「――ところで、ジョウはアルフィンに結婚を申し込んだんだって?」
ぶっ。
いきなりの国王からの先制攻撃に、ジョウが吹いた。上質なワインを惜しげもなく。
派手にむせる。
夕食会は日が沈みきった19時過ぎに始まった。
映画の中で見るような長い食台。上にはぱりっと清潔な白いクロスが掛けられ、真ん中には銀の燭台が置かれている。灯されたキャンドルが、温かな炎で集った人々の顔を照らし出した。
上座に国王と王妃が、下座にジョウとアルフィンが着いた。国王は昼と同じスーツ姿だったが、王妃は濃い緑色のイブニングドレスに着替えている。アルフィンもカクテルドレスというのだろうか。襟ぐりの大きく開いた赤いドレスに、チョーカーをアクセントに添えていた。髪を編み込んで結い上げているせいで、ほっそりした首のラインが美しかった。
二人とも公務ではないので、肘上までのグローブは着けていない。略式の着こなしで臨んだ。
ドレスを身につけるとき、アルフィンは鏡で隅々まで身体の点検をしなくてはならなかった。ジョウのキスマークがうっかり見えていたりしたら「こと」だ。
でも、幸いドレスから露出する部分にそれらは見当たらず、ほっとした。
――ん、もう。ジョウったら。
最後まではしない。確かにその約束は守ってくれた。けれどーー
最後の最後、ぎりぎり寸前のところまでは、しっかりするんだもの……。もう。気持ちよくて、どうにかなってしまうかと思ったわ。
恥ずかしい。まだ夜にもなっていないのに。あんなこと……。
アルフィンは隣で侍従に給仕を受ける彼を横目で見やる。さっきまで自分に好きなだけいやらしいことを仕掛けて来た男と同一人物とは思えない。どこからどう見ても紳士然としている。
スーツをまた着込んでネクタイを締め直し、とてもスマートだ。
男の人って、狼だわ。気をつけなくちゃ。
そんなことを思っているとき、ハルマン三世が「それでは我々の再会を祝して、乾杯」とワイングラスを持ち上げ、発声したのだった。
王妃もジョウもアルフィンもそれにならう。ワインで唇を潤し、テーブルに供されたコック自慢の料理に舌鼓を打とうとした矢先。
ハルマン三世が爆弾を投下した。
「ところでジョウは、アルフィンに結婚を申し込んだんだって?」
「!」
ジョウが吹き、アルフィンが目を剥いた。
「お父様」
いきなり?このタイミングで?
器官にワインが入って苦し気にむせるジョウと、動揺するアルフィンに向かって、ハルマン三世は笑って見せた。
「いきなりも何も、こちらに着いてからずっとそれを話したそうにしてたから。こっちから聞いてあげた方がいいかと思ってね」
まだむせて咳き込んでいるジョウを見て「大丈夫かな」と気遣う。
ジョウはやっとのことで息を整えた。
アルフィンから水を受け取って一口含んだ。
「だいじょうぶ、です。失礼しました」
と詫びた。
出し抜けだったから、虚を衝かれておたついた。態勢を立て直さないと。
仕切り直すつもりでジョウは椅子から立ち上がり、スーツの襟元を正す。そして、まっすぐにハルマン三世とエリアナ王妃に切り出した。
いくぶん緊張した面持ちで。
「おっしゃる通りです。俺はアルフィンと結婚したいと思っています。お二人に俺たちの結婚の許可をいただきたくて、来ました。どうかアルフィンを俺にください。一生かけて大事にして、幸せにします」
約束します。そう言って深々と頭を下げた。
アルフィンが弾かれたように席を立った。
顔を上げたジョウの隣に立ち、彼の手を握った。二人で国王と王妃に向き合い、じっと返答を待つ。
眩しいものを見るかのように、目を細め国王が呟いた。
「……本当にいい目をしているな、君は」
