ハルルートの譲二さんの話の続編
『再会』でヒロインとハル君が結ばれてしまった話の続き
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それぞれの道~その1
〈美緒〉
ハル君の部屋で同棲するようになって2週間が経った。
毎日が怖いくらい幸せで、信じられないくらい。
ハル君は忙しくて、部屋に帰って来るのも遅いけど、ハル君のために毎日晩ご飯を作って待つのがこんなに楽しいことだとは。
もちろん、心の中には譲二さんが小さなとげのように刺さっている。
最後に見た譲二さんの悲しそうな瞳。
「やっぱり出て行くのか?」と呟いた言葉。
慌てて心の底に蓋をする。
〈譲二〉
美緒が出て行って2週間が経った。
この3年間があまりにも幸せすぎたので、今の寂しさの方が嘘のようだ。
俺は落ち込むというより、半分放心状態で過ごしている。
店はきちんと開けて、同じような毎日を機械的に過ごしている。
違うのは…夜1人になるとついつい深酒をしてしまうことくらいか…。
顔を洗うついでに鏡の中の自分の顔を見つめる。心なしか顔色は青く、目の下にクマができている。
きっとこんな生活を後2週間も続けたら、他人にも気付かれるレベルの顔つきになるのだろう。
濃いコーヒーを入れて飲む。
朝食は…、食べる気がしない。
とにかく、仕込みだけはしておかないと…。
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珍しく兄の紅一が訪ねて来た。
紅一「元気にしてたか?」
譲二「ああ、相変わらずだね。兄貴こそ急にどうしたの?」
紅一「近くまで来たから、どうしてるかなと思ってね。ところで、最近美緒さんとはどうなっている?」
譲二「…彼女とは、…別れたよ」
紅一「え? いつ?」
譲二「…2週間くらい前かな。」
紅一「そうか…。最近、電話でもメールでも、美緒さんの話題が出て来ないなと思ってたんだ。」
譲二「俺、今までそんなに美緒のことを話題にしていたっけ?」
紅一「ああ、美緒さんのことばかりだったぞ」
譲二「そっか…」
紅一「なぜ別れたんだ?」
譲二「彼女に好きな男ができて出て行った。俺はふられたのさ」
少しおどけてみせたが、兄貴には通じなかった。
紅一「お前らあんなに仲良かったじゃないか」
譲二「元々、俺が無理やり振り向かせて付き合い出したようなものだからな…。相手の男は、俺と付き合う前から彼女が好きだった奴だから。」
紅一「そうか…。なら…、お前、見合いをしてみる気はないか?」
譲二「俺が? こんな流行らない店のマスターなんだぜ」
紅一「仕事はうちの会社を手伝えばいいじゃないか? そろそろお前にうちのグループ企業のどれかを手伝ってもらいたいと思っていたし。それに結婚はいいもんだぞ」
兄貴は昨年見合いをして結婚したばかりだった。
その結婚式には美緒も一緒に2人で出席したのに…。
譲二「子供はいつ生まれるんだっけ?」
紅一「もう随分お腹も目立って来たからな。あと3ヶ月ちょっとというところだ」
譲二「俺もとうとう叔父さんか…」
紅一「話が横道にそれたが…。見合いの話、真面目に考えてみろ。
お前ももう30過ぎてしまったし、いつまでも1人でフラフラしている場合じゃないだろ?
今までは美緒さんがいたから黙っていたが…。もうそろそろ身を固めた方がいい。」
譲二「彼女と別れたばかりなのに、そんなことは考えられない」
紅一「別れたばかりとか関係ない。むしろ、今の方が謙虚に自分を見つめられるんじゃないか?
