マスターの秘密基地

地元を愛し釣りを愛す野球大好きオヤジの奮戦記

ラブレターFrom町田。。。

2012年04月23日 | カチの部屋

缶ビールが数ケース、ウィスキーが1本半空いていた。

その空間に素面の人間が、いったい何人いただろう。

とにかく、甲子園球場が近付くとバスの中は大騒ぎになった。

応援団のOBが集まったバスだ。

農協の温泉旅行よりタチが悪い。

コンバットマーチのテープが当然のように流れていた。

駐車場に近付き、土佐魂が売り物の”そろばん学校”の生徒さんたちと擦れ違うと、

騒ぎはいっそう大きくなった。

高知商業には練習試合で勝っているという話を聞いて、

その日の勝利を誰もが予感していた。

駐車場からしばらく歩いて甲子園に着くと、3塁側アルプス入口では

第2試合が終わるのを待つ人たちが火事場のような騒ぎを繰り広げていた。

バスが130台。新幹線で2000人。

合わせて8000人の大応援団というのが公式の発表だったが、

もちろん、そんな数字では済まないはずだ。

僕は最初から赤服を着てたので、現役のブラスと一緒に、

先にアルプスへ入ることができた。

薄暗い通路に革靴の足音がコツンコツンと響く。

スタンドへ続く階段の先が真っ白に輝いて、前の試合の歓声が徐々に近くなる。

やがて大きなスコアボードが見え、目の前にグランドが広がり、

学法石川の声援がフルボリュームで耳に飛び込んでくる。

初めて見る甲子園だった。

土の匂い、スタンドの匂い、夏の匂い。

僕は空いている応援席の前の方に座り、9回裏の小林西の攻撃を見守った。

2アウトからフォアボールが続き、1塁側の盛り上がりが

フィールドを渡って伝わってきた。

僕はこれから始まる自分たちの舞台を想った。

1秒でも長く仲間と一緒に夏を感じていたかった。

1秒でも多く声を張り上げていたかった。

僅かな間だけでも、ずっと前に失ってしまった夏を想っていたかった。

サヨナラ負けを喫した学法石川の応援団はすぐに引上げた。

そして、その日の第3試合・3塁側のアルプススタンドは、

一流のバーテンダーがグラスに注ぐカクテルみたいに

掛川西の応援団で膨れ上がっていた。

それもとびっきり上等のカクテルだ。

ここにいるすべての人間を酔わせるレシピだ。

後に誰もがその味を賞賛した。

最高の応援だった、と。

甲子園から帰って1週間が過ぎようとしちた。

まだ社会復帰を遂げていなかったが、それでも間に合う程度の仕事量だった。

僕は社外スタッフとの打ち合わせを適当に切り上げ、午後の陽差しの中に飛び出した。

信濃町に着いたのがちょうど5時。

僕は帰りの切符を買い、約束の時間までにまだ30分あったが、

彼女と待ち合わせをしている店に入り、ビールを注文した。

彼女とこの前デートをしたのは、まだ桜が咲いている頃だった。

それ以来、彼女はことあるごとに、僕の空想の中に登場した。

甲子園に行く3日前、僕は初めて女の子をデートに誘う少年のような気分で、

彼女がバイトしている店に電話した。

サッカーを見に行く約束はまだ有効だろうか。

とりあえず、彼女の就職が決まったことに『おめでとう』を言い、それから本題に移った。

あいにく彼女はそのヴェルディ戦の日はバイトに入っていた。

OKの返事をもらったのは甲子園に行く直前だった。

約束の時間になり、店の窓ガラスの向こうに彼女の姿が見えた。

僕は文庫本を閉じ、軽く手を上げた。

僕の記憶の中にある彼女より、ほんの少し太っているように思えたが、

まぁ気にしないことにした。

店を出たのが6時過ぎ。

通りを歩く人が全て国立競技場へ向かっているのが一目でわかった。

競技場へ着くとヴェルディ側の応援席はすでに満員で、

グランパス側の応援席にしても、ゴール後ろの上の方に

二人分空いている席を見つけるのがやっとだった。

そのゴールは、前半の早い時間にグランパスが1点を奪ったが、

後半にはヴェルディが3点をもぎとった。

ジェニファー・コネリーみたいに笑う彼女は、すごく可愛かった。

我々の目の前でゴールを決めてくれた選手たちに、僕は心から感謝した。

でも、ほんの少しだけ、目の前の光景が色褪せて見えた。

終わってしまった今年の夏は、もう戻らない。

高校野球静岡県大会の日々。甲子園の夏。この世で数少ない「真実」だけの世界。

印刷物の上の「嘘」だけを追っかけている男にはあまりにも眩しすぎた。

目の前の光景が色褪せて見えたのは、誰のせいでもない。

僕は、何よりも、ひたすら母校の勝利を願っていたこの夏の自分に目を細めたのだ。

競技場を出て、人波に流されて歩いた。

駅がどこにあるのかわからない。

僕は自分の方向音痴を声に出して呪った。

仕方ないな。もともと頼り甲斐のある男ってガラじゃないんだし。。。

しかし不思議だった。

2か月も顔を合わせていなかった女の子と、

まるで何年も付き合いのある友人のように気楽に話をしている。

たらふく飲んだビールのせいばかりじゃない。

サッカーの試合の余韻だろうか。

それとも、熱気を孕んだ夜の空気のせいだろうか。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼氏が出来たんだって?』

さらっと口にした自分の言葉に僕自身がいちばん驚いていた。

『そんなことないよ』

と彼女は言った。

『もう5か月も、いない』

間一髪で地球を救ったスーパーマンくらい、僕はホッとした。

『じゃぁ、また誘っていいかな』

『うん』

しかし、そのあとに用意しておいた台詞を続けるには、

その夜の僕は少し酔っ払い過ぎていた。

クーラーの効いたタクシーの中は、映画の終わった映画館のようだった。

『7月に競合コンペで電通に勝っちゃったんだ』と僕は切り出した。

『ディノスっていう通販カタログの広告なんだけどね』

あまりパッとする話題ではなかったが『ふうん』と彼女が反応を見せたので

僕は少し安心した。

『来月には新聞や雑誌にいっぱい載るけど、9・28売りの『With』バージョンだけは

僕がモデルも兼ねてるんだ』

さらに僕はたたみかけた。

『サヨコって、幸せに代わる子って書くんだよね』

『うん』

『プレゼン前のラフ案でキミの名前を借りたんだ、ストーリーには関係ないけど。

漢字じゃ読めないってディレクターが言うんでカタカナにしたら、そのコピーが最後まで

通っちゃった。全国のフジサンケイグループの会社に貼られてるよ、そのポスター』

『へぇ、すごぉい』と彼女は言った。

いつかきっと、と僕は思う。

何万人もの目にふれる媒体を使って、たった一人の女の子のためにラブレターを書くんだ。

少年だったころの自分が頭の中に住んでいる限り、僕はコピーライターを続けていくだろう。

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こうしてたまに皆でカチを思い出すきっかけを作れるだけでも

このブログを続けていて良かったと改めて感じる今日この頃です