目次
第1章から第8章へのリンク
第9章から第10章へのリンク
第11章から第16章へのリンク
第17章へのリンク
第18章から第19章へのリンク
第20章から第24章へのリンク
第25章から第29章へのリンク
第30章へのリンク
第31章へのリンク
第32章から第34章へのリンク
第35章から第39章へのリンク
第40章から第41章へのリンク
42.誤魔化し、見せかけ、カモフラージュ
43.神と金でやっていく世の中
44.世の中はウソまみれ
45.みんなグレてるとも言える
第46章へのリンク
第47章へのリンク
42.誤魔化し、見せかけ、カモフラージュ
日本人のある人が「本当の独裁者は人の言うことを聞かない」と言ってて、その人は選挙に投票に行く人のようなのだが、
この人は、選挙権がある国民が国や都道府県の代表者などを投票によって決めることを独裁とか勝手とは思っていないのだろうが、
私の言葉の定義で言えば、選挙で代表者を選ぶというのも独裁であり勝手なことをしているのだ。
日本は国民のことなどに関することを決める政治家、知事、市長などの代表者を決めるのに、国民に対して選挙権を与えて、自由に代表者を選べるようにしているという風に見せかけているが、表面的には国民が選んだように見せかけていても、実際は自分が投票した人が必ず当選するわけではないし、
自分が選んだ人が当選しても、その人が色んなことを決めたことに対して、すべてのことに満足するわけでもなく不満を持つ場合もある。
そういう意味では誰が当選してもその人が色んなことを決めたことに対して不満を持つという点では誰が代表者になっても同じなのだ。
投票率が低いと問題視する人がいるが、投票する人が多かろうが少なかろうが、世の中や人に対して不満を持つ人などたくさんいるだろうから投票率が高くても低くても同じことだ。
ほとんどの国は独裁国家ではないと信じている人がたくさんいるのだろうが、日本も他の国も独裁国家だが、下らない言葉遊びをしているのだろう。
独裁国家と言われている国の国民が独裁者と言われている人の決めたことに不満を持てば、独裁者や独裁国家はダメだと思ったりして不満を持つのだろうが、独裁国家と言われていない国に対しても、その国の国民は不満を持っている。だから日本人も政治家などの選挙で選ばれた人に不満を言うのだ。
「私たちのことを考えてないんでしょ」と年寄りが言っていたが、
政治家の姿は国民の姿でもある。他人は自分を映す鏡だ。
国民も一部の好きな人とかのことはいい意味で考えて意識していても、
ほとんどの人のことは自分達が面倒を見ることではなく、政治家とかの代表者がやることと思っている人もいるわけで、ほとんどの国民のことなど考えていない人が多いだろう。
自分たち国民がやらないし、やりたくないことを国民代表者を選んでやらせようとしているのだ。
そして、権力者に対して気に入らないことが一つでもあると不満を持ったり、やめさせようとするところがあるバカなところがある国民もいるのだ。
不満を持たれている人が問題視されやすいが、不満を持ってる人のことは問題視されにくく、被害者などと呼ばれたりして甘やかされるところがある。
「私たちのこと考えてないんでしょ」などと思われている政治家などに多くの人が依存していて、選挙に行っているのだから。
政治家などの権力者が国民の面倒を見なければいけないという決まりなどないが、権力者に自分達国民の面倒を見てもらおうとしている国民もいるのだ。
選挙で当選する人というのは初めに大雑把に決まっているのだ。
多数決で決めるのが選挙だが、多数決というのは大勢から選ばれた人が代表者になるのだ。
例外あれど、投票する理由は、その人の何かが好きだったり、尊敬していたり、自分の望むことをやってくれそうだから投票するのだろう。
当選した人は落選した人よりも大勢の人から好かれていたり、尊敬されていたりして、求められている人だから、大勢から求められている人を当選させて代表者にさせたらいいという人たちの信仰心がある。みんながそんなこと信じていないのだが、それが分からない人たちが、選挙に行かせようとしたり、政治家や知事に不満がある人は「自分が政治家や知事になれ」とか
「選挙に行っていない人が不満を言うな」と思ったり、言うのだ。
例えば、日本人の権力者が「本当の独裁者は人の話を聞かないけど、日本人は人の話を聞く人だから選挙権を与えてあげて代表者を選ばせてあげるよ。当選する人の条件は美形の人にします。」と言ったら、
