「斎藤さんを助けたい」広がった共感とメディア不信 分断の懸念も:朝日新聞デジタル
商店街で支持を訴える斎藤元彦氏=2024年10月31日、神戸市中央区、水野義則撮影
17日に投開票された兵庫県知事選で再選を果たした斎藤元彦氏(47)は、政党組織の支援を受けずに約111万もの票を集めた(得票率45%)。原動力となったのはインターネットにあふれる情報と、有権者の既存メディアや県議会への不信感。だが、選挙戦を通じて、県民の間に分断の火種ももたらした。2期目の斎藤県政では、混乱の収束に加え、県民の融和も迫られることになりそうだ。
15日夜、兵庫県姫路市のJR姫路駅前には、広場を埋め尽くすほど大勢の人が集まった。
「メディアの報道が本当に正しいのか。多くの県民がSNSやユーチューブなどで調べている。一部の県議は政局を見て動いているのではないか。一人ひとりがぜひ見定めていただきたい」。斎藤氏が内部告発文書問題を引き合いに訴えると、聴衆からは大きな拍手とともに「その通りだ」「頑張れ」などの声が上がった。告発への対応に端を発して、斎藤氏が知事の座を追われた9月までとは打って変わった光景だった。
当初、2021年の前回選挙のような政党の支援もなく、苦戦も予想された斎藤氏。だが、選挙戦が終盤にさしかかるにつれ、街頭演説に集まる聴衆は増える一方で、斎藤氏が選挙カーに立つたび、沿道には黒山の人だかりができた。
加古川市の会社員の男性(35)は「政治がどうこうより、斎藤さんを助けたい」。その一心で、初めて投票に。期日前投票で一票を投じたと明かした。
知事選の原因となった内部告発文書問題は3月、県の元県民局長(当時60、7月に死亡)が、斎藤氏のパワハラや物品の受け取り疑惑などを匿名の文書で報道機関や一部の県議に配布したことが発端だった。
斎藤氏は告発を把握すると告発者捜しを部下に指示し、3月下旬の記者会見では「(文書は)うそ八百」「公務員失格」などと非難。月末で退職予定だった元県民局長の人事も取り消し、内部調査だけで懲戒処分と判断した。朝日新聞などの既存メディアは、内部告発者の保護について定めた公益通報者保護法に違反する疑いがあるという視点で報道。最終的に、斎藤氏は県議会による全会一致の不信任決議可決を受けて失職した。
だが、集会に訪れた人たちが相次いで口にしたのは、既存メディアへの不信感とインターネットへの信頼感だった。
「新聞やテレビは、斎藤さんの批判ばかりで偏っている。でもユーチューブは出演者が顔を出しているし、勇気を持って真実を主張しているのがわかる」。そう語る西宮市の主婦(76)は「巣ごもり」が続いたコロナ禍以降、日常的な情報源がユーチューブになったという。
告示後には、「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏らが斎藤氏の「潔白」を主張する動画をSNSで拡散。この女性も、斎藤氏の失職が県庁内の「クーデター」だとする動画を見るうちに、斎藤氏への投票を決めた。「夫は新聞やテレビの言い分をうのみにしてばかり。早く目を覚ましてほしい」
公益通報者の保護についても、伊丹市のNPO代表の男性(49)は「悪口を流しているんだから、誰がやったか調べるのは自然だ」。西宮市の自営業の女性(37)も「県庁内部の問題。あんまり県民に関係ないと思う」と話すなど、多くの人が意に介していなかった。
既成勢力に対峙する構図も共感か
県議会やメディアなどの「既成勢力」に対し、斎藤氏が1人で対峙(たいじ)するかのような構図も共感を広げたようだ。
斎藤氏は失職した9月以降、朝の駅前で1人であいさつに立つことから事実上の選挙活動を始めた。
「このままだと斎藤さんがひとりぼっちになっちゃうなって。マジで善意なんで」。西宮市の大学生の男性(20)は、SNSでの募集を見て、同市の集会に陣営ボランティアとして加わった。もともと政治に関心があり、「デマを払拭(ふっしょく)できれば」と斎藤氏支持に傾いたという。
調査特別委員会(百条委員会)を設置した上、「(知事の)資質を欠いている」として、全会一致で不信任決議を突きつけた県議会に対して、西脇市の主婦の女性(70)は「全員が同じ意見なんてありえない。県議会とマスコミによるクーデター。これは斎藤さんと悪との戦いや」と断じた。西宮市の医師の男性(35)も「百条委は結果ありきに見える。知事に悪い点があるなら直させるのが議会の役割。議会も責任を取るべきだ」。
斎藤氏は文書問題について演説で、「ものすごくしんどい日々が続いた」と言及。その上で1期目の実績として、県庁舎の建て替え計画凍結や県立高校の施設整備、自身も経験した不妊治療の助成などに取り組んだと訴え、現役世代を重視するアピールを繰り返した。
斎藤氏の姿に、神戸市の建築士の男性(53)は「信念を感じるし、巨悪に立ち向かう勧善懲悪的なストーリーが感じ取れる」。自身も2児の母で、三木市のパートの女性(41)は「子どもや子育て世代を重視する政策に共感する。あんな風にたたかれても諦めなかった斎藤さんはすごい」と話す。演説の後、斎藤氏が沿道に駆け寄ると握手を求める手は引きも切らず、涙ぐむ人もいた。
街頭で小競り合い、分断の懸念も
一方で、有権者の間には分断の懸念がくすぶり続けた。演説会場では、「斎藤さん頑張れ」と記したプラカードを掲げた支持者や斎藤氏のイメージカラーである青い服を着た陣営ボランティアと、「究極のパワハラ 斎藤元彦」「パワハラ知事を復活させるな」というのぼりを持ち込む人が入り乱れた。小競り合いも生じ、警察が出動することもたびたびあった。
終盤には、斎藤氏が陰謀によっておとしめられたとする動画に対し、内部告発の正当性や斎藤氏の主張に虚偽があるとする動画も拡散。斎藤氏をめぐる対立は、現実だけでなくネットやSNSにも波及した。
斎藤氏の陣営関係者も「後押しを感じた」と、一連のネットによる追い風を認める。特に動画などで、斎藤氏の潔白と支援を呼びかけ続けた立花氏について、「吉と出るか凶と出るかと思っていたが、結果的には大吉。影響は大だった」。一方で、有権者の間の対立については、「強い思いがあれば誰だって感情的になってぶつかることもある。陣営がそこまでコントロールするのは難しい」と話す。
再選を果たした斎藤氏は今後、どのように混乱を収めていくのか。18日の会見で問われると、「私に投票されなかった方も県民ですから、しっかり県政をお届けするのは当然だ」。その上でこうも語った。「分断と表現するのが適切なのか。候補によって意見や立場が異なることはもちろんある。それが選挙だ」(堀之内健史、菅原普)