それに恋愛と結婚は違うものだしな。」
譲二「だけど美緒への気持ちを引きずったままじゃ、相手に申し訳ない…」
紅一「婚約者ができれば、美緒さんのこともすぐに忘れられるさ。
愛情はこれから少しずつ育んでいけばいいんだ。」
譲二「…」
紅一「じゃあ、お前に似合いそうな相手を探すように頼んどくからな」
譲二「待てよ、兄貴! 俺はまだ…」
紅一「一回で決めるわけじゃないんだ。気楽に行こう」
結局、兄貴に押し切られてしまった。
今までなら、きっぱりことわれていただろうが、今は正直「どうでもいい」という気持ちに支配されていた。
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酒の肴はパソコン上の美緒の写真だ。
この3年間に2人で撮った写真も増えた。
どの写真でも美緒は幸せそうに微笑んでいる。
このアルバムを開いたのは、別れてから初めてのことだった。
机の上にはケースに入ったダイヤの指輪がある。昨日、これを取りに行って来た。
美緒と別れる前に注文していたもので、「できましたよ」という連絡はもっと前に入っていたのだが、気持ちの整理が付かず、取りに行けてなかった。
(渡す相手がいないのに指輪だけあってもな…)
美緒が二十歳を過ぎたことだし、佐々木夫妻に正式に挨拶して、婚約を許してもらおうと思っていたのだった。
そして、美緒の卒業を待って結婚する。それが俺のシナリオだった。
指輪は美緒を驚かすために、内緒で注文していたのだ。
酒が切れたので、もう一度ロックを作り二階に上がる。
(この指輪が間に合っていたら、美緒は出て行かなかったろうか?)
わからない…。
でも、このままではダメなことは自分でも分かっている。
取り戻せない恋にこだわってもダメなことは明里で経験済みじゃなかったか?
前に進まないと…。
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それぞれの道~その2
〈春樹〉
腕時計を見る。8時半。9時までには部屋にたどり着けるだろう。
メールを打つ。
『大好きだよ
あと15分くらいで家につく。
遅くなってごめんね。
春樹』
直ぐに返信が返ってくる。
『私も大好き
おつかれさま。
夕ご飯温めておくね。
美緒』
美緒の待つ部屋に帰れるなんて、なんて幸せなんだろう。
ほんの二ヶ月前には、よもやこんな日が来るなんて思ってもいなかった。
それもこれも友人に誘われた合コンで美緒と再会したおかげだ。
そして、ほんの少し勇気を出して、美緒を引き止めたからだ。
春樹「ただいま」
鍵を開けようとすると、美緒が先に開けてくれた。
美緒「お帰りなさい」
ドアを閉めるとすぐに美緒を抱きしめる。柔らかくて、とても甘い匂いがする。
どちらからともなく求め合ってキスをした。
美緒「早く…食べないと…。また冷めてしまうよ?」
春樹「もう少し…、こうしてから…」
キスは長引いたが、なんとかそれだけで抑えて、彼女の手料理をいただく。
お互いに今日一日あったことを話し合う。
一日のほとんどを離れて過ごしていても、こんな風に話し合い、夜は愛を確かめ合えば、気持ちは一つになれる。
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朝、目覚めれば美緒の顔が隣にある。
トーストを焼いたり、コーヒーを入れたり、2人で準備して2人で朝食を取る。
部屋を出るのは、大学が遠い美緒が先だ。
行ってらっしゃいのキスをして見送る。
〈美緒〉
譲二さんと別れて1ヶ月が経った。
譲二さんからメールが来た。
授業の合間に送信者の名前をみて、誰にも見られていないか辺りを伺ってしまった。
『お久しぶり
美緒ちゃん宛の郵便物が溜まっているので、取りにきてください。
転送しようにも住所を知らないので…。
受け取りがてら、クロフネにも顔を出してね。
コーヒーくらいおごってあげる。
決して手を出したりしないから…怖がらないで。
譲二』
私は近くの空き教室に駆け込むと、扉を閉めて泣き崩れた。
嗚咽を堪える。涙が後から後から溢れてきた。
『怖がらないで』と書いた譲二さんの気持ちを考えると胸がつぶれそうだ…。
私が譲二さんを怖がったりするわけないじゃない…。
とても優しい譲二さん。
私をあんなに大切に扱って、愛してくれた譲二さん。
譲二さんと過ごした3年間はとても楽しかった。
『取りに行きます
今日、授業が終わったらクロフネに取りに行きます。
美緒』
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それぞれの道~その3
〈譲二〉
美緒のメールを読んでから、ソワソワと時を過ごした。
美緒に会うのはひと月ぶりだ。
食器を片付けようとして、食器戸棚の奥にしまいこんだペアのマグカップに目を留めた。
何度捨ててしまおうかと思ったことか…。
しかし、どうしても捨てられなかった。未練の塊だな…。
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美緒がチャイムを鳴らして入って来た。
2組ほどの客が入っていたが、もうオーダーは済んでいたので、落ち着いて話せるだろう。
美緒「こんにちは…」
譲二「やあ。久しぶり」
2人でしばらく見つめ合う。
美緒ってこんなに可愛かったっけ?