多くの人はそれはおかしいと思うだろうが、多数決で多い方で決めるのも同じことなのだ。
別の例えで言えば、「本当の独裁者は人の話を聞かないけど、選挙権を与えてあげて代表者を選ばせてあげるよ。でも、最終的に当選する人の条件は黒人です。」と言ったとしても、多くの人はおかしいと思い、
なんで他の人種は選ばれないのかと思っておかしいと思うだろう。
もし、当選する条件が白人だけが当選すると決められていて、その決まりを白人が決めていたら、白人至上主義とか白人の人種差別などと言って不満を言って叩く人もいるだろう。
多数派至上主義とか、大勢至上主義とか、多数派が正しい宗教などとは呼ばないのだ。
選挙などで多数決で決めるのは、人に選ばせてやっているように見せかけている誤魔化し、カモフラージュ、見せかけなのだ。
大勢から求められている人、大勢から好かれている人を代表者にしろと言ってるのも、白人だけを代表者にしろとか、黒人だけを代表者にしろと言っているのも同じことだ。
誰が選挙で選ばれても誰かは不満を持つのだ。
より多くの人が満足していると、人のためにやっているとか、民意を叶えたとでも言い、良く言う人もいるのだろうけど。
人間は自分の思い道りになってほしい生き物だろう。
誰かや何かを好きなのは、自分の好きな外見をしていたり、自分が良い気持ちになる言動を取ったりなどして、自分の役に立つ所があったから好きになったり、褒めたりして高評価してるわけだし、
逆に、嫌いなのは自分が嫌いな外見してたり、嫌いな体臭していたり、自分が悪いと思うことをしてたり、気に入らない言動をしたから嫌っている。
大勢から美形や子どもや犬猫が好かれるのも、自分たちが好む見た目、外見だから好きな人が多いだろうから、見ているだけで自分の役に立っているから良く言ったり、褒めて高評価したりする。
誰が代表者になっても常に誰かは不満を持つ。代表者が同じことを決めても、それに賛同して高評価する人がいても、別の人は不満を持ち低評価する。
物事は満足している人のことがよく取り上げられて、不満を持っている人のことはあまり取り上げなかったりする。
新聞、雑誌、テレビなどのメディアやマスコミと言われているもので取り上げられたことが、例外あれど正しいとか、すごいことの様に
思う人もいるだろうが、テレビなどのメディアで取り上げていることを信じる人を悪く言うのにテレビ真理教信者と言う人もいるが
それを信じる視聴者や読者にも問題はあるが、バカ視聴者、バカ読者やゴミ読者やゴミ視聴者などとは言われない。
何かをやってうまくいかないことがあったり、失敗したりすると、初めにその何かをやった人や、初めにある決まりを決めた人を問題視して悪者に仕立てたりする人がいるが、その何かを取り入れたり、信じたりした人の方は悪く言われにくく、問題視されにくい。
43.神と金でやっていく世の中
宇宙や神という言葉で言い表している存在から色んな恩恵を得いていることに気づいていない人がいるというようなことを言っている人がいたり、
金がないとやっていけない世の中で、無料や無償で宇宙とかが色んないいものを与えてくれていると言っている人がいるが、
宇宙や神が色んな恩恵を与えているのならば金でやっていく世の中などまかり通っていることがおかしいのだ。
金がなくても、地球に住んで、空気を与えられて空気を吸えて、自然を見たり、太陽光が当たって気持ちよかったりしたとかで、
いい気持ちになっていれば金を含めて色んな豊かさが入り込んでくるんだと言っている人がいるが、いい気持ちにならなければ金が入ってこないなどと言っていること自体が豊かではないし、おかしいともいえるが、
自分や大勢の人が金でやっていく世の中に加担して生きていて、金がないと生きていけないから、この金でやっていく世の中を正当化させる必要があるのだろう。
本当に豊かだったら金でやっていく世の中など要らないし、金なんか要らないのだ。
自分と好きな人や善人だと思っている人が牢屋の外でいい気持ちならば、
例外あれど、大勢と同じことをしない金を払わなかったりした人などを逮捕して牢屋の中に閉じ込めるようなことをして、いい気持ちになっていれば金などの色んな豊かさが入ってくるなどと信じ込んで、
大勢と同じことをしない人を悪者だと信じ牢屋に入れたり、罰金を取ったりしていること自体が豊かではないとも言えるのだ。
いい気持ちになるところがあっても、人によって入ってくる金には差があるのに何を言っているのだろうか?
