背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

私を忘れたあなたと(4)

2025年02月28日 15時49分15秒 | CJ二次創作
「きゃあっ! ジョ、ジョウってばななななんんて恰好でいるのよおお!」
 そんな風に、4人での生活がなんとかかんとか軌道に乗った(ように見える)ある日の夜のことだった。
 絹を裂く悲鳴が闇をつんざいたのは。「な、なんだあ?」「何事?」と寝かかっていたリッキーとタロスも思わず私室から飛び出した。
 何やらぎゃいぎゃい揉めているようなところに向かうと、バスルームだった。その戸口に上半身裸、下はスウェットを身に付けたラフなジョウと、当直明け、クラッシュジャケット姿のアルフィンがいた。
「何って風呂上りのカッコだよ、普通だろ?」
「ふ、フツーな訳ないっ。さっきってば、あ、あなた。パンツ一枚でそっから出てきて……」
「だって全然汗引かねえから。あちーよ」
 手扇で扇ぎながらジョウが気のない風に返す。
 ボルテージが高いのは、アルフィンの方だった。一向に収まらない。
「あちーよ、じゃない! レ、レディの前よ、なんてはしたない……」
 目を白黒させていきり立つアルフィンを見下ろして、ジョウは肩に提げていたタオルで無造作に頭を拭いた。
「……んだよ。俺はこの船じゃずっとこうだったぜ、風呂上りは。あんたが男所帯にいきなり入ってきてぎゃあぎゃあ喚いてるだけだろ?大げさなんだよ」
「~~なあんですってエエ!」
 金切声。
 タロスはリッキーと顔を見合わせた。
「……戻るか」
「そうだね」
 異論はなかった。
 肩を並べて今来た通路を戻る。痴話げんかは犬も食わないってやつだ。
 でもそこで、ふふ、とリッキーが忍び笑いを漏らす。
「んん? 何だ」
「いや。でもああやってやり合ってる兄貴とアルフィンを見てるとさ、兄貴が怪我する前みたいじゃない?まるで」
「ああーーまあな。言われてみりゃあ確かに」
 タロスも相好を崩す。
 まだ揉めている二人の声が背中から追いかけてくる。
「ジョウに出会いの記憶があってもなくてもあの二人はお似合いだよ、ほんと」
「ほんとだねえ」
 寝入りばなをたたき起こされたというのに、なんだか柔和な表情の二人だった。


「~~ったく、口の減らないお姫様だな、んとに」
  がしがしがし、と乱暴に短髪を掻きむしってジョウは苦った。
 彼の目の前には真っ赤になって押し黙るアルフィン。興奮のせいかうっすら目が充血してぶんむくれている。
「あんたけっこう頑固だって言われなかったか? 昔、王宮にいた時」
「宮殿」
「え?」
「あたしが住んでいたのは王宮じゃなくて宮殿」
「それって、なんか違うのか?」
「全然別物よ」
「面倒くさ」
「悪かったわね。どうせ言われてましたよ、姫様は頑固で頑固で困るって。一度言い出したら聞かないって」
「やっぱな。そう思った」
 ジョウはにかっと笑った。
 アルフィンは、そんな風にあけっぴろげに彼が笑うのを見るのは、あの大手術以来初めてだったので、思わず見とれた。
 心臓がコトッと鳴るのを自覚しつつ、「ーーだって。ジョウ、今までそんな恰好でお風呂上り出歩いたこと、なかったんだもの。パ、パンツ一枚だなんて、絶対なかった。上も必ずTシャツとか羽織ってくれていたわ。裸を、あたしの目にできるだけつかないようにしてくれてたもん……」
 お、驚いちゃったのよさっきはと、言葉を添える。「びっくりして、おっきな声を出してごめんなさい」
 軽く頭を下げたアルフィンを「お」という顔になってジョウは見つめた。
 しばし、タオルに頭を預けてから「いや別に。俺も悪かったし。これからは気を付けるよ、うん」と呟いた。
「こんなナリでふらふら出歩かないようにする。ごめん」
「……有難う」
 アルフィンはほっとした表情になる。よかった。分かってくれた。
「ジョウはあたしにも厳しかったよ。お風呂上り。薄物は着るな。キャミソールもショートパンツもだめだ。スクランブルがかかった時に、すぐに出動できるような格好で寝ろって、いつも口を酸っぱくして言っていた。まるであたしのお母さんみたいって思ってた」
「おか、……うそだろ」
 ジョウがずっこける。アルフィンは笑った。つられてジョウも笑いだし、二人はくつくつと肩をゆすってしばらく笑みを交わした。
 ひとしきり笑った後、なんだかしんみりとした顔になってジョウは言った。
「よかった。俺、ちゃんとチームリーダーっぽいこと、アンタにしてやってたんだな。配慮、してたんだ」
「うん。大事にしてくれていたわ、あなたは」
 男所帯の中、住みやすいように、戸惑わないように、色々と気を遣ってくれていた。
「……そっか。なら、よかったよ」
 ストンと闇に声を置くように、ジョウは言った。
「ん」
 今まで、どこかしら距離があった、気を遣って接していた。ジョウの記憶障害が起こってから、こっち。ぎくしゃくとまではいかないが、やはりぎこちない雰囲気だった。
 でも今の今、二人の間にあったその壁のようなものが一枚取り払われたような気がしていた。ようやく。
「にしてもさ。アルフィン」
 いきなりそこで、ずいとジョウがアルフィンの顔の前に顔を寄せた。予告なしの至近距離にアルフィンは思わず怯む。反射で身を引いた。何よりジョウはまだ上半身裸なのだ。目のやり場に困るのは変わりない。
「な、なに」
「今、思ったんだけどさ。ーー君、案外気、強いな」
 一語一句、句切るみたいに言って、ジョウはにっと口角を上げて嗤った。
 ーーアルフィン、案外、気イ強いよなあーー
 リフレイン。ゆっくりと思考を埋めていく、彼の声。嬉しそうに、でもどこかしらからかいの色を滲ませて言う、あの人の言葉が、頭の中によみがえる。
 アルフィンは棒立ちになる。ジョウはじゃ、俺寝るわ、とあっさり言いおいて踵を返した。
「おやすみ、アルフィン」
 すたすたと裸足で床を踏みながら、大股で私室に向かう。
 外見は、短髪で、ワイルドすぎるマッチョな風体。逆三角の背中、がっしりした腰回り、だぼっとしたスウェットを纏っても分かる逞しく長い脚。
 あたしの知っているジョウは、もっとソフトだった。スマートっていうんじゃなく、当たりが優しかった。柔らかかった。
 今になって分かる。だいぶん気を遣ってくれていたんだなって。
 素のジョウは、こういう感じなんだ。粗野っていうか、忖度しないっていうか。もっと、むき出しな感じ。
 でも、今、--おやすみって言い方は、なんだか元の、あたしが知っているジョウみたいだった。
 おやすみ、アルフィン。優しく、はにかんだみたいな響きを含んだ、あたしの大好きなジョウのものだったと彼女は思った。

(5)へつづく
この章だけ人称が違います。


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