楽しくて楽しくて何日も何日も過ぎて行った。
僕は人間の世界が大好きになった。
でも不思議な事にポンムィは小さくなって行く。
ポンムィだけじゃなく 他のコタンの人々も、チセも小さくなって行くみたいだ。
僕はアペカムイに聞いてみたら『はっはっは、ヘペレ、それはお前が大きくなったんだよ』
僕は驚いた。
笑ったあとアペカムイは真剣に話した。
『ヘペレ、お前はカムイだから人間の何倍も育ちが早い。もうすぐこのチセの中で人間と暮らせなくなるだろう』
僕は悲しくなった。
『さっきもミチィとハポが話していたが、コタン全体から食べ物を貰わないと追い付けなくなってきた。
ヘペレはよくたべるからね(笑)』
僕は恥ずかしくなった。
『だからもうすぐエカシがその事をお前に話にくるだろう。既にコタンの中にお前の家は作り初めているからね』
少しさびしかったが僕はアレスカムイ、人間に育てられたカムイであるから、母さんの言う人間との約束を守る事にした。
すると入り口の方で咳払いをしながらエカシが若いアイヌを連れて入ってきた。
僕はおとなしく首に縄をかけられチセを出ようとしたら、エカシが
「まるで私たちの気持ちがわかっているようだ。賢いヘペレだな」と言うと、若い者はうなずいた。
しかしポンムィだけは泣きながら「ヘペレを何処に連れてゆくの?ダメだよ。連れて行っちゃダメだよ」と泣いていた。
エカシは「もう、一つの家族では、面倒見るのは無理だから、コタン全体でヘペレを面倒みるんだよ」と言った。
僕はポンムィをペロッとなめた。
ポンムィは着いて来た。
「ヘペレセッ」とアイヌたちは呼んでいる四角いところに着いた。
その建物の上に若い者が乗り、下の若い者が縄を渡して僕をグイグイ引いていた。
『上から僕を入れたいのかな』と考えた。
僕が嫌がると思ってたらしい。
ヒョイと登ると上の若者はバランスを崩して下に落ちた。
「あたたっ」と若者がお尻を撫でながら走り回ると皆いっせいに笑っていた。
エカシは「ヘペレの聞き分けの良さには参った参った」と白い髭をなでながら笑っている。
さっきまで泣いていたポンムィも笑顔に戻って「ヘペレ毎日来るからね」と僕の大きくなった足を撫でた。
ここはコタンを見渡せる高い場所。遠くには僕の生まれた山も見える。
チセよりは寒いけれど、僕の為に建ててくれたもの。
私はアレスカムイ、人間とともに生きるカムイであるから、何とも思わない。
それに晴れた夜には母さんの居る月とお話できる。
皆が去ったあと、月を眺めながらゆっくりとコタンの皆がくれた山葡萄を食べながら
それぞれのチセの灯りがゆれるような風を感じていた。
それからまた楽しい毎日は続いた。
毎日毎日コタンの皆が「ヘペレ、ヘペレ」って代わる代わる声をかけてくれた。
アペカムイから人間の言葉を教わったので、話せないが話は聞けた。
端っこのチセの夫婦は喧嘩したりベタベタしたり、その隣のチセの子供は今日もおねしょして怒鳴られたり、
はす向かいの女の子はムックリの綺麗な音を出していたり、
ポンムィは弓の練習ばかり。
きっとミチィのような狩りの名人に成りたいんだな。
ホントに人間は可愛くて素晴らしい生き物、丁寧で優しい生き物なんだなと僕は毎日毎日思っていた。
そんな毎日がつづいたある日、コタンの離れたところから、きいたことのない人間の声が沢山聞こえた。
村に近づくと、その中でも一番の年寄りが咳払いをコタンの外れですると、エカシの家からエカシの娘が出てきた。
娘は丁寧に挨拶をすると、他所のコタンのエカシはやっぱり丁寧に挨拶をして、娘に手を携えて貰いながらゆっくりと歩き出した。
私のコタンのエカシの家の中を見てみると、エカシの家族が身繕いをととのえ緊張している様子が見えた。
他所のコタンのご一行は代表のエカシの歩く早さにあわせ、ゆっくり歩調を合わせていた。
『そう言えばアペカムイカムイが言っていた。アイヌはとても礼儀正しいから、お客さまを丁寧にもてなす』と。
他所のエカシの次にフチ(おばぁさん)、若い夫婦、そして子供たちが続いた。
大人は歩調を合わせて歩くのだが、子供たちはふざけながら棒っこを拾ってはつつきあいをしながらじゃれていた。
その子供たちのひとりが私の存在に気づき、私の小屋に近寄ってきた。
「おい カムイ(羆)がいるぞ」と兄弟に声をかけたら三人の兄弟が私の周りに集まってきた。
「やいっお前、なんちゅう名前だ」と棒っこでつついて来た。
私はまだ飯前だったので、少しイライラしてソッポを向いていたら
「なんだか変なカムイだな」とまた棒っこでつついて来た。
やだなって思いながらも相手にしてないと何度も棒っこでつつく。
他の兄弟も同じくつつくからイライラはつのった。
そんな時にポンムィが「ヘペレご飯だよ」って向こうから来たので
私の爪は長く鋭かったので深く食い込み赤い血が流れた。
子供は泣き叫んだ。ポンムィは走ってきた。兄弟も泣き出した!
