ちむあ~すん

 感じたことなどをつれづれと。。
(たま~に気が向いたら書きます)

『へペレ』 つづき

2010-11-11 | aynu
楽しくて楽しくて何日も何日も過ぎて行った。
僕は人間の世界が大好きになった。
でも不思議な事にポンムィは小さくなって行く。
ポンムィだけじゃなく 他のコタンの人々も、チセも小さくなって行くみたいだ。
僕はアペカムイに聞いてみたら『はっはっは、ヘペレ、それはお前が大きくなったんだよ』
僕は驚いた。

笑ったあとアペカムイは真剣に話した。
『ヘペレ、お前はカムイだから人間の何倍も育ちが早い。もうすぐこのチセの中で人間と暮らせなくなるだろう』
僕は悲しくなった。

『さっきもミチィとハポが話していたが、コタン全体から食べ物を貰わないと追い付けなくなってきた。
ヘペレはよくたべるからね(笑)』
僕は恥ずかしくなった。

『だからもうすぐエカシがその事をお前に話にくるだろう。既にコタンの中にお前の家は作り初めているからね』
少しさびしかったが僕はアレスカムイ、人間に育てられたカムイであるから、母さんの言う人間との約束を守る事にした。
すると入り口の方で咳払いをしながらエカシが若いアイヌを連れて入ってきた。

僕はおとなしく首に縄をかけられチセを出ようとしたら、エカシが
「まるで私たちの気持ちがわかっているようだ。賢いヘペレだな」と言うと、若い者はうなずいた。
しかしポンムィだけは泣きながら「ヘペレを何処に連れてゆくの?ダメだよ。連れて行っちゃダメだよ」と泣いていた。

エカシは「もう、一つの家族では、面倒見るのは無理だから、コタン全体でヘペレを面倒みるんだよ」と言った。
僕はポンムィをペロッとなめた。
ポンムィは着いて来た。

「ヘペレセッ」とアイヌたちは呼んでいる四角いところに着いた。
その建物の上に若い者が乗り、下の若い者が縄を渡して僕をグイグイ引いていた。
『上から僕を入れたいのかな』と考えた。
僕が嫌がると思ってたらしい。

ヒョイと登ると上の若者はバランスを崩して下に落ちた。
「あたたっ」と若者がお尻を撫でながら走り回ると皆いっせいに笑っていた。
エカシは「ヘペレの聞き分けの良さには参った参った」と白い髭をなでながら笑っている。
さっきまで泣いていたポンムィも笑顔に戻って「ヘペレ毎日来るからね」と僕の大きくなった足を撫でた。

ここはコタンを見渡せる高い場所。遠くには僕の生まれた山も見える。
チセよりは寒いけれど、僕の為に建ててくれたもの。
私はアレスカムイ、人間とともに生きるカムイであるから、何とも思わない。

それに晴れた夜には母さんの居る月とお話できる。
皆が去ったあと、月を眺めながらゆっくりとコタンの皆がくれた山葡萄を食べながら
それぞれのチセの灯りがゆれるような風を感じていた。

それからまた楽しい毎日は続いた。
毎日毎日コタンの皆が「ヘペレ、ヘペレ」って代わる代わる声をかけてくれた。
アペカムイから人間の言葉を教わったので、話せないが話は聞けた。

端っこのチセの夫婦は喧嘩したりベタベタしたり、その隣のチセの子供は今日もおねしょして怒鳴られたり、
はす向かいの女の子はムックリの綺麗な音を出していたり、
ポンムィは弓の練習ばかり。
きっとミチィのような狩りの名人に成りたいんだな。
ホントに人間は可愛くて素晴らしい生き物、丁寧で優しい生き物なんだなと僕は毎日毎日思っていた。

そんな毎日がつづいたある日、コタンの離れたところから、きいたことのない人間の声が沢山聞こえた。
村に近づくと、その中でも一番の年寄りが咳払いをコタンの外れですると、エカシの家からエカシの娘が出てきた。
娘は丁寧に挨拶をすると、他所のコタンのエカシはやっぱり丁寧に挨拶をして、娘に手を携えて貰いながらゆっくりと歩き出した。