たくさんお金が入ってきている人の方がたくさん気持ちいい思いをしているとはとても思えない。
この金でやっていく世の中で金がないとやっていけないから、
いい気持ちになっていたら金が入ってくるんだという意味をつけて、金でやっていく世の中が正しいと正当化させたいのだろう。
宇宙から無料、無償で与えられていることに満足していれば、金などの豊かさが入ってくるというのは誤魔化しで、
金でやっていく世の中で、1円や15円や300円や5千円や、1万円や10万円が一か月で入ってきて一体何ができると言いたいのだろうか?
特に行きたいところがたくさんあったり、欲しいものがたくさんある人などはこれだけの金ではやっていけないだろう。
金が入ってきてもその額は人によって全然違うのだ。
宇宙と周波数が合えば恩寵がもらえるなどと言っているのも宗教なのだ。
宇宙という言葉を神と言えば、「神に合わせれば神から色々な豊かさという恩寵や金を貰えるんだよ」と言っているようなものだ。
あいさつで言えば、「私のあいさつルールに合わせてくれたら、悪態ついたり、バカにしたり、嫌ったりしないぞ。
だから、私に合わせて従え」と言っているようなものだ。
宇宙の方が人間より優れていて上だから、宇宙のやり方に合わせない人には、この金でやっていく世の中で、全く金が入ってこないか、ほとんど金や欲しい物も手に入らないと言っているようなものなのだ。
人間の権力者の言うことを聞かないと殺される場合があったり、逮捕されて自由を奪われたりする場合がある。
「こういう風にやったらこうなるんだよ」と多くの人が周りの人やネットなどで言ったりするのは、大概、自分がそのやり方でうまくいったから、他の人にそれを言ったり、勧めるのだろうが、それでうまくいく人がいても、うまくいかない人もいるのだ。
自分がある食べ物を食べて、不調にならなくても、他の人は不調になったり、食べ物のアレルギーがあったりするのだ。
「同じ人間なんだから」と言って、人は同じだという人がいるが、
同じことを思っているところがあったりしても、全部が同じわけなどないのだ。
同じところを強調したい時には、違うところがあることをあまり認めたり、強調はしない人が多いのだろう。
立場が強い者に合わせて従ってあげないと、うまくやっていけないとい場合もたくさんあるだろう。
どこかに引っ越したら、その地域の決まりに合わせて従わなければならなかっりする。業に入れば郷に従えということなのだ。
日本人には、自分が正しいと信じていたり、相手を自分の言いなりにさせようとしているのに、その信じていることについて、一切言葉にはせずに、相手に自分の信じていることを知ってもらおうと伝えもせえずに、
自分の思い道りにならないと怒り出したり、不満を言ってきたり、影で不満を言う人がいたりするのだが、悪く言えば、勝手、わがまま、独裁的、支配的、自己中心的などと言えるが、大勢が同じことを信じている場合は、普通や一般的、常識などと言われる。
人間には世の中や人間を自分の思い道りにさせたいと思っているところがあるのだろう。
だから、思い道りにならないと不満を持ち、心身不調になったりする。
自分は死にたくなくて、生きていてもいいと自分に許し、気に入らない人間などには早く死んでほしいと思っていたりする人がいるが、
自分可愛さ、我が身可愛さがあるから、自分は生きていたいと思っても、気に入らない人には死んでほしいのだろう。
あいさつも、我が身可愛さがあるし、自分が正しいと思っているから、自分が決めたあいさつの決まりに従ってほしいと思っているのに、
自分の思い道りのあいさつをしないことに不満を持ち、相手を見下したり、ダメ人間などと言ったりして嫌う人もいるのだ。
嫌われたくなかったら、相手の望む言動を取ったり、相手が嫌わない外見にしたり、相手が嫌がる言動をやるなと思っている人もいるだろう。
誰かが人から嫌われていると、嫌われている方が問題視されやすく、嫌われるような言動を取ったり、嫌われる特徴を持っている方に問題や原因があると信じている人もいるのだ。
だから「何もしていなかったら何もされないのだから」など言ったりするのだ。
でもこういう人も、自分や好きな人が人が嫌がることをしていることは許したりして、特権階級意識を持って、上から目線だったりする。
他人の姿は自分の姿で自分も人が嫌がることをしているのだ。
うまくやっていくには、周りの人間が嫌がることをしないように媚を売る必要があるので、例外あれど、何かを嫌がっている人がいると、その人のいる所では嫌がっていることをやらなかったりするのだ。
