

 

病院でも勉強は毎日続けていたし、毎日のメールで授業の内容も教えてもらっていたが、やはりみんなと同じペースで理解するのは難しい。

 

授業にずいぶん遅れを取ったキラシャにとっては、毎日が壁の連続だった。まだ体調もしっかりしてないので、激しい運動もさせてもらえない。

 

友達や部屋の子の慰めだけが、頼りだった。

 

キラシャは気を取り直して、毎日のように、アフカの戦争に反対するための募金活動を手伝いに通った。

 

広場で道行く人に声をかけていると、自分のつらさを忘れられたから…。

 

 

そんなキラシャに追い討ちをかけるように、悲しい出来事が起こった。

 

“おしゃべりするゾウ”が天国へ召されたという知らせが、キラシャの元へ届いたのだ。

 

動物園で生まれて、ずっと人気のあった“おしゃべりするゾウ”。

 

その死を惜しむ人は多く、「お別れの会」で、夜遅くまでライトアップされた動物園を訪れる人は、絶えることはなかった。

 

“おしゃべりするゾウ”が残してくれた、子供たちとの楽しいおしゃべりを3D動画で紹介するコーナーでは、訪れた大人も子供も、当時の自分を思い出しては懐かしんでいた。

 

キラシャはラコスと2人で、“おしゃべりするゾウ”と遊んだ場所をゆっくりと歩いて、思い出話を語り合った。

 

キラシャが“おしゃべりするゾウ”の3D動画の前でしゃがみ込むと、ラコスも一緒にすわってそれをながめた。

 

「もう、戻って来ないんだね…」キラシャがつぶやいた。

 

「そうだね。“おしゃべりするゾウ”は、きっと天国でキラシャのことを見守ってくれるよ。だから、キラシャも“おしゃべりするゾウ”くらい長く生きなきゃ」

 

ラコスは、うつむきがちなキラシャを励ました。

 

「生きられるかなぁ?

 

パパが子供のころから生きてたンだもン…。

 

あたし、今だってガンバってるンだけどね…。

 

ホント、タイへンなンだ」

 

「パパだってたいへんなこと、いっぱいあったさ。

 

子供のころだって。死んだ方がましだって、思うこともあったけどな…。

 

今はキラシャがいるから、死ねないね」

 

「そっか。良かった。

 

おじいさんもね。あたしが結婚するまで守ってくれるんだって。

 

この間、約束してくれたんだ…」

 

「パパの結婚に関しては、おじいさんは何も言わなかったからな。

 

やっぱり、孫の方がかわいいんだろう。

 

パパも、ひょっとしたらキラシャより、孫の方がかわいいって言い出すかもね」

 

「いいモン!

 

あたし、パパよりステキな人見つけちゃおっ。

 

ママがうらやましいって思うような人だよ!

 

あ~あ、何年先になるのかな?

 

“おしゃべりするゾウ”も喜んでくれるかな…?」

 

キラシャは、そんなことを言いながら、タケルのことが頭に浮かんで、涙がこぼれた。

 

 

 

…そして、数日後。キラシャのおじいさんが亡くなった。

 

この知らせが届いたのは、勉強に身が入らないキラシャを心配した、担任のユウキ先生の指示で、ホスピタルでのカウンセリングを受けている時だった。

 

両親からのメールで、励ましのメッセージを受け取ると、おじいさんに会うまで絶対涙をこぼすまいとキラシャは自分に誓った。

 

必死に歯を食いしばり、キラシャはおじいさんの亡がらを安置した祭儀場へと向かった。先に来ていたラコスとシャーミも、目を赤く腫らしてキラシャを迎えた。

 

祭壇の中央に眠る、おじいさんの胸に抱きついたキラシャは、今までの張り裂けそうな気持ちを思い切りぶつけた。

 

「キャップ爺!どうしてだまって逝っちゃったの? 