私のコタンのエカシの家の中を見てみると、エカシの家族が身繕いをととのえ緊張している様子が見えた。
他所のコタンのご一行は代表のエカシの歩く早さにあわせ、ゆっくり歩調を合わせていた。

『そう言えばアペカムイカムイが言っていた。アイヌはとても礼儀正しいから、お客さまを丁寧にもてなす』と。
他所のエカシの次にフチ(おばぁさん)、若い夫婦、そして子供たちが続いた。

大人は歩調を合わせて歩くのだが、子供たちはふざけながら棒っこを拾ってはつつきあいをしながらじゃれていた。
その子供たちのひとりが私の存在に気づき、私の小屋に近寄ってきた。
「おい カムイ(羆)がいるぞ」と兄弟に声をかけたら三人の兄弟が私の周りに集まってきた。

「やいっお前、なんちゅう名前だ」と棒っこでつついて来た。
私はまだ飯前だったので、少しイライラしてソッポを向いていたら
「なんだか変なカムイだな」とまた棒っこでつついて来た。

やだなって思いながらも相手にしてないと何度も棒っこでつつく。
他の兄弟も同じくつつくからイライラはつのった。
そんな時にポンムィが「ヘペレご飯だよ」って向こうから来たので
私の爪は長く鋭かったので深く食い込み赤い血が流れた。

子供は泣き叫んだ。ポンムィは走ってきた。兄弟も泣き出した!
わたしはわけがわからなくなり 小屋のなかを駆け回り吠えていた。

「ヘペレっどうした!落ち着けヘペレ」ポンムィが声を何度もかけてくれた。
他所のコタンのアイヌ達も気がつき、凄い顔で子供の手をとり血を拭き取りながら私を睨んだ。

「このウェン(悪い)カムイめ、なんて事をするんだ」と石を投げてきた。
ポンムィは「ヘペレは悪くない、ヘペレは悪くないです」と言ったが聞いてない。

そのうち私のコタンのアイヌがやって来た。
私のコタンのエカシは驚いて「ヘペレは大人しく聞き分けのよいカムイなんじゃが…」って言うと
他所のコタンのアイヌは「ふざけるな、こんなキカナク危ないウェンカムイは初めて見たぞ」とはげしくまくりたてた。

他所のコタンのエカシも私のコタンのエカシに向かって
「恥をかかせてくれたな。このウェンカムイを送って(殺す)しまうまで、このコタンとはこれっきりにするぞ」と言ったので
私のコタンのエカシは 「わかった、冬の深くなった頃にイオマンテをしよう。せめてもの罪滅ぼしにヘペレの肉も毛皮も差し出そう。
しかし魂だけはわしの手で送らせてくれ」と頭をさげた。

他所のコタンのエカシは「そこまで言うのなら、私が責任もってこの子の親にとりはからう事にする」と言うと、
私のコタンを出ていったのだ。

コタンの皆は黙っていた。
ポンムィは泣いていた。
私は首をユラユラ、どうしたら良いのかと考えた。
「食べな‥ヘペレ」とポンムィが山葡萄とドングリをくれた。
食べ始めるとコタンの人々は私を撫でてその場を去った。

小さな雪が踊るようにハラリと降ってきた。
銀色の空は暗くなってきた。
私はアレスカムイ、人間に育てられたカムイであるから、皆の気持ちがわかっていた。
ポンムィの涙も嬉しかった。

小さな雪は私のコタンに沢山やって来て、うっすらと白い大地になった。
私は春の事を思い出し、母さんの歌った歌を思い出していた。
雪を眺めながらいつの間にか眠っていた。

