もう一度『頴娃』まで戻り27号線を北上。

次の目的地『知覧』へむかう。

『知覧特攻平和会館』へやって来た。
知覧特攻平和会館は、第二次世界大戦末期の沖縄戦において特攻という
人類史上類のない作戦で、爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした
陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示しています。(パンフ参照)



最初に、一式戦闘機『隼』が目につきます。大日本帝国陸軍の主力機として
運用されていた戦闘機です。


簡単に説明すると、ここは、昭和16年12月に知覧飛行場として完成。
太刀洗陸軍飛行学校知覧分教所として開設します。約3年間で約600名の
パイロットが養成されてます。
そしておなじ16年12月8日のハワイの真珠湾にあるアメリカ海軍基地への奇襲
攻撃によって第二次世界大戦が開始されます。奇襲攻撃などが成功し瞬く間に
日本軍はオーストラリア北側の線まで進出しました。
だが昭和17年8月になるとアメリカを中心とする連合軍が態勢を回復し反撃
に転じ、その後の日本軍は連合軍の強大な戦力に押され防戦一方になり、
開戦から3年後の昭和20年初めになると、沖縄はもちろん日本本土も空襲を
受けるようになりました。同盟国だったドイツが降伏すると、連合軍の
攻勢は日本だけに集中するようになり、日本全土が苦戦を強いられるようにな
ったのです。当時、日本政府は沖縄を本土の最前線と考えていたので、その最
前線を守るために採られたのが特攻作戦でした。そして沖縄に近いこの知覧
が主基地とされたのです。





陸軍沖縄戦の特攻隊員1,036名のうち439名知覧から出撃しています。
館内は、飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした陸軍特攻隊員の遺品
や関係資料を展示しています 。(写真撮影禁止でした・・)
四式戦闘機『疾風』や零式艦上戦闘機(通称零戦)も中に展示してあります。
遺書など読むと、涙が止まらないです・・😭 😭 😭
鹿児島に行ったら、是非とも立ち寄って頂きたい場所です・・・。
・・ほなまた。
#知覧 #知覧特攻平和会館 #特攻隊 #隼 #疾風 #零戦