恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

怪異収集家【エレベーター】

2021-02-26 18:30:58 | 怪異収集家



 夜の飲食店に勤めていたY美さんは、自分が直接見たわけではないけど――と前置きして話し出した。
「――でも、店に来る半分近くのお客さんが幽霊を見たっていうから信憑性はあるかな」
 客が見たという場所は、その店が入っている三階建てテナントビルのエレベーターの中だった。
 夜の七時に開店する店はビルの三階にあった。非常階段もあるが、もちろん客はエレベーターを利用する。
 一階の赤いドアの前でボタンを押し、チンと鳴ってドアが開くと一人の女が後ろ向きで乗っているという。
 たいていの客は女が降りると数秒待つのだが、いっこうに動かないので首をひねりつつ、そのまま乗り込むのだそうだ。
 女はこちらを見る気配もなく、マネキンを置いてあるのかと思うほど微動だにしない。
 まさかこんなところに置かないだろうと苦笑するのだが、突然、これは見てはいけないものだと感じ、ぞっとするのだという。
 三階に着くとなりドアの開閉ももどかしくエレベーターから転び出て、
「ママ、出たっ、出たっ」
 入り口から飛び込んでくる客に、ママはまたかと塩を振りかけるのが日常だった。
 だが、こんなことが起きていても店に悪い影響は出なかった。
 体験したことを話すと、キャアキャア怖がって店の女の子たちが抱きついてくるので、男性客がはむしろ喜ぶ。
 エレベーターで幽霊に出会うことは幸運だと考える客もいた。
 だが、ママとY美さんたち数人の従業員は客に内緒にしていることがあった。
 見た客のほとんどがエレベーターの女は後ろを向いているというのだが、ごくたまに前を向いていたという客がある。
 その客はもう二度と店には来ない。幽霊が怖いからとか店が気に入らなかったからとかいうわけではなく――

 ある日、常連のB氏が友人を店に誘った。一緒に来るつもりが時間の都合がつけられなくなり、友人は遅れてくることになった。
 B氏が店で待っていると携帯電話が鳴った。方向音痴の友人が道案内を乞うてきたのだ。
 電話を掛けたままB氏は道案内をし、友人は順調に店に向かっているようだった。
 そのまま二人は電話を切らず世間話に花を咲かせている。
 店に来てからゆっくり話をすればいいのにと、Y美さんは苦笑した。
 突然B氏が電話口を押さえ、ママやY美さんを振り返った。
「エレベーターに女が乗ってるんだけど、なんで降りないんだろうって不思議がってる」
 小声でささやきながらぷっと吹き出す。B氏も女を見たことがあったので友人の狼狽ぶりを楽しんでいた。
「あいつ、どこで降りるんですかって聞いてるよ。まだ幽霊って気づいてないな」
 ママの隣に立つ霊感のある女の子が眉をしかめた。
「え? 幽霊に話しかけてるの? やだ、見えてるって気づかれちゃうのに」
「三階に行きますよ、いいんですか? って、不思議がってる」
 B氏は笑いを堪えきれず大きく吹き出すと「それ後ろ向きの女だろ? 実はなそれ――」そう言いかけて、「えっ?」とママとY美さんに視線を送り、電話口を押さえた。
「前向いてるけど、それが何? だってさ。なぁんだ、幽霊じゃなかったのか。面白くないな」
 ママとY美さんは顔を見合わせた。
 もちろんB氏は前向きのことは知らず、電話に戻り、
「もしもし、もしもし? あれ?」
 相手は電話を切ったようなので自分も切った。
 入口からチンとエレベーターの到着した音が聞こえる。
 B氏は友人が入って来るのを待ち構えた。本当に幽霊がいることを教えて怖がらせようと企んでいる。
 しかし、待てど暮らせど友人は店には入ってこなかった。事情があって帰ったにしてもおかしいとB氏が何度も電話したが友人は応答することはなかった。

