「結婚しようって、言われたの。次にジョウがピザンに来るのは、お父様とお母様にその許可を取るためだと思う」
エリアナ王妃には打ち明けていた。ジョウのプロポーズの後。彼の来訪のことを。
夢見心地で話すアルフィンに、王妃は訊いた。
「結婚……。ジョウといっしょになるの。あなた」
「ええ。彼しか考えられないの」
「……いろいろ縁談が持ち込まれても、見向きもしなかったのはそのせい?」
アルフィンは、少し不安になった。王妃に打ち明けたらもっと喜んでくれるものとばかり思っていた。
ピザンの国民が、自分とジョウの縁組を、プリンセスとナイトが結ばれるおとぎ話のように待望しているのは知っていた。お似合いの二人だとマスコミが書き立てていることも。
6年前、反乱を鎮圧した頃がピークだったけれど、今なお余熱はくすぶっている。ジョウと再会する前は、人の気も知らないで外野が勝手に騒いでと癇に障っていたけれど。いざ彼に求婚されると、世の中のそういう目に見えない熱に後押ししてもらいたくなるから不思議なものだ。
「お母様は反対なの? あたくしがジョウと結婚すること」
アルフィンが訊くと、エリアナはうっすらと微笑した。
アルフィンの肩を抱き、宥めるみたいに髪を撫でる。幼い頃から、心配事を口にしたとき、ずっとそうしてきた。
「私はあなたが幸せならそれでいい。陛下も。親ってそういうものよ。でも、ジョウといることがあなたの幸せになるかしら」
「……どういうこと?」
王妃は言うか、言うまいか迷って、結局言葉を継いだ。
「ジョウは年がら年中仕事で家を空けるでしょう。あなたはアラミスの新居で、だんなさまのいない日々をただ過ごすの? それでいいの? 年に数回帰ってくるか来ないかのジョウを待つだけの生活を、あなたが我慢できるとは思えないわ」
「……」
痛いところを突く。さすがは母親だ。自分の性格を熟知しているとアルフィンは思った。
「殿方の、結婚しようって甘い言葉に浸ってちゃダメ。どこで暮らすとか、家族計画のこととか、本当にジョウと幸せになりたいのなら、そこをしっかり話し合って。今は頭に血が上っているかもしれないけれど、結婚は日常と現実の積み重ねよ」
あなたが、ちゃんとあなたでいられるような、そういう人を選んでほしいの。そういう人生を。
エリアナはそう言った。王妃ではなく、母の顔をして。
ジョウと結婚したいなら。ずっと側に居たいなら。あたしたちはもっと話をしなければならない。
王妃の助言は的確だ。
でも、いつ。
どのタイミングで。
性急に話を進めようとしているジョウを前に、アルフィンは決めかねていた。
応接室に移ってからも和やかな雰囲気で話は進んだ。
でも、近況を話し合ったり、ジョウの携わった仕事のことを聞かれたりと、核心に中々触れられなかった。
ジョウがいざアルフィンとのことを切り出そうとすると、やんわりと話題を変えられた。ときには国王に、ときには王妃に。
これが政治の世界の話術かと、小一時間も経つとうすうす察せられた。交渉術では自分も海千山千の連中を相手にしてきているので、ジョウも引けをとらない自信があるが、こういう腹の探り合いをしながら、表面上はにこやかに会話を進める技術は、到底目の前の二人には及ばなかった。
「まあ、積もる話は夕食の場でいいじゃないか。コックも腕を振るうと張り切っているし、良いワインを開けさせるから、それを飲りながらね」
最終的には、そのように国王にまとめられてしまった。
「……反対、されてるんだろうなあ」
応接室を出て客室に引き取ることになったジョウが、頭を掻いた。
結婚のけの字にも触れられなかった。
気落ちしている。意気込んでこの国にやってきた分だけ。
「そんなことはないと思うわよ」
自然、アルフィンが慰め役になる。
「英雄としては歓迎だけど、娘を嫁に出す男としては及第点をもらってないってことかな、君のご両親には」
「まさか。あなた以上のお相手がいるはずないわ」
「そうかねえ」
「諦めるの?」
両親の感触が悪いから。そう訊くと、
「まさか」とジョウが嗤った。
「俺はあきらめの悪い男だぜ。知ってるだろ」