わたしはわけがわからなくなり 小屋のなかを駆け回り吠えていた。
「ヘペレっどうした!落ち着けヘペレ」ポンムィが声を何度もかけてくれた。
他所のコタンのアイヌ達も気がつき、凄い顔で子供の手をとり血を拭き取りながら私を睨んだ。
「このウェン(悪い)カムイめ、なんて事をするんだ」と石を投げてきた。
ポンムィは「ヘペレは悪くない、ヘペレは悪くないです」と言ったが聞いてない。
そのうち私のコタンのアイヌがやって来た。
私のコタンのエカシは驚いて「ヘペレは大人しく聞き分けのよいカムイなんじゃが…」って言うと
他所のコタンのアイヌは「ふざけるな、こんなキカナク危ないウェンカムイは初めて見たぞ」とはげしくまくりたてた。
他所のコタンのエカシも私のコタンのエカシに向かって
「恥をかかせてくれたな。このウェンカムイを送って(殺す)しまうまで、このコタンとはこれっきりにするぞ」と言ったので
私のコタンのエカシは 「わかった、冬の深くなった頃にイオマンテをしよう。せめてもの罪滅ぼしにヘペレの肉も毛皮も差し出そう。
しかし魂だけはわしの手で送らせてくれ」と頭をさげた。
他所のコタンのエカシは「そこまで言うのなら、私が責任もってこの子の親にとりはからう事にする」と言うと、
私のコタンを出ていったのだ。
コタンの皆は黙っていた。
ポンムィは泣いていた。
私は首をユラユラ、どうしたら良いのかと考えた。
「食べな‥ヘペレ」とポンムィが山葡萄とドングリをくれた。
食べ始めるとコタンの人々は私を撫でてその場を去った。
小さな雪が踊るようにハラリと降ってきた。
銀色の空は暗くなってきた。
私はアレスカムイ、人間に育てられたカムイであるから、皆の気持ちがわかっていた。
ポンムィの涙も嬉しかった。
小さな雪は私のコタンに沢山やって来て、うっすらと白い大地になった。
私は春の事を思い出し、母さんの歌った歌を思い出していた。
雪を眺めながらいつの間にか眠っていた。
夢を見た。
母さんは笑っていた。コタンの皆も笑っていた。
ポンムィと河原を歩いていた。おもしろ蝶々が飛んできた。
母さんは歌っていた。
♪おもしろ蝶々を追いかけてぇあんまり遠くはだめですよ。
「へーき、へーき」って答えたところで目が覚めた。
辺りは暗かった。雪はやみ星がでていた。
月を眺めたら母さんが「もうすぐ会えるよ、ヘペレ」って言ったような気がした。
朝になったらコタンの皆が代わる代わる話しかけに来た。
エカシもやって来た。
「ヘペレよ、力のない私で申し訳ないなぁ。あのコタンのエカシには、昔飢饉の時に助けて貰ったのだ…さからえないのだ」
と言うと ヘペレの顎を撫でた。
『大丈夫だよエカシ』とその手をペロッと舐めた。
「ありがとう。優しいアレスカムイよ、早い別れになるが‥目一杯のイオマンテをするからな」と涙を落としながら言った。
その様子をコタンの外れの方でみていたポンムィは、その日の夜にソウッと私のところに近づくと
「逃げて、ヘペレ」と言って小屋の屋根をはずした。
しかし 『私は逃げないよ』って伝えたかったが伝えられず、寝たふりをしていると小屋にポンムィが入って来て
「ヘペレ、逃げよう、ヘペレ」と足を引っ張られたが相手にしなかった。
おなじ事を繰り返すうち、ポンムィは私の腹のところに頭を置いて、眠ってしまった。
私は昔のように添い寝しながら月を見上げ、母さんに