夢を見た。
母さんは笑っていた。コタンの皆も笑っていた。
ポンムィと河原を歩いていた。おもしろ蝶々が飛んできた。
母さんは歌っていた。

♪おもしろ蝶々を追いかけてぇあんまり遠くはだめですよ。
「へーき、へーき」って答えたところで目が覚めた。

辺りは暗かった。雪はやみ星がでていた。
月を眺めたら母さんが「もうすぐ会えるよ、ヘペレ」って言ったような気がした。

朝になったらコタンの皆が代わる代わる話しかけに来た。
エカシもやって来た。
「ヘペレよ、力のない私で申し訳ないなぁ。あのコタンのエカシには、昔飢饉の時に助けて貰ったのだ…さからえないのだ」
と言うと ヘペレの顎を撫でた。
『大丈夫だよエカシ』とその手をペロッと舐めた。
「ありがとう。優しいアレスカムイよ、早い別れになるが‥目一杯のイオマンテをするからな」と涙を落としながら言った。

その様子をコタンの外れの方でみていたポンムィは、その日の夜にソウッと私のところに近づくと
「逃げて、ヘペレ」と言って小屋の屋根をはずした。
しかし 『私は逃げないよ』って伝えたかったが伝えられず、寝たふりをしていると小屋にポンムィが入って来て
「ヘペレ、逃げよう、ヘペレ」と足を引っ張られたが相手にしなかった。

おなじ事を繰り返すうち、ポンムィは私の腹のところに頭を置いて、眠ってしまった。
私は昔のように添い寝しながら月を見上げ、母さんに
「こんなに大切な友達がアイヌの中にできたよ母さん」と言うと、
母さんは「よかったね」と笑っていた。

また何日も何日も楽しい時を繰り返していた。
コタンや山はすっかり白い衣装に着替えていた。
イオマンテの日は近づいて来た。エカシの指示で儀式の用意は進んだ。
ポンムィだけはチセで拗ねているようだ。

エカシは若者に「河原に行き、水木をとって来てくれ。カムイに捧げるイナウを作るから」
若者は返事をして三人位で河原へ出かけた。
「まっすぐで美しい水木を頼むゾ」とエカシは言ってた。

わたしは何をすれば良いのだろう。頭をユラユラ考えた。
するとポンムィがやって来た。ハポもいっしょに。
ハポは涙を浮かべながら「母さんにもうすぐ会えるよ」って泣いていた。

アペカムイの所へ行きたかった。と考えていたらチセの東側の窓から
『大変だヘペレ、河原の方に耳をこらせ。アイヌたちがなにか悪い事に巻き込まれたようだ』とアペカムイの声が聞こえた。
わたしは河原の方に耳をたて緊張すると、河原の方からウホォォォホィィとさっき河原に行った若者の声が聞こえた。

ハポとポンムィは、私の様子を見て 「大変だ。なにかあったんだわ」とハポが言い
「皆に知らせるよ」とポンムィが走った。
私は耳を更にたてると、河原の方から「食わせれぇ食わせれぇ人間食わせれぇ」とキムンカムイの言葉で吠える声が聞こえた。

私はアレスカムイ人間に育てられたカムイであるが、キムンカムイの言葉もわかって、いてもたってもいられなかった。
ポンムィとミチィもやって来た。ミチィは弓矢をもっていた。

「ポンムィはここに居なさい」ミチィは河原に走った。
私はやっぱり黙って居れず、小屋に体当たりを何度も何度もくりかえした。
ドスンドスンバリバィィと小屋を破ると河原へ走った。

「いくなヘペレ」ポンムィは叫びながら着いてきた。
河原に着くとミチィがなにか黒い山のような固まりに矢を放っていた。
ミチィの側には血だらけの若者が膝まついていた。
目を凝らし山のような塊をみると、それはなんと真っ黒なキムンカムイであった。
ミチィの放った矢も意に介せず「食わせれぇ人間食わせれぇ」と怪我をしている若者に向かおうとしている。

「眠りの浅い腹すかしのウェンカムイめ、人食いのハグれもんめ」とミチィは矢をつかんだ瞬間に
ウェンカムイはソレをはね除け、二人に襲いかかろうとした。

「ミチィ」とポンムィの声が響いた。
その瞬間、わたしはウェンカムイに体当たりをした。
ウェンカムイはヘペレに矛先を向けた。

「しめたっ」ミチィは若者を担ぎ、柏の木の祠ににげた。
その様子を見て、私はもう一度ウェンカムイに体当たりをした。

ウェンカムイはいとも簡単に右手で私をはね除けた。
そして左手で私の喉元にでかい爪をたて、切り裂いた。
ミチィと共に祠に逃げていたポンムィが「ヘペ…」と叫ぼうとしたとき、ミチィがなきながらポンムィの口をふさいだ。

