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リートリンの覚書

散策日記・新馬場駅周辺

今回の散策は京浜急行・新馬場駅周辺です。

駅を出ましたら、まずは、目黒川のほとりにある荏原神社を目指しました。

荏原神社

東京都品川区北品川にある神社です。
目黒川のほとりにある神社で、品川宿の総鎮守でした。

主祭神

高龗神(龍神)
天照皇大神
須佐之男尊
豊受姫之尊
手力雄之尊
日本武尊
恵比寿神

関東で高龗神(龍神)を祀る神社は少なく、前々から参拝してみたいと思っていた神社です。

こちらの神社は、品川宿の総鎮守でした。東京遷都の際、内侍所となり、明治天皇は当社に四度、行幸されています。

明治天皇がわざわざ行幸されたとなると、かなり重要な場所の可能性がありますね。

鎮守橋


目黒川に架かる鎮守橋は大変美しい橋でした。

荏原神社に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。


荏原神社を参拝した後は、第一京浜沿いにある品川神社を参拝しました。

品川神社
東京都品川区北品川三丁目にある神社です。
東京十社のひとつです。

主祭神
天比理乃咩命
(あめのひりのめのみこと)
天太玉命の后神
宇賀之売命
(うがのめのみこと)
素戔嗚尊
(すさのおのみこと)

さすが、東京十社に選ばれる神社、広々とした境内に立派な社殿です。品川神社といえば、富士塚が有名ですね。

富士塚

挑戦しようと入り口に立ったのですが、高所恐怖症の私、高さをみて、思わず尻込みをしてしまいました。で、結局登ることを諦めて富士塚の下の方から撮影しました。

富士塚の途中からの眺め。

富士塚の頂上からの眺めはもっと素晴らしいものだと思います。興味のある方は参拝してみてはいかがでしょうか。

品川神社に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。

その後、旧東海道を散策しました。

台場横町


台場横町
嘉永六年(一八五三)、ペリー来航に衝撃を受けた幕府は、江戸防備のために品川沖に御台場(砲台)の築造に着手した。予定した十一基のうち、五基しか完成せず、急遽陸続きの御殿山下御台場(現、台場小学校)を築造した。
東海道から御台場へ下っていく横町を台場横町と呼んでいる。

旧東海道には、他にも史跡や説明書きが沢山ありました。

その一つ

品川宿品海公園

品川宿跡の石碑等があります。

品川宿跡


東海道品川宿


「東海道品川宿」
「東海道五十三次」といわれる江戸から京都間の五十三の宿の中で、品川宿は諸街道の最初の宿場町である。
 旅人は、品川宿を経由して西を目指し、また家路についた事から「東海道の玄関口」として栄え宿内の家屋は一六〇〇軒、人口七〇〇〇人規模で賑わっていた。
 今でも品川宿周辺は、江戸時代と同じ道幅を保ち、かつての宿場町として、活気が息づいている。

階段石垣の名残


階段石垣の名残
 江戸時代の東海道は、品川宿に入ると海に近くなり、宿場通りから海岸通りの方へ行く横丁は、全て坂になっていました。
 昔の海岸線には護岸のための石垣が築かれていました。
江戸時代には、ときどき波浪によってこの石垣が壊され、宿場にとって修復は大変負担となりました。

東海道品川宿の石垣石


東海道品川宿の石垣石

この花壇に使用されている石材は、品海公園北隣の民家の基礎として使われていたものです。
かつて東海道品川宿の街道筋の土留めと目黒川の護岸を兼ねた石垣として組まれていました。
石材は千葉県鋸山の凝灰石(房州石)であり、幕末から明治時代の加工と考えられます。
品川宿の護岸は、もともと伊豆半島産の安山岩(伊豆石)で構築されていましたが、江戸時代後期に房州石が加わるようになります。
房州石は産地も近く、柔らかく切り出しやすい石質のため、次第に伊豆石に取って代わっていきました。
海に接していた品川宿の歴史を伝える貴重な文化財です。
平成二十九年九月

品川宿に使用されていた石材は、伊豆半島産や千葉県の鋸山産ですと。

ちょっと驚きですね。

現在は車や電車などあり、静岡県や千葉県は近いイメージがありますが、当時はその様な乗り物ありませんよね。

船で運んだとしても、積み込み作業は、手作業ですよね。

昔の日本人、スンゲー!

このあたりは、名所江戸百景 第83景 「品川すさき」で描かれています。第83景 「品川すさき」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。


旧東海道を散策の途中、一度旧東海道を離れ、御殿山通りを進み、御殿山庭園を見学しました。

御殿山通り

御殿山庭園

「御殿山トラストシティ」内にある公園です。

美しい公園でした。特に滝が素晴らしいですね。私が訪れた時は秋の始め。紅葉のシーズンにはもっと素晴らしい景色が見られたと思います。

このあたりは、名所江戸百景 第28景 「品川御殿やま」で描かれています。第28景 「品川御殿やま」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。


御殿山の辺りを散策した後は、再び旧品川街道に戻りました。
そして、問答河原跡を見学しました。

問答河原跡


何の史跡かなぁと思い、説明書きを読もうと思ったのですが、劣化が激しく何と書いてあるのかわからない。そこでネットで調べてみたのですが、結局わかりませんでした。残念。

このあたりは、名所江戸百景 第82景 「月の岬」で描かれています。第82景 「月の岬」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非ご覧ください。


散策を終えて、品川駅を目指しました。

八ツ山橋


東海道とJR東海道線を立体交差させるために、明治5年(1872)に架けられた橋。大正2年(1913)、昭和5年(1930)、昭和60年(1985)に架け替えられ、現在の萌黄色の橋は4代目となります。
引用・しながわ観光協会

しながわ観光協会さんの説明を読んでみると、なんと、ゴジラが上陸して第一歩を印したのがこの橋と。知らんかったわ。

レトロで可愛らしい橋でした。

今回の散策は、洗足池駅→泉岳寺駅→高輪ゲートウェイ駅→新馬場駅
以上の駅周辺を散策してみました。

いっぱい歩いていい運動になりました。これで少しは痩せてくれるといいんですけどね。

それではまた。

読んでいただき
ありがとうございました。


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