俺の中のイメージよりもっともっと可愛らしい。
できることなら思いっきり抱きしめたい。
でも…、今はハルのものだ…。
譲二「コーヒーでいい?」
美緒「…おかまいなく…。手紙をいただいたら、直ぐ帰りますから」
譲二「そんなこと言わずに、コーヒーくらい飲んで行ってよ。
ハルは…、帰るの遅いんでしょ?」
美緒「うん。ハル君は毎日忙しいから…」
譲二「じゃあ、コーヒーを飲む間だけ…」
俺は自分でも無様だと思うくらい必死で引き止める。
美緒宛の手紙の束を彼女に渡すとゆっくりとコーヒーをいれた。
美緒「じょ…マスター、ごめんなさい。
私が転送の手続きをしてなかったから、ご迷惑をかけて…。
今日ここへ来る前に手続きをしてきたので、もう大丈夫です。」
譲二「そっか…。手続きして来たんだ。」
美緒「しばらく、1週間くらいは手紙が入るかもしれないけど…」
譲二「それなら、もう一回は訪ねて来てもらえるのかな?」
俺は微笑んだ。強ばっていた美緒の顔が少し微笑んだ。
譲二「そうそう。そんな風に笑った顔の方が美緒ちゃんは可愛いよ」
彼女の前のカウンターにコーヒーとサンドイッチを出した。
譲二「そろそろお腹が空く頃だろ?サンドイッチも俺のおごりだから」
美緒「そんな…悪いし…。」
譲二「それくらい奢らせてよ…元恋人として…。次の時はお金もらうからさ」
ちょっとおどけてみせる。
もちろん…、次はないだろうけど。
美緒「ありがとう」
俺はコーヒーを飲む美緒をじっと見つめる。
愛しい美緒の姿を目に焼き付けておきたい。
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チャイムが鳴って、ドヤドヤと賑やかな声が入ってくる。
タケにリュウ、一護にりっちゃんだ。
一護「あ、美緒。珍しいな。」
剛史「久しぶりだな」
理人「あっ、美緒ちゃんだ。いつも大学では会ってるけど、クロフネでは久しぶりだね」
竜蔵「美緒、お前この頃どこ行ってたんだ。クロフネに来ても会えねぇしよ」
理人「リュウ兄。美緒ちゃんはハル君と一緒にいるんだよ」
竜蔵「えっ、美緒、お前まさかハルと破廉恥なことをしてるのか?」
美緒「そんなことリュウ兄に言えないよ…」
一護「お前、元気にしてたのかよ?」
美緒「うん。一護君もお店頑張ってる?」
一護「ああ。よかったら一度来てくれよな…ハルと」
一護が俺を伺いながら付け加えた。
美緒が俺を捨ててハルのところへ行ったことは、すでにコイツらにはバレている。
客が帰り支度を始めたので、レジの方に行った。
俺がいない方が幼なじみたちと楽しく過ごせるだろう。
客が帰った後も俺は彼らのオーダーを作るため、厨房の中でほとんど過ごした。
楽しそうな笑い声が聞こえてくる。これでハルがいれば…昔と同じだな。
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結局、美緒もみんなと一緒に一時間くらいはクロフネにいた。
みんなの食器の片付けを手伝ってくれる。
一緒に働いていると以前と変わらないように思えてくる。
譲二「ありがとう。もうそれくらいでいいよ。」
美緒「でも、じょ、マスター1人で全部片付けないといけないし…」
譲二「いつものことだから…。
みんな帰ってからゆっくり片付けるからいいよ。
今日はもうお客さんは来ないだろうし…。」
美緒「…ごめんなさい」
譲二「なにが?」
美緒「マスターを傷つけたこと…」
譲二「…俺は、美緒ちゃんが幸せなのが一番だから…。
最初に美緒ちゃんに手を出したのが間違いだったんだよな…。
ボタンの掛け違い、それだけだよ。
美緒ちゃんは最初からハル一筋だったんだから…。」
美緒がふと厨房の角に置いてある封筒に目を留めた。
美緒「マスター、これは?」
譲二「ああ、それは兄貴が置いて行ったお見合いの写真とだよ。」
美緒「お見合い、するんですか?」
譲二「…俺ももう30過ぎたしね。
そろそろ身を固めろって兄貴がうるさいんだよ。」
美緒「そうですか…」
譲二「もしかして、気になる?