私にはもう力がなかった。
のどから温かいものが流れた。
ウェンカムイは「なんだ、おなじ羆などくえるかぁ、人間は何処に行った」と辺りをさまよったが
柏の木は人間の匂いを消してしまうので、ミチィたちを見つけられずに、山の方に帰っていった。

その様子を眠くなったような感覚のなか私はみていた。
なんの力も出せずに居ると「ヘペレ、ヘペレ」とポンムィの声がした。
小さな手で私を揺すっている。

「お前は本物のコタンウタリだ。仲間を救ってくれた勇者だ」とミチィが泣いていた。
私はもう眠い。声も出ないのだ。
雪の冷たさが気持ちがよい。

『もう眠るよポンムィ』
私はゆっくり目をつぶった。

私が目を覚ますとあの母さんの時にみたアイヌのつくった棒っこの花が沢山並んでいた。
大好きな山葡萄も餅も小桑の実も並んでいた。
模様の入った呉座に私はいた。

起き上がろうとしたら、私は私の耳と耳の間から軽い体になり抜けて出ていた。
だけど私の体の前にいるコタンのアイヌたちにはみえないらしい。

エカシが凄く丁寧な言葉でアペカムイに私の魂を神の国へ無事に届けるように、
母さんと再会できるようにと涙で声を詰まらせ祈る。

他の神々にも丁寧にヘペレを頼むと祈ってくれている。
酒がアペカムイに届き、アペカムイは納得している様子。

コタンの皆が泣いている。
ハポもミチィも涙が止まらないらしい。
心配なのはポンムィ。でもしっかりしていてエカシの言葉を聞いている。
『よいアイヌになるなぁ』とアペカムイに告げるとパチンっと薪を鳴らして答えてくれた。

私の体はどんどん軽くなり、天へ空へと吸い込まれる。
私は『ポンムィ』と声をかけてみた。
だれも気がつかないがポンムィは空を見ている。

『遊んでくれてありがとう』
コタンの皆にも『たくさん美味しいものありがとう』と言って
母さんが歌ってくれた♪銀の心は山に置いて、金の心はコタンに置いて♪と歌いながら
母さんの待ってる天の世界へゆっくりゆっくり登ってゆきました。



と人間に育てられたアレスカムイが語りました。

お話はコレまでです。


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ヘペレは小グマ、母さんは親グマ、狩人=ミチィ、ポンムィの父 、ポンムィ=アイヌのこども、
エカシ=コタンの長老、ウェンカムイ=悪い熊、アペカムイ=火の神様


(原文に、勝手に「」や 。を加えたり、改行させてもらいました。)

結城幸司さんの『へペレ』

2010-11-11 | aynu
結城幸司さんがTwitterで語ってくれた『へペレ』をまとめてみました。

新しい神話が産まれる瞬間に立ち会わせてもらっているようでした。

じっくり丁寧にツイートを読ませてもらいました。


心くすぐられる愛おしいへペレ。

「こんなに大切な友達がアイヌの中にできたよ母さん」

というへペレの言葉に涙があふれました。


結城幸司さん、素敵なお話を聞かせてくださり、

本当にありがとうございました。


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さぁ僕が考えた熊の話をしよう。
あるアイヌのフチに「アレスカムイ」という話を聞いて作りました。
「アレスカムイ」とは「私達育てた神」という意味です。
では始めます。



あれはまだ私が蕗の葉っぱに背が届かなかった頃の話しです。
蒼暗いところで母のオッパイを呑んでいると、母が
「さぁヘペレ、外の世界へ行きましょう」と言いました。
「外の世界?」と僕が聞き直すと、母は「明るくていろんな生き物がいて美味しい食べ物がたくさんありますよ」
と言ったけれど、僕には見たことないから思い浮かばなかった。けれどなんかワクワクしてきた。