 

あたしを守ってくれるって言ったじゃない。

 

だまって逝っちゃったら、あたしどうしたらいいのか、わかんないよぉ!」

 

キラシャの泣き叫ぶ声が会場をこだまし、お悔やみに駆けつけた人々の涙を誘った。

 

おじいさんは、外海の船長を引退した後も、知り合いの船員を海洋牧場で働けるように手助けし、珍しい海洋生物を他のエリアから運び込む仕事の世話を続けていた。

 

だから、時間が経つにつれて、おじいさんにお世話になったからと、お悔やみに訪れる人が増えていった。

 

おじいさんに誰よりもかわいがってもらっていたケンは、みんなより一足先に走って来た。

 

キラシャに声をかけると、おじいさんの穏やかな顔を見つめ、いろんな想い出を話しながら、2人で時を過ごした。

 

エミリとサリーも、キラシャを心配して駆けつけた。

 

おじいさんの話を楽しみにしていた冒険好きな子供たちも、スクールで知らせを聞き、葬儀に参列した。

 

たくさん冒険話をしてくれた、おじいさんへの感謝の気持ちを込めて、ケンが代表して、お別れの言葉を述べた。

 

『キラシャのことはオレが守るから、これからもキャップ爺、オレ達のこと見守ってくれよ! 』と、ケンは心の中でおじいさんに語り掛けた。

 

葬儀が終わって、エミリとサリーがキラシャに「だいじょうぶ? 」と声をかけてくると、ようやく吹っ切れたのか、笑顔で「だいじょうぶだよ」とキラシャは答えた。

 

下級生たちがキラシャに抱きついて、口々に言った。

 

「キラシャ、元気出して!」

 

「また罰食って、遊びに来てよ!」

 

「だって、キラシャじゃないと、つまンないもン!」

 

キラシャは、またか~という顔をして、下級生達のおねだりに何も言えず、笑顔で答えた。

 

 

おじいさんへの最後のお別れの時、亡がらに向かって、キラシャは心の中でそっと祈った。

 

「キャップ爺。あたしのこと守ってね。爺のこと、信じてるよ。

 

だからね、…さよならは言わない。

 

あたしがステキな人に出会って、結婚できるまで…。

 

いっぱい、たいへんなことあると思うけど、絶対見守ってね!

 

天国のおばあちゃんも応援してね! これからも、ヨロシク! 

 

キャップ爺…」

 

 

しかし、ホスピタルでのカウンセリングの結果、キラシャの再入院が決まった。

 

今度はパールと同じ病室で生活し、特別授業を受けながら、心療ケアを行うらしい。

 

そのことをユウキ先生から告げられたキラシャは、神妙な顔をしてハイとうなずいた。

 

『パールと同じ部屋か…』

 

キラシャは、何となく新たな希望を見つけられる気がした。

 

2008-01-13

2.リォンおじさん

 

同じ病室で過ごすうちに、すっかり打ち解けたパールとキラシャは、どちらかが沈んでいる時は、片方が明るく声をかけ、お互いの話に耳を傾けた。

 

パールの熱が下がってからは、時々、様子を見にやって来るようになったオパールおばさんは、治療中のパールを気づかって、家族のことは触れないようにしていた。

 

森の中でパールを助けようとしたパパが、今も生きているのかわからない状況で、パールの気持ちもふさぎがちだ。

 

そんな時、キラシャはなるべく、パールのアフカでの思い出を話して聞かせるよう、催促した。

 

パールの気持ちが、それで晴れるのなら…。

 

キラシャも、タケルがどこでどうしているのか、不安な気持ちもないではないが、今はタケルからのメールを待つことしかできなかった。

 

パールは、憂うつそうなキラシャを気遣いながら、アフカの楽しかったことを話した。

 

「アフカ ドームヨリ オオキナ シゼン アル。

 

ソウゲン タクサン ドウブツ イル。

 

キリン ゾウ カバ ゼブラ ヌー バッファロー チーター ライオン タイガー…。

 

コワイ ドウブツ イルケド ミナ オドッテ マネシタ。

 

オドリ ダイスキ。タイコ ナル ドキドキスル。

 

アフカ カエッテ ハヤク オドリタイネ…」

 

キラシャとパールは、同じクラスの仲間と連絡を取りながら、戦争が一日も早く終わることを期待していた。

 

そんな時、ヒロからのメールが届いた。

 

<パールに朗報だよ!

