糸乃こまりのストーリー

川柳と小説〜下町とチワワはhttps://plaza.rakuten.co.jp/daigotyokotan

シナリオ


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20 初めての寄港 上海

2024-11-12 15:19:24 | 世界一周ひとり旅
クルーズ船の裕子の部屋で明け方グツグツという着岸のエンジンのエンジンの音がした。位牌もガタガタと動いている。隣りの時計は四時になっていた。よく眠っている裕子だった。

 上海バスで乗って並んでいる裕子と聡美。

上海通りではバスの両側には箱型の家が並んでいる。家の二階の窓から長い鉄製のパイプが張られ、それには長い竿がかかってある。

いい天気で竿にはにぎやかな服がパタパタと揺れている。 

 一番前のガイドが

「浅草の仲見世みたいなところです」

聡美は裕子に

「デパート行きます?」

 嬉しそうにうなづく裕子。

 デパートの玄関に付いた裕子だが

「私の用事ばかりじゃ迷惑かけるから、30分後にね」

 といい出して二人は別れた。

 自分が買い物したい時は他の人と別に行動すること、みんな同じものがほしいわけじゃないからね、人に押付けちゃだめだからね、と鞠子に言われたから。これじゃあ、どっちが親かわからないけど。

 裕子はまずは書道店に行き高そうな硯を買う裕子。そして寝具店でシルクのパジャマを購入する。

 そしてお手洗いお手洗い、すっかり忘れていたから見つけて入っていく裕子だが、ギョッとする。ドアには鍵が付いていないのだ。 バッグをぶら下げるフックも付いていない。

 30分後に玄関で出会う裕子と聡美。デパートを出ていく二人が並んで歩きながら、

「聡美さん初めてじゃないから知ってたんでしょ。トイレ汚いのね」

聡美「びっくりでしょ」

裕子「日本のトイレはとても清潔。ありがたいありがたい」

 そんなことを言いながらバスに乗り込む二人。

 上海バスで金融街を行く。バスから街を眺めると建物は全てヨーロッパ調。

 また別のデパート到着。入ってきた裕子と聡美。クルーズ船仲間の何人かと会う。その中の二人

「ここのシワ取りクリームいいそうですよ」

 裕子は聡美を見る。

「知らない知らない」

 と首を振る聡美。

「私10個、こちら30個」

「とてもいいんですよ〜。私はあとはイタリアのオリーブ油、それだけ」

 シワ取りクリーム、イタリアのオリーブ油とメモを書く裕子。

「ママ、みんな同じもの買わなくていいのよ」

 早速化粧品売り場に到着した裕子と聡美もシワ取りクリームを購入。また別のクルーズ船仲間の二人の女性が近づいて来た。

一人の

「クリーム買った?」

 の言葉に嬉しそうに

「買った買った」

の裕子は10個のクリームを見せる。

「じゃなくて他にもあるのよ」

「他の人に聞いたんだけどクマ取りクリームもいいそうよ!」

 いいながら二人はクマ取りクリーを10個見せた。顔を見つめ合う裕子と聡美。

 中国服販売場ではクルーズ船の仲間たちがかけてある中国服を眺めている。裕子と聡美もいる。その中の一枚を裕子にかけてみる聡美。

「えー」

 といいながらまんざらでもない裕子。更衣室で着替えている。

「ジャジャジャジャーン」

 中国服を着て出てくる裕子。モデル風仕草に仲間たちがキャッキャッキャッキャッ喜んでいた。
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19 聡美の生霊