「こんなに大切な友達がアイヌの中にできたよ母さん」と言うと、
母さんは「よかったね」と笑っていた。
また何日も何日も楽しい時を繰り返していた。
コタンや山はすっかり白い衣装に着替えていた。
イオマンテの日は近づいて来た。エカシの指示で儀式の用意は進んだ。
ポンムィだけはチセで拗ねているようだ。
エカシは若者に「河原に行き、水木をとって来てくれ。カムイに捧げるイナウを作るから」
若者は返事をして三人位で河原へ出かけた。
「まっすぐで美しい水木を頼むゾ」とエカシは言ってた。
わたしは何をすれば良いのだろう。頭をユラユラ考えた。
するとポンムィがやって来た。ハポもいっしょに。
ハポは涙を浮かべながら「母さんにもうすぐ会えるよ」って泣いていた。
アペカムイの所へ行きたかった。と考えていたらチセの東側の窓から
『大変だヘペレ、河原の方に耳をこらせ。アイヌたちがなにか悪い事に巻き込まれたようだ』とアペカムイの声が聞こえた。
わたしは河原の方に耳をたて緊張すると、河原の方からウホォォォホィィとさっき河原に行った若者の声が聞こえた。
ハポとポンムィは、私の様子を見て 「大変だ。なにかあったんだわ」とハポが言い
「皆に知らせるよ」とポンムィが走った。
私は耳を更にたてると、河原の方から「食わせれぇ食わせれぇ人間食わせれぇ」とキムンカムイの言葉で吠える声が聞こえた。
私はアレスカムイ人間に育てられたカムイであるが、キムンカムイの言葉もわかって、いてもたってもいられなかった。
ポンムィとミチィもやって来た。ミチィは弓矢をもっていた。
「ポンムィはここに居なさい」ミチィは河原に走った。
私はやっぱり黙って居れず、小屋に体当たりを何度も何度もくりかえした。
ドスンドスンバリバィィと小屋を破ると河原へ走った。
「いくなヘペレ」ポンムィは叫びながら着いてきた。
河原に着くとミチィがなにか黒い山のような固まりに矢を放っていた。
ミチィの側には血だらけの若者が膝まついていた。
目を凝らし山のような塊をみると、それはなんと真っ黒なキムンカムイであった。
ミチィの放った矢も意に介せず「食わせれぇ人間食わせれぇ」と怪我をしている若者に向かおうとしている。
「眠りの浅い腹すかしのウェンカムイめ、人食いのハグれもんめ」とミチィは矢をつかんだ瞬間に
ウェンカムイはソレをはね除け、二人に襲いかかろうとした。
「ミチィ」とポンムィの声が響いた。
その瞬間、わたしはウェンカムイに体当たりをした。
ウェンカムイはヘペレに矛先を向けた。
「しめたっ」ミチィは若者を担ぎ、柏の木の祠ににげた。
その様子を見て、私はもう一度ウェンカムイに体当たりをした。
ウェンカムイはいとも簡単に右手で私をはね除けた。
そして左手で私の喉元にでかい爪をたて、切り裂いた。
ミチィと共に祠に逃げていたポンムィが「ヘペ…」と叫ぼうとしたとき、ミチィがなきながらポンムィの口をふさいだ。
私にはもう力がなかった。
のどから温かいものが流れた。
ウェンカムイは「なんだ、おなじ羆などくえるかぁ、人間は何処に行った」と辺りをさまよったが
柏の木は人間の匂いを消してしまうので、ミチィたちを見つけられずに、山の方に帰っていった。
その様子を眠くなったような感覚のなか私はみていた。
なんの力も出せずに居ると「ヘペレ、ヘペレ」とポンムィの声がした。
小さな手で私を揺すっている。
