かおるこ 小説の部屋

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連載第3回 新編 辺境の物語 第一巻

2021-12-26 13:12:59 | 小説

 

新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編

第一章【カッセル守備隊】①

 ××歴1450年頃のことである。某大陸の中央にはバロンギア帝国が君臨していた。
 バロンギア帝国は周辺の国々との国境を広げ、さらに版図を拡大しようとしていた。西方の蛮族を平定し、北に位置する共和国の勢力を押さえ込んでいた。
 東の国境はルーラント公国と接している。ここではバロンギア帝国の東部辺境州シュロス地方と、ルーラント公国の辺境カッセル州とが対峙していた。両国は長年にわたり、この地域に隣接するロムスタン州、およびチュレスタの帰属を巡って争いが絶えなかった。
 ルーラント公国はバロンギア帝国に比べてはるかに劣る小国だった。そのため、国境には土塁を築き、砦を建てて防御に努めているのだった。

 これは国境を隔てて向かい合う二つの勢力、カッセル守備隊とシュロス月光軍団の物語である。

 バロンギア帝国の東部辺境州に属するシュロスの城砦には、女性だけで構成されるシュロス月光軍団があった。隊長のスワン・フロイジア、参謀のコーリアス、副隊長のミレイ、騎士と歩兵を合わせて300人ほどの勢力だった。
 ルーラント公国の西の辺境、カッセルの城砦にはカッセル守備隊がある。こちらも女性だけの部隊である。しかし、最近は除隊者が相次いで部隊は衰退の一途をたどり、隊長のリュメック・ランドリー、副隊長のイリング以外には司令官や作戦担当者がいないありさまだった。

   〇 〇 〇

 山賊から逃れたレイチェルは二日間歩いてカッセルに到着した。
 丘の上に腰を下ろしてカッセルの城砦を見渡した。
 城砦は高い城壁に囲まれている。城壁の前には二重の土塁があり、敵の進入を防ぐ木柵、空堀が設けられていた。さすがは辺境の最前線だけのことはある。城砦には二基の塔を備えた立派な城門が見えた。町の住民か、あるいは商人らしき人々が橋を渡って行き交っている。門を固めて警備する兵士の姿もあった。
 この城砦で働くのかと思うと胸が高まった。

 州都でおこなわれた入隊試験には簡単に合格した。辺境に派遣される新設部隊とあって、応募してきたのはごく少数で、しかもみな変わった人たちだった。
 戦場から帰ってきたばかりの荒々しい女兵士がいた。本を広げて何やら呪文を唱える少女もいた。
 中でもレイチェルが一番気になったのは、会場となった兵舎の入り口で泣き出した志願者だった。まだ幼い顔立ちでレイチェルよりも年下に見えた。その少女は一緒に来た仲間に引きずられ、涙ながらに抵抗していたが、ついに悲鳴を上げて倒れ込んでしまった。
 仲間の女性から「しっかりするのです、お嬢様」と叱られていた。
 あのお嬢様はどうなったことやら。たとえカッセル守備隊に採用されたとしても、厳しい訓練に付いていけず、たちまち逃げ出すだろう。

 よし行くぞと決心して城砦へ続く道を歩き出した。
「おっ」
 突然、風が舞い上がった。
 黒い鎧兜に黒いマントを着て、レイチェルの行く手を阻むかのように立ち塞がる一人の姿が目に入った。
「逃がさないぞ、レイチェル」
「また現れたな、ニーベル」
 レイチェルは臆することなく睨み返した。ようやくカッセルの城砦までやってきたのだ。ここで邪魔されるわけにはいかない。
「ううっ・・・ぐふう」
 目に見えぬ圧力が一気に襲いかかる。息苦しくなるほどの凄まじい空気の波動だ。
「ヤバい、うぐぐぐ」
 右手の肘がビリビリと揺れた。何ということか、ニーベルの威嚇を受けただけでレイチェルの身体に変化が起き始めていた。慌てて手を隠した。
 その隙をついてニーベルが地面を蹴った。
 ガシッ
 レイチェルは思い切りはね飛ばされ、したたか背中を打ち付けた。
「どうした、変身しないのか、レイチェル」
 ニーベルの顔がすぐ前に迫っていた。手を伸ばして遮ろうとしたとき、レイチェルが首に掛けていたペンダントが飛び出した。
「それは?」
 ニーベルが赤と青の石のペンダントを見咎めた。
「ルーンの星・・・なぜ、お前が持っているのだ」
「崖の洞窟で寝て、起きてみたら首に掛かっていたんです。これ、ルーンの星って言うんですか」
「そうさ、これには不思議な力が宿っていると言われている。正しき者が持っていればどんな苦境も乗り越えられる。しかし、邪悪な心の人間が持てば、その身を滅ぼしかねない」
「持っていてもいいんですか」
「お前が授かったのだ。大事にしておけ」
 ニーベルが印を結ぶと音を立てて足元の大地が裂けた。
「今日はこのまま帰るとしよう・・・だがな、レイチェル、何時の日かお前が死ぬのを必ず見届けるぞ」
 ニーベルは地割れの中に飛び込んで姿を消した。
「ああ、びっくりした」
 レイチェルは袖を捲って右手を確かめた。腕は元通りに戻っていた。
 危ういところで変身を免れたがニーベルには気を付けなければならない。レイチェルを変身させようとしているのだ。

 それは、レイチェルが生まれる遥か以前のことだった・・・
 その昔、地下の世界に住む一族があった。しばしば地上の人々と争い、何人もの犠牲者が出た。地下の世界を滅ぼすため、軍の決死隊が送り込まれた。決死隊の隊長がレイチェルの曽祖父だった。彼らの活躍で地下の一族は滅亡した。しかし、ごく少数、生き延びた者がいた。今でも地上の人々に紛れてひっそりと暮らしている。
 ニーベルもその一人だった。
 そして、レイチェルには地下の世界の呪いが掛かった。
 レイチェルの身体は激しい攻撃を受けると、硬い金属質に変化を起こす。腕も足も黒く光る金属に覆われ、背中には翼が、手には鋭い爪が生える。顔までもがこの世の物とは思えない不気味な姿になってしまうのだ。
 さらに、変身には膨大なエネルギーを消耗する。変身を繰り返せば命を落としかねない。ニーベルはそれを知っていてレイチェルを変身させようと付け狙っているのだった。
 変身するにも、また、体力を回復させるにも・・・必要なのは人間の血だ。
 レイチェルには人の生き血が欠かせない。

 

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