2024-11-12 15:12:17 | 世界一周ひとり旅



廊下をてくてく歩いている裕子。そしてぺちゃぺちゃ自分の心と話をしている。A対Bみたいなもの。
「今日はどんな服を着る?」
「あら、勝手に船が決めるときもあるのよ」「何それ?」
「何それ? よね」
 裕子はたまたま出会ったスタッフに近づいた。近づいて来た裕子ににっこり笑うスタッフだが裕子はにっこりというより心配事があった。  
「私、ドレスコードがイマイチわからなくて。今日はどんな服を着るか船に決められる日もあるんですよね」
「そういう日もあります」
「そんな〜」
「特に詳しいアドバイザーがおりますからご相談いかがですか?」
 裕子は大きくうなづいた。   
 サロンルームでは何人かの客の中央で話をしているアドバイザーがいた。
 裕子を連れたスタッフがアドバイザーに近づいた。
「お客さまがドレスコードのことをお聞きしたいそうです」
「そうですか、どうぞどうぞ」
 と言いながらアドバイザーは裕子の椅子を持って来た。 お辞儀して裕子もイスに座った。
 前にあるボードに書きながら話すアドバイザー。
「フォーマル、インフォーマル、カジュアルがあります」
 と書いてから手を止めて座っている何人かの人たちの顔を順番に見る。
「皆さまの中にはお子さまのいる方もいらっしゃいますよね」
 何人かがうなづいた。裕子も隣りの女性を見つめる。彼女も同じようにうなづいた。
「お子さまがご結婚なさった時はさぞや大変でしたでしょう。そのくせ黒の留め袖でジミーにしなくちゃいけない」
 またまたうなづきあう女性たち。
「今のことは横に置いておきましょう。今、大事なのはフォーマルです」
 「注目!!」
 やっぱりアドバイザーって人を引き付ける仕事なのね。学生時代の注目と同じかもしれない。私はこうはなれないと裕子は思っていた。
「フォーマルは甥御さま姪御さまお友だちの娘さんの結婚式がよろしいです」
 ホォー、大きくうなづく裕子たち。
 裕子は帰りの廊下でサロンルームで近くにいた女性たちもいた。みんな一緒なんだなと裕子はつくづく思った。
「勉強になりますね。インフォーマルは同窓会、カジュアルは父兄会の感覚で」
 一人の女性がにっこりと笑った。後ろから小走りに来た別の女性が笑顔の彼女を 「聡美さん」と呼んだ。笑顔の聡美さんが振り向いた。
「あ、明日のことですか?」
「よろしくお願いします」
「こちらこそです」
   お辞儀をしながら去っていく女性。
「聡美さん、うちのお嫁ちゃんと同じ名前!」
「あら、いいお嫁ちゃんですか?」
「ぼちぼち」
   聡美は笑いながら
「それより明日のご予定は?」
「まだ何も」
「でしたら、ご一緒しません? 寄港デビューですよ」
「わぁ、聡美さん、是非是非。私、裕子です」
   握手する二人。
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18 ドレスコード

2024-11-06 06:10:28 | 世界一周ひとり旅
ベッドで横になって「一人ぼっち」と書くと例によってグスグスと泣き始める裕子。そしてまたいつしか眠っていた。どれぐらい時間が経ったのだろうかドアでコトンという音がした。目覚めた裕子がは立ち上がりドアに近づいた。廊下から部屋に差し込まれたのはクルーズ船の新聞だった。手にした裕子は今度はベッドであぐらをかいて読みはじめた。パラパラと目にしていたが一つのコーナーに目が止まった。
 〜ドレスコード〜
 ベッドの横の小さなテーブルには裕の位牌と写真とノート。そして眼鏡、半分に折れる小さな眼鏡だが〜ドレスコード〜の下の文は少々小さかったの眼鏡は大事。こんな風に書いてあった。 
 ドレスコードとは「服装規定」の意味。 場所や時間、シーンに応じた服装の基準・ルールのことで、その場の雰囲気を壊さないため、周りの人の気分を害さないために定められる。
 高級ホテルやレストランなどではドレスコードが決められていることがあり、スーツやドレス、ワンピースなどの服装が適切とされる。
 読みながらまだハッとして段ボールに近づく。
ん!?
 のんびりとベッドであぐらをかくどころじゃない。その前に一人ぼっちと泣いてるどころじゃないんだ。裕子は段ボールを開けて中の洋服をいくつもひっぱりだす。まだ別の段ボールに近づく。そして叫ぶ。
「ない!! じゃあどこにあるの!?」
 一人も部屋の中ならおしゃべりできる。そして相手は自分だけ。とてもカワイイ生き物です。






