伊地知潔高、呪術高専東京校で補助監督をしているといえば聞こえはいいが、ようするに中間管理職である、今日も、また嫌みを言われるのかと思いながら向かった先は医務室だ、ところが。
その後ろ姿に気づいたとき、誰だろうと不思議に思ったのは無理もない、両手に大きな袋を下げて歩いているが、足取りは速くはない、もしかして、医務室に向かうのだろうか。
時折、よたよたとふらつきそうな足取りは下げている荷物のせいだろうか、見かねて、伊地知は声をかけた。
すると振り返った相手の手から袋が落ちた。
「家入さんのお知り合いでしたか」
恐縮したように伊地知は頭を下げた、テーブルの上には色々なサンドウィッチやサーモスのボトルが並べられ、女が説明する。
「アールグレイとウーロン茶、こっちはラプサンスーチョン、燻製の香りが強いから、ウィスキーみたいな感じ、ベーグルはショルダーベーコンとローストビーフとスモークチキンで」
「ありがたい、流石だ、頼んで正解だ」
「飲み過ぎはよくないから、とにかく、食事はちゃんと取って」
「助かるよ、コンビニ、弁当屋の食事ってまずくはないけどね」
「仕事が終わったら、これでもつまんで、燻製、チキンとチーズと」
「作ったのか」
そんなに手間はかからないし、簡単だよと笑う女の横顔を伊地知は不思議そうに見た、友人だよと素っ気なく紹介され、正直、えっと思ってしまう。
「驚いたわよ、日々の食事に満足できない寝美味しいモノを作ってって、電話してきたときは」
「いや、仕事が忙しくてね」
「伊地知、あんたいつまで、そこに突っ立っているつもり、用が済んだら」
とっとと仕事に戻れ、というより出て行けという視線に伊地知は、はっと我に返った。
「あの、これ、よかったら、どうぞ」
女からパンとマグボトルを手渡されて伊地知は驚いた。
「いや、この男はうどんが好きだ、年中、そればかりだ、あんたの作ったものを、勿体ない」
「しょーこちゃん、そんな言い方は上司の人に」
とんでもないと家入は首を振り、あんたは人をよく見た方が良い、この男のどこが、上司に見えるんだと、ぶつぶつと呟いた。
「気にしないでください、荷物を持ってもらったし、はい」
「で、では、あ、ありがとうございます」
受け取った瞬間、家入の視線に伊地知は逃げるように医務室を出た。
それから数日。
「何だって、聞こえなかった」
「あの、名前をお聞きしたいと、お友達の」
空耳かと家入は呟いた。
「この間のお礼をしたいと、携帯の番号でもいいのですが」
家入は手を差し出し、金でいいと伊地知を睨みつけるように見た。
「気を遣わなくていい、材料費として渡しておくから、一枚でいいよ、万札だとなおよろし」
「あのー、無茶を言わないでください」
「黙れ、一回の飯で餌付けされたか」
なんですか、それ、餌付けって、伊地知は呆れたように家入を見た。
「人妻に近づくんじゃない」
「えっ、ひっ、人、つまって」
すぐには返事が出てこない。
「とっくの昔に旦那は亡くなったけどな」
「わ、私は、そんなつもりは」
じーっっ、本当かと言いたげに家入は伊地知を見た。
「その、亡くなったというのは、事故、それとも病気か」
老衰だと答えに、一瞬、へっと、気の抜けた答えを返した伊地知に、いい年だったしなと家入は、にやりと笑った。
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