なあ、と王妃に向かって国王は同意を求めた。
王妃も笑みを浮かべていた。慈愛に満ちた瞳を若い二人に向けている。
「本当に。見ているだけでこちらの心が洗われるよう」
アルフィンはジョウを見上げた。彼も彼女を見つめた。
手をつないだまま。
ハルマン三世は、彼らが寄り添い合う姿を見ながら続けた。
「アルフィンの選んだ相手が、こんなに気持ちの良い青年だなんて。私たちにとって、これほど嬉しいことはない」
「……」
「掛けなさい。二人とも。座ってゆっくり話そう」
国王が促した。ジョウがアルフィンを先に座らせ、自分も席に戻る。
頭では、この展開に添って目まぐるしく一つの答えを導きだしていた。
もしかして、もしかしなくても。このいらえは……。国王も、王妃も。
ジョウがためらいがちに口を開いた。
「お許しくださるんですか。俺とアルフィンが結婚することを。陛下」
「もちろんだよ、アルフィンの相手が君なら、願ってもない話だ。これ以上の縁組はないよ」
国王はきっぱりと言った。王妃も微笑を浮かべたままだ。
「!」
アルフィンが手で口元を押さえる。歓喜の表情が手のひらから溢れそうになる。
許してくださる。――本当に? 信じられない。
てっきり、反対されるとばかり……。
ジョウは、ハルマン三世の言葉を聞いてもまだ腑に落ちない様子だった。眉を曇らせたまま訊いた。
「本当ですか? 俺はクラッシャーです。アルフィンとは生まれも育ちも違う。6年前たまたまアルフィンを救出した縁で、反乱鎮圧のため力を貸すことになったけれども。それでも、所詮は身分が違う」
「身分ね……」
「はい。それに俺は仕事では正攻法なだけでなく、やむを得ず汚い手を使うこともあります。とても、英雄なんて持てはやされるもんじゃない。自分がそれを一番わかっている。
それでも、いいんですか。俺にアルフィンをくれると」
「アルフィンが欲しいんだろう? 君がそう言ったんじゃないか」
穏やかに国王はジョウを制した。
ジョウは顎を引いた。
「欲しいです。アルフィンしか考えられない」
「なぜだね」
ストレートに訊かれる。
なぜ?
ジョウが肩を強張らせた。
いつの間にかテーブルについていた手を握った。
アルフィンが二人のやりとりをはらはらしながら見守っている。心臓が胸を食い破って飛び出てきそうなほど、先ほどから妙なリズムで鼓動を刻んでいる。
胸が苦しい。
お父様が、ジョウに真意を問うている。ここで、ジョウがお父様を納得させなければきっと自分たちの結婚はない。そんな緊張で息が詰まる思いだった。
夕食会だというのに、誰も料理に手を付けない。サーブされた皿の上で、美しく盛り付けられたものが冷えていくに任せた。
国王は静かに語りだした。ワイングラスを持ち上げ、手の中で澱をなじませるようにしながら。
「なぜ君はアルフィンじゃなきゃだめだと思うんだね、ジョウ。結婚を許可するひとつめの条件だ。それにしっかり答えてくれないか。私と妻を納得させるだけの答えを話してほしい。いまこの場で」
「……俺がアルフィンでなければならない理由、ですか」
ジョウが反芻する。
アルフィンが固唾をのんで彼を見守った。
「そんな怖い顔をしないでジョウ。アルフィンが呼吸を忘れそう。少し、喉を潤して」
張りつめた空気を解くように、エリアナ王妃が仲介した。ワイングラスを手で示す。
ジョウは言われるままグラスを持ち上げ、作法も何もなしにぐいと呷った。アルコールの力を借りる。
喉を熱い液体が焼き、胃袋にゆっくり降りていくのがわかった。
腹の底が熱くなるのを感じて、落ち着きが戻ってきた。