ちょっとは俺にヤキモチを妬いてくれる?」
美緒「…いえ。そうですよね…。
譲二さんも私なんか早く忘れて幸せになってください。」
美緒の顔は少し赤い。そして、今確かに俺を名前で呼んでくれた。
譲二「ありがと。さあ、ここはもういいから」
譲二「おい、タケ! 美緒ちゃんを駅まで送ってあげてくれ」
まだ、残っていた剛史に美緒を送ってもらうように頼んだ。
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美緒「マスター。今日はありがとうございました。」
譲二「こちらこそ、手伝ってもらって…。今度は…、ハルと一緒に来てね」
声が少し上ずる。2人には気付かれなかったろうか?
譲二「タケ! 頼んだぞ」
剛史「おう」
戸口で美緒の後ろ姿を見送った。
剛史と並んだ姿が少しずつ小さくなった。
その姿が角を曲がると、俺はため息をついて店に入った。
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それぞれの道~その4
〈美緒〉
剛史君と2人、駅まで歩く。
剛史「お前がいなくなってから、マスターかなり落ち込んでたぞ。
まあ、当たり前だけど」
美緒「だいぶ…やつれていたね。」
剛史「以前よりはましになったんじゃないかな。
最初の頃は見ててかなり痛々しかった…」
美緒「…そうなんだ。ご飯、食べてるのかな?」
剛史「さあ…」
美緒「そうだ、剛史君。マスターにお見合い話があるの知ってる?」
剛史「ああ、なんかマスターの兄貴が写真を持って来てたな。
ちょうど俺たちがいたときだったから、理人が『見たい見たい』って言って、マスターより先に見た」
美緒「どんな人? きれいな人?」
剛史「佐々木よりは可愛くなかった…。
ていうより、お前には関係ないだろ?」
美緒「そうだけど…」
譲二さんのことを関係ないと言われると少し胸が痛んだ。
譲二さんをふっておきながら、身勝手だよね…。
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駅の改札を抜けたとき、後ろから呼び止められた。
春樹「美緒!」
美緒「ハル君! 今日は早かったね」
沈んでいた気持ちが急に明るくなる。
春樹「美緒は遅かったね。どこかに行ってたの?」
ハル君に言おうかどうしようかと迷ったが、正直に言うことにした。
美緒「今日、お昼に譲二さんからメールが来て、私宛の郵便物がたくさん届いているから取りに来てって。
それでクロフネに行ってたの」
春樹「…そっか。譲二さんは元気そうだった?」
美緒「少しやつれてた。
それでコーヒーをごちそうになってたら、一護君たちみんなが来て、それで色々話して盛り上がったよ」
春樹「それは懐かしかっただろうな。俺も会いたかったな」
美緒「懐かしかったよ。これでハル君がいたらなって、思った。
みんなもそうだったと思うよ」
美緒「そうだ。譲二さんに見合い話があるみたい」
私は努めて明るく言った。
春樹「そうなんだ。譲二さんももう30歳すぎてるものね。
その話、うまく行くといいね」
美緒「うん。」
もちろん、うまく進むといい。
譲二さんには幸せになってもらいたいから…。
私は譲二さんを幸せにしてあげることができなかったけど。
〈譲二〉
譲二「美緒……」
ふと気がつくと机に突っ伏したまま眠っていた。
時計を見ると1時を過ぎている。いつものようにウイスキーをロックで飲んでいて…そのまま眠ってしまったらしい。
コップの中の氷は溶けてしまっている。
薄いウイスキーを飲み干すと立ち上がった。シャワーくらい浴びて来よう。
