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1988年から1989年にかけて私はカリフォルニア州立大学ソノマ校のCenter for Critical Thinking and Moral Critique(現在はCenter for Critical Thinking)に訪問研究員として滞在していた。1987年に出版された“Teaching Thinking Skills - Theory and Practice” (W.H. Freeman & Company, 1987)に掲載されているリチャード・ポール博士(Dr. Richard Paul)のDialogical Thinking(対話的思考)を読んで興味を持ったのがきっかけであった。そこには、自らに問うことを通して、考えを深め、広げ、矛盾や対立を超えていく具体的な手法が指導例とともに明快に示されていた。矢も楯もたまらず、すぐさまリチャードとコンタクトを取り、勤務校に1年間の在外研究の許可を申し出て、exchange scholarのビザを取得して、当地に赴いた。カリフォルニア北部での研究生活は、予想以上に快適であった。午前中は、おもに自室でレポートを書いたり、大学院のゼミに参加するなどして過ごし、午後はカフェのテラスでコーヒーとケーキ(リチャードは好んでマフィンを食べていた)を前に、あるいはキャンパスの木陰で抜けるような青空を仰ぎながらポール教授と話し合うのが日課だった。ミルバレーなど友人のいる学校に授業を観察せてもらうこともあった。週末は、サンフランシスコ、バークレー、ときにはモントレーやビッグ・サーあたりまで車を走らせた。夏と冬の休暇は、教師や研究者が集うクリティカル・シンキングの国際会議に出席したり、知人を訪ねてアメリカ各地やカナダにまで旅行した。
リチャードは渡米したばかりの私に、まず、社会学者ウィリアム・グラハム・サムナー(William Graham Sumner,1840-1910)のFolkways(1906)を読むことを勧めてくれた。その第19章でサムナーは、個人の成功や集団の強化のために人をひとつの型にはめようとする従来の学校教育の誤りを批判したうえで、教育における批判精神の必要性を、次のように述べている。
「批評とは、いかなる種類の陳述も吟味して、それが現実と一致するか否かを知ることである。批評の能力は教育と訓練の賜物である。それは知的習慣であり力である。・・・批評的(クリティカル)な思考習慣が社会で普通に行なわれるようになれば、それは人生の諸問題を処理する方法であるがゆえに社会的慣行のすべてに浸透するだろう。それを身につけた人たちは、人の口車に乗ることはない。なかなか信じない。確実でないことでも、何らかの可能性があると考えて、無理をせずに留保しておくことができる。証拠が見つかるのを待って、それを吟味し、一方の側が自信を持って強く述べたことに影響されることはない。自分が最も気に入っている偏見にも、いかなるお世辞にも屈することはない。批評する力を育てる教育こそが、真に立派な市民を作る教育といえる。」(pp.632-634)
クリティカル・シンキングは「地図についての地図を作る」という人間独自の能力を活かして「自分の思考について思考すること」、つまり自分の考えを批評する新しい思考習慣を身につけることである。リチャード・ポールは、単に自分の思考を分析するだけでなく、集団のエゴや自己中心的でない、公平な立場で誰もが納得できる論理的な思考を展開するスキルを身につけることを重視する。公平な思考習慣を身につけることで、私たちは、一市民としての社会的責任を果たせるようになる。リチャード・ポールによるクリティカル・シンキングの詳細については、すでにある以下のサイトや書籍を参照していただくこととして、ここでは、その核心部分を簡単にまとめておく。いうまでもないが、クリティカル・シンキングは単なる理論ではなくて、あくまでも方法あるいはツールであり、繰り返し実践することによって日常的に使える新たな思考習慣として身につけることが求められる。
Sagawa May MutsumiさんによるHooked on Education
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公平な思考に求められる資質
・ 謙虚さ(自分が無知であることを知る)Intellectual Humility
・ 勇気(自ら自分の信念を問い直す)Intellectual Courage
・ 共感(自分と対立する視点を受け入れる)Intellectual Empathy
・ 誠実さ(自分にたいしても他人と同じ基準で批評する)Intellectual Integrity
・ 忍耐(込み入ったことや挫折を乗り越える)Intellectual Perseverance
・ 理性への信頼(正当な思考の価値を認識する)Confidence in Reason
・ 自主性(自分で考えること)Intellectual Autonomy
思考の要素(以下の要素について考える)
目的 purpose
・ 思考の目的を明確にする
・ 意味のある現実的な目的を選ぶ
・ 本来の目的と周辺的な目的とを区別する
・ 他人の権利を侵さない公平な目的であること
・ 目的からはずれていないかを常に確認する
問い(問題になっていること・中心的な問題)question at issue or central problem
論証は、ものごとを解明し、疑問を解き、問題を解決するために行なわれる
・ 疑問点を明確にする
・ 疑問点をいくつかの問いで表し、その問いの意味と範囲を明確にする
・ 疑問点をさらにいくつかの細かい問いに分ける
・ どういう分野の疑問か、(ひとつの確かな)正解があるのか、意見を求めているのか、多角的な視野から論証を必要とするのかを見極める
・ 疑問の背後にある構造を考える(自らに問うことを繰り返すことによって深めていく)
視点(立場・思考の枠組み)point of view
論証は、何らかの立場や視点に立って行なわれる
・ 視点や立場を明確にする
・ その視点の長所と短所を考え、他に妥当と思われる視点がないかを考えてみる
・ それぞれの視点を公平に評価する
情報 information
論証は何らかのデータや情報、証拠に基づいておこなわれる
・ データに裏付けられた主張のみを行なう
・ 自分の意見を擁護する情報と反証となる情報の両方を収集する
・ すべての情報は明確で、疑問を解き明かすのにふさわしいものであること
・ 十分な情報を集める
・ 疑問点を解き明かすために意味のある情報はすべて取り上げる
概念 concepts and ideas
論証は、概念や論理を使って行なわれ、表現される
・ 鍵となる概念を見つける
・ 別の概念、あるいは、その概念に対する別の定義を考慮する
・ 概念は、細心の注意を払って正確に用いる
・ その概念を正当に用いる(すでに定着している意味をゆがめない)
前提(想定していること・無意識のレベル・仮定)assumptions
論証には何らかの前提が存在する
・ 根拠となる前提は何かを明確にし、それが正当なものかどうかを考える
・ その前提が自分の視点をどのように形成しているかを考える
含意と結果(論証が生む結果や言外の意味)implications and consequences
・ 自分が行なった論証から論理的にどのような言外の意味や結果が生じるかを考える
・ 言外の意味の肯定的な面だけでなく否定的な面も探る
・ 起こりうるすべての重要な(意味のある)結果を考慮する
結論(推論と解釈)inference and interpretation
論証とは、データに基づいて推論や解釈を行ない、結論を引き出すことである。
・ 証拠が示唆するものだけを推論する
・ 推論に一貫性があるかどうかを確認する
・ 推論を導く前提を明らかにする
・ 推論は、情報から論理的に導き出すこと
思考の要素をチェックするための基準(以下の基準に従って自分の思考をチェックする)
・ 明瞭さ clarity
・ 正確さ accuracy
・ 精密さ precision
・ 奥深さ depth
・ 妥当性 relevance
・ 論理性 logicalness
・ 重要性 significance
・ 幅広さ breadth
・ 公平性 fairness
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