いま自分が絶対的な勝負の場にいると実感した。生きるか死ぬかの瀬戸際とは程遠い。でも、土壇場なのは仕事の時と一緒だ。そう思うと、ふっと力が抜けた。
隣で自分から目を逸らさないアルフィンを視界に入れながら、彼は話し始めた。
目の前で蠟燭が赤々と炎を揺らめかせている。火を見ていると、時間の感覚があいまいになる。
アルフィンでなければならない理由なんて、考えたこともない。でも、話しだせば100じゃきかない。
そんな思いに突き動かされながら、ジョウが言った。
「俺は、一生懸命頑張っている女性に弱くて。昔から。
どんな逆境でも、健気に、前向きに生きようとする人に惹かれます。
アルフィンと初めて出会ったのは、ピザンがーーこの星が危機に瀕していた時で。たった一人で国の命運を背負って脱出してきていた時でした。
救助した彼女は、ただ泣くだけのか弱いプリンセスではなくて、――いや、とても泣き虫だったけれど、精一杯自分が出来ることを考える、頭のいい女の子でした。あらゆる方策を考え、すぐに俺や俺のチームを金で雇うことに決めた。
即決即断でした。クラッシャーである俺のお株を奪うほどの」
懐かしい記憶が蘇る。あの頃は俺もまだ少年だった。大人ぶって、いっぱしの口を叩いていたけれど、今になればわかる。まだ子供だったのだ。
ジョウの強張っていた表情からふっと力が抜けた。
アルフィンは身じろぎもしないで、ジョウの言葉に耳を傾けている。
「アルフィンは生命力のかたまりみたいな女性でした。ピザンのために泥にまみれることも、自分の手を汚すことも厭わなかった。弱いところと強いところ、どちらも見せつけられて、……俺はすっかり参ってしまった。
そしてとても美しく、優しい。俺は彼女に夢中になりました。
アルフィンほど誰かのために、……お二方ご両親のためだけでなく、自分の国民のために身を捨てて尽くそうとする人を俺は知りません」
国王も王妃も黙って彼の話を聞いていた。
アルフィンは既に泣きそうな顔をしている。でも、ぐっと涙を堪えていた。
泣き虫と思われるのが嫌だった。成長しているのだ、自分だって6年の間にという思いがあった。
そこで、グラスを置いて国王がジョウに尋ねた。
「でも、君は6年前その想いをアルフィンに伝えずに旅立った。何故だね」
なぜ、とぐいぐい押してくる。今夜は一切の妥協はないということだ。
ジョウは苦笑したい気分だったが、吞み込んだ。正直である以外、自分に武器はない。
「棲む世界が違うと思いました。それに、アルフィンにはあの時優先すべき使命があった。
ピザンを再建させるという王女としての使命感にあふれていた。俺はそれを妨げることはできないと思いました」
傷ついた祖国のために全力を尽くす。そう心に誓っているのを知っていたから。
「離れてから、アルフィンが国民の慰問を何度も行っているのを知りました。傷ついた人たちの力になれればと、大学に通う傍ら、何度も惑星間を行き来しているのをニュースで見ました。
俺は、健気に誰かのために力を注ぐアルフィンを見ていて、なんだか、もう堪らなかった。手を差し伸べたいとずっと思っていた。俺でよければ……いえ、俺がこの人を支えたいと強く思いました。どうしても自分の手の届くところにおいて、大事にしたいと」
「それは、愛だわ」
ぽつりと王妃が言った。
「……そうです」
ジョウは自分が熱弁を奮っているのをそこで暗に指摘されたような気がして、赤くなった。
アルフィンは泣いていた。こらえきれず。
静かな涙だった。透明な滴が頬を濡らし、顎を伝って胸元に落ちた。
それを拭うこともせず、ジョウの話に聞き入っている。
「アルフィンじゃなきゃだめなんです。他の女性じゃだめだ。これが俺の答えです。……陛下」
(8)
ぶっ。
