新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 6話
第二章【シュロス月光軍団】①
ここはバロンギア帝国東部辺境州、シュロスの城砦である。
兵舎の会議室にシュロス月光軍団の幹部が集まっていた。隊長のスワン・フロイジアは背もたれのある椅子に座り、参謀のコーリアスや副隊長のフィデス・ステンマルク、ミレイ、文官のフラーベルは低いベンチに腰を下ろしていた。
会議の中心は王宮からやってくるローズ騎士団への対応策だった。
「何もこんな時に来なくてもいいのに」
隊長のスワン・フロイジアが軽く机を叩いた。
このところ辺境の経営に目ぼしい成果は上がっていない。なにしろ、ルーラント公国は国境を引いて守っているので、カッセル守備隊との間には小競り合いがあるだけだ。そろそろ大きな戦功を挙げないと州都の軍務部に予算を削減されてしまう。
そんな時に、よりによって、王宮の親衛隊ローズ騎士団が来るのだ。スワンは内心穏やかではなかった。
「費用はどうするんですって、フラーベル」
「経費の大部分は州都に負担してもらうしかないですね。このところ周辺の街道で城砦宛ての荷物を積んだ馬車が襲われてまして、何かと出費がかさんでいます」
経理や事務を担当する文官のフラーベルが答えた。
「隊商を襲っているのは山賊の仕業でしょう。カッセル守備隊に、山賊退治、おまけにローズ騎士団の相手なんか、やれっこないわ」
山賊退治の方がまだマシだ、スワン・フロイジアはそう思った。
ローズ騎士団がこの辺境に来る目的は一つしかない。標的はこの自分なのだ。
騎士団一行の名簿をチラッと見ただけで背筋が寒くなった。副団長のビビアンの名前が一番上に書かれていたのだ。
ビビアン・・・
騎士団のビビアンには一生忘れられない恨みがある。
スワンもかつては騎士団への入団を目指していた。厳しい考査をくぐり抜け最終候補に残ったのだが、最後の試験で落ちてしまった。格闘技の実戦でさんざんに叩きのめされたのだ。その相手こそ、副団長のビビアンだった。勝ったビビアンは騎士団の要職に上り詰め、敗れたスワンは東部の辺境に追いやられた。
何という差がついてしまったのだろうか。
副団長のビビアン、正しくはビビアン・ローラという。
騎士団の団長と副団長は代々に亘って同じ名前を引き継ぐという決まりがある。団長はローズ、副団長はローラと称している。それゆえ、現団長クレイジングのことは誰もが「ローズ様」と呼び、副団長のビビアンは「ローラ様」と呼ばれているのだった。
ビビアンが、いや、ローラが騎士団を率いてシュロスにやってくる。
辺境にへばりついているスワンを見て笑うだろう。いい気になって威張り散らすことだろう。それだけで済めばよいのだが・・・
みんなの前で土下座させられたら、月光軍団隊長の権威は丸つぶれだ。
スワンはビビアン・ローラが来る前に逃げ出したくなった。せめて一行が到着する時に出迎えることだけはしたくない。跪いて頭を下げローラを迎えるなんて絶対にお断りだ。
それには・・・何か口実を設けて城砦を留守にすればいい。逃げるのではない、ローラなんか無視してやるのだ。
「とにかく、私は出迎えなんかしないから、誰かに任せるわ。適当な人員を手配してよ」
隊長のスワンはあっさり丸投げしてしまった。
副隊長のフィデスと文官のフラーベルは首をすくめて顔を見合わせた。
ローズ騎士団を迎えるとなると、宿舎の確保をはじめ、料理やワインの手配をしなくてはならない。ローズ騎士団は王宮の親衛隊である。最近、皇帝の何番目かの弟の子女が名誉団長に就任したということだ。ローズ騎士団の応接には細心の注意が必要だ。だが、辺境の城砦では豪勢なもてなしはできないし、そんなことに費やす資金も時間もないのが現状だ。
接待の役を押し付けられるのは文官のフラーベルになるだろう。フィデスにも役目が回ってきそうだ。このところフィデスは主力部隊から外されていた。
フィデス・ステンマルクは騎士団一行の日程表に目を通した。
主な団員は七、八名。他にメイドやお付きもいるようだから相当な人数になる。王都からはかなりの日数が掛かる日程になっていた。辺境の視察を兼ねて、あちこち見物してくるのだろう。シュロスからちょっと足を伸ばせばチュレスタの温泉がある。大きな旅館が何軒もあるので、そこならゆっくり寛ぐことができよう。温泉に入って身体を休めそのまま王都へ帰ってくれればいいのだが。
「カッセルの状況はどうなの。司令官が辞めたそうだけど」
隊長のスワンは騎士団の接待よりはカッセル守備隊の方が気になっている。
「はい、隊員の補充を募集しているようですが・・・今のところ新しい司令官が赴任したとは聞いてません」
参謀のコーリアスが答えた。
司令官が不在ならば、これはいいチャンスだ。
「騎士団の接待は・・・フラーベル、あなたに任せるわ。費用は州都が負担するよう依頼しなさい」
「はい」
文官のフラーベルが小さく頷いた。
「よし、月光軍団はカッセルを攻めることとしよう。山賊退治のついでに守備隊を誘い出すのよ」
スワン・フロイジアが立ち上がって拳を挙げた。
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