大勢が正しいと思っていることや、大勢が加担していることは、人間より上の存在の宇宙や神が許しているからまかり通っていることで、
宇宙や神が許していないことはこの宇宙の中に存在することは出来ないとするならば、悪いことをしているとか、不正と言われてるものも、神や宇宙が許していなかったら出来ないと言えるのだが、悪いことをしていると思っている人を逮捕したりなどして排除したり、見下すのは、
それをやることを許している神を見下して否定しているとも言えるけど。
悪いと思っていることは人によって違うわけだが、悪いと思うことをやっているのも、天魔、鬼神の仕業と信じている人もいるわけだ。
人間よりも大いなる力を持っている神や宇宙などと言われている存在を信じている人もいれば、信じていない人もいるのだ。
金でやっていく世の中は正しくもないし不正だが、値段ついているものに金払ったり、税金、年金を払う人を正しいことをしていると信じている人がたくさんいて、それを褒めるときに、真面目な人などと言ったりする人もいるのだが、決まりを守っているから真面目な人などと言いたのだろうが、その人たちはほとんどの決まりなど守っていないのだ。
44.世の中はウソまみれ
世の中や社会と言われているところは、間違っていて不正でウソの金でやっていく世の中がまかり通っていて、大勢が金信者だ。
以前、私がネットで読んだことに「世の中の99.9%はウソ」と書いている人がいたが、分かっている人は分かっているのだろう。人間の一部はウソを付いていても、ほとんどの人はウソを付いていないとか、
子どもはウソを付かないと信じている人もいるのだろうが、多くの人は誰でもウソは付いていると思っているだろう。
ウソには自覚のあるウソと、自覚のないウソがある。金でやっていく世の中や、本来、値段がついていないものに値段を付けることは不正でウソをやっているわけだが、多くの金信者はそれをウソだとは思っていないのだ。だから商売や税金、年金を取ることを詐欺や泥棒だとは思っていない人もいて、
金でやっていく世の中というウソをまかり通らせているのだが、金信者たちは自覚のないウソを付いているのだ。
金でやっていく世の中で、たくさんの物やサービスに値段、価格を付けたり、税金、年金、罰金、損害賠償などで色んな形で金を取ることが
大勢の人から許されてまかり通っているが、ほとんどの人は金信者なので、金でやっていく世の中をおかしい、不正だとは突っ込まないけど、
あいさつ返さない人に対しては不満を持ったりする。
大勢と同じことをしておけば例外あれど、どうにかなると信じている人が多そうだ。
長い物には巻かれろで、権力者や自分の属している集団で上の立場の人や、
例外あれど多数派には逆らわずに従っておいた方が無難だと思っている人が多いだろうし、大勢がやっていることの方が正しいと信じている場合もあるのだ。
日本では、法律で天皇を日本や日本国民統合の象徴と勝手に言っているが、どれだけの人がこの決まりを信じているのだろうか?
天皇が日本や日本国民統合の象徴などと言っているのはウソだ。昔から天皇が日本にいることで日本人が統合などされていないし、
今も天皇がいることで日本人みんなが統合されているわけではない。
一部の人が勝手に法律を作り、国民も法律のほとんどを知らない人の方が多いだろうし、自分に都合のいい法律を利用したり、信じたりしているだけだ。
天皇家の人はテレビや雑誌などで、例外はあれど良い感じに取り上げられている場合が多いし、法律で国民とは違って特別扱いされているので、
天皇家や天皇家の人に好意を持っていたり、上に見ている人もたくさんいるのだろうが、天皇家や天皇家の人に好意を持っている人や、天皇家はあってもいいと思っている人の多くは、天皇家や天皇家の人についてよく知りもしないし、知る気もない人が多いだろう。
初めに天皇が何で出てきたのかとか、今まで何をやってきたとか、天皇家について他の人が何を思っているのかとか、天皇と戦争のことなどについて興味、関心が全くか、ほとんどない人の方が多そうだ。
天皇家はお山の大将なだけだ。一部の人からは特別扱いしてもいいと許されて、好かれていたりするが、天皇家関連のことに税金でたくさんの金を取っていることをおかしいと思っている人もいたり、嫌っている人もいるわけだ。
ネットで読んだのだが、歌手が歌で金を取っていることに対して、歌は無料で聴くものだと思ってる人もいるというようなことを書いている人がいた。
どれぐらいの人がそう思っているのかは知らないが、みんなが歌が有料で値段が付いていることを正しいとは思っていないのだ。