「知ってるわ。ようくね」
アルフィンがジョウの手をそっと把った。
「あたしの部屋に来て。夕食まで間があるから、少し休んで行って」
アルフィンの私室には、6年前だって入ったことがなかった。
結婚前の女性の部屋に、立ち入っていいのだろうか。その迷いはアルフィンが払拭してくれた。
「婚約者はいいのよ」
「まだご両親の許可はもらってないけどな」
「固いことを言わないで。どうぞ、入って」
アルフィンの部屋は予想外にシンプルだった。水色の壁紙。家具も白かブルーで統一されている。カーテンも青。
奥に天蓋付きのベッド。隅にグランドピアノがある。この二つが目を引く。そして化粧台も。それ以外は、女の子の部屋によくあるようなぬいぐるみとか、写真立てなどこまごましたものは見当たらなかった。
「……」
違う。ジョウはそこで気づく。
小ぶりのスーツケースが部屋のすみにちょこんと置かれている。
片づけたのだ。身辺を。俺のところに来る準備をした。だからこんなにスッキリしているのだ。
決意してくれている。宮殿を出て俺のところに来ることを。それを知る。
ジョウは、アルフィンを見た。
「アルフィン」
「なあに?」
「……いや。なんでもない」
「バルコニーがあるけれど、窓は開かないの。防弾ガラスで嵌め殺しなのよ」
出られないバルコニーって勿体ないわよねと笑う。何のために作られているんだか。
その言葉で、彼女がこの国の王女なのだと改めて思い知らされる。どんなに砕けた物言いをしたって、親しい態度で接してくれたって、それは厳然とした事実なのだ。
テロや暴徒の襲撃から身を守るため、防弾ガラスで守られる部屋で暮らす人。開かない窓の部屋で育った女性。
そんな高貴な人を自分は結婚相手として迎え入れようとしているのだと、ジョウは実感した。
ジョウは、すとんとひざまずいた。アルフィンの前に。ごく自然に。
「ジョウ」
アルフィンが目を丸くする。ジョウはアルフィンの手を恭しく取った。彼女の前に膝をついたまま、見上げる。
「もう一回、ちゃんと言いたい。電話じゃなく、君に直接。
俺と結婚してくれるか」
アルフィンはいきなりの所作に面食らう。知識としてはあった。が、実際に自分がそれを受けることになるとは思っていなかった。
それは騎士が姫君にする、古式ゆかしい求婚の所作だった。
「……何べん、言わせるつもりなの。ジョウったら」
恥ずかしくて、手を引きかけた。でもジョウがそうさせない。
熱っぽい口調で話す。
「俺は何べんでも言う。君がオーケーしてくれるなら」
「あたしの答えはいつも同じよ。お受けします。あたしもあなたと結婚したい」
それを聞いて、ジョウはアルフィンの手の甲に唇を寄せた。
「ありがとう」
「……気障ね、ジョウ」
くすぐったくて、減らず口をきいてしまう。
「まだ直接伝えていなかったと思ってさ。よかった。ちゃんと言えて」
ジョウは微笑んだ。
「嬉しそうな顔。――もう立って。照れくさいから」
アルフィンが赤くなって彼の手を握り、無理矢理立ち上がらせた。
「そういえば、後で受け取ってほしいものがある。指輪は間に合わなかったんだが、君に贈りたいものをアラミスから持ってきたんだった」
ここに来る前、父親のダンに電話して一度実家に帰った。
むこうにもアルフィンにプロポーズしに行くことは前もって伝えた。
ダンは特に父親らしいコメントはしなかった。「そうか」とだけ言った。
ピザンの王女を娶ることを止めるでもなく、悦ぶでもなく。あの人らしいと言えばとても「らしい」反応。
ただ一言、「お相手を、そのアルフィンって娘さんを、お前の船に乗せるのか。それともアラミスに置くのか。どうするつもりだ」とだけ訊いた。
……。
アルフィンはジョウの言葉に目を輝かせた。
「本当? 嬉しい。何かしら」
「見てのお楽しみだ。指輪も、買おうな。サイズが全然わからなくて、今回は諦めた。デザインの好みもあるだろうから、君と一緒に選んだほうがいいかなって」
「……ジョウは本当にあたしと結婚を考えてくれているのね」
ふと彼女の声音が変わった。素に戻ったような、甘いトーンが消えた。