「お前は本物のコタンウタリだ。仲間を救ってくれた勇者だ」とミチィが泣いていた。
私はもう眠い。声も出ないのだ。
雪の冷たさが気持ちがよい。
『もう眠るよポンムィ』
私はゆっくり目をつぶった。
私が目を覚ますとあの母さんの時にみたアイヌのつくった棒っこの花が沢山並んでいた。
大好きな山葡萄も餅も小桑の実も並んでいた。
模様の入った呉座に私はいた。
起き上がろうとしたら、私は私の耳と耳の間から軽い体になり抜けて出ていた。
だけど私の体の前にいるコタンのアイヌたちにはみえないらしい。
エカシが凄く丁寧な言葉でアペカムイに私の魂を神の国へ無事に届けるように、
母さんと再会できるようにと涙で声を詰まらせ祈る。
他の神々にも丁寧にヘペレを頼むと祈ってくれている。
酒がアペカムイに届き、アペカムイは納得している様子。
コタンの皆が泣いている。
ハポもミチィも涙が止まらないらしい。
心配なのはポンムィ。でもしっかりしていてエカシの言葉を聞いている。
『よいアイヌになるなぁ』とアペカムイに告げるとパチンっと薪を鳴らして答えてくれた。
私の体はどんどん軽くなり、天へ空へと吸い込まれる。
私は『ポンムィ』と声をかけてみた。
だれも気がつかないがポンムィは空を見ている。
『遊んでくれてありがとう』
コタンの皆にも『たくさん美味しいものありがとう』と言って
母さんが歌ってくれた♪銀の心は山に置いて、金の心はコタンに置いて♪と歌いながら
母さんの待ってる天の世界へゆっくりゆっくり登ってゆきました。
と人間に育てられたアレスカムイが語りました。
お話はコレまでです。
*******************************************
ヘペレは小グマ、母さんは親グマ、狩人=ミチィ、ポンムィの父 、ポンムィ=アイヌのこども、
エカシ=コタンの長老、ウェンカムイ=悪い熊、アペカムイ=火の神様
(原文に、勝手に「」や 。を加えたり、改行させてもらいました。)
僕は人間の世界が大好きになった。
でも不思議な事にポンムィは小さくなって行く。
ポンムィだけじゃなく 他のコタンの人々も、チセも小さくなって行くみたいだ。
僕はアペカムイに聞いてみたら『はっはっは、ヘペレ、それはお前が大きくなったんだよ』
僕は驚いた。
笑ったあとアペカムイは真剣に話した。
『ヘペレ、お前はカムイだから人間の何倍も育ちが早い。もうすぐこのチセの中で人間と暮らせなくなるだろう』
僕は悲しくなった。
『さっきもミチィとハポが話していたが、コタン全体から食べ物を貰わないと追い付けなくなってきた。
ヘペレはよくたべるからね(笑)』
僕は恥ずかしくなった。
『だからもうすぐエカシがその事をお前に話にくるだろう。既にコタンの中にお前の家は作り初めているからね』
少しさびしかったが僕はアレスカムイ、人間に育てられたカムイであるから、母さんの言う人間との約束を守る事にした。
すると入り口の方で咳払いをしながらエカシが若いアイヌを連れて入ってきた。
僕はおとなしく首に縄をかけられチセを出ようとしたら、エカシが
「まるで私たちの気持ちがわかっているようだ。賢いヘペレだな」と言うと、若い者はうなずいた。
しかしポンムィだけは泣きながら「ヘペレを何処に連れてゆくの?ダメだよ。連れて行っちゃダメだよ」と泣いていた。
エカシは「もう、一つの家族では、面倒見るのは無理だから、コタン全体でヘペレを面倒みるんだよ」と言った。