私の母親が「天皇家が要らないと言っている人がいる」と叔父に言ったら、「天皇家が要らないと言っている人はごくごく一部の人だけ」と言っていた。
叔父はある天皇のことは悪い感じに言っていたが、天皇家が特別扱いされて、たくさんの税金を天皇家に取っていることは許していて天皇家はあってもいいと思っている方だと思う。
他の人も大勢の人から好かれていて役に立っているのならば、天皇家はあってもいいと思っている人もたくさんいるだろう。
大勢から好かれている人に甘いのだ。天皇家のことについて多くの人はいい加減なのだ。
叔父が平成の天皇が東日本大震災の時に被災者の人にテレビで言っていたことについて、天皇は人格者と言って褒めていた。
天皇の同じ言い分について誰かがネットで、愚劣という言葉で言い表していた。同じことを聞いても同じことなど思わないのだ。
以前、叔父がやくざの親分のことを「やくざの親分は人格者でな、人の面倒見がよく」というようなことを言っていた。
やくざに対しては悪印象を持っている人も多いだろうが、叔父のようなことを思っている人もいるのだ。
叔父は天皇にもやくざの親分にも人格者と言った。
日本人は縦社会で、ヒエラルキー、カーストがある民族だが、法律で天皇を日本や日本国民統合の象徴と言っているが、天皇家や天皇家の人達は日本における縦社会、ヒエラルキー、カーストの象徴と言った方がいいだろう。
この日本はカルト宗教国家であり、みんなが天皇家の人を上に見ているわけでもないし、特別扱いしてたくさん税金を取ることに賛同しているわけではないのに、天皇を日本の象徴などと言っているが、天皇家や天皇家の人が日本というカルト宗教国家の象徴みたいになっている。
一般に法律やほとんどの決まりは宗教という言葉で言い表されていないので、宗教の押し売りとは言わないが、決まりを宗教と言うと定義付ければ、法律や他の決まりも宗教とも言えるのだ。
天皇家の人に対して、生活費や色んなことをするのに税金から金をたくさん取っても大勢から許されるが、他の人が同じことをしたら許さない人もいるだろうし、天皇家をすごい特別扱いしているのは、いい意味で差別していて、他の人を悪い意味で差別しているので、天皇家は差別の象徴でもあると言った方がいいと思う。
もし、日本に住んでいる一つの一族だけが、税金から年間に100億以上の金を取って、生活費が払われていたり、スポーツやイベントや絵を見に行くことなどに税金が使われたら、あの人たちだけズルい、せこいなどと思われたり、不満を持つ人が多いだろうが、天皇家の場合なら多くの人が許すのだろう。
外国に留学したり、何かやりたいことがあっても、多くの人は税金から金は出ないが天皇家の人は税金から金が出るのだ。
スリと言われている人が、誰かから100円や1000円取ろうとしたり.、取ったり、店から金を払わずに物を持って行ったり、
無銭飲食とかすれば泥棒と言われて、警察を呼ばれれば逮捕されるが、嫌がっている人から税金取ったり、天皇家を特別扱いして税金からたくさん金を取っていることを間違っている、おかしいと思っている人がいても、
天皇家に税金を取っていることを許している人達や天皇家の人を泥棒や詐欺師などとはあまり言わないだろう。
天皇家を上に見ている人は、天皇家が大勢の人から好かれているから特別扱いされて、たくさんの税金を取ること許している人もたくさんいるだろう。
一部の人は天皇家の人に税金泥棒と言うが、多くの人は天皇家に税金を取ることを正しいと信じていたり、一部のことに税金を使うことは許さなくても、天皇家に税金を取ることを許している人はたくさんいるだろうし、
税金を取ること自体は法律では合法なので、天皇家に税金を取ることをおかしいとか、悪いとか思っていない人も多いのだろう。
スポーツやイベントを見に行ったり、外国の人と喋ったり、晩餐会で外国の人と食事をしたりすることを税金から金を取ってやるのを公務、仕事という言葉で言い表しているが、他の人や生活保護の人が同じことをやれば、仕事とは言わずに遊びや観光などと言われるのに、天皇家を上に見ている人は仕事と言っていい感じに言い、美化するのだろう。
私が小学生の時に大阪に住んでいた時に、花の万博があって、岡山に住んでいた母方のおばあちゃんも大阪に来て私たちと一緒に花の万博へ行った。
親が買っていた女性雑誌で見たと思うが、今の天皇も花の万博に来ていた。天皇家の人が来たら仕事と言われ、花の万博に来ていた他の人や私は仕事とは言われない。
交通費などや、護衛に警察を付けるのにも税金を使ってイベントなどに行っても合法なのでほとんどの人は泥棒とは言わない。
誰かがおかしいと思ったり、間違っている、不正だと思うことをやっている点では同じことだが、合法か違法の違いだけだ。