 後日、B氏に友人のことを訊ねたが、あれからまったく連絡が取れないという。

怪異収集家 【靴跡のある病室】

2021-02-26 01:33:02 | 怪異収集家




 元看護士Sさんの話。
「看護師になったばかりの頃に勤めていた病院なんですけど――」
 三階にある個室の天井――ちょうどベッドの真上にあたる位置――に片方だけの子供の靴跡がついていたという。
 先輩の話では、いつからそこにあるのか、心霊的なものなのか、物理的なものなのか何もわからないが、それに関して奇妙な噂などもなく誰も気にしていなかった。
 何気に見上げ、泥で汚れた小さな靴跡に最初気付いた時、ホラー好きのSさんは逆さで天井を歩く子供を想像しワクワクしたが、現実は患者か見舞客の連れて来た子供が汚れた靴を放り投げでもしてつけたものなのだろうと残念に思った。
 勤務にもなれ、患者を担当させてもらえるようになったSさんは虫垂炎をこじらせて緊急入院したBさんを受け持った。
 病室は靴跡のある例の部屋だったが、結婚式を目前にして延期せざるを得なくなったBさんは気落ちと不安で靴跡には気付いていないようだった。
 Sさんは自分と同じ年頃のBさんを親身に看護し、元気づけようと天井の靴跡に触れた。その頃のSさんは、人はみな大なり小なりホラーが好きだと思い込んでいたからだ。
 病状が落ち着いてからもBさんは自分の真上にある靴跡に気付いていなかったらしく、Sさんの指差すほうを見てとても驚いた。
 それが自分と同じホラー好きの高揚感だと勘違いしたSさんは自分の想像をさも存在する噂のように伝えた。
 ところがBさんは顔色を変えひどく怯えた。
 まさかこれほどの怖がりやがいると思ってもみなかったSさんは後悔し、すぐ冗談だからと笑ってごまかしたが納得せず、その日から病室に行く度、夜中に天井から足音が聞こえるだの子供の笑い声や泣き声がするだの訴えてきた。
 いやそれもうあんたの妄想だから――
 そう鼻で嗤いたくなるものの、原因を作ったのは自分なのだから、ほんとに冗談だ、とごまかし続けるしかなかったという。
 転室を懇願されても、軽率な言動が原因だとばれるのが怖くて先輩や看護師長に報告できなかったSさんは満室を理由に断っていた。
 冗談だと言い続けることで逆に真実だと捉えてしまったのだろうか彼女の怯えはますますひどくなり、ある日の夜中、病室から抜け出したBさんは外付けの非常用階段を出てそこから落下し亡くなってしまった。
 家族、医師や看護師たちは自殺の理由が思いつかないことから、内緒で外出しようとし誤って落ちたのだろうと結論づけた。
 当然Sさんの考えは違った。確かに事故か自殺かは不明だが、原因はあの天井だと思ったのだ。
 だが口をつぐんだまま誰にも話さなかった。
「だって、本当にそうかどうかわからないじゃないですか? 怖いってぐらいでふつう自殺なんかしないでしょ? でももし病室を抜け出すくらい怖かったんなら結果ああなってしまって申し訳ないとは思いますよ――でもそれは足を滑らせたかした彼女のミスであって、わたしのせいじゃないと思うんですよ」
 その後、患者とのコミュニケーションの難しさを感じたSさんは離職したという。
「先輩は初めての患者さんがあんな亡くなり方をしたショックだと思ってずいぶん引き留めてくれましたけど――
 もともと向いてないなって感じてたし――未練はなかったです。
 で、数年後に街で偶然先輩に会って、お茶しながら互いの近況報告をしあって――」
 その頃Sさんは文具の卸会社で事務をしていて、そこで出会った取引先の会社員と婚約中だったが、そのことはなんとなく伏せておいた。
 いまだ独身であの病院の看護師を続けているという先輩はSさんが忘れたいと思っているBさんの話を「ねえ覚えてる?」と持ち出してきた。
 そんな話をするのもされるのも内心嫌だったが、先輩が何を言うのか気にもなり、悲しかった記憶を思い出すふりをしてうなずくと、当時Bさんの緊急処置についた仲良しの同期が数か月前に話してくれたんだけど――と前置きしてから顔を近づけ――亡くなったBさんは妊娠の初期だったんですって、とひそひそ囁いた。
 Bさんは頭部を強打して意識不明だったものの処置室に運ばれた時にはまだ息があったという。
 危険なのは切迫流産なのだが、本人もまだ妊娠を知らなかったのか入院時に報告がなく、当然カルテにも記載がない上、当直医師は突然の緊急事態に焦ってそれを見逃してしまった。気付いて処置を施した時にはすでに手遅れだったそうだ。
 Sさんはそのことをまったく知らなかったので驚いた。
 当り前よ――ふふっと先輩は笑った後――だってそれの関係者、みぃんな口留めされていたんだから、と再びひそひそ囁いた。
 Bさんの家族や婚約者がまったく気付いていなかったことをいいことに病院側は妊娠をなかったことにしてしまったのだ。それが今でもばれていないという。
「じゃ、今になってなぜ先輩に話したのかしら? って訊いたら、その同期の人、結婚して仕事を辞めるからって――そんな秘密抱えたままじゃなんとなく気持ち悪かったんじゃないかって――
 で、死因が流産だって聞いて、正直わたしのせいじゃなかったんだってほっとしたんだけど――」
 Bさんの病室にあった靴跡のことも覚えているのか先輩が訊いて来たという。
「あんた、Bさんとそれに関係してたでしょ」と。
 Sさんは動揺を隠してかぶりを振り続け、しらを切り通した。
 先輩は疑わし気な上目遣いをしていたが、
「別にわたしに関係ないからいいけどさぁ、実はね、その同期つい先日亡くなったのよ。Bさんを処置したドクターもとうに亡くなってるし」
 そう言ってコーヒーを飲み干すと「ま、偶然なんだろうけどね」と笑顔を浮かべた。
 先輩とはそれ以降会っていない。
 その二か月後不安に駆られたままSさんは結婚。二週間後には新築のマイホームが完成するそうだ。
「わたしはあの靴跡で想像したことをただしゃべっただけなんです。確かに怖がらせましたけど、すぐ冗談だって謝ったし、思いつめたのはBさん本人で、亡くなった原因は病院側のミスですよね。だからわたしは悪くないんです――だけど――いえ、たぶん固まらないうちに近所の子供がつけたいたずらなんでしょうけど――」
 玄関横に設えた車寄せのコンクリート地に片方だけの小さな靴跡がくっきりついているのだという。