母は僕をオッパイからどけると「ついておいで」と言って、四つん這いで何かを登り始めた。
僕はおいてきぼりをくわないように母の足にしがみつきました。
だんだんと僕の周りは明るい蒼になり、なんか嗅いだことのない臭いに包まれました。
僕は母の足からずり落ちてしまいモタモタしていると母が一瞬居なくなりました。
「どこぉ?母さんどこぉ」と泣いていると、目の前に白い白い光が広がり僕の目に触ってきました。

「まぶしい」と声をあげたら、その白い白い光の中から
「ヘペレおいで」と母さんの声が聞こえました。
よく目を凝らして見ると、母さんが心配そうな顔をして此方を見ていました。

僕はその光の方に向かって泣きながら
「ごつごつ坂道よいしょよいしょ、やわらか母さんあっこあっこ」
という歌をうたいながら一生懸命のぼりきると
白い白い光の大きな世界がそこにありました。

暗い世界と白い白い世界との真ん中に大きな木があり、その根本の小さな穴が今までいた蒼暗い世界のようです。
そこから僕が顔を出すと、母さんは「ここへおいで」と熊笹のたくさん生えた場所から僕に言いました。

いい臭いとたくさんの色。
白い白い光は暖かい。
足元には何か白いものがあちこちに、それに触って見ると「しゃっこい」と声が出るくらい冷たい。
「それは雪というものよ。やがて全部溶けて、あたり一面みどり色の世界になるのよ」と母さんが言っていた。

「どんなに綺麗な感じだろう」と母さんに言うと
「来てみないとわからないわよ」というので穴を這い出てみようとした瞬間、
僕はまっ逆さまに転げ落ちた。

「いったぁ?くない」
春の土はブヨブヨで柔らかい。
母さんは笑っていた。

「なんて広いんだろう」と辺りをみまわすと頭の上に青い世界が広がっていた。
青い世界のど真ん中に金色の光をくばる神様がいた。

暖かいその金色の光を貰うと、なぜか元気が湧いて来た。
すると僕の目の前を白いヒラヒラしたものが鼻をかすった。

「母さんなにこれ?」というと
「紋白蝶よ」と返してくれたが僕には「おもしろ蝶」と聞こえた。
「おもしろ蝶、おもしろ蝶」って言いながら追いかけてみた。

「あまりはなれないでね」
蝶々を追いかけるぼくに母さんは言った。
「楽しいよ」
僕は転げ回ったり走りまわったり、木登りしたり、
たまに母さんの方を見ると、母さんは真剣な顔で周りをキョロキョロしている。

僕は背中が痒くなって白樺にこすりつけたりしている。
白い白い世界や緑や青や金色の世界は広くて楽しいよ。
そんな僕を心配そうに母さんは眺めている。
そこへまたさっきのおもしろ蝶がやって来た。

「アッチへ行ってみる」と僕が言うと、
「待ってヘペレ、なんか人間の臭いがするような…」
と母さんは言ったけど、鼻を高くして嗅いでみたが草の臭いしかしなかった。

「ヘーキヘーキ」と僕はおもしろ蝶を追いかけた。
『人間ってなんのことかな?』
僕はよくわからなかった。

おもしろ蝶は仲間の蝶々に出会い、楽しそうに高い所を飛んでいった。
「つまんないの。遊んでくれないのか」
僕は急に淋しくなり、母さんを振り返って見たら居ないので、慌ててさっき来た道へ走った。

母さんは立っていた。
「母さん」と言って抱きつくと、母さんは僕の上に覆い被さった。

「母さん重いし暗いよぉ」と言ってズリズリ這い出ると、
なんか眠そうな目をして倒れたまま、僕に小さな声で話しかけた。

「ヘペレ、よぉく聞いてください。お前に話してないことがあります。
この世界には人間という生き物がいて、とても賢い者たちがいます。
山で生きるモノにとって覚悟を決めなくてはならない事がある。
この人間という生き物を生かす為に私たちは体の肉や皮を差し出さなくてはならないというやくわり…」