ジョウはアルフィンを見た。
「当り前だろう? 何を言うんだ」
「なんだか……嬉しいなあって。プロポーズもそうだけど、こうやってスーツを着て苦手なネクタイを締めて、約束通り会いに来てくれて、お父様やお母様に会ってくれて。指輪のことも考えてくれてるし。現実的にいろいろ動いているのを見ると、安心する。本当なんだなって。ほんとにあたしをお嫁さんにしようとしてるんだなって」
ほっとするの、と笑みを浮かべる。ほっとするし、嬉しいと。
ジョウは複雑な顔になった。「そんなの当たり前だ」と明後日の方を向いて言う。
「……あんまり可愛いこと言うなよ。二人きりだと理性が利かない」
「ふふ。照れてるのね」
「俺がネクタイが苦手だって、わかるのか」
見透かされている。着慣れないからぎこちなく見えているのだろうか。気になって訊くと、
「わかるわよ。あなた、窮屈なの嫌いでしょう。外してもいいのよ、夕食会まで」
上着も脱いで。楽な格好になってと言われる。
「ちょっぴり休んで。さっき、だいぶ緊張してお父様たちと話していたわ」
そしてアルフィンがジョウのネクタイの結び目に手を掛ける。
しゅるっとシルクの上質なネクタイを解いた。スーツの上も脱がされる。
ワイシャツの第一ボタンも外された。左腕の時計も。
ひとつひとつが、丁寧であり、官能的なしぐさだった。
ジョウは、アルフィンに任せた。アルフィンはジョウの身に着けていたものを、きちんとハンガーにかけて皴にならないようにする。時計はサイドテーブルに置いた。男のものの腕時計の大きさと重さに驚きながら。
ジョウは、「……ドアにカギをかけてくれないか」と言った。
喉の奥で声が絡んだように、まるで自分の声ではないように聞こえた。
アルフィンは、一瞬ためらったが、言われたとおりにした。
ジョウが自分のところへ戻ってきたアルフィンの手首をつかんだ。
黙って天蓋付きのベッドに誘う。
あ……。
アルフィンはジョウの手の熱さを感じ、怯む。
ジョウはアルフィンをベッドの端に座らせた。彼女の前に立って言う。
「宮殿の中では、俺は君には手を出せない。それは、たとえ御両親に結婚を許してもらったとしても無理だ。
君の生まれてからこれまでの全部が詰まってる神聖な場所では。……分かるか」
「……はい」
アルフィンは緊張した面持ちで顎を引く。
「でも、俺は君に触れたい。ずっとそう思ってた。
だから、ちょっとだけ。俺に預けてくれ」
ジョウはそのままアルフィンを仰向けにベッドに倒した。軽い。そおっと肩を押しただけなのに。
そのあっけなさに驚く。
ベッドに膝をついて乗り上がると、ぎし、とスプリングが鳴った。
仰臥したアルフィンが、碧い目を見開いて息を呑む。
胸の上で、手を固く握りしめた。
硬直したアルフィンの顔の脇に、手と手をついたジョウ。その身体でアルフィンを囲う。
「怖くしないよ。最後まではしない。……大丈夫」
アルフィンは目を閉じた。何度も顎を引く。
ジョウは照れくさそうに俯いて、彼女にかがみ込む。体重を掛けないように、のしかかるのに難儀する。
唇より先に、互いの睫毛が触れ合った。
7へ
エリアナ王妃には打ち明けていた。ジョウのプロポーズの後。彼の来訪のことを。
夢見心地で話すアルフィンに、王妃は訊いた。
「結婚……。ジョウといっしょになるの。あなた」
「ええ。彼しか考えられないの」
「……いろいろ縁談が持ち込まれても、見向きもしなかったのはそのせい?」
アルフィンは、少し不安になった。王妃に打ち明けたらもっと喜んでくれるものとばかり思っていた。
ピザンの国民が、自分とジョウの縁組を、プリンセスとナイトが結ばれるおとぎ話のように待望しているのは知っていた。お似合いの二人だとマスコミが書き立てていることも。
6年前、反乱を鎮圧した頃がピークだったけれど、今なお余熱はくすぶっている。ジョウと再会する前は、人の気も知らないで外野が勝手に騒いでと癇に障っていたけれど。いざ彼に求婚されると、世の中のそういう目に見えない熱に後押ししてもらいたくなるから不思議なものだ。
「お母様は反対なの? あたくしがジョウと結婚すること」