いきなりの国王からの先制攻撃に、ジョウが吹いた。上質なワインを惜しげもなく。
派手にむせる。
夕食会は日が沈みきった19時過ぎに始まった。
映画の中で見るような長い食台。上にはぱりっと清潔な白いクロスが掛けられ、真ん中には銀の燭台が置かれている。灯されたキャンドルが、温かな炎で集った人々の顔を照らし出した。
上座に国王と王妃が、下座にジョウとアルフィンが着いた。国王は昼と同じスーツ姿だったが、王妃は濃い緑色のイブニングドレスに着替えている。アルフィンもカクテルドレスというのだろうか。襟ぐりの大きく開いた赤いドレスに、チョーカーをアクセントに添えていた。髪を編み込んで結い上げているせいで、ほっそりした首のラインが美しかった。
二人とも公務ではないので、肘上までのグローブは着けていない。略式の着こなしで臨んだ。
ドレスを身につけるとき、アルフィンは鏡で隅々まで身体の点検をしなくてはならなかった。ジョウのキスマークがうっかり見えていたりしたら「こと」だ。
でも、幸いドレスから露出する部分にそれらは見当たらず、ほっとした。
――ん、もう。ジョウったら。
最後まではしない。確かにその約束は守ってくれた。けれどーー
最後の最後、ぎりぎり寸前のところまでは、しっかりするんだもの……。もう。気持ちよくて、どうにかなってしまうかと思ったわ。
恥ずかしい。まだ夜にもなっていないのに。あんなこと……。
アルフィンは隣で侍従に給仕を受ける彼を横目で見やる。さっきまで自分に好きなだけいやらしいことを仕掛けて来た男と同一人物とは思えない。どこからどう見ても紳士然としている。
スーツをまた着込んでネクタイを締め直し、とてもスマートだ。
男の人って、狼だわ。気をつけなくちゃ。
そんなことを思っているとき、ハルマン三世が「それでは我々の再会を祝して、乾杯」とワイングラスを持ち上げ、発声したのだった。
王妃もジョウもアルフィンもそれにならう。ワインで唇を潤し、テーブルに供されたコック自慢の料理に舌鼓を打とうとした矢先。
ハルマン三世が爆弾を投下した。
「ところでジョウは、アルフィンに結婚を申し込んだんだって?」
「!」
ジョウが吹き、アルフィンが目を剥いた。
「お父様」
いきなり?このタイミングで?
器官にワインが入って苦し気にむせるジョウと、動揺するアルフィンに向かって、ハルマン三世は笑って見せた。
「いきなりも何も、こちらに着いてからずっとそれを話したそうにしてたから。こっちから聞いてあげた方がいいかと思ってね」
まだむせて咳き込んでいるジョウを見て「大丈夫かな」と気遣う。
ジョウはやっとのことで息を整えた。
アルフィンから水を受け取って一口含んだ。
「だいじょうぶ、です。失礼しました」
と詫びた。
出し抜けだったから、虚を衝かれておたついた。態勢を立て直さないと。
仕切り直すつもりでジョウは椅子から立ち上がり、スーツの襟元を正す。そして、まっすぐにハルマン三世とエリアナ王妃に切り出した。
いくぶん緊張した面持ちで。
「おっしゃる通りです。俺はアルフィンと結婚したいと思っています。お二人に俺たちの結婚の許可をいただきたくて、来ました。どうかアルフィンを俺にください。一生かけて大事にして、幸せにします」
約束します。そう言って深々と頭を下げた。
アルフィンが弾かれたように席を立った。
顔を上げたジョウの隣に立ち、彼の手を握った。二人で国王と王妃に向き合い、じっと返答を待つ。
眩しいものを見るかのように、目を細め国王が呟いた。
「……本当にいい目をしているな、君は」
なあ、と王妃に向かって国王は同意を求めた。
王妃も笑みを浮かべていた。慈愛に満ちた瞳を若い二人に向けている。
