人は、向こうから虎が近づくと誰もが怖がり、遠のくと安心を感じます。
それは自然なことであり、また、人を恐れぬ虎でも火を怖がり、雷をはじめとする自然の事象には警戒します。
そうすることで子孫を繁栄してきたのですからね。
しかし、目からの情報だけでは安全と安心は約束されません。
なぜなら、危険の範囲は計り知れないものだからです。
台風、地震、噴火、津波などの自然災害から、人的な、突発的な災害まで…。
少しでも、事前に情報があるからこそ、本来は被災すべき事案であっても命を守ることが出来る時があります。
今、この日本以外に世界中で何が起きているのでしょうか?
頑張ってもウィルスは裸眼では見えません。
臭いもしません。
牙も無ければ、鋭い爪もありません。
向こうから近づいて来ても、それを図り知ることは出来ず、身体が侵されても痛くも痒くもありません。
人間は大きなものを怖がり、小さなものは軽視するのです。
先人の知恵で毒等の危険を知り、小さくても危険なものがあることを知りましたが、人は、目に見えないものを怖がることは出来ない生き物なのです。
そして残念なことは、石器時代から現代までの知恵は今、ここに生かされていないことです。
知恵という私たちの武器が、たったひとつのウィルスに叩きのめされている事実。
政府が、国連が、中国が悪いと叫んでも、ウィルスの暴走は止められません。
私は一人ひとりが、ウィルス対策の為に不要不急の外出は避けることの意味を考えて欲しいと思ってます。
このウィルスが生殖活動に支障を及ぼすものなのか、死ぬまで体内に宿すものなのかは知りません。
しかし、国がなぜ二週間以上もその対策をしているのか、その先の更に二週間…。
そうしなければ封じ込めが出来ないからなのです。
そして、症状が出た人よりも、その先の問題、日本の人工が減少する危険があるからこそ、高校から児童までを自宅待機させたように感じます…。
行動範囲は成人の方が高いのに…。
私は虎より、目に見えないものを最大の危険であると教えられた一人ですが、怖がり過ぎでしょうかね…。
目に見えない、悪魔のウィルスと戯れる自信は涼風にはありません。
そうそう、爆発物に対する言葉で、「近づかない」、「動かさない」、「触らない(蹴飛ばさない)」とかありましたね。
ウィルスも、人混みに「近づかない」、不要不急以外に「動かない(自分を動かさない)」、人や感染した物に「触らない」。
何やら似てますね。
何れにせよ、私たちの一歩がどちらに向くかですね。
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