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17 パパ

2024-11-06 06:01:53 | 世界一周ひとり旅
船内のモーニングルームで窓の外を見つめる裕子。コーヒーを運んでくれた外国人は若いスタッフだった。
「ありがとう」
という裕子にお辞儀して戻って行くスタッフ。
「あなたはどこの国の人?」
「フィリピンです」
「フィリピンではありがとうは?」
「タガログ語でサラマッポです」
 裕子にサラマッポと言ってお辞儀する。お辞儀して戻るスタッフ。ゆっくりと時間が流れていった。
 裕子が海がよく見える場所に行くと賑やかな声が聞こえた。たいていご主人が奥さんを写真に撮っている。その時二人が交わす言葉。だけど一人の人は何も言わない。心で思うだけ。裕子がキョロキョロ眺めるとイスに座っている一人の女性が見えた。裕子が近づくととてもいい笑顔を見せてくれた。裕子が何か言おうかと思った途端、彼女は立ち上がって手を振った。
「主人です」
 裕子が振り向くと男性が近づいて来た。
「主人は船中ウォーキングしてました。これから朝食、その後はジム通い」
「ジムいいですよ」         
近づいてそういうご主人に
「マッチョですか?」
と笑顔になる裕子に
「いやー、毎日ジムに行きますからいらしていただいたらお見せしますよ、マッチョ」
「やぁねぇ、余計なことを言わないの」
と言われて引っ張られて遠ざかっていく。
 去っていく二人の背中を眺める裕子。一人と二人は付き合えない。一人にはやっぱり一人がいい、そう思った裕子が飛び上がった。パパ! 忘れてた!! 
 裕子は家を出掛ける時に大きなバッグに花柄で包んだ裕の位牌を入れていたのにすっかり忘れていた。
「パパ! ごめんなさい」
 ベッドの隣りにあるテーブルに裕の位牌と小さな写真を飾った。それからノートを出して来た。そして靴を履いたままベッドに寝転んで書き始めた。1ページ目に書くのは スズキムタク 桜と梅 至福の夜 フィリピン語でサラマボ マッチョ そして最後に書いたっけ
「一人ぼっち」

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16 至福の夜

2024-11-06 05:57:56 | 世界一周ひとり旅
裕子は一度自分の部屋に戻ったがまた部屋を出た。
 廊下を歩いて一つの部屋の前で止まった。
マを小さく叩いたら何も言わずドアが空いた。 
「お邪魔します」
と入ってゆく裕子。少し経ってから廊下で裕子の声が聞こえた。  
「あっ、そこです。至福の夜〜たまりませんわ」
 廊下の壁の時計は10時30分を指していた。 
 部屋にいる裕子以外の声は聞こえなかったから一人でおしゃべりに夢中になる裕子だった。
「始めは片山さんだったのにいつの間にか裕子さんに変わっていて」
 そう言ってはクスクス笑っていたがまた急に声が変わった。
「あっ そこで〜す あぁ シアワセ」 
と叫んだ。

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15 梅と桜

2024-11-06 05:46:24 | 世界一周ひとり旅

裕子がクルーズダイニングルームの入口に 近づいたらもうスズキムタクは待っていた。二人でメインテーブルに入っていった。スズキムタクはキョロキョロ眺めて

「今日は自由席だそうですね、どこにします」

といった。

「じゃあここに」

と裕子はすぐそばのテーブルにした。

「そうしましょう」

 二人で向き合って座りかかると途端に近づいてくる二人の女性がいた。一人が

「よろしいですか?」

という。突然の言葉なので

「ハイ」

と答えてしまった裕子。言葉には出さなかったけどスズキムタクに「いい?」と目で聞いていた。スズキムタクは愛想よく「どうぞ」と答えた。空いている四人テーブルは他にもあったけどだからって断るほどもなかったからだ。