天皇の即位の時にも、税金からたくさん金を取っているが、天皇家を特別扱いしてもいいと思っている人は許すのだろうし、
税金から金を取っていることさえ知らない人もいるだろう。
日本人に天皇家を特別扱いしている人がいたり、権力者の決めたことの一部を守れと強要する日本人がいるのも、日本人には人を上や下に分けていて、ヒエラルキー、カーストがあり、人を差別している差別民族だからだろう。
自分が上に見ている人には逆らってはいけないとか、
権力者の決めたことで自分が気に入らないことは言うことを聞かなくてもいいけど、自分が正しいと思うことや都合のいいことは、
言うことを聞けと言いたい人もいるのだ。
天皇家の美智子様が以前言っていたことに、「人には誰でも人のことが分からないところがあるから、そこには入り込まないようにしている」
というようなことを言っていたと思うのだが、みんなが天皇家に税金取られたいなどとは思っていないし、天皇家が税金を使って特別扱いされていることを正しいとは信じていないが、美智子様は人のことが分からないところがあることを分かっていながら、国民が何を思っているのか分からないところがあったり、天皇家を嫌っている国民がいることを知っていながら、
天皇家のことに税金をたくさん使っていたり、国民がやっているスポーツやイベントなどを見に行くようなことをやっていて、国民に入り込むことをやっているので、美智子様もバカで頭が悪いところがあり、したたかなのだ。
以前、メディアで美智子様のことを批判することを言われたことに対して、「事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます」というようなことを言っているが、事実でないというのは、別の言い方ではウソということだが、天皇家が日本や日本国民統合の象徴だという法律もウソだし、
それ以外の法律もウソで正しいことではないし、天皇家の人がたくさんの税金を取って生活したり、公務と言われていることなどをやっているが、
税金を国民から取るようにしている税制もウソで、金でやっていく世の中自体がウソだ。
美智子様もそれ以外の人も、自分に都合のいいことはまかり通らせるのだろう。
天皇家のことで今までやってことがないことをやると、天皇家のことを良く言いたい人は、前例がないことをおやりになりなどと言っているが、勝手なことをやっている、いい加減などとは言わないのだ。
天皇家が昔やっていたことと今やっていることは違うのに、天皇家という名前だけは残して特別扱いして、
他の人よりも上の立場の人であるというようなウソをついているのだ。
今、公務と言っていることや晩餐会や春の園遊会などは昔はやっていないが、天皇家が外国の一部の人や、国民の一部と会って食事をしたり、少し喋ることをするのに税金からわざわざたくさん金を取って、触れ合いだの公務だの言って綺麗事言ってカッコ付けているのだろう。
天皇家の人も今まで天皇家でやっていたことでも、いらないと思うものはなくして、今までやっていなかったことでも都合のいいことはやり、それに税金を使うことは許すのだろう。
天皇家の人が民との触れ合いと言っているのも、一部の国民がやっているイベントやスポーツなどを見に行ったり、春の園遊会などで、一部の国民と少しだけ喋ったりすることを触れ合い、社交、交流と言っていても表面的なのだ。天皇家の人は国民のほとんどの顔や名前も知らないし、何を思っているのかをほとんど知らないのだ。
北野武が、「天皇に色んなことを背をわせている気がして悪い気がして」というようなことを言っていたのだが、
天皇家の生活費や公務などをやってることや、警察を護衛につけているのにも税金からたくさん金を取っているので、
国民が天皇家を背負っていると言った方がいいだろうが、天皇家について人によって全く逆のことを思っているのだ。
私の母親が以前働いていた職場の女の同僚の人が「紀子様も働いている」というようなことを言っていたらしいが、イベントなどに参加して、一部の人と喋ったりすることを仕事と言いたいのだろうが、でも、他の人がイベントや美術館や博物館に行って、そこの関係者や、周りにいる人と喋っても仕事とは言われずに、遊びや観光や旅行や暇つぶしなどと言われるだろうが、
法律で特別扱いされていたり、大勢から好かれたり、上に見られている人の場合は仕事という人もいるのだろう。
他の人ならば、給料や印税という形で金を貰っていない人が何かをやっていても、仕事とは言われにくく、働いていない、仕事していない、ニートなどと言われる。
