京都の闇に魅せられて(新館)

京都妖怪探訪(147):羅城門跡と矢取地蔵






 しばらくオフの多忙のため、弊ブログの更新も、『京都妖怪探訪』シリーズも半月ほど止めてしまいましたが、今回からぼつぼつと再開しようと思います。

 
 今回は、平安時代から奇怪な伝説、不思議な伝説がいくつも残されている京都の有名な魔所のひとつ・羅城門。いや、羅城門跡を。
 そして羅城門に残された伝説のひとつで、弘法大師・空海をライバルの暗殺から守ったというお地蔵さん、「矢取地蔵(やとりじぞう)」を紹介します。


 元々羅城門とは、平安京の中央を南北に貫く大通り・朱雀大路の南端に建てられた大きな城門のことです。
 つまり事実上、平安京の正面玄関とも言える重要な城門だったのです。
 しかし当初は壮麗だった城門も、時代が進み、平安京が衰退・荒廃するにつれて、この門も荒れ果て、犯罪者なども蔓延り、上階には死体が転がっているような酷い状態にまでなり果てたと伝えられています。
 そんな状態だったから、芥川龍之介の小説『羅城門』や、その原形となった『今昔物語集』の「死体の髪を抜く老婆」や「老婆の着物をはぎ取る盗賊」の話など、陰惨な話の舞台ともなりました。
 そんな状態に成り果ててしまったからでしょうが、「鬼や妖怪が棲む」などの不気味な伝説も遺されています。
 かつてこの羅城門には、「悪霊の侵入を防ぐための鬼の面が飾ってあった」とも伝えられていますが、それが鬼や妖怪などの棲む場所となってしまったとは、なんとも皮肉な話です。


 そうした羅城門に残された伝説の中でも、特に有名なのが次の2つでしょう。


(1)渡辺綱と羅城門の鬼
 大江山の酒呑童子や土蜘蛛など、いくつもの鬼や妖怪を退治した英雄として伝えられている源頼光とその部下・四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)が、羅城門で肝試しをすることになった。
 そのうちの一人・渡辺綱が、女に化けた茨木童子(いばらぎどうじ)という鬼に襲われたが、逆にその腕を切り落とす。
 しかしその後、綱の養母に化けた鬼に腕を取り返されてしまう。
 (※この話の動画を、記事末に埋め込んでおきました)


(2)源博雅と琵琶『玄象』
 『今昔物語集』巻24の第24の話。
 天皇が大事にしていた『玄象』という琵琶が何者かに盗まれた。
 ある時、天皇の甥で管弦の名手としても名高い源博雅という人物が、名器『玄象』の音を聞いた。
 博雅は音のする方向へ進んでいくと、羅城門まで来てしまった。
 音は門の二階から聞こえてくるが、この世のものとは思えないほど美しかった。博雅は曲が終わるまで待ち、言った。
「その琵琶を弾いているのはどなたですか? その琵琶は天皇のもとから消えたものです。この音を聞き、訪ねてここまで参りました」
すると上から縄に結ばれた玄象が降ろされ、博雅はそれを受け取って、天皇の元へと持ち帰った。
 こうして博雅は、玄象を鬼から取り戻したと讃えられる。
 なおこの源博雅という人物、「朱雀門の鬼から名笛『葉二(はふたつ)』を譲り受けた」などの不思議な逸話がいくつも残されている人物でもある。


 こうした有名な伝説が残る平安京の魔所・羅城門の跡へと行ってみます。


 まずはいつものとおり、アクセスから。
 京都市営バス「羅城門」停留所









 このバス停の前には、「Cake Café nine kataya」という手作りケーキの喫茶店があります。
 入ってみたら、中は町屋風のなかなかいい雰囲気のお店です。

 っと、喫茶店の話はそこまでにして、少し西へと歩きます。






 お堂のような小さな建物と駐車スペースとの間に、車止めがしてある細い道が。
 この細い道の先に目指す「羅城門」の跡があるみたいですが、その横にあるお堂も何か曰くありげです。
 ちょっとのぞいてみました。






 一見するとごく普通の小さなお堂です。
 中では「KUMON」の教室も開かれているようです。
 入って拝んで行くついでに、中の様子もちょっと見ます。









 説明文を書いて、驚き、喜びました。
 なんと、ここにも伝説スポットがあったのです。
 しかも「矢取地蔵(やとりじぞう)」という、あの弘法大師・空海にゆかりのあるスポットです。