 食事しながら四人の会話はこんな風だった。近づいてきた二人はどうやら姉妹だそうで上がサクラコ下がウメコ。ウメコの方がよく喋る。見た目はあまり変わらないけれど名前のせいで下の子の方がひがんでいたのか自分を主張してきたのかずっと喋っている。裕子はそんな気がした。桜と梅じゃね。梅は花というより梅干しだ。シワシワでオバァさん。裕子がそう眺めていたら当然ウメコは言い出した。

「ご夫婦で世界一周羨ましいです」

 裕子は「えっ!」と息を止めるようにして

「違うんです。さっきお知り合いになったばかりで」

「妹は余計なことを言う子なんです。すいません」

 やっぱり桜が付いた名前だから余裕を持って生きてるなぁと裕子は思っていた。結局最後のウメコの話は梅干し。

「身体にいいの」

で終わった。 

 メインテーブルを裕子とスズキムタクは出ながら笑っていた。

「笑いが止まりませんでした」

「私は上手に話せない方なんで裕子さんにどう話したらいいか悩んでました」

「私もです。桜と梅のおかげですね」

 と言って別れた。

 メインテーブルでサクラコとウメコはまだコーヒーを飲んでいた。ウメコは

「夫婦じゃなくてよかったわ」

「ウメコ好み」

「それより持ってるかしら? 名前聞いとけばよかった」

「真っ赤な糸がつながってたら、また会えるわよ」

「ホントお姉さんは。楽天家」

 呆れ顔になる。




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14 乗船

2024-10-26 17:26:08 | 世界一周ひとり旅

ドラが鳴る。 

 船がゆるやかに動き始めたから裕子はテープを握りしめる。隣の鈴木は

「あなたのおかげだ。一人ぼっちで日本を離れるんだと思ってました」

「私も同じです」

「だったら今夜もお付き合いできますか?」「喜んでた!」

「スズキタクヤです。五時半にダイニングルームでお待ちしてます」

「嬉しいです」

「ではお先に」

と離れていく鈴木。鈴木の後ろ姿を眺めて「スズキムタクだわ」

とつぶやく裕子。人々がどんどんへっていったが、裕子は最後まで横浜港を眺めていた。

 やがて誰もいなくなったクルーズ船の廊下を歩いていく裕子。少々ため息交じりで自分の部屋で立ち止まる。鍵を開ける! ドアを押す!! だがなかなか開かない。部屋の中にある段ボールに引っかかっているからだ。

「はぁ」

 苦労してようやく中に入れたが山ごとの段ボール。ベッドに座る裕子。やがて緊張しすぎて疲れ気味。いつしか一眠り。

 どれだけ眠ったのかわからず船長のアナウンスの声で目を覚ました。

「只今船舶の銀座と言われている浦賀水道を通過します」

 慌てて窓に近づく裕子。広い海と白い波が漂う。

「銀座四丁目が懐かしい」

 ベッドに戻る裕子だったがまた船長の声がした。

「左舷に潜水艦が通り過ぎます。ご覧ください」

 また窓に飛びつく裕子。黒い大きな塊。水しぶきが見える。塊の頭には太い望遠鏡がありチカチカと点滅していた。

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13 メインデッキ

2024-10-26 17:21:49 | 世界一周ひとり旅

ホテルのランチを食べている鞠子と喜子。

「タイタニック号のことで弁護士になったのです」

と鞠子。

「何それ」

「船で沈んだら今の土地はお兄んにあげたいみたい」 

「なるほどね、よくある話」

「私はいらないもの」

「ホントかしら?」

「いざとなれば?」

ニヤッと笑う鞠子。

 出国ゲートを超えて鈴木さんと別れた裕子はときめき気分で自分の部屋を探す。船の小さな丸い窓から海が漂う。船旅だ!! でも広すぎてまだホテルにいるようで船に乗っている感覚がまるでない。

