かおるこ 小説の部屋

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連載第39回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-07 14:05:17 | 小説

 

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 11話

 第七章【横暴なローズ騎士団】①

 

 バロンギア帝国ローズ騎士団が襲われた。山賊に荷物を奪われ、副団長のローラをはじめ、参謀や隊員たちは川に落ちてずぶ濡れでたどり着いたのだ。

 月光軍団の文官のフラーベルは、挨拶を兼ねて宿屋にお見舞いに行ったのだが面会は叶わなかった。騎士団のメイドがオロオロしているのを目の当たりにして、声を掛けることもできずに引き揚げるしかなかった。月光軍団の序列からいえば参謀のコーリアスか副隊長のミレイが真っ先に駆け付けなければならないのだが、二人は怪我を理由に医務室のベッドから動こうとしなかったのだ。

 もう何に怒っているのか分からないくらいローラは荒れていた。
 輸送隊を襲ったのは山賊か野党の類だった。しかも、ローズ騎士団は山賊と戦うことなく水鳥に驚いて川に転落したのだった。醜態を晒してしまっただけでなく、金貨や衣装まで何もかも奪われ、大切な皇帝旗と団旗を紛失するという大失態を冒した。
 自分たちは泥まみれで恥をかいた。月光軍団は勝手に出陣して大敗した。山賊を野放しにしている、着替えがない、宿が狭い、寝台が固い、食事が不味い、召使いが・・・
 ビビアン・ローラはワインが苦いと言ってグラスを投げつけた。召使いのレモンが割れたグラスの破片を拾い集めている。山賊に襲われた時、レモンは最後尾にいたので川に落ちることはなかった。それがまた癪に障る。
「どいつもこいつも、まったく頭にくるよ。接待役を呼べ、いったい何をしてるの」
「挨拶に来たようですが、追い返せとのことでしたので」
 騎士団の参謀のマイヤールが言った。
「そうだった、隊長のスワンは何をしているんだ、怒鳴り付け・・・」
 と言いかけて口をつぐんだ。
「スワンは一撃で死んだようですよ。相当にひどい状態だったとか」
「ローズ騎士団の制服を見せつけてやろうと思ったのに。これじゃ面白くない」
 シュロスの城砦へ着いてみれば、月光軍団の隊長スワンは戦闘で命を落としていた。スワン・フロイジアを見下す楽しみを奪われてしまった。これでは、わざわざ辺境まで来た意味がないではないか。
 このままで王宮に帰ったのでは逃げ帰ったと揶揄されるだろう。それでなくてもシュロスの田舎者に笑われてしまった。そもそも、衣装や金貨を失ったのでは帰るに帰れない状態だ。さっそく王宮へ手紙を送り金と衣装を手配したが、届くまではシュロスの城砦に留まるしかなくなった。

 それならばと、失墜した威厳を取り戻すために月光軍団を厳しく取調べ、責任者を処分することにした。軍の手続きがどうのとか、まして、州都で裁判にかけるなどと悠長なことは言ってられない。自分で刑を言い渡すのだ。
 ローラの言う処罰とはスワンの代わりに誰かを標的にして虐めることだった。
 それにしても何と無残なやられ方であろうか。
 団員が聞き取ったところでは、スワンは激しい出血で死んだそうだ。副隊長や参謀は鞭でめった打ちになった。あらためてカッセル守備隊の残虐さ、辺境の恐ろしさが身に染みた。
 帰還した月光軍団の中で高位な幹部は参謀と副隊長だった。もう一人の副隊長は捕虜にされた。文官のフラーベルも副隊長ではあるが、こちらは出陣していない。フラーベルには滞在中の接待を滞りなくやってもらわなければならない。フラーベルの対応は騎士団の文官のニコレットに任せた。

 ローラは手始めに参謀のコーリアスを取り調べることにした。
 兵舎の一室、元隊長室に陣取り、自分は椅子に座ってそっくり返った。コーリアスは床に座らせた。
「出陣した理由から説明してもらおうか。私たちが到着する日時などはあらかじめ伝えてあったでしょうに」
 コーリアスは返答に詰まった。騎士団の来訪を避けるための出陣でしたと答えようものなら、厳しいお仕置きが待っているだろう。エルダに叩かれた傷が癒えないうちに牢屋にでも押し込まれかねない。
「正直に言え」
 副団長ビビアン・ローラに睨みつけられてコーリアスは縮み上がった。
「あとで他の隊員にも訊くからね」
「それは・・・隊長が、出迎えよりは・・・」
「何だと」
「すみませんでした。隊長がローズ騎士団様のお出迎えをしたくないと言ったのです」
 参謀のコーリアスは死んだ隊長のせいにした。隊長のスワンが騎士団を避けたいがために出陣したのであるから、本当のことを喋ったまでだ。
「そんなことだろうと思った」
 ローラが吐き捨てた。
 まったく愚かな判断をしたものだ。その挙句にこんな大損害を出してしまったのだから、スワンは死罪に当たる・・・というか、もう死んでしまったのだが。
 ローラは戦闘の経緯について、さらにコーリアスを問い詰めた。
 コーリアスが言うには、当初、月光軍団はカッセル守備隊との戦いを圧倒的に優位に進めていたということだった。守備隊の本隊を壊滅させ、敵の隊長はしんがり部隊を残して逃亡した。その部隊も追い詰め、指揮官などを捕虜にして引き上げようとした。この時点で負傷者はほとんどおらず、月光軍団の勝利は確定的だった。
「指揮官はまったく弱くて、痛め付けたら泣き叫び、最後は気絶したくらいです」
 コーリアスがエルダを宙吊りにして気絶させたときの様子を身振り手振りを交えて話した。
「ああ、なるほど、宙吊りか。面白いわね・・・でもないか」
 笑ってばかりはいられない。ローラ自身が山賊に襲われた時、網に絡めとられて恥ずかしい格好を晒したことを思い出した。

