テストのための投稿です。
リヒャルト・シュトラウス作曲「ナクソス島のアリアドネ」を小説化したものです。
今夜は豪邸での宴会の後にはオペラが上演されることになっています。その名も「ナクソス島のアリアドネ」。若き作曲家がこの日のために力を注いで作曲した正統派オペラなのですが、オペラの後には喜劇が上演されるということになって・・・
「あの娘は誰ですか」
オペラの作曲家が音楽教師に尋ねると、「あれはツルビネッタだよ」という。
ツルビネッタ? その名前には心当たりがない。
「誰なんですか、あの娘は」
ますますツルビネッタのことが気になる。
「気に入ったかね。ツルビネッタは、今夜、オペラの次に舞台に上がることになっている。ツルビネッタが主役の喜劇さ。男たちが彼女を取り巻いて、口説いたり、ケンカしたり、面白おかしく踊ってみせるそうだ」
作曲家が何度も尋ねるので音楽教師は思わず、オペラの終演後に別の出し物が上演されることを言ってしまった。しかも、歌や踊りのある陽気な喜劇であることまでも。
「なんですって!」
これが驚かずにいられようか。この日のために作り上げた神聖なオペラの直後に、あろうことか喜劇が上演されるとういうのだ。
「僕のオペラの後に別の劇だなんて・・・面白おかしい、滑稽な踊りですって。嫌です、絶対」
音楽教師が落ち着かせようとしたが、作曲家はどんどん頭に血が昇る。
「喜劇だなんて・・・もしかして、先生は、このことをご存じだったのですか」
「さっき聞いたばかりで驚いているんだよ」
「こんなことでは、もう何もメロディーは浮かばない・・・メロディーが・・・」
作曲家は悲嘆にくれて頭を抱え込んだのだが、すぐさま思い直し、今度は明るい笑顔を見せた。
「そうだ、ついさっき、メロディーが浮かんだんだ・・・この世のものとは思えないような美しいメロディーが。こうです、先生、聴いてください」
そう言って作曲家は胸に手を当てて歌い出した。
「♬ヴィーナスの息子よ、憧れと甘い調べを与えよ
ラララ、ラ~ララ。我が若き心、我が望み。
男の子、全能の神、あーああ~♬」
美しい調べに音楽教師も思わず聞き惚れている。
歌い終わると、作曲家は五線譜を受け取ってさっそくメロディーを書き始めた。彼を励まそうと、ピエロや道具係たちも作曲家の周りに集まってきた。
ところが、みんなが作曲家に注目しているので、この場の主役は自分だと言わんばかりにツルビネッタが仲間に声を掛けた。
「ほらほら、みんな、私の鏡と頬紅と、口紅を持ってきて」
そこへアリアドネ役のプリマドンナが姿を現し、
「早く伯爵様を呼んで・・・」
と、言いかけたが、それを遮るようにツルビネッタが割って入った。
「オペラは退屈なんでしょう、それなら、私たちを先に出してくれればいいのに。不機嫌になったお客様を笑わせるのは難しいのよ」
これを喜劇の振付師が愉快そうに囃し立てる。
「難しいことはありません。お客様は食事の後で眠くてしかたない。オペラを観ても拍手はお義理程度。ふと目が覚めて、次は何かなと思いつつプログラムを捲ると、
『浮気なツルビネッタと四人の仲間たち』
明るいメロディーに、分かりやすいストーリー。これこそ、こちらのお芝居です。お客様は、これは面白いと身を乗り出して劇を見る。そうして、帰りの車の中で覚えているのはツルビネッタの踊りだけと、そういうわけです」
振付師に合わせてツルビネッタと四人の仲間は、ステップしたり、ターンしたりと盛り上げる。
これを目の当たりにしてプリマドンナは目を回してひっくり返りそうになった。音楽教師が彼女を支えて椅子に座らせた。
「あんな話に怒ってはなりません。今夜の主役はアリアドネですぞ。それを歌うのはあなたです。お客様は玄人の通の方々、その前でアリアを歌い上げるのです。明日になれば、街中どこでも、アリアドネの素晴らしい歌声で持ち切りになること、間違いありません」
あなたこそ今宵の主役と説得されてプリマドンナは納得の表情だ。