アルフィンが訊くと、エリアナはうっすらと微笑した。
アルフィンの肩を抱き、宥めるみたいに髪を撫でる。幼い頃から、心配事を口にしたとき、ずっとそうしてきた。
「私はあなたが幸せならそれでいい。陛下も。親ってそういうものよ。でも、ジョウといることがあなたの幸せになるかしら」
「……どういうこと?」
王妃は言うか、言うまいか迷って、結局言葉を継いだ。
「ジョウは年がら年中仕事で家を空けるでしょう。あなたはアラミスの新居で、だんなさまのいない日々をただ過ごすの? それでいいの? 年に数回帰ってくるか来ないかのジョウを待つだけの生活を、あなたが我慢できるとは思えないわ」
「……」
痛いところを突く。さすがは母親だ。自分の性格を熟知しているとアルフィンは思った。
「殿方の、結婚しようって甘い言葉に浸ってちゃダメ。どこで暮らすとか、家族計画のこととか、本当にジョウと幸せになりたいのなら、そこをしっかり話し合って。今は頭に血が上っているかもしれないけれど、結婚は日常と現実の積み重ねよ」
あなたが、ちゃんとあなたでいられるような、そういう人を選んでほしいの。そういう人生を。
エリアナはそう言った。王妃ではなく、母の顔をして。
ジョウと結婚したいなら。ずっと側に居たいなら。あたしたちはもっと話をしなければならない。
王妃の助言は的確だ。
でも、いつ。
どのタイミングで。
性急に話を進めようとしているジョウを前に、アルフィンは決めかねていた。
応接室に移ってからも和やかな雰囲気で話は進んだ。
でも、近況を話し合ったり、ジョウの携わった仕事のことを聞かれたりと、核心に中々触れられなかった。
ジョウがいざアルフィンとのことを切り出そうとすると、やんわりと話題を変えられた。ときには国王に、ときには王妃に。
これが政治の世界の話術かと、小一時間も経つとうすうす察せられた。交渉術では自分も海千山千の連中を相手にしてきているので、ジョウも引けをとらない自信があるが、こういう腹の探り合いをしながら、表面上はにこやかに会話を進める技術は、到底目の前の二人には及ばなかった。
「まあ、積もる話は夕食の場でいいじゃないか。コックも腕を振るうと張り切っているし、良いワインを開けさせるから、それを飲りながらね」
最終的には、そのように国王にまとめられてしまった。
「……反対、されてるんだろうなあ」
応接室を出て客室に引き取ることになったジョウが、頭を掻いた。
結婚のけの字にも触れられなかった。
気落ちしている。意気込んでこの国にやってきた分だけ。
「そんなことはないと思うわよ」
自然、アルフィンが慰め役になる。
「英雄としては歓迎だけど、娘を嫁に出す男としては及第点をもらってないってことかな、君のご両親には」
「まさか。あなた以上のお相手がいるはずないわ」
「そうかねえ」
「諦めるの?」
両親の感触が悪いから。そう訊くと、
「まさか」とジョウが嗤った。
「俺はあきらめの悪い男だぜ。知ってるだろ」
「知ってるわ。ようくね」
アルフィンがジョウの手をそっと把った。
「あたしの部屋に来て。夕食まで間があるから、少し休んで行って」
アルフィンの私室には、6年前だって入ったことがなかった。
結婚前の女性の部屋に、立ち入っていいのだろうか。その迷いはアルフィンが払拭してくれた。
「婚約者はいいのよ」
「まだご両親の許可はもらってないけどな」
「固いことを言わないで。どうぞ、入って」
アルフィンの部屋は予想外にシンプルだった。水色の壁紙。家具も白かブルーで統一されている。カーテンも青。
奥に天蓋付きのベッド。隅にグランドピアノがある。この二つが目を引く。そして化粧台も。それ以外は、女の子の部屋によくあるようなぬいぐるみとか、写真立てなどこまごましたものは見当たらなかった。
「……」
違う。ジョウはそこで気づく。
小ぶりのスーツケースが部屋のすみにちょこんと置かれている。
片づけたのだ。身辺を。俺のところに来る準備をした。だからこんなにスッキリしているのだ。
決意してくれている。宮殿を出て俺のところに来ることを。それを知る。
