恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

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恐怖日和 第二十六話『アピール』

2019-06-10 12:42:17 | 恐怖日和

アピール

「オレのことがそんなに好きなら、ちゃんとアピールしろよ。納得したらOKする」
 オレは目の前の女を嘲笑った。

 いつどこでオレのことを見知ったのか全くわからないが、気付いたらつきまとわれていた。
 ただそれだけだったので放っておいたが、付き合って欲しいと告りにきたのだ。
 色は白いがごぼうのように細い女で、うつむいてぼそぼそしゃべる低い声も気に入らない。
 自信満々で気の強い女が好みのオレは、はっきりしないこの手のタイプにはイライラする。しかもナイスなバディが好みなので相手にするつもりはまったくない。
 いまから後輩たちと飲みに行くところで無視を決め込んだが、ずっとついて来るのでアピールしろと言ったわけだが、どんなことをしても無駄だ。納得できるわけがない。
「わかりました」
 女は泣きそうな顔でしっかりオレを見返して去った。
「ちゃんと納得できるアピールだぞ」
 女の背中に念を押す。
 ドン引きしていた後輩たちが集まってきた。
「わかりましたって言いましたよ、先輩。大丈夫っすか?」
「オレはね、ナイスバデーしか相手しないの。
 どんなアピールすんのか知らんけど、セクスィーなドレスや水着を着てきたって納得できねえよ。だからだいじょぶ、だいじょぶ」
「あーあ、先輩は罪な男ですね。けなげじゃないですか。あんだけ惚れられたら、きっと大事にしてくれますよ」
 別の後輩が哀れな声を出す。
「じゃ、お前どう?」
 そう言って後輩たちとバカ笑いした後、行きつけの飲み屋に向かった。
 その後、女はしばらく姿を現さなかった。
 すっかりあきらめたのだと思っていた。

          *

「先輩、あれ――」
 同僚が指さした先は会社のそばにある二階建てハイツの屋根の上だ。
 昼食を取ろうといつものメンバーで外に出た時だった。周囲には上司や同僚、女子社員たちもいる。
「なんだ。なにしてんだ」
 オレを含め、皆ぽかんと口を開け屋根を見上げた。
 あの女がいた。首から下に魔術師のようなマントを体に巻きつけている。
 女がオレの名前を大きな声で叫ぶと皆いっせいにオレを振り返った。
 その中にはずっと狙っていた女子社員もいる。
 女は大声でオレの名を連呼し、周囲は騒然となった。
 ほとんどの人がスマホで写真や動画を撮影し始め、
「やめろ。やめてくれ。撮るな」
 体中の血が一気に引いていく。
「警察呼びましょう」
 後輩の一人が電話をかけようとした時、女がばッとマントを脱いだ。
「あっ」
 その場にいた全員の声が重なった。
 皆の目が女に集中している。
 いや、女ではない。
 オレにつきまとい、今オレの名を連呼する奴の正体は男だった。
 マントの下は全裸で、薔薇の花束を赤いリボンで巻いて股間を隠している。
 奴は大きな声でゆっくりと愛おしそうにオレの名を呼んだ。
 知らない人までオレを指さし嘲笑った。
「くそっ、あいつなんなんだよ」
「あっ」
 もう一度、全員の声が重なり、女子社員たちが目を塞いだ。
 男が屋根から飛び降りたのだ。
 死を持ってアピールする気か?
 公衆の面前でこんなことをしでかし、オレの人生をも破滅させるつもりか?
 だが、三度目の「あっ」が重なる。
 なんと奴は空中で一回転をし、オリンピック選手よろしく、地上にフィニッシュを決めたのだ。
 美少女アニメのワンシーンのように薔薇の花びらがひらひらと舞う。
 人々は少しの沈黙の後、大喝采を送った。
 奴がゆっくりと目の前に来る。
「納得してくれました? これで付き合ってくれますね?」
 以前とは違う自信のみなぎった顔をしていた。
 いやいやいや、それ以前の問題だ。皆もそう思うだろ?
 そう反論しようとしたが、
「素晴らしいアピールだったよ」
 後輩たちが口々に絶賛し、上司や同僚、周囲にいる全員がオレと奴に拍手していた。
 狙っていた女子社員も感激に頬を染めて拍手する。
 オレは納得してないっ。
 そう叫びたいが、全員が納得して祝福していることに恐怖を覚え、うつむいてしまった。
 それを承諾ととらえられたのか、喝采がひときわ大きくなり、嬉しそうな奴がオレの腕に自分の細い腕を絡めてきた。
 むんっとした薔薇のにおいが立ち上ってくる。
 ひどい頭痛が頭を絞めつけた。


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