僕はポンムィをペロッとなめた。
ポンムィは着いて来た。
「ヘペレセッ」とアイヌたちは呼んでいる四角いところに着いた。
その建物の上に若い者が乗り、下の若い者が縄を渡して僕をグイグイ引いていた。
『上から僕を入れたいのかな』と考えた。
僕が嫌がると思ってたらしい。
ヒョイと登ると上の若者はバランスを崩して下に落ちた。
「あたたっ」と若者がお尻を撫でながら走り回ると皆いっせいに笑っていた。
エカシは「ヘペレの聞き分けの良さには参った参った」と白い髭をなでながら笑っている。
さっきまで泣いていたポンムィも笑顔に戻って「ヘペレ毎日来るからね」と僕の大きくなった足を撫でた。
ここはコタンを見渡せる高い場所。遠くには僕の生まれた山も見える。
チセよりは寒いけれど、僕の為に建ててくれたもの。
私はアレスカムイ、人間とともに生きるカムイであるから、何とも思わない。
それに晴れた夜には母さんの居る月とお話できる。
皆が去ったあと、月を眺めながらゆっくりとコタンの皆がくれた山葡萄を食べながら
それぞれのチセの灯りがゆれるような風を感じていた。
それからまた楽しい毎日は続いた。
毎日毎日コタンの皆が「ヘペレ、ヘペレ」って代わる代わる声をかけてくれた。
アペカムイから人間の言葉を教わったので、話せないが話は聞けた。
端っこのチセの夫婦は喧嘩したりベタベタしたり、その隣のチセの子供は今日もおねしょして怒鳴られたり、
はす向かいの女の子はムックリの綺麗な音を出していたり、
ポンムィは弓の練習ばかり。
きっとミチィのような狩りの名人に成りたいんだな。
ホントに人間は可愛くて素晴らしい生き物、丁寧で優しい生き物なんだなと僕は毎日毎日思っていた。
そんな毎日がつづいたある日、コタンの離れたところから、きいたことのない人間の声が沢山聞こえた。
村に近づくと、その中でも一番の年寄りが咳払いをコタンの外れですると、エカシの家からエカシの娘が出てきた。
娘は丁寧に挨拶をすると、他所のコタンのエカシはやっぱり丁寧に挨拶をして、娘に手を携えて貰いながらゆっくりと歩き出した。
私のコタンのエカシの家の中を見てみると、エカシの家族が身繕いをととのえ緊張している様子が見えた。
他所のコタンのご一行は代表のエカシの歩く早さにあわせ、ゆっくり歩調を合わせていた。
『そう言えばアペカムイカムイが言っていた。アイヌはとても礼儀正しいから、お客さまを丁寧にもてなす』と。
他所のエカシの次にフチ(おばぁさん)、若い夫婦、そして子供たちが続いた。
大人は歩調を合わせて歩くのだが、子供たちはふざけながら棒っこを拾ってはつつきあいをしながらじゃれていた。
その子供たちのひとりが私の存在に気づき、私の小屋に近寄ってきた。
「おい カムイ(羆)がいるぞ」と兄弟に声をかけたら三人の兄弟が私の周りに集まってきた。
「やいっお前、なんちゅう名前だ」と棒っこでつついて来た。
私はまだ飯前だったので、少しイライラしてソッポを向いていたら
「なんだか変なカムイだな」とまた棒っこでつついて来た。
やだなって思いながらも相手にしてないと何度も棒っこでつつく。
他の兄弟も同じくつつくからイライラはつのった。
そんな時にポンムィが「ヘペレご飯だよ」って向こうから来たので
私の爪は長く鋭かったので深く食い込み赤い血が流れた。
子供は泣き叫んだ。ポンムィは走ってきた。兄弟も泣き出した!