ジョウは、アルフィンを見た。
「アルフィン」
「なあに?」
「……いや。なんでもない」
「バルコニーがあるけれど、窓は開かないの。防弾ガラスで嵌め殺しなのよ」
出られないバルコニーって勿体ないわよねと笑う。何のために作られているんだか。
その言葉で、彼女がこの国の王女なのだと改めて思い知らされる。どんなに砕けた物言いをしたって、親しい態度で接してくれたって、それは厳然とした事実なのだ。
テロや暴徒の襲撃から身を守るため、防弾ガラスで守られる部屋で暮らす人。開かない窓の部屋で育った女性。
そんな高貴な人を自分は結婚相手として迎え入れようとしているのだと、ジョウは実感した。
ジョウは、すとんとひざまずいた。アルフィンの前に。ごく自然に。
「ジョウ」
アルフィンが目を丸くする。ジョウはアルフィンの手を恭しく取った。彼女の前に膝をついたまま、見上げる。
「もう一回、ちゃんと言いたい。電話じゃなく、君に直接。
俺と結婚してくれるか」
アルフィンはいきなりの所作に面食らう。知識としてはあった。が、実際に自分がそれを受けることになるとは思っていなかった。
それは騎士が姫君にする、古式ゆかしい求婚の所作だった。
「……何べん、言わせるつもりなの。ジョウったら」
恥ずかしくて、手を引きかけた。でもジョウがそうさせない。
熱っぽい口調で話す。
「俺は何べんでも言う。君がオーケーしてくれるなら」
「あたしの答えはいつも同じよ。お受けします。あたしもあなたと結婚したい」
それを聞いて、ジョウはアルフィンの手の甲に唇を寄せた。
「ありがとう」
「……気障ね、ジョウ」
くすぐったくて、減らず口をきいてしまう。
「まだ直接伝えていなかったと思ってさ。よかった。ちゃんと言えて」
ジョウは微笑んだ。
「嬉しそうな顔。――もう立って。照れくさいから」
アルフィンが赤くなって彼の手を握り、無理矢理立ち上がらせた。
「そういえば、後で受け取ってほしいものがある。指輪は間に合わなかったんだが、君に贈りたいものをアラミスから持ってきたんだった」
ここに来る前、父親のダンに電話して一度実家に帰った。
むこうにもアルフィンにプロポーズしに行くことは前もって伝えた。
ダンは特に父親らしいコメントはしなかった。「そうか」とだけ言った。
ピザンの王女を娶ることを止めるでもなく、悦ぶでもなく。あの人らしいと言えばとても「らしい」反応。
ただ一言、「お相手を、そのアルフィンって娘さんを、お前の船に乗せるのか。それともアラミスに置くのか。どうするつもりだ」とだけ訊いた。
……。
アルフィンはジョウの言葉に目を輝かせた。
「本当? 嬉しい。何かしら」
「見てのお楽しみだ。指輪も、買おうな。サイズが全然わからなくて、今回は諦めた。デザインの好みもあるだろうから、君と一緒に選んだほうがいいかなって」
「……ジョウは本当にあたしと結婚を考えてくれているのね」
ふと彼女の声音が変わった。素に戻ったような、甘いトーンが消えた。
ジョウはアルフィンを見た。
「当り前だろう? 何を言うんだ」
「なんだか……嬉しいなあって。プロポーズもそうだけど、こうやってスーツを着て苦手なネクタイを締めて、約束通り会いに来てくれて、お父様やお母様に会ってくれて。指輪のことも考えてくれてるし。現実的にいろいろ動いているのを見ると、安心する。本当なんだなって。ほんとにあたしをお嫁さんにしようとしてるんだなって」
ほっとするの、と笑みを浮かべる。ほっとするし、嬉しいと。
ジョウは複雑な顔になった。「そんなの当たり前だ」と明後日の方を向いて言う。
「……あんまり可愛いこと言うなよ。二人きりだと理性が利かない」
「ふふ。照れてるのね」
「俺がネクタイが苦手だって、わかるのか」
見透かされている。着慣れないからぎこちなく見えているのだろうか。気になって訊くと、
「わかるわよ。あなた、窮屈なの嫌いでしょう。外してもいいのよ、夕食会まで」
上着も脱いで。楽な格好になってと言われる。
「ちょっぴり休んで。さっき、だいぶ緊張してお父様たちと話していたわ」
そしてアルフィンがジョウのネクタイの結び