「本当に。見ているだけでこちらの心が洗われるよう」
アルフィンはジョウを見上げた。彼も彼女を見つめた。
手をつないだまま。
ハルマン三世は、彼らが寄り添い合う姿を見ながら続けた。
「アルフィンの選んだ相手が、こんなに気持ちの良い青年だなんて。私たちにとって、これほど嬉しいことはない」
「……」
「掛けなさい。二人とも。座ってゆっくり話そう」
国王が促した。ジョウがアルフィンを先に座らせ、自分も席に戻る。
頭では、この展開に添って目まぐるしく一つの答えを導きだしていた。
もしかして、もしかしなくても。このいらえは……。国王も、王妃も。
ジョウがためらいがちに口を開いた。
「お許しくださるんですか。俺とアルフィンが結婚することを。陛下」
「もちろんだよ、アルフィンの相手が君なら、願ってもない話だ。これ以上の縁組はないよ」
国王はきっぱりと言った。王妃も微笑を浮かべたままだ。
「!」
アルフィンが手で口元を押さえる。歓喜の表情が手のひらから溢れそうになる。
許してくださる。――本当に? 信じられない。
てっきり、反対されるとばかり……。
ジョウは、ハルマン三世の言葉を聞いてもまだ腑に落ちない様子だった。眉を曇らせたまま訊いた。
「本当ですか? 俺はクラッシャーです。アルフィンとは生まれも育ちも違う。6年前たまたまアルフィンを救出した縁で、反乱鎮圧のため力を貸すことになったけれども。それでも、所詮は身分が違う」
「身分ね……」
「はい。それに俺は仕事では正攻法なだけでなく、やむを得ず汚い手を使うこともあります。とても、英雄なんて持てはやされるもんじゃない。自分がそれを一番わかっている。
それでも、いいんですか。俺にアルフィンをくれると」
「アルフィンが欲しいんだろう? 君がそう言ったんじゃないか」
穏やかに国王はジョウを制した。
ジョウは顎を引いた。
「欲しいです。アルフィンしか考えられない」
「なぜだね」
ストレートに訊かれる。
なぜ?
ジョウが肩を強張らせた。
いつの間にかテーブルについていた手を握った。
アルフィンが二人のやりとりをはらはらしながら見守っている。心臓が胸を食い破って飛び出てきそうなほど、先ほどから妙なリズムで鼓動を刻んでいる。
胸が苦しい。
お父様が、ジョウに真意を問うている。ここで、ジョウがお父様を納得させなければきっと自分たちの結婚はない。そんな緊張で息が詰まる思いだった。
夕食会だというのに、誰も料理に手を付けない。サーブされた皿の上で、美しく盛り付けられたものが冷えていくに任せた。
国王は静かに語りだした。ワイングラスを持ち上げ、手の中で澱をなじませるようにしながら。
「なぜ君はアルフィンじゃなきゃだめだと思うんだね、ジョウ。結婚を許可するひとつめの条件だ。それにしっかり答えてくれないか。私と妻を納得させるだけの答えを話してほしい。いまこの場で」
「……俺がアルフィンでなければならない理由、ですか」
ジョウが反芻する。
アルフィンが固唾をのんで彼を見守った。
「そんな怖い顔をしないでジョウ。アルフィンが呼吸を忘れそう。少し、喉を潤して」
張りつめた空気を解くように、エリアナ王妃が仲介した。ワイングラスを手で示す。
ジョウは言われるままグラスを持ち上げ、作法も何もなしにぐいと呷った。アルコールの力を借りる。
喉を熱い液体が焼き、胃袋にゆっくり降りていくのがわかった。
腹の底が熱くなるのを感じて、落ち着きが戻ってきた。
いま自分が絶対的な勝負の場にいると実感した。生きるか死ぬかの瀬戸際とは程遠い。でも、土壇場なのは仕事の時と一緒だ。そう思うと、ふっと力が抜けた。