わたしはわけがわからなくなり 小屋のなかを駆け回り吠えていた。
「ヘペレっどうした!落ち着けヘペレ」ポンムィが声を何度もかけてくれた。
他所のコタンのアイヌ達も気がつき、凄い顔で子供の手をとり血を拭き取りながら私を睨んだ。
「このウェン(悪い)カムイめ、なんて事をするんだ」と石を投げてきた。
ポンムィは「ヘペレは悪くない、ヘペレは悪くないです」と言ったが聞いてない。
そのうち私のコタンのアイヌがやって来た。
私のコタンのエカシは驚いて「ヘペレは大人しく聞き分けのよいカムイなんじゃが…」って言うと
他所のコタンのアイヌは「ふざけるな、こんなキカナク危ないウェンカムイは初めて見たぞ」とはげしくまくりたてた。
他所のコタンのエカシも私のコタンのエカシに向かって
「恥をかかせてくれたな。このウェンカムイを送って(殺す)しまうまで、このコタンとはこれっきりにするぞ」と言ったので
私のコタンのエカシは 「わかった、冬の深くなった頃にイオマンテをしよう。せめてもの罪滅ぼしにヘペレの肉も毛皮も差し出そう。
しかし魂だけはわしの手で送らせてくれ」と頭をさげた。
他所のコタンのエカシは「そこまで言うのなら、私が責任もってこの子の親にとりはからう事にする」と言うと、
私のコタンを出ていったのだ。
コタンの皆は黙っていた。
ポンムィは泣いていた。
私は首をユラユラ、どうしたら良いのかと考えた。
「食べな‥ヘペレ」とポンムィが山葡萄とドングリをくれた。
食べ始めるとコタンの人々は私を撫でてその場を去った。
小さな雪が踊るようにハラリと降ってきた。
銀色の空は暗くなってきた。
私はアレスカムイ、人間に育てられたカムイであるから、皆の気持ちがわかっていた。
ポンムィの涙も嬉しかった。
小さな雪は私のコタンに沢山やって来て、うっすらと白い大地になった。
私は春の事を思い出し、母さんの歌った歌を思い出していた。
雪を眺めながらいつの間にか眠っていた。
夢を見た。
母さんは笑っていた。コタンの皆も笑っていた。
ポンムィと河原を歩いていた。おもしろ蝶々が飛んできた。
母さんは歌っていた。
♪おもしろ蝶々を追いかけてぇあんまり遠くはだめですよ。
「へーき、へーき」って答えたところで目が覚めた。
辺りは暗かった。雪はやみ星がでていた。
月を眺めたら母さんが「もうすぐ会えるよ、ヘペレ」って言ったような気がした。
朝になったらコタンの皆が代わる代わる話しかけに来た。
エカシもやって来た。
「ヘペレよ、力のない私で申し訳ないなぁ。あのコタンのエカシには、昔飢饉の時に助けて貰ったのだ…さからえないのだ」
と言うと ヘペレの顎を撫でた。
『大丈夫だよエカシ』とその手をペロッと舐めた。
「ありがとう。優しいアレスカムイよ、早い別れになるが‥目一杯のイオマンテをするからな」と涙を落としながら言った。
その様子をコタンの外れの方でみていたポンムィは、その日の夜にソウッと私のところに近づくと
「逃げて、ヘペレ」と言って小屋の屋根をはずした。
しかし 『私は逃げないよ』って伝えたかったが伝えられず、寝たふりをしていると小屋にポンムィが入って来て
「ヘペレ、逃げよう、ヘペレ」と足を引っ張られたが相手にしなかった。
おなじ事を繰り返すうち、ポンムィは私の腹のところに頭を置いて、眠ってしまった。
私は昔のように添い寝しながら月を見上げ、母さんに
「こんなに大切な友達がアイヌの中にできたよ母さん」と言うと、
母さんは「よかったね」と笑っていた。
また何日も何日も楽しい時を繰り返していた。
コタンや山はすっかり白い衣装に着替えていた。
イオマンテの日は近づいて来た。エカシの指示で儀式の用意は進んだ。
ポンムィだけはチセで拗ねているようだ。
エカシは若者に「河原に行き、水木をとって来てくれ。カムイに捧げるイナウを作るから」
若者は返事をして三人位で河原へ出かけた。
「まっすぐで美しい水木を頼むゾ」とエカシは言ってた。
わたしは何をすれば良いのだろう。頭をユラユラ考えた。
するとポンムィがやって来た。ハポもいっしょに。
ハポは涙を浮かべながら「母さんにもうすぐ会えるよ」って泣いていた。
アペカムイの所へ行きたかった。と考えていたらチセの東側の窓から
『大変だヘペレ、河原の方に耳をこらせ。アイヌたちがなにか悪い事に巻き込まれたようだ』とアペカムイの声が聞こえた。
わたしは河原の方に耳をたて緊張すると、河原の方からウホォォォホィィとさっき河原に行った若者の声が聞こえた。