 矢取地蔵の伝説のあらすじは、シリーズ第117回でも話した内容とも重なりますが、だいたい以下の通り。
 天長元(824)年、旱魃が起こり、朝廷は祈祷の力に優れた二人の高僧、東寺の空海と、西寺の守敏に祈雨の祈祷を行うよう命じました。つまり、両者の「雨請い術くらべ勝負」となったわけです。
 そして勝負の時を迎えましたが、空海が祈祷しても雨が降りません。
 不審に思った空海が、法力を使って原因を調べてみると、ライバル守敏の仕業だということがわかりました。
 空海の祈祷が始まる前に守敏は、法力でて世界のほぼ全ての竜王を閉じ込めてしまうことによって、空海が祈祷をしても雨が降らないように仕掛けておいたのです(当時、雨は水神である竜が降らせるものと考えられていました)。
 しかし、天竺(インド)に居た善女竜王にだけは守敏の法力が及んでいませんでした。
 そこで空海は、善女竜王を召還して雨を降らせることに成功しました。
 こうして勝負は空海が勝ち、栄誉が与えられました。

 ここまでは、以前話した内容と同じですが、さらに続きがあります。

 空海との勝負に負けた守敏は、それを恨んで空海を羅城門で待ち伏せて、矢を射て暗殺しようとします。
 その時一体の地蔵が現れ、空海の身代わりに矢を受け、空海を救ったそうです。
 その時の地蔵がこの「矢取地蔵」だそうです。
 最初は「矢負いの地蔵」と呼ばれてましたが、いつからか「矢取りの地蔵」と呼ばれるようになったそうです。
 なおこのお地蔵さんの背中には、今でもその時負った矢傷の痕が残っているそうですが……さすがにお堂の中には入れなかったので、実際に確かめることはできませんでした。


 お堂の前の庭には、いくつものお地蔵さんが並んでいます。





 
 このお地蔵さんは、昭和始め頃に九条通りの拡張工事が行われた際に、地中から出てきたそうです。
 地元の人のお話では、昔はこの辺りに刑場があり、このお地蔵さんはその供養のためのものだろうということです。
 やはり、曰わく付きの場所だった?


 さて、お堂とマンションとの間にある小道へと戻ります。
 





 その先には公園があります。

 公園の中に「羅城門遺址」と書かれた一本の石碑が立っています。






 かつては巨大で壮麗な門だったそうですが、現在ではこの石碑を残すのみです。
 鬼や妖怪、犯罪者などのたまり場であったという魔所も、現在ではその面影もなく、すっかり市民の生活空間の中に溶け込んでいます。
 
「鬼たちがこの羅城門を気に入って、自分たちの世界まで持ち去っていったため、跡形もなくなった」

 誰だったか忘れましたが、このようにうまく表現した人が居ます。
 もっとも実際には、倒壊した後の資材・廃材等もすっかり持ち去られたから、発掘調査でもほとんど何も出てこなかったのでしょうが。
 昔は廃物利用(今でいうリサイクル)も盛んに行われていたそうですから。


 一体、どんな巨大で壮麗な建築だったのか?
 現在では周辺は住宅地だったり、大通りだったりで、当時の建築をこの場所で再現することはもはや無理でしょう。
 そう思うと少し寂しくもありますが、想像力を働かせて、往事の羅城門の姿(最初の壮麗だった頃のも、荒れ果てて魔所となった頃のも)を夢想してみるだけというもの、それはそれでいいかもしれません。



 最後に、「渡辺綱と羅城門の鬼」伝説の動画を張り付けておきます。






 それでは皆様、また次回に。





*京都妖怪探訪まとめページ
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コメント一覧

小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 再びコメントありがとうございます。
 仰るとおり、最初は気軽に始めた『京都妖怪探訪』シリーズですが、まさかここまで続くとは私自身も思いませんでした(笑)。
 こういう伝説・伝承がたくさんありますので、まだまだネタは尽きません。
 年末の京都ですか。
 それが……どういうわけか、ここ数年の大晦日は、会社での仕事に追われて、会社で年越ししておりますので……。せめて今年くらいは、大晦日の夜にはどこかの寺社にお参りしたいところですが、なかなかそうはいきません(苦笑)。
 でも、だいぶ前の大晦日の夜には、八坂神社で種火を分けてもらって、それでお雑煮を作った記憶があります。
 とにかくもの凄い人出だったので、神秘的というよりも……すごい活気に満ちていましたよ(笑)。
わ~い、お茶
こんばんは、ブログを再開されたと言う事でまた投稿しようと思います。京都は色々な伝説があります。例えば道が碁盤の目の様になっているのは鬼などを封じ込める為とも言われています。羅生門と言うと芥川龍之介の小説等も有名ですし、平安時代、ある貴族が宮中からの帰りに方々の女性の家へ行きすっかり帰りが遅くなった時この羅生門で鬼共に遭遇しましたが着物に縫い付けてあった陀羅尼
によって難を逃れたと言う話もありますし、
明治期の古神道家の出口王仁三郎も京都出身と言う事で京都は神秘と伝説に彩られた街だと思います。毎年大晦日の京都はどのような感じなのでしょうか。特に夜等は寺社に献灯
篝火などが焚かれまた寺院では新年へのご祈祷が始まり大変に神秘的かつ厳かな雰囲気に
包まれているのではないかと思われますが如何でしょうか?
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