母さんは小さな息になっていった。

「母さんどうしたの?眠いの?」僕が聞くと
「後からアイヌという生き物が来ます。そのアイヌが私の事を粗末に扱ったらヘペレは逃げなさい。
しかし丁寧な言葉と感謝をしてくれてるようなら…、ヘペレ、そのアイヌに着いてゆきなさい」

母さんの息は止まった。
僕はオッパイをまさぐったが、いつものようにあのドックンドックンという優しい音は聞こえない。

「母さん母さん母さん」
何度も叫んだ。

僕が泣いていると、不思議な事に母さんの耳と耳の間から雪解けの湯気のような母さんが出てきた。

「母さん」
僕が言うと、湯気のような母さんは僕に向かって歌を歌ってくれた。
穴の中で聞いていたあの歌を。

銀の心は山に置いて、金の心はヘペレに置いて…
銀の心は…山に置いて、金の心はヘペレに置いて

という歌を歌いながら、あの金色の光のある空にゆっくりゆっくりあがって行きました。

動かなくなった母さんの前でユラユラ揺れる母さんを見ながら
なぜか涙は止まった。
母さんさんがあまりに優しく笑うから泣いちゃいけないと思った。

すると、何やら立ちながら歩いてくる不思議な模様を体に纏った生き物が近づいてくる。
僕は少し緊張した。
ゆっくり静かに後退りして熊笹の中に隠れた。

その生き物は母さんに近づいて、なにやら母さんの胸に手を当てた。
何かを確認すると生き物は胸から白い棒っこを出し、右手に光る鋭いモノを取り出し上下にこすっていた。

すると不思議な事に白い棒っこは綺麗な綺麗な花になっていった。
なんて綺麗な花なんだろ。
僕は見とれていた。

生き物はソレを作り終えるとこんどは枯れ木を集めて枯れた棒っこを出してきて
なにやらその棒っこを今度はクルクル回して行くと、なんとオレンジ色のユラユラした綺麗なものが立ち上がったのだ。

「アレが人間なのかなぁ」
僕は笹の間からソレを見ていました。
人間は母さんの体の横で白い棒っこの花を立て、オレンジ色のユラユラに何やら話をしている様子だった。

「これが母さんの言う丁寧な言葉と感謝なのかな」
僕は考えた。
あの白い棒っこの花に触りたい。
母さんの側に行きたい。
と考えていたら雪の硬いところで足を滑らせた。

ザザサッと笹がなると、人間はこちらに弓を向けた。
僕はどぎまぎしながら「母さんいっしょ、母さんいっしょ」と言いながら泣いていた。

すると人間はサッと弓をひき、僕に向かってなんか話をかけてきた。
「おぉ、子っこが居たのか、それは可哀想な事をした。それにしてもなんてメンコイカムイだか」
僕は母さんから教えて貰った言葉しかわからない。だけどとても優しい目をしていた。

僕に手をさしのべてきたので、僕は噛みついた。
何だかわからないけど胸の奥のほうで何かがそうしろと言っていたような感じだった。

でも人間は黙って笑いながら手を噛ませてくれた。
空を眺めながらしばらく噛んでいると、母さんのような白い雲がゆっくり揺れていたような。
噛むのを忘れて見とれた。

まるで母さんがその人間の所へ行くと良いよって言ってる気がした。
僕は人間のもうひとつの手で抱き抱えられ懐に入れられた。

人間は右手を口に持って来て「うふぉふぉおおおい」と叫んだ。
するとあっちこっちから「うぉほほほほほほい」という声がした。

僕は少し怖かった。
人間の懐の中に入れられて暖かいけどふるえていたら、人間が母さんの鼻でつついてくれるように 優しくポンポンと叩いてくれた。

そうしているうちに何人もの人間が集まってきた。
僕を抱っこしている人間は「このカムイを村まで運んでくれ。キチンとオンカミ(祈り)をするんだぞ」と他の人間に言っていた。
他の人間たちは「えぇぇ(はいっ)」と返事をしていた。

