VIVA! HOUSEKEEPING

南アルプス登山Day.2


さてDay.2は 02:30起床 モウ 外が ごそごそと 動き始めている
はやっさんは 起床してお湯を沸かし始めている ボクもそれにならう

つか ィ夜中の丑三つ時に みんなワチャワチャやってるって なんなのさ

鉄母の分と2杯Coffeeを淹れて 体を暖める 外はそんなに寒くはない
10度ないくらいだろうか カットソー2枚重ねに ダウンを羽織って支度

本日は塩見岳(3052m)にアタック サブザックに RainWearや補給食を詰め込んで
03:30すぎ テント場を出發 モチロン辺りは暗い ヘッドライトをつけて歩く
足元を照らしてばかりなので 道を外さないように 樹林帯を行く

04:00 三伏山(2615m) のぼりはじめてすぐにある 山小屋の裏山である
04:50 本谷山(2658m) ココを越えていくと 東の空が白み始める


06:40 塩見小屋 テント場はないが清潔なカイコ棚の山小屋 新館は板張り
カップ麵やお酒にジュウス お土産のT-shirtsやバッチも ゲトることができる

ココから胸突き八丁 塩見岳は 遠くからはワカンナイけど 二つのPeakがある
一つ目のPeak手前の コル(鞍部)に至るまでは ハイマツの斜面を登り
時には 崖っぷちの岩肌を トラバースする事になる 経験がないと結構怖い

モチロン ボクは経験がないので怖い部類に入る なるべく下を見ないように…
コルまで来たが 目の前にそそり立つ岩山に心折れる… はやっさんも脚痛
豆粒のような人が 張り付いているのが見える 引き返すことにした


まぁ 山はどこへも行かないし ココまで来られただけでも 大萬足である
帰り際 にわかにガスが出てきて… 虹のようなものが出始めた あ あああああ!!!

自分の後ろから朝陽が差し ガスに自分の姿が映し出された ブロッケン現象!!!
初めてのアルプスで 残尿感に浸っていたが 山はプレゼントを与えてくれた

11:30 三伏峠小屋まで戻ってきた テントを撤収して 帰り支度と補給食

小屋を出て少し下った何でもない 木の階段で それは発生した
しんがりをいく鉄母が 『あっ!!!』っというのが聞こえボクが振り返ったその刹那

鉄母が前のめりに転倒 急いで駆け寄り抱き起す 両鼻から出血 こりゃいけない
すぐに止血 バイタル(血圧ですね)が下がっている様子なので 安静にして観察

見る見るうちに 目の下が内出血し始め 鼻も少し歪んでいる 骨折かも知れない
はやっさんが 方々に連絡を取ってくれ 救急要請する事になった
しかし ヘリは予備がなく 出ないとの事で 麓からレスキューの援護を待つ

しかし こちらも降りようという事になり 行ける処まで下山する事に
ハイキング程度なら ボクが母を背負って 相棒がザックを持てばいいが
さすがにザックはデカイし 足場がかなり悪く 背負って歩くことは困難

ボクがザックを2つ持ちで下山し はやっさんと二人で 空身の鉄母の誘導
目の下が腫れ 右目が閉じたままなので 片目で歩くため 遠近がとりにくい

コース上には 総延長を10等分して 現在地を伝える標識が1~9までかかっている
ケガを負っている上 ゴロゴロ石や濡れた丸太など なかなか思うように歩けない

消防と連絡を取り合いながら 現在地を確認し その間にレスキューが来る
街場からはくねくねの林道を登らねば登山口には来られず アクセスが困難だ

緊迫しながらも 4/10を超えた当たりで レスキューが登山口に到着の報が入る
はやっさんが先に下山し ボクと鉄母は山中の広い場所を見つけ 仰臥を促す
止まると寒いので マットを敷いて ダウンジャケットを着用 アイシング

日が暮れるんじゃないかと思う程 待ちわびていたら 遠くから鈴の音が聞こえた
レスキュー部隊がやって来た 山岳書籍で見た光景が 目の前で展開される

Crisisで接近できず 5m離れて調書作成の質疑応答 隊員が背中に背負うと言うが
鉄母は 目線が上がって怖いので自力で歩くと言う 隊員たちの援護で下山する事に

しかし 歩くと鼻血が止まらないし時間もかかるので 背負ってもらうように促した
専用のナイロン製携帯背負子みたいなもので 体を固定し 隊員がハーネスを締める

目線は高くなるが 安心できるように隊員が声掛けしながら足取りもしっかりと歩く
10分に一度 隊員が持ち回りで交代しながら 前後も援護体制で 山道を下る

救急車の待つ登山へ下山 はやっさんも待ってくれていた 救急病院へ
長い林道を降りて 松川から お隣の飯田市へ 市民病院まで2時間近くかかった

ボクとはやっさんは 病院の外で待った 其の時に食べたのが コチラ
想えば 三伏峠小屋から 飲まず食わずの苦行だった まぁこういうのは慣れっ子

外科医が不在だったが ボクらがKANSAIから来ているのを知って 退院できるように
わざわざ外科医を呼んでくれ 最終的な診断を下してくれた 後は帰宅して最寄りの
形成外科で オペすればよい処まで 段どりしてくださった 

23:30 全てが終り 帰阪準備 21時間動き続けた 長い一日が終わった
いや 終わりじゃない これから 大阪まで帰らなきゃいけない!!!

一番大変なのは ドライヴのはやっさんだが 鉄母も傷が痛いだろうし ボクなんか
そのまま始發でKOBEに戻って保育がある みんな其其に 色々なものを抱えていた

03:30 帰阪 4日間で2日位徹夜した山行が終った イヤまだ終わってないけど
様々な想いがジョワジョワと湧き出てきて 頭の整理がついていない 

でも 山は美しかったし 友情を感じたし 日本の救助システムに救われた
そんな山旅だった 時間が経って思う事があれば また 記していきたいと思う




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