goo blog サービス終了のお知らせ 

ottoレトロゲームと日常

スーパーマリオ等レトロゲームの攻略、日常での気づきについて綴っていきます!

毒親になるか・ならないかの分かれ道

2023-03-16 15:00:00 | 人間関係
 
 
 
「毒親になるか・ならないかの分かれ道」について考えてみました

 
 
 
毒親になるか・ならないかは「暴力や暴言や脅迫や否定で傷つけた親を、許したかどうか」でも、決まるのではないかと思いました。
 
 
 
●親に対し許した人
 
「親のした行為は、自分にとって苦しかったけど正しい愛であり教育なんだ。苦しかったけれども親は悪くない」
と思った人は、親を肯定しているがゆえに子供へ親のような言動をしてしまう毒親になる可能性が高いと思います。
 
 
 
●親に対し許さなかった人
 
「親のした行為は、客観的に見て正しい愛でも教育でもなかった。たとえ親であっても人として許されない行為だ!許さない。自分は味わった苦しみや悲しみは痛いほど分かるから、子供には味わせないようにしよう」
と思った人は、親に対し否定しているけれども子供や被害者に対して共感や優しさを与えられる人間になれるでしょう。
 
 
 
「親を許す行為は心が広く美しい行為」とみなされる事もありますが、暴力や暴言や脅迫や否定の正当化につながる危険性も秘めています。
そして傷つけられて悲しんだ自分に向き合う事もなく、一生無意識に自分を否定する日々が続いて行くでしょう。
 
 
「どんな親であっても許すべきだ」と教えられてきた人も多いと思いますが、
私はたとえ親であっても「暴力や暴言や脅迫などの行為」は犯罪と捉え、許さなくて良いと思います。
 
 
自分の尊厳善悪を理解できる人間性を守るためにも
 
 
 


親に感謝すべき?

2023-03-16 12:00:00 | 人間関係

親に感謝すべき?


 

「親に感謝をしましょう」という人がいます。

例えば親が…

 

  • 子供が辛い時に話を聞いて励ましてくれた
  • あなたはこんな良い所もあるよと褒めてくれた
  • できないことは助けてくれた
  • 子供の幸せを願ってくれた
  • いつも笑顔を向けてくれた
  • 子供の意思や気持ちを尊重してくれた

 

このような愛情や助けを与えてくれた場合「今の自分がここまで生きてこれたのは親のお陰」と心から思い、自然と感謝できるでしょう。

 

しかし…こういう親であればどうでしょうか?

 

  • 平然と無視し いつも自分の好きなことばかりに没頭していた
  • 子供が辛い時に、話も聞いても否定するか自身の苦労自慢に話をすり替えた
  • お前が辛くてもお前の責任、死のうが生きようが関係ないという対応をした
  • 一切褒めず見下した
  • 助けを求めても毎回拒絶した
  • 子供の幸せよりも、親の幸せを優先し押しつけた
  • いつも不機嫌な顔をし睨んだ 気に入らなければ暴力・罵声・脅迫を与えた
  • お前のせいで不幸だと親の不幸の責任を全て背負わせた
  • 子供の意思や気持ちを無視し、親の意思や気持ちを押しつけた

 

そんな親であれば、感謝どころか自然と恨みを感じてしまいますよね…。当然です

 

そんな自分中心に生きる子供への愛も尊重もない親には、無理に感謝をしなくて良いと私は思います。

「子供の幸せを願い愛する適切な親」を前提に作られた言葉の呪いに苦しめられている人は、一定数いると思います

親から冷酷な言動をされても愛だと信じ、自分よりも親の幸せを願い、自分の幸せや自由を奪われて犠牲になってでも尽くし、時には親を恨み心から憎む自分に対して罪悪感を感じ、苦しみながら生きてきた人もいるでしょう。

 

しかし、もうその「世間一般の言葉」を無理に自分に充てがわなくてもいいと思います。

親・他者関係なく、自分に対して優しさや愛情や尊重を与えてくれる自然に感謝できる人にのみに限定しても良いのではないでしょうか。

 

 


●関連記事

 
 
 
 

自分を愛しましょう・大切にしましょうと言われても できない支配

時には優しさを捨てて、無視する厳しさも必要

 

 


見返りのない愛を与えましょうという言葉について

2023-03-16 12:00:00 | 人間関係

 

見返りのない愛を与えましょうという言葉について


 

「見返りのない愛を与えましょう」という言葉があります。その言葉は人間関係において平和や愛をもたらす良いものであるかもしれません。

 

しかし、愛は「全ての人」に向けて良いものでしょうか?

 

私は、今まで何の疑問も持たずに「私に愛情や優しさを返してくれない家族や友人」にまで優しさを与えてきました。

家族だからという理由で。友人だからという理由で。

 

その結果…

●優しさを与えても、毎回相手から不機嫌をぶつけられる

●優しさを与えても、一切感謝される事はなく当たり前の事にされて、さらなる犠牲(相手に与える事)を要求される

●優しさを利用されて、家族から脅迫や威圧や泣き落としで罪悪感を煽られ、要求を押し付けられる

●自分が辛い時は、一切助けてもらえず無視される。優しい言葉すらかけてもらえない。

という、自分だけが苦しみ損する…そんな辛い関わりになっていました。

 

相手が「良心や愛情や対等性を持った人」であれば、見返りない愛情を与えても良いかもしれません。

しかし、他人の優しさや愛情を利用し、己の欲しか考えていない人間には与えるのはやめた方が良いでしょう。

その美しい言葉を真っ直ぐに受け取り不幸にならないためにも… 正しい言葉を付け足すべきではないでしょうか?

 

 

 

 


●関連記事

 
 
 
 

自分を愛しましょう・大切にしましょうと言われても できない支配

時には優しさを捨てて、無視する厳しさも必要