私は母さんから聞いた言葉しかわからなかったけど、悪いものではないと感じながら歩き出した。
人間の懐の中で
「母さんほどではないけんどお、なんだかホカホカユーラユラ、
母さんほどではないけんど、なんだかお目目もユーラユラ」
と、へんな歌をうたいながら眠ってしまった。

夢ンなかに母さんが来たんだよ。
母さんは「ヘペレの側には居れないけれど、月が出たなら見てごらん。
母さんそこから見ているよ」って歌っていた。

ぼくは目をさまし、あわてて人間の懐から空を見てみた。
もう辺りは深い青の世界。
小さな光る石ころが川原のように敷き詰められた青の空。

真ん中におっきなまぁるい光を見つけた。
母さんはそこに居た。
月のまぁるいところに寝そべって僕を見ていた。

何だか声を出したくなった。
「おぁうっあぉう」と母さんに声をかけた。

すると人間は「もうすぐだからな、ヘペレ」
びっくりした。
なんで僕の名前を知っているんだぁ。

月を見ると母さんは笑っていた。
僕は人間の懐に潜り、ソレを考えた。

人間も歌を歌いながら歩いていた。
他の人間も合間合間に声を入れて来た。

「ウラァ〜スィエエカムイシンタァ」なんて歌っている。
どういう意味かは知らないけれど、なんか気持ち良い感じだ。

「着いたよヘペレ。アレが私達のコタンだよ」と人間が言ったので懐から顔を出して見てみると、
川が側に流れていて、大きな大きな金色の頭から煙を出している。
明かりのゆらゆら揺れるかたまりが五つ見えた。
そのカタマりに近づくと、人間よりも遥かに大きいカタマりだった。
また人間が「ぅほほぉん」と大きな声を出すと、カタマりの中から人間達がたくさん出てきた。

真っ先に小さな人間が駆け寄ってきて「ミチィお帰りなさい」と抱きついてきた。
「ただ今、ポンムィ」と私を抱えていた人間は言ったら、小さな人間は何か喜んでいた。

その次に出てきたのは、顎に長い白いモノをぶら下げたしわしわの人間だった。
今度は私を抱えている人間が丁寧に、
「エカシ(長老)ただいま着きました。立派なカムイが山で私達に命を捧げてくれました。
とても雄壮にゆっくり倒れ、私達は誰しも怪我する事なく狩りができました」
するとエカシと呼ばれた白い顎の人間は、
「うむっ、キチンと感謝を捧げてきたか」と言い
私を抱えた人間は「はいっ」と答えていた。

私は懐から覗き込んでいたけれど、またあのおもしろ蝶々の時のようにどうも白い長いものが気になり?
ついつい手でソレを触ってしまいました。

エカシは「アチカラホイイテテっなんだべなんだべ」と言って大きな声を出しました。
するとミチィと言われる僕を抱える人間は
「すみません、伝え忘れてましたが、カムイにはコッコが居たので、連れて帰りました」
と白い長いヒラヒラに絡まった僕の爪を外しながらエカシに言うと
「たまげたなぁ」と笑いながら白い長いものを大事そうに撫でていました。

小さな人間でポンムィと呼ばれた人間は
「見せて見せて」と何度も言ってるうちに、たくさんの人間があっちこっちのカタマりの中から
「お帰り」とか「ご苦労様」とか言いながら集まって来ました。

僕はたくさんの人間達に撫でられたり抱っこされたり、小さな人間達も集まって僕を代わる代わる覗いて行く。
「いやいゃめんこいこ」と言いながら。

僕はその村と言われる中でも一番大きなチセ(家)と呼ばれるカタマりの中に入った。
広くて暖かい場所だった。
ミチィと呼ばれる人間は懐から僕を出した。

僕はなぜかチセの中を走り回った。
ハポ(母)って小さな人間から呼ばれる人間が、
「メンコイなぁ」と言って暴れている僕の首のところを持ち上げ
「お腹が空いてるの」と言って母さんのようにお乳をくれた。

