相変わらず愛犬ラッキーとの散歩です。
平地に降りてきていますが、田植えができて田んぼといった感じで様相が一変しています。
暑くなってきていますが、私の山での仕事はすればキリがない程たくさんありますね。
仕事をしてもしなくても誰からも文句は言われませんので、自由気ままにのんびりとやりたいようにやっています。
でも、草刈りであろうと草抜きであろうと何をしてもスッキリと綺麗になったなあと感じると、心からの喜びが増してきます。
周りの畑の野菜、果樹、樹々達が喜んでくれているのですね。
周りの人、物、ことに何か役立てれることが嬉しくて(喜びを感じる)楽しいのです。・・・結果として自分に帰ってくるという事からかもしれない。
(与えよさらば与えられんという真理)
イエスさまは自分を愛するように他人を愛しなさいと教えていただいていますが、有難いことにその通りだと思えるようになってきましたね。(自分を愛するということは人、物、ことを愛することにつながっていますよ)
簡単に言えば人、物、こと、が喜ぶこと(役立つ事)をすれば良いということで嫌がることをすべきでないということですよね。
この事を愛、慈悲というのででしょうね。
喜ぶことをしたつもりでも相手がそう思わなければ、これだけしてあげたのに、冗談じゃない、バカらしいと腹を立てるということになるかもしれないし、、、
また言葉の表現の仕方がまずいのかもしれないし、反省する事も多いでしょうね。
全人格がその場に出てきますから、全てを敬い、素直に謙虚な人でありたいものですね。
先日入れたものは出さなければいけない、溜め込んではいけないですよと、病気になりますよと、循環の法則に反しますのでと話させていただきました。
安心させ安定するように動き働かせている訳であって、決して不安にさせ不安定になることを望んでいる訳ではないですよね。
山の道路沿いに(傾斜地)所々側溝が設けられています。
お話ししているように土や落ち葉が溜まり道路に溢れ出し道路が遮断されないようにしているのです。
山の近くの側溝で15メートルほど土で埋まってしまっています。(雨で降った水と土が溜まり側溝を堰き止めているのですよ)
つまり山の中ですから余り不便を感じる人が少ない為か、車、人の通行が余りにも少ない為か、
側溝を掃除し土を取り除いてくれる方がいないのですね。
側溝内には草が生えて哀れな状態です。
しょうがないかと側溝の掃除を自分でやろうと決めてスコップで一輪車に乗せ取り除いています。
残り2メーターほどで後一日で終わりそうです。
ああ私の心もスッキリしましたが、本来の目的である側溝は土と草がなくなり本当に喜んでくれている感じがいたします。
このような行為が愛の実践なんだなあと気づき学ばさせて頂いています。
そうだそうだ周りのものに役立ち喜ぶことをすれば良いのだ‼️❣️
天(神仏)は自然界は全てのものを安定させ安心させるように動き働かせているのですから、その根本に気づかねばならないね!
新型コロナウイルス🦠でマスコミの報道、行政のあり方が不安と恐怖を煽っていると賢者、識者の指摘も目立ち始めましたね。
余りにも少ない感染率、死亡率に振り回されてしまったのかと反省させられますね。
起こってしまったことは全て必然で良かったと解釈して、ポジティブに前向きに進んでいきましょう。
心をつまり安心安定させる事が一番なんでしようね。
心に不安恐れを抱かし助長することは間違いなんでしょうね。
不安恐れ恨み憎み妬みが心を暗くし落ち込ませる病気の原因ですからね。
明るい嬉びポジィティブからは決して病気にはなりませんですからね。
信じるも信じないもあなたの自由ですからね(^。^)
『いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全てのことに感謝しなさい』
・・・イエスキリスト真理の言葉。