きょうは最高のドライブ日和だな。
えっ、お前らなんかと来たくない?
おい、みんな。こいつこんなこと言ってるよ。
ああ、わかったわかった。お前だけビールも飲まずに運転してくれてんだから愚痴ぐらい言わせてやるよ。でもさ、結局俺らしかドライブするやついないじゃん、ははは。
まあそう腐るなって。いつかできるかもしれない彼女のために助手席温めてやってんだから、ははは。
ところでこの山辺りで大昔牛鬼が発見されたって場所あるの知ってる?
元ネタ? そういうの載ってる本を読んだんだよ。
夜に山越えしていた村人が巨大な黒い牛を発見。大きな赤い目が光っていて、腹の底から響く唸り声をしていたという記録が残ってるらしい。
えっ、その後どうしたか? そりゃ化け物だから退治されたんだろ。
いやいや作り話じゃねえよ。古文書に残ってるようなれっきとした話。出没した地名も詳しく書かれてあるんだ。
そうだよ。だから言ってんじゃんこのあたりだって。え? 今から行こうって?
よしわかった。
おいみんな。今から牛鬼伝説の検証に行くぞ。誰かスマホで動画撮ってくれ。
あ、あれだ。標識に地名がある。右に曲がるみたいだな。
*
結構狭い道だな。おい気を付けろよ。ガードレールのない道だ。落ちたらひとたまりもないぞ。それになんだこの削りっぱなしの山肌。でこぼこして尖ってるじゃねぇか
おいっ、慎重に行けよ。っわ、あぶなっ、ゆっくり走れって。あんな岩でこすったら車体が抉られるぞ。
笑ってる場合か。スピード落とせって。標識に書いてるだろ――
ああそうだよ。俺はビビりだよ。頼むからゆっくり走ってくれ。こんな狭いくねくね道、いくら運転に自信があっても――おいっ。次のカーブのところ、すげぇ岩が飛び出してるぞ?
スピード落とせっ――おい、落とせってっ。ぶつかるぅぅっ――
*
ああ、痛たたた。みんな大丈夫か。
なんだ真っ暗だ。もう夜か。俺らどんだけ気絶してたんだ?
でもたいした怪我もなくよくこれだけで済んだな。
ったく、お前がスピード出すから。
暗いからヘッド点けてくれよ。とにかく車から降りようぜ。
おい、すげえ傷ついてるぞ。黒のボディだから結構目立つな。
なにショック受けてんだよ。自分が悪いんだろ。修理代? 知らねえよ。
でもほんとによくこれだけで済んだな。エンジン動くか確かめてみろよ。
おい撮影係。スマホだいじょうぶだったか? 何撮ってんの。こんなとこ映しても仕方ないだろ。
警察か? 車動かないとレッカーも呼ばなきゃいけないな。
えっ、電波届かない?
なんだよそれ。公衆電話探さなきゃってことか? こんな場所にあんの?
なっおいっ。誰かこっち来ないか? ほら。
お前ら何笑ってんだ?
あいつの格好? 時代劇の百姓みたいだって?
ははは、ほんとだ。
あっ、すみませーん。事故起こしちゃって、家近かったら電話貸していただけま――
なんだよ。悲鳴上げて逃げてったぞ。
なあ、聞き間違いかもしれないけど――
あの人、牛鬼が出たとか叫んでなかったか?
*
おかしいと思ってたんだ。確かに思いっきりぶつかったはずなのにこれだけで済むなんて。
――なっお前ら、ここどこだと思う。
場所聞いてんじゃねーよ、さっきの奴見たろ?
だからぁここはいつの時代かって聞いてんだよ。
お前ら何顔見合わせて笑ってんの? 頭なんか打ってねぇし。
もし、もしもだよ、ここが大昔だとして俺ら牛鬼に間違われたとしたらどうなると思う?
どういうこと? って、だからタイムスリップしたんじゃないかって言ってんだよ。俺たちが伝説の牛鬼なんじゃないかって。
笑ってる場合じゃねえよ。
いつまでもこんなとこにいたら退治されっぞ。
あ、エンジンかかったな。良かったぁ。よし、みんな乗れ。
ああ笑え、笑えっ。頭がおかしくなったと思うんならそれでもいい。とにかく早く出せ。
あの時と同じ状況にするんだ。だから、車を思い切りぶつけるんだよ。
もんく垂れてないで、言ったとおりにしろっ。
な、なんだ。どうしたんだ。えっ、人が来て騒いでる?
だから言ったろ。早く出せっ。アクセル踏み込めっ。
思いきりぶつけろぉぉぉぉぉっ――
*
くねくねした山道を男女のハイカーが下って来た。
「この場所にはね、牛鬼伝説があるんだよ」
「あ、妖怪の漫画で見たことある。
昔は今みたいに簡単にハイキングに来られるような山じゃなかったんだろうね。だからそんな伝説が生まれたりして」
「あれ? 事故かな?」
男性の指さす方向に不自然な形で黒い車が止まっていた。フロントを山肌に突っ込んだ形になっている。普通ならぶつかったということなのだろうが、ぶつかったにしてはその痕跡がなく、埋まっていると言うのが一番正しい気がした。
だが、崖崩れなどの土砂に埋まっているわけではない。まるで山肌と一体化しているような――
二人は恐る恐る車に近づいた。
中からうめき声が聞こえる。やはり事故か。男性の指示で連れの女性が119番と110番へ携帯電話をかけた。
「だいじょうぶですかっ」
男性が急いで後部座席のドアを開ける。
うめいているのは何かの固まりだった。人の手や足に似た肉塊がところどころに突起し、人毛のような毛も見える。目と口に似た複数の切目がうめき声に合わせ苦し気に歪んでいた。
男性の横から通報を終えた女性が覗き込み、大きな悲鳴を上げた。
その声に全部の切目が開く。
人と同じ目がいっせいに二人を見、
「どぁどぅどぇでぇ――」
唇に似た亀裂から濁った声を出す。赤い粘膜の中にやはり人と同じ歯列が見えた。
男性は黙ってドアを閉じ、動けずにいる女性の手を引いて慌ててその場を離れた。
急いで山道を下り主要道に出ると、ちょうど走ってきた路線バスを挙手で止め飛び乗った。
途中パトカーと救急車にすれ違ったが、その後どうなったのかわからない。
自分たちが見たものはなんだったのか。
男性はしばらくの期間、新聞をチェックしていたが、何も情報を得ることはなかった。
だが、牛鬼は伝説ではなく、今もいるのだと確信している。
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