 裕子はやったー自分の部屋を見つけたのだ。小声で叫ぶ。鍵で部屋を開ける!! そしてこっそり開ける!! が入るがすぐに出てきた。それからまた入って大きなバッグを押し込んで出てきた。大きいバッグを中に押し込んでからまた出てきて

「私の部屋」

 とつぶやく。振り向きながら離れていく裕子。

 裕子が階段を上がって行くとメインデッキから賑やかな声が聞こえた。裕子もその声に入りたかったのにもう人が溢れていて座る場所など一つもない。

 鞠子と喜子は港の方から船のメインデッキを眺めているが裕子が見つからない。

 鞠子はクスクス笑いながら

「船からテープを投げるなんて明治時代風ね」 

「昔は船で帰れないのも当たり前。それより裕ちゃん、どこ?」

 二人でキョロキョロしている。

 一方裕子はメインデッキをウロウロしていたら遠くから声がした。

「片山さん、片山さん」

と呼ばれた。

「えっ! 私?」

 今度はデッキで裕子の方がキョロキョロした。

「片山さん片山さん! 私鈴木です」

と手を振っている。

「鈴木さん!」

大声で叫ぶ裕子。鈴木はちゃんと裕子の席をとっていた。大喜びで飛んでいって

「鈴木さんありがとうございます。家族が見つからなくて」

 船長の挨拶も途切れるほど家族を呼ぶ声が溢れていた。

「あっ、いたいた」

 見送り場でやはり鞠子が一番先に裕子を見つけた。裕子に手を振ってみる。喜子も背伸びした。

 ほとんど同時に裕子も鞠子と喜子に気づいた。

「あっ、あそこ! 娘と姉です」

 メインデッキでは鏡割りが始まった。鈴木は裕子にたくさんのテープを渡した。

「こんなに! 私一つでいいです」

「片山さんは家族がいらっしゃるからいっぱい投げて下さい。私には家族がいないから」

「じゃあ鈴木さん、娘に投げて下さい」

「では、あちらですね」

 鈴木は嬉しそうに鞠子にテープを投げた。テープがひらひらひらひら待っている。さすがに鞠子のところまでは来なかったけど裕子と鈴木は寄り添って見えた。

「さっきいた人? もう仲良しね」

「パパの位牌持たせたのにね」

「位牌!?」

「世界一周見せたいもの」

「血のつながりって、恐ろしい」

 そしてゆっくり船が離れ始めていた。

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12 横浜港大桟橋

2024-10-07 18:09:05 | 世界一周ひとり旅
いよいよの朝。パタパタと支度をしている裕子。聡美は内階段を二階に上がって行く。そして裕子のリビングルームのドアを叩いた。

「ハイハイ」

と裕子の声。聡美はドアを開け

「お母さんお気を付けて。私は用事があるから横浜港には行けないけど」

「いいのいいの」

「時々は窓開けて空気の入れ替えしておきますから」

「ホントにいいお嫁ちゃんで良かった良かった」

 と例のセリフで笑顔たっぷりの裕子だった。

 聡美は笑顔を軽く流してトントンと内階段を降りた。そして一階のリビングルームのソファに座って大あくびの聡美。しばらくしたら外階段のカツンカツンと降り音に聡美は小声で

「行ってらっしゃい」

 一方裕子のニ階の静けさ。少し乱れたベッドの隣のテーブルの上に花がらで包んだ位牌があった。

 そして聡美はソファですやすや眠っているが近づいてくる車の音で目を覚ます。車が止まる音。ドアが開く音。裕子の声

「お願いよ。待っててよ」

 外階段を上がる音。カツンカツンカツンカツンカツンカツン。しばらくして降りてくる音。

 「いつもお騒がせ」

聡美は小声でクックッククックックと笑っていた。車が再び走り出した。

 横浜港大桟橋全景。入口では自動車やタクシーが並んでいる。大きめのバッグを抱えている裕子は途中でタクシーを降りたらしい。鞠子は裕子に気づいたようで少し離れたところから飛んで来た。