なんかとても母さんの臭いに似ていて僕は夢中で飲んだ。
するとポンムィと呼ばれる人間は「ハポ。へんなの」と言うと
「変じゃないよ、ポンムィ。私のおばぁちゃんもこうやってお乳をあげてたのよ」と言っていた。

ポンムィはじっと僕を見ていた。
見るなよって言いたいけれど、人間の言葉が話せないから我慢した。
お乳を飲んだあと、僕はまたチセの中を走り回った。ポンムィもいっしょに走り回った。

ミチィは笑っていた。ハポも笑っていた。
広いなぁ、広いなぁ、チセは広くて楽しいなぁ。
と走り回っていたら『ヘペレ、ヘペレ』と僕を呼ぶ声がした。

ミチィを見てもハポを見てもポンムィを見ても僕に話しかけてない。
『誰っ』と言うと チセの真ん中から聞こえてくる。
あの山でも見たユラユラの紅い温かい所から声がしたんだ。

僕がジィーっと見ていると、
『ヘペレ、私はアペというカムイだよ。このチセの中にいる火の神だよ…
人間には、私の声は聞こえないんだよ。私は人間の声を沢山の神々に伝える力を持ってます。
私は人間たちがこうやって生きていく、最初の時代から共に生きてきたのだ…
人間のことなら何でも知っている。わからなくてこまる事があったら私に聞きなさい。
あと私の側にいたら人間の言葉もわかるようになるよ』と言いました。

じっと見ているとユラユラは、優しい顔の女のひとに見えてきました。
僕がじっとしているとポンムィが「僕といっしょにモコロ(寝ましょ)モコロしよ」と言いました。

僕はミチィの懐でたっぷり寝ていたから眠れなかった。
隣でポンムィは小さな寝息をたてていた。
僕が寝返りうつとアペカムイがユラユラ笑ってた。

『眠れないのかいヘペレ』
僕はうなづいた。
『母さんの事を思い出しなさい』とアペカムイは言った。
僕は山の穴の中での沢山話してくれた母さんの言葉を思い出していた。

自分達熊は、強い生き物だけどソレを自慢してはいけない。
強さを自慢すると他の生き物がいちいち逃げちゃう事や
木の実は丸呑みするとそのまま出てくるからまた大きな木になる事や、
沢山の話を思い出していた。

するとアペカムイは
『ヘペレ、今から母さんの声をお前に届けよう』
僕は起き上がりアペカムイを見ていると、ユラユラはゆっくり渦をまき、煙は静かに大きく立ち上がった。
びっくりした事に白い母さんがそこにいた。

母さんは僕に向かって『ヘペレお利口さんだね。母さんは月からずっとヘペレを見ていたよ。
ヘペレ、母さんが言うことをしっかりきいて欲しいのだけど、できるかな』と言ったので僕はうなずいた。

『ヘペレ、お前に教えてあげる事が少なかったので、他のカムイ(羆)のようにお前はキムン(山)のカムイとしては生きられないの。
山には悪いものもいるから小さなヘペレをいじめる生き物もいるしね。』
僕は考えた。

そして母さんは『お前はキムンカムイと呼ばれずアレスカムイ(人間育てたカムイ)になるのよ。
私達キムンカムイも私みたいに人間を生かす為に肉体を捧げる役を担うカムイとなるものもいるけれど
たいがいは山で生きる。お前を可愛いがってくれるアイヌたちのもと、アレスカムイとしての生き方をするのですよ』
と言うと煙は消えてしまった。

僕はアペカムイにお礼を言って母さんの言葉を考えていたら、大きなアクビがでて
スィエスィエ(ユルユル)してモコロモコロしてしまった。

目が覚めてポンムィと遊びにいって、コタン(村)の子供たちと仲良くなって、木の実も沢山もらって
夜はポンムィとモコロしたり、アペカムイと話したり
楽しい日々は何日も何日も続いた。
ミチィははんの木でおしゃぶり作ってくれたり、ハポはポンムィの弟ができたと喜んでくれるし
エカシはヒゲを使ってコショコシヨしてくれた。



 **物語のつづきは、次の記事 『へペレ』つづき にまとめてあります。**