今の天皇が以前、「若者の内向き志向を心配しています」というようなことを言っていたと思うのだが、日本の若者が外国にあまり行っていないという意味で言っていたとしても、天皇家の人が外国に行っていても、一部の外国に行って、外国人の一部の人の一部分とだけ関わっているだけで、ほとんどの外国人とも、例外除いて日本人のほとんどとも関わっていないのだ。
例外は国民から税金を取って、それを使って生きているのを間接的に国民と関わっていると言いたい人は言うだろう。
天皇家の人は外国に行くのに税金から金が出るが、他の人はそうではない。外国に行きたくても金のことなどで、外国に行く条件が整っていないと
外国にも行けないのに、それが分からないバカなところが今の天皇にはあるのだ。
天皇家の人も、それ以外の人も人のことなどほとんど分かっていないのに、世の中や人のことを勝手に決めつけて暴走しているところがある。
みんなが天皇家を上に見ているわけではないのに、天皇家が他の人よりも上の立場の人としていて特別扱いして暴走しているのだ。
天皇家が国民の一部に喋りかけたり、イベントなどに行くことを民との触れ合いと言っているのも、大げさとも言えるし、ウソついているところがあるとも言える。
国民のほとんどの名前も顔も知らずに、ほとんどの国民と関わったこともないとも言えるが、民と触れ合っていると言えばカッコが付き、綺麗事にはなる。
天皇家以外の人も同じで、あいさつや、それ以外のことでコミニケーションして関わって、交わり、触れ合ったと思ったり、言う人がいるが、
関わったと言っている相手と、関わる気もないのに形だけ喋りかけたり、あいさつしているだけだったり、ごく一部のことで関わりたい人と関わっているだけで相手とほとんどのことで関わってはいないし、ほとんどのことで関わる気もないのだ。
形だけのあいさつや雑談で関わってやると勝手に思い、一部の人に声をかけて、相手に自分の思い道りの反応をさせたいと思うことをコミニケーション、触れ合いなどとカッコ付けて綺麗事を言う人たちもいるのだ。
他の人も天皇家が特別扱いされていて、たくさん税金から金を取っていることを間違っている、おかしいと思っても大勢が見聞するところで自分の本音の不満を言ったら、何をされるか分からなくて怖くて、恐ろしいから言わない人も多いだろう。天皇家について天皇家のタブーや菊タブーと言っている人もいる。
天皇家に否定的なことを言っている人を見聞したことがないから、天皇家に不満を持っていたり、嫌っている人がいないということにはならない。
何かや誰かについて不満、否定的なことを思っているのならば言えばいいと思う人もいるのだろうが、実際に本音を言って、そんなことをすれば、自分や自分の家族などが何をされるのか分からなくて怖かったり、面倒なので、誰にも言わないか、仲のいい人などの一部の人にしか言わない人の方が多いだろう。
あいさつを正しいと信じていない人や、今喋りたくないと思っていても、自分を大切だと思っていないような人が初めにあいさつしてきて、あいさつ返してあげなかったら、嫌われて不満を言われたり、嫌がらせされたりして何をされるか分からないから、相手が望んでいそうな反応をしてあげる人もいるだろうけど。
日本人はカースト民族なので、権力者に都合が悪いことを主張している人を思想犯と言って逮捕するようなことをして、罪名付けて
牢屋の中に送り込んで迫害していた時代もあるわけだ。
金でやっていく世の中をやっている今も、権力者や、それ以外の大勢の人が正しいと信じている金でやっていく世の中でで値段ついているものに金を払わない人が気に入らないから罪名付けて逮捕して迫害しているのだ。
職場で上の立場の人や多数派などには逆らわない方が無難なので、不満があったり、職場の決まりを正しいと信じていなくても本音を言わずに、
自分の気持ちにウソを付いて合わせて従うことをイエスマンと言うが、イエスマンをやっていることに気づかない人もいるだろう。
多くの人は色んな人にイエスマンをやって、ウソをついているだろうけど。
ウソを本当のことだとまかり通らせていても大勢が加担していることは悪くは言われにくいので、金でやっていく世の中は悪くは言われにくいのだ。
大勢から選ばれた人を政治家、知事、市長にすることが正しいというわけではないのに、こういう上の立場の人が決めたことには逆らうなと思っている人もいるのだ。
子どもが学校に行かなければいけないという信仰を持っている人がたくさんいるが、これもウソなのだ。