 敗戦の状況調査に話を戻した。
 ところが突如として状況は一変、守備隊の反撃を受けて隊長は戦死、コーリアスを含め副隊長たちも負傷したのだ。
「その時の戦力は月光軍団が優位だったんでしょう」
「こちらは百五十人ほどで、敵は十人か十二人でした」
「バカをお言い、たった十人に負けたの」
 ローラはますます頭に血が上った。僅か十人ほどの敵を追いかけていたのなら、一人ずつ倒していけば征伐できたはずだ。
「いきなり襲われたのです。襲ったのは正体不明の怪物でした」
「ふん、怪物だって?」
 責任を逃れるために怪物を持ち出すとは何事だ。
「黒い鎧兜の恐ろしい怪物でした。隊長は怪物の爪で顔を掴まれ、血だらけで死にました」
 血だらけと聞き、その姿を思い浮かべて気分が悪くなった。
「怪物は敵の守備隊も襲ったの?」
 参謀のマイヤールが尋ねるとコーリアスは首を振った。
「いえ・・・敵は無事のようでした」
「月光軍団だけが狙われたのなら、その怪物とやらは守備隊の回し者だったとでも言うの」
 怪物に敵と味方が区別できるはずはない。その怪物というのは、全身を覆う鋼鉄の鎧に身を固めた敵の戦闘員だったのだろう。王宮の倉庫の片隅で埃を被っていそうな遺品だ。
「お前の怪我、それも怪物のせいにするのか」
 ビビアン・ローラが問い質した。
「これは、降参した後で、敵の指揮官に鞭で打たれました」
 参謀の負傷は戦闘中のものではなく、降伏した後で怪我させられたという。守備隊の指揮官はかなり残忍な女のようだ。
「降参したんだから、参謀の地位は剝奪する」
 これで参謀は支配下に置いたようなものだ。
 次に副隊長のミレイを尋問したところ、こちらも概ねコーリアスの話と一致していた。コーリアスとミレイは降格させることにした。

 ナンリは医務室で包帯の交換を手伝っていた。
 フラーベルが騎士団に呼び出されたのだ。食事や衣服、宿の割り振りなどを打ち合わせているのだろう。
 ローズ騎士団が襲われたのは想定外のことだった。迎えに行かせたトリルによると、川を渡る途中で山賊に攻撃されたということだった。山賊の狙いは金貨やワインだけだったようで、騎士団の団員は襲われなかった。しかし、騎士団は水鳥の羽ばたきに驚いて川に転落したという。王宮の近衛兵は実戦には慣れていなかったのだ。
「山賊たちは警備兵や工兵になって隊列に紛れ込んでいたみたいで、一緒になって金品を奪っていきました」
 トリルの話は遅れて到着した警備兵の話とも符合していた。山賊が輸送隊の警備兵に成りすましていたのだ。山賊の仕業にしてはいかにも手際が良すぎると思った。スミレによると、チュレスタには守備隊の三姉妹が潜入していた。おそらくエルダの命を受けてローズ騎士団の様子を伺っていたに違いない。三姉妹と山賊、両者がどこかで繫がっていたとしたら・・・

 しばらくしてフラーベルが戻ってきた。
 隊長が死んだとあっては、副隊長のフラーベルは月光軍団の代表者と見られても仕方なかった。もっとも、フラーベルは文官だから、敗戦については参謀のコーリアスが釈明させられることになる。案の定、フラーベルが事情を訊かれたのはローズ騎士団の事務方らしき団員だった。
「奪われた資金の補充を求められたわ」
「厳しく言われはしなかった? 」
「それが意外と優しくて、州都が用立てた分をなんとか穴埋めしてくれないかと頼み込まれちゃった」
 フラーベルを取り調べたのはローズ騎士団の文官のニコレット・モントゥーだった。それほど厳しい口調ではなく、資金の要求は強く迫られたがそれも予想の範囲内だったという。
 ところが文官のフラーベルに続いて部隊長のナンリが呼び出された。

 

<作者より>

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