オペラと喜劇の出演者たちが、やれ退屈だ、いや、オペラこそ今夜のメインだと、お互いに競い合っているところへ、再び屋敷の執事長が姿を現した。オペラ歌手と喜劇の役者たちは勢ぞろいして執事長を出迎えた。
「当家のご主人様から至急のお言いつけがあります」
執事長がおもむろに切り出した。いよいよ開演だと思った音楽教師は、位置について、と号令を掛ける。
「お任せください、オペラは三分後には始められます、執事長殿」
「みなさん、揃いましたかな。さて・・・当家のご主人様は、今夜の催し物について、急遽、お考えを変えられました」
考えが変わった・・・そう聞いて、誰もがギクリとした。
「プログラムを変更していただきます」
「変更? この期に及んで何と言うことを仰るのですか。オペラは準備万端です」
「変更は大歓迎。オペラよりもツルビネッタが先に舞台に出るのでしょう」
音楽教師と振付師が同時に声を上げた。
「いいや、そうではなくて、喜劇は後でも先でもありません・・・つまり、オペラと喜劇を同時に舞台で演じていただきます」
屋敷の主人からの伝言とは、オペラと喜劇を同時に上演するということだった。
執事長の口からそれを聞いてその場は大騒ぎになった。
音楽教師が「同時にですって」と声を上げれば、プリマドンナはまたも「伯爵様を呼んで」と金切り声を出す。テノール歌手は「主人は頭がおかしくなったんじゃないか」と詰め寄り、ツルビネッタは「急がなくちゃ」と化粧道具を手にしてそわそわし出した。
執事長はみなが慌てふためくのを面白そうに見ている。
「これがご主人様からの言づてです。悲劇と喜劇を一緒に見てみたいと仰っているのです。そのうえ九時には花火が盛大に打ち上がりますので、時間ピッタリに終わらせていただきたい」
作曲家は「ああ、悪い予感が的中してしまった」と自嘲気味だ。
執事長は「みなさん、急いで取り掛かってください」と言い残して帰っていった。
「これは如何したものか・・・」
音楽教師は何とかできないものかと腕を組んで考え込んだ。
「ああ、せめて二時間あったら、何とか解決策を講じるのだが」
「解決策などあるんでしょうか。先生、もうここにいても仕方ありません。帰りましょう。失うものなど何もないんです」
「君はそう言うが、当てにしていた多額の収入はどうするんだ」
オペラを中止しようものなら数か月分の収入が入ってこなくなるのだ。途方に暮れている音楽教師に比べ、喜劇の振付師はいたって元気だ。
「二つの出し物を同時に演じるという提案は簡単じゃないですか。オペラは長すぎる。冗長な部分をカットして、そこへツルビネッタの一座が入り込めばいいんです。このままオペラがお蔵入りになってもいいのか、それとも、ちょっと短くしても今夜ここで上演する方がいいのか、考えるまでもないでしょう」
うなだれていた作曲家が顔を上げたものの、「ダメだ、楽譜は火にくべた方がいい」とまた肩を落とした。
「誰か、彼に五線譜と赤鉛筆を渡してあげて・・・諦めるのは早すぎますよ。我々が尊敬する大作曲家ですら、最初の作品を上演する時は大変な苦労があったんです」
作曲家は諭されて、やや前向きになってきたようだ。譜面を捲って、どうしたものかと思案していると、オペラの出演者、アリアドネとバッカスがやってきた。
アリアドネ役のソプラノ歌手が「バッカスの方をカットするように言ってください」と音楽教師に囁けば、バッカス役のテノール歌手は「アリアドネの歌をバッサリ削ってください。あの女がキイキイ歌うのは辛抱できない」と、音楽教師に耳打ちする。
双方から注文を付けられた音楽教師はテノール歌手に対しては、
「ソプラノのアリアは二つカットさせます。でも、このことは黙っていてください」
と言って安心させ、返す刀でプリマドンナに向かって、
「バッカスの歌を半分に削るように指示します、でも、知らんふりしておいて」
と、言い含めるのだった。
【注釈】
テストのための記事なので、この場面はかなり原作からカットしています。