このウソで塗り固めた世の中で、大勢の人から嫌われたくないと思っている人も多いだろうが、嫌われないために媚売りでやっている言動や、正しいと信じていない決まりを守ることを、コミニケーションや、常識、社会のルール、普通、当たり前などと言うのだ。
何で大勢と同じことをやっているところがあるのかの人の心理については、あまり興味がない人の方が多そうだ。
本音を言ってウソを言わなかった人の方が逮捕されたり、嫌がらせされたり、不満を言われる場合もあり、自分の気持ちにウソを付いて本音を言わなかった人の方が良く言われる場合もたくさんあるのだ。
このように世の中はウソまみれだが、ほとんどはウソではないと信じている人もいるのだろう。
45.みんなグレてるとも言える
「グレてる」という言葉がある。
多くの人はグレてるという言葉の定義、意味付けを、正しいことをしていないとか、悪いことをしている、おかしなことをしているなどの意味で使っているだろう。
それならば、みんなグレているし、みんなグレている愚連隊とも言えるのだ。
この金でやっていく世の中という不正のイカレてることをしていることを正しいと信じている金信者も愚連隊とも言えるし、「金信者愚連隊」とか、「金愚連隊」とも言える。
他人の姿は自分の姿で、一部の人を悪い意味でグレてるとか、半グレとか、愚連隊などと言っているが、誰でもグレているとか、愚連隊だとも言えるのだ。
あいさつしたのに返さない人や、近所や職場で目が合ったのに初めにあいさつしない人に悪感情を持ち、見下して悪く思う人や言う人は、
自分が正しい正義だと信じ込み、あいさつしなかった人が悪だとか、劣っているダメ人間だと勝手に感じ、自分はまともな正しい人であると信じ込んでいるのだろうが、人としてあいさつすることが正しいという決まりなどどこにもないし、ほとんどの人があいさつしないことは許すくせに、一部の人があいさつしないことは許さないというのもグレているとも言える。
大勢と同じことをしない人の方が、例外あれど悪く言われやすく、その中の一部の人が、グレてるとか、愚連隊などと呼ばれているが、
大勢と同じことをしていることで、大勢の人や一部の人が嫌がったり、迷惑していたりすることをしているのを一般にグレてるとか、愚連隊とは言わないが、グレてるとか、愚連隊とも言える。グレていると言う人もグレているし、愚連隊と言う人も愚連隊なのだ。
大勢でやっていることが間違っていて不正なところもたくさんあるので、多数派のことを愚者とも言えるし、愚連隊とも言える。
刑法違反のことをしていて、大勢が悪いとか、間違っていると思っていることをする人を反社会勢力などと言うが、言い方を変えれば、「大勢と同じことをしていない劣っていて、グレているおかしい人たち」と言っているようなものだが、大勢と同じことをしている人も、不正で間違っているおかしいことをしている、グレている劣った人とも言えるのだ。
警察が金を払わない人を逮捕したり、それ以外の人を刑法を適用して逮捕するが、警察も法律の全てを守っているわけでもないし、法律自体が不正だし、こんなことをしている警察自体が愚連隊や警察愚連隊や愚連集団とも言える。
法律も愚法とも言えるし、ウソ愚法とか、愚かな法とか、グレてる法律とも言えるのだ。
金でやっていく世の中自体が、金でやっていく世の中を正しいと信じている金信者によってまかり通らせている「愚かな金社会」とか「大勢の金信者によってまかり通らせられている愚連金社会」などとも言える。
金でやっていく世の中は、一部の人が作って、多くの人が巻き込まれているように言っている人がいるが、金でやっていく世の中を子どもの時から、正しい根拠もないのに正しいと信じていて、値段ついているものに金を払わない人を格下に見て、泥棒と言いバカにしている人がたくさんいるのに、
ほとんどの人は金でやっていく世の中をやらされていると言いたい人は大勢の人を悪く言いたくないのだろう。
大勢が金でやっていく世の中を不正でおかしいと思っているのならば、
金でやっていく世の中をまかり通らせているわけがないし、値段ついているものに金を払わない人や、スリなどをやっている人に不満を持ったり、見下したりして叩きはしないだろう。
物やサービスなどに値段を付けて商売をしたり、給料や印税などを貰うことを正当で正義だと信じているから、多くの人はこれらを叩かないどころか良く言ったりして、金でやっていく世の中は正しいと信じているのだ。
給料を貰う仕事をすることを、親が子どもを社会に送り出したなどと言っているのも、金でやっていく世の中を間違っている不正だとは思っていないからだろう。
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