隣で自分から目を逸らさないアルフィンを視界に入れながら、彼は話し始めた。
目の前で蠟燭が赤々と炎を揺らめかせている。火を見ていると、時間の感覚があいまいになる。
アルフィンでなければならない理由なんて、考えたこともない。でも、話しだせば100じゃきかない。
そんな思いに突き動かされながら、ジョウが言った。
「俺は、一生懸命頑張っている女性に弱くて。昔から。
どんな逆境でも、健気に、前向きに生きようとする人に惹かれます。
アルフィンと初めて出会ったのは、ピザンがーーこの星が危機に瀕していた時で。たった一人で国の命運を背負って脱出してきていた時でした。
救助した彼女は、ただ泣くだけのか弱いプリンセスではなくて、――いや、とても泣き虫だったけれど、精一杯自分が出来ることを考える、頭のいい女の子でした。あらゆる方策を考え、すぐに俺や俺のチームを金で雇うことに決めた。
即決即断でした。クラッシャーである俺のお株を奪うほどの」
懐かしい記憶が蘇る。あの頃は俺もまだ少年だった。大人ぶって、いっぱしの口を叩いていたけれど、今になればわかる。まだ子供だったのだ。
ジョウの強張っていた表情からふっと力が抜けた。
アルフィンは身じろぎもしないで、ジョウの言葉に耳を傾けている。
「アルフィンは生命力のかたまりみたいな女性でした。ピザンのために泥にまみれることも、自分の手を汚すことも厭わなかった。弱いところと強いところ、どちらも見せつけられて、……俺はすっかり参ってしまった。
そしてとても美しく、優しい。俺は彼女に夢中になりました。
アルフィンほど誰かのために、……お二方ご両親のためだけでなく、自分の国民のために身を捨てて尽くそうとする人を俺は知りません」
国王も王妃も黙って彼の話を聞いていた。
アルフィンは既に泣きそうな顔をしている。でも、ぐっと涙を堪えていた。
泣き虫と思われるのが嫌だった。成長しているのだ、自分だって6年の間にという思いがあった。
そこで、グラスを置いて国王がジョウに尋ねた。
「でも、君は6年前その想いをアルフィンに伝えずに旅立った。何故だね」
なぜ、とぐいぐい押してくる。今夜は一切の妥協はないということだ。
ジョウは苦笑したい気分だったが、吞み込んだ。正直である以外、自分に武器はない。
「棲む世界が違うと思いました。それに、アルフィンにはあの時優先すべき使命があった。
ピザンを再建させるという王女としての使命感にあふれていた。俺はそれを妨げることはできないと思いました」
傷ついた祖国のために全力を尽くす。そう心に誓っているのを知っていたから。
「離れてから、アルフィンが国民の慰問を何度も行っているのを知りました。傷ついた人たちの力になれればと、大学に通う傍ら、何度も惑星間を行き来しているのをニュースで見ました。
俺は、健気に誰かのために力を注ぐアルフィンを見ていて、なんだか、もう堪らなかった。手を差し伸べたいとずっと思っていた。俺でよければ……いえ、俺がこの人を支えたいと強く思いました。どうしても自分の手の届くところにおいて、大事にしたいと」
「それは、愛だわ」
ぽつりと王妃が言った。
「……そうです」
ジョウは自分が熱弁を奮っているのをそこで暗に指摘されたような気がして、赤くなった。
アルフィンは泣いていた。こらえきれず。
静かな涙だった。透明な滴が頬を濡らし、顎を伝って胸元に落ちた。
それを拭うこともせず、ジョウの話に聞き入っている。
「アルフィンじゃなきゃだめなんです。他の女性じゃだめだ。これが俺の答えです。……陛下」
(8)
グッと来た…🥺💕
このあたり書いていて甘すぎて虫歯になりそうです。。。。極甘。