「ママ、遅い」

「忘れ物しちゃって」

「マサカ、パパ?」

「そんなわけないでしょ」

「なんでもいいけど、遅い遅いって叔母様ご立腹よ」

 話しながら走って進む二人。当たり前だけど人があふれている。集合場所に飛び込むと遠くから手を振っている喜子。

「裕ちゃん遅い遅い」

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「ママ、もう出国ゲートに行かなきゃ」

「そうね」

 裕子は改めて喜子の両手を握る。

「お姉ちゃん、色々ありがとう。いつまでも元気でいてね」

「なぁに?」

 裕子は今度は鞠子に

「私がいなくなったら弁護士さんに会って」「わかったわよ」

 喜子は怪訝で

「弁護士?」

 慌てて一方的に「じゃあ」と叫びバタバタと小走りになる裕子。彼女の背中を眺めている鞠子と喜子。裕子は出国ゲートに入って行くのが見えたがもう裕子に話しかけている男性がいたのが見えた。

「もう彼ができたの?」

「マサカ」

「それより裕子が弁護士って何!?」 

「叔母様〜美味しいランチをいただければ告白しますよ」

「そういうところが裕ちゃんにそっくり」

と呆れ顔を、。

 出国ゲートでは白髪の男性が裕子と話していた。御愛想の裕子はあまり知らない人でもニコニコするのが得意。挨拶する彼に

「どこかでお会いしたことありますよね」

「あそこのスポーツクラブですよ」

 と港と反対側を指さした。

「あぁ~そうでした」

「いつもお友達と出ていらしてた」

 二人は話しながら出国ゲートに進む。

「彼女体調悪くして私も行かなくなっちゃいました」

「そうですか、私の友人も突然死。明日は我が身! あっ、すいません。楽しい時間に」

「私もよくわかります。あっ! だけどお名前!? 私は片山です」

「私はつまらない名字の鈴木です。今、鈴木さんと呼べば何人もの人が振り向きますよ」

 裕子はクスクス笑いながら

「慌てて来たけど、いよいよ世界一周!!」

 少し大きな声で叫ぶ裕子。舌を出すが回りの人たちも裕子に大きく拍手していた。鈴木もあふれた笑顔を裕子に送っていた。

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11  ラブストーリー

2024-10-07 18:00:12 | 世界一周ひとり旅
裕子の二階の玄関である。

 若い宅急便屋が山ごとの段ボールをチェックしている。

「引っ越し用ハンガーボックス3、段ボール大4、中4、キャリートランク1、計12以上」

「お兄さん、オーケー」

 裕子はかなり上機嫌。外階段で宅急便屋を見送ったが電話の音で慌てて室内に駆け込んだ。相手は鞠子だった。 

「段ボール出したところ」

「とりあえず完了ね」

「フォーマルは8回あるから着物入れちゃった!」

 チワワを抱いて電話している鞠子。クスクス笑いながら

「ママ、タイタニック号思い出してよ」

「もうイヤね! また沈む話?」 

「違うわよ。映画だってラブストーリー。船で恋が生まれたでしょ」

「そうだったわね」

「ママだってできるかも」

「ママは未亡人よ」

「未亡人だって恋はできる」

「無理無理。まだパパがいなくなってまだ3年」

「じゃあ、パパも連れて行かなきゃ」

「えっ!?」

 鞠子との電話中にベランダを開けて空を見上げる裕子。

「だってパパはあそこ」

と空を指差す」

「家の中にいるでしょ」

と鞠子。

 裕子絶句。家中眺めるがわからず

「幽霊?」

 またクスクス笑う鞠子。

 夜になってベッドルームで鏡に向かっていた裕子。ネグリジェ姿でパックをしていた。肌が乾燥しているから無表情で裕の位牌を立てたり横にしたりする。それから裕の位牌を花がらのハンカチで包んでベッドの横のテーブルに置いた。






 
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