終末
始まりは数年前の異常に大型の台風からだった。
その年だけのものかと思っていたが、その後毎年発生、しかも一件だけでなく同じ年に何度も各地を吹き荒らした。
季節を無視した酷暑に極寒の日々が繰り返され四季がなくなり、未知の病の蔓延、食糧不足などで世界の人々は減り続けた。
俺はいたって健康とは言えないまでも、薄汚れた寝床に寝転んでいまだに生きながらえていた。
特に行動したわけではなかったが、もともと雨戸を閉め切って家に籠っていても苦ではなかったので精神が崩壊することもなかった。
食にもこだわりはなく閉じて久しい近所のコンビニで買い溜めたカップ麺やお菓子類だけで十分しのいでいけたのは、運動不足で腹も減らなかったからだろう。
電気は止まってしまったが水は今でも水道の蛇口から出てくる。とはいえひどく濁ってはいた。延命は早々とあきらめていたので飲用し続けたが、初めの二日ほど腹を下しただけでその後は何もない。
もう自分は死んでいるのではないか、もしかしてゾンビにでもなったかなどと空想したが、そういうわけでもなさそうだ。
時々外で物音がするのでまだ近所には生きている人がいるのだろうが会って話しする気にはならなかった。
辛うじてまだ発信しているラジオから今夜来る嵐の予報が聞こえてきた。今までにない大型だそうだ。毎回言っているし、事実その通りになっている。
長い間耐えてくれたこの家もこの前の嵐でだいぶガタが来ていた。もうそろそろ倒壊するかもしれない。
自分をずっと守ってくれた家とともに死ぬのも悪くないな。
枕元に散らばったゴミの中からお気に入りの本――何百回と読んで表紙もページもぼろぼろ――を取り出して布団の中に入れる。
だんだんと強くなってくる風に鳴る家鳴りを聞きながら目を閉じた。
ベりべりばりばりという音で目覚めたが、目は開けなかった。どうせ開けても真っ暗闇だ。
どーんがたーんと家の崩れる音が聞こえ、すごい衝撃を感じたが痛いという感覚はない。
やっぱり俺はもう死んでるんだな。
そう思ったがガタンという大きな音と共に頭部にすごい衝撃を受けた。
はは、まだ生きてるじゃん。
そう思ったがすぐ意識が遠のいていった。
目の前には闇が広がっていた。閉じた瞼の闇だと気付いて目を開ける。
真上には夜明け前の濃い水色の空が広がっていた。
俺まだ生きてるのか?
身体の真上に梁が落ちていたが、家具が支えとなって崩れた屋根から身を守ってくれていた。
雨で湿った枕から濡れた頭をもたげた。落ちてきたもので頭を打っていたが少し痛いだけでそれ以外に異常はない。
身を起こし梁と家具の隙間から外に出た。
東の空から朝日が差し込んでくる。その眩しさに目を細めた。
「おーい。あんた運がいいな」
がれきの向こうから手を振る人たちがいる。
こんな終末に生き残っているのは運がいいのか悪いのか。
あのまま死ねればよかったのに。まだまだ生きていかなければならないなんて。
そう思いながらも俺は笑って彼らに手を振り返した。
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