カムチャッカ半島で熊に襲われてなくなった写真家の星野道夫。以前、エッセイや写真集を読み、いたく感動した。没後も各地で写真展が催されている。星野道夫が撮るアラスカの自然は、他のネイチャーものとは何か一線を画していると思う。「撮る」というよりも「居る」という感じ。その自然の中に彼が居る。その世界に同調していることを作品が伝える。
「Coyote」という雑誌で星野道夫が特集されていた。そこに93年に書いた雑誌のコラムの一文が掲載されていた。その中で星野はこう語る。
僕が若い人たちに伝えたいこと、なるべく早いうちに、人間の一生(又は自分の一生)がいかに短いか感じとってほしいということだ。日々を生きる中、また将来を考える時、生と死の接点という感覚を持ち続けてほしいということだ。それは悲しいことでも何でもない。自分の持ち時間が限られているということを本当に理解した時、それは生きる大きなエネルギーに転化する可能性を秘めている。たった一度のかけがえのない一生をどのように生きてゆくのか、真剣に考えざる得なくなるからである
星野道夫は、アラスカの厳しい自然と生命の営みに、地球の大きな時間の流れと、人の一生という短い時間を重ねてみていた。きっと自分の中に宇宙をみていた。禅の大家・澤木興道老師が言う「自分と宇宙をぶっとおしで見ることじゃ」と同じか。心地よい眠気の中で読み始め、この一節にさしかかったときに眠気が飛んだ。隣で「おジャ魔女どれみナイショ」を観ながら寝付いた娘を見る。家族のことを考える。自分を考える。自分が通り抜けてきた出来事を考える。そうだ…もう俺には時間がない…それは悲しいことではない。
「Coyote」という雑誌で星野道夫が特集されていた。そこに93年に書いた雑誌のコラムの一文が掲載されていた。その中で星野はこう語る。
僕が若い人たちに伝えたいこと、なるべく早いうちに、人間の一生(又は自分の一生)がいかに短いか感じとってほしいということだ。日々を生きる中、また将来を考える時、生と死の接点という感覚を持ち続けてほしいということだ。それは悲しいことでも何でもない。自分の持ち時間が限られているということを本当に理解した時、それは生きる大きなエネルギーに転化する可能性を秘めている。たった一度のかけがえのない一生をどのように生きてゆくのか、真剣に考えざる得なくなるからである
星野道夫は、アラスカの厳しい自然と生命の営みに、地球の大きな時間の流れと、人の一生という短い時間を重ねてみていた。きっと自分の中に宇宙をみていた。禅の大家・澤木興道老師が言う「自分と宇宙をぶっとおしで見ることじゃ」と同じか。心地よい眠気の中で読み始め、この一節にさしかかったときに眠気が飛んだ。隣で「おジャ魔女どれみナイショ」を観ながら寝付いた娘を見る。家族のことを考える。自分を考える。自分が通り抜けてきた出来事を考える。そうだ…もう俺には時間がない…それは悲しいことではない。
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