少し立ち直ったと思っていたが、本人に会うとやはりダメージが大きい。
そして…、彼女には触れることすらできなかった。
もちろん、彼女と会えばどうにかなると思うほど甘い考えでいたわけではない。
彼女が出て行く前に、散々話し合い、喧嘩もし、泣いて訴え、その上で彼女は出て行くことを選んだのだ。
それでも悩んで悩んでメールを出したのは、もう一度会えば、彼女の気が変わるかもと期待したからだ。
最悪、ハルが手紙を取りにくるというパターンもあり得たのだから…。
そう自分を慰める。
未練たらしいな、俺。
冷たいシャワーを浴びて、頭と体の火照りを冷やした。
そうだ。ここを出よう。
クロフネを閉めて、実家に帰ろう。
兄貴には前々から企業の経営を手伝ってくれと言われている。
多分、仕事は嫌になるくらいたくさんあるだろう。
仕事に忙殺されていれば、気も紛れるだろうし、こんな風に酒に溺れずにすむだろう…。
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それぞれの道~その5
〈譲二〉
一ヶ月ぶりのクロフネの鍵を開ける。
物音一つしない店内に入ると、窓を開け放っていく。
一階が終わると二階に上がった。
美緒の部屋に入る時は未だに緊張する。ドアを開けるとそこに美緒がいるような気がして…。
ドアを開けても、もちろん誰もいない。
美緒が出て行った時のままの部屋を通り、窓をあけていく。
窓から外を眺めると、表の通りが見える。
美緒はここから外を眺めて、何を考えていたのだろう?
美緒がクロフネを出て行って、3年の年月が経っている。
あれから間も無く俺は実家に帰り、傾きかけた茶堂院グループの経営を立て直すため、がむしゃらに働いた。
それこそ寝る間も惜しんで…。
休みも月に一度、こんな風にクロフネに風通しと掃除に来る時以外は取っていない。
兄貴はもっと休めと言ってくれるが、休んでも歴史博物館巡りくらいしかすることがない。
それに大概の博物館には美緒と出かけた思い出があって辛い…。
そう、下手に暇な時間を作ると美緒との思い出が次々に浮かんで来て、押し潰されそうになる。
ちょうど今のように…。
それでも月に一度は感傷に浸るためにクロフネにやってくる。
美緒…美緒。
美緒の部屋を出て俺の部屋に入る。
この部屋には美緒との思い出が詰まっていて、一番辛い…。
ベッドに横たわる美緒の白い肢体のイメージが浮かんでくるのを無視して、窓を開け放った。
二階から一階まで機械的に掃除していく。
あれから兄貴に無理矢理勧められて、何人かの女性とお見合いをした。
2、3回デートをするまでになった女性もいた。
美緒のことを忘れるためにも、そのうちの誰かと結婚すべきだったのかもしれない。
相手方はみんな、茶堂院グループの息子という肩書きが絶大なのか、俺との交際を続けたがった。
しかし、いざ結婚を前提に付き合うかという決断を迫られると色々理由をつけて断わってしまった。
相手の女性は俺自身が気に入ったのではなく、茶堂院グループに目が眩んでいるだけでは無いのかという疑心暗鬼に囚われたのも理由の一つだ。
しかし、一番の理由はまだ美緒のことを愛しているからだった。
そんな気持ちのまま、他の女性と結婚しても、彼女を幸せにする自信が無かった。
二階から窓を閉めていく。
俺の美緒への気持ちに一つ一つ封印をしていくように…。
最後に店の扉に鍵をかけた。
これで…また一ヶ月間、心も封印することができる…。
車のエンジンをかけ、美緒の思い出とクロフネから遠ざかった。
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それぞれの道~その6~その10につづく