ハポとポンムィは、私の様子を見て 「大変だ。なにかあったんだわ」とハポが言い
「皆に知らせるよ」とポンムィが走った。
私は耳を更にたてると、河原の方から「食わせれぇ食わせれぇ人間食わせれぇ」とキムンカムイの言葉で吠える声が聞こえた。
私はアレスカムイ人間に育てられたカムイであるが、キムンカムイの言葉もわかって、いてもたってもいられなかった。
ポンムィとミチィもやって来た。ミチィは弓矢をもっていた。
「ポンムィはここに居なさい」ミチィは河原に走った。
私はやっぱり黙って居れず、小屋に体当たりを何度も何度もくりかえした。
ドスンドスンバリバィィと小屋を破ると河原へ走った。
「いくなヘペレ」ポンムィは叫びながら着いてきた。
河原に着くとミチィがなにか黒い山のような固まりに矢を放っていた。
ミチィの側には血だらけの若者が膝まついていた。
目を凝らし山のような塊をみると、それはなんと真っ黒なキムンカムイであった。
ミチィの放った矢も意に介せず「食わせれぇ人間食わせれぇ」と怪我をしている若者に向かおうとしている。
「眠りの浅い腹すかしのウェンカムイめ、人食いのハグれもんめ」とミチィは矢をつかんだ瞬間に
ウェンカムイはソレをはね除け、二人に襲いかかろうとした。
「ミチィ」とポンムィの声が響いた。
その瞬間、わたしはウェンカムイに体当たりをした。
ウェンカムイはヘペレに矛先を向けた。
「しめたっ」ミチィは若者を担ぎ、柏の木の祠ににげた。
その様子を見て、私はもう一度ウェンカムイに体当たりをした。
ウェンカムイはいとも簡単に右手で私をはね除けた。
そして左手で私の喉元にでかい爪をたて、切り裂いた。
ミチィと共に祠に逃げていたポンムィが「ヘペ…」と叫ぼうとしたとき、ミチィがなきながらポンムィの口をふさいだ。
私にはもう力がなかった。
のどから温かいものが流れた。
ウェンカムイは「なんだ、おなじ羆などくえるかぁ、人間は何処に行った」と辺りをさまよったが
柏の木は人間の匂いを消してしまうので、ミチィたちを見つけられずに、山の方に帰っていった。
その様子を眠くなったような感覚のなか私はみていた。
なんの力も出せずに居ると「ヘペレ、ヘペレ」とポンムィの声がした。
小さな手で私を揺すっている。
「お前は本物のコタンウタリだ。仲間を救ってくれた勇者だ」とミチィが泣いていた。
私はもう眠い。声も出ないのだ。
雪の冷たさが気持ちがよい。
『もう眠るよポンムィ』
私はゆっくり目をつぶった。
私が目を覚ますとあの母さんの時にみたアイヌのつくった棒っこの花が沢山並んでいた。
大好きな山葡萄も餅も小桑の実も並んでいた。
模様の入った呉座に私はいた。
起き上がろうとしたら、私は私の耳と耳の間から軽い体になり抜けて出ていた。
だけど私の体の前にいるコタンのアイヌたちにはみえないらしい。
エカシが凄く丁寧な言葉でアペカムイに私の魂を神の国へ無事に届けるように、
母さんと再会できるようにと涙で声を詰まらせ祈る。
他の神々にも丁寧にヘペレを頼むと祈ってくれている。
酒がアペカムイに届き、アペカムイは納得している様子。
コタンの皆が泣いている。
ハポもミチィも涙が止まらないらしい。
心配なのはポンムィ。でもしっかりしていてエカシの言葉を聞いている。
『よいアイヌになるなぁ』とアペカムイに告げるとパチンっと薪を鳴らして答えてくれた。
私の体はどんどん軽くなり、天へ空へと吸い込まれる。
私は『ポンムィ』と声をかけてみた。
だれも気がつかないがポンムィは空を見ている。
『遊んでくれてありがとう』
コタンの皆にも『たくさん美味しいものありがとう』と言って
母さんが歌ってくれた♪銀の心は山に置いて、金の心はコタンに置いて♪と歌いながら
母さんの待ってる天の世界へゆっくりゆっくり登ってゆきました。
と人間に育てられたアレスカムイが語りました。
お話はコレまでです。
*******************************************
ヘペレは小グマ、母さんは親グマ、狩人=ミチィ、ポンムィの父 、ポンムィ=アイヌのこども、
エカシ=コタンの長老、ウェンカムイ=悪い熊、アペカムイ=火の神様
(原文に、勝手に「」や 。を加えたり、改行させてもらいました。)
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