 

防衛軍の部隊が、戦争終結に向けて動き出したそうだ。

 

軍の指導を受け入れたら、どちらも公平に取り扱うと言ってた。

 

武器をあまり持っていないパールの民族の方が、犠牲が多いンだ。

 

きっと、軍はパール側の味方になってくれるよ。

 

そうでなきゃ、僕が文句言ってやる!

 

クラスのみんなが応援してるから、元気でがんばれよ!>

 

相変わらず、自信家のヒロの言い方には、カチッとくるキラシャだったが、戦争の情報はヒロが一番早いし、確実だ。

 

ケンやマイクから、こんなニュースもあったよと、時々、アフカの戦争の情報を伝えてくれるが、ヒロがいち早く教えてくれたものばかりだ。

 

ジョンもパールを心配して、日に何度もメールをよこしてくる。

 

キラシャは、ジョンとパールならお似合いだから、上級コースまでMFiエリアにいても、恋愛学で困ることはないよねと、話したことがあった。

 

でも、パールはジョンのことを優しいと言うだけで、好きという感じではなさそうだ。それより、パールは一日も早く自分のエリアに戻りたがっていた。

 

 

オパールおばさんは、自動車椅子に乗って、いろんなお菓子を持ってお見舞いに来てくれる。

 

海洋牧場で出会ったおじさんの話を2人がしていると、おばさんも話に入ってきた。

 

「まぁ、珍しい人がいたのね。あなたからアフカの戦争の話を聞いただけで、実際にやめさせようと行動するなんてね」

 

「そのおじさん、一人娘に会いたくてここへ来たんだって。でも、マシン人間になってたから、冷たくされたんだって。かわいそうだったね」

 

「そう。お気の毒ね。マシン人間だって、他のエリアでは地位の高い人もいるのに、ここのルールは、普通の人間でない者に対して厳しいわね」

 

「ネェ オバサン。リォン オジサン ドンナ ヒト? 」パールがたずねた。

 

「そうね。リォンも、大地震が起こった時に、ケガをして動けない人を何人も助けた人よ。苦しそうな人がいたら、必ず声をかけたわね。

 

彼も生きているなら、何か自分にできることがあれば、きっとそうすると思う。

 

でも、もし生きていたとしたら、私に会おうとしないのは、なぜなのかしらね…」

 

「おばさん、元気出してよ。あのおじさんが、リォンおじさんだったらいいのにね…」

 

2008-01-20

3.アフカの停戦

 

「…ご協力に感謝する。本当に、ありがとう。あなたやあなたの民族としての決断がなければ、このような結果にはいたらなかったろう」

 

ベッドに横たわったまま、エリック・マグナーは訪問者を見つめ、労をねぎらった。

 

エリック・マグナーを表敬訪問したのは、アフカ・エリアでは数こそは少ないが、兵器や富を蓄えたリア族の王族オット・ジルダだった。

 

きらびやかな民族衣装に包まれたジルダは、リア族の中では、穏健派で知られている。

 

しかし、首相カウナ・マハールは、人口が急激に増加した民族をヌーに例え、食糧危機の原因と主張し、武力で圧力を加え、それを不当と訴える民族との戦争が始まってしまった。

 

マハールのあまりの強硬姿勢に、戦争が長引いてしまったが、リア民族も強制的に徴兵された兵士が次々に命を落とし、マハールを支持する人は、徐々に減って行った。

 

そこに、ようやくエリック・マグナーから防衛軍を通じて、停戦の申し出があったのだ。

 

「この時期だから、できたことかもしれませんが、我々王族にとってもこの決断が、最良のものだと信じています。

 

本音を言えば、こんなに長引くとは思わず、マハールが戦争を起こすのを許してしまいました。王族からどう説得しても、一度始まった戦争を簡単に止めることはできません。

 

きっと、あなたが止めてくださらなかったら、お互いいがみ合ったまま、どちらかの民族が絶滅するまで、聖戦を貫こうとしていたことでしょう」

 

「それでも、防衛軍を戦争に介入させることで、あなた達の民族としてのプライドを傷つけてしまった。このことに関しては、深くお詫びする。本当に、すまなかった」

 

「いや、誰かが悪役にならねば、争いと言うものは解決しません。

 

マハールは、強硬に過ぎました。彼が最後まで自分の主張を貫きながらも、首相の座から身を引いたのは、あなたというあこがれの存在があったからです。

 

あなたが11年前、軍の最高指揮官として、武器や兵を送ってくださらなかったら、アフカ・エリアは、あの大流星群と暴動の被害で、きっと壊滅に近い結果となったはず。

 

我々は、あの時、命を助けていただいたのです。

 

今回のことは、そう、まだ十分納得していない連中も多いかと思いますが、停戦にすることで、あなたへの恩返しがしたかった」

 

「恩返しか…。私も、たくさんの亡くなった兵士に恩返しをしなくてはならないのだが…。

 

しかし、妙な男に会ってね。アフカの人間でもないのに、犠牲になるアフカの子供を助けてくれと、危険を承知でここまでやってきて、懇願したのだ…」

 

「…おっしゃるとおり、子供は宝物です。何も子供が憎くて、戦争をしてきたわけではないのですから。

 

ただ、我々には、他のエリアにはわからない縄張り意識があります。

 

我々の民族は、百獣の王ライオンとして、エリアを治めていたのです。ヌーのような、数だけ増やして、権力を握ろうとする民族をだまって見過ごすわけには…」

 

「あなたもそう思っているのだね…。やっぱり、停戦しても状況が変わらなければ、平和は長く続かないのか…」

 

「そのようですね」

 

「わかった。苦しい決断をしてくれた上、ここまで面会に来てくれたことに感謝する。今後は、なるべく軍の指導に従って、エリア全体の建て直しに協力して欲しい」

 

「こちらも、首相が逮捕され、裁判も控えておりますし、新しい首相を決めるのに苦慮しておりますが、周りのエリアからの制裁が解かれ、停戦を迎えられることを感謝しています。

 

今後も、すぐには戦争を起こさないように、穏健派の人間を首相として擁立し、軍に協力することをお誓いします」

 

「そうだな…。マハールの処分については、軍を通じてユニオンの新しい上層部に私の意向を伝えている。

 

私も、大流星群の飛来後に、突然現れたユニオンの急進派によって罪を問われ、遠い星に流されてしまった。

 

彼らは、私が受けたあまりに厳しい罰則を短縮し、解放するために助力してくれた。

 

ユニオンの上層部が変わるたび、敵対するエリア出身の者は、圧力をかけられ、事あるごとに厳しい処分を受けることになる。

 

次の首相になる人物にも、マハールの二の舞にならぬよう伝えてほしい。

 

私も、もう長くはない…

 

これ以上、私の力で守ってやることはできない。

 

できるだけ早く、アフカ・エリアから、ユニオンの最上層部に昇格する人物が出て欲しいものだ…」

 

「そう、願いたいですね。できれば、わが民族から…」

 

「そうだな。私のような失敗だらけのクソジジイにならんように…」

 

「ご謙遜を。では、失礼いたします」

 

オット・ジルダ副首相は、民族衣装をなびかせながら、エリック・マグナーに向かってていねいにお辞儀して、風のように去って行った。

 

残されたマグナーはつぶやいた。

 

「心配事は、まだまだ消えない…。

 

与えられた命の尊さを知ること…。

 

わしの命が尽きる前に、この女の子に会ってみたいものだ。アフカの平和のためにも…」

 

マグナーは、パールとだけ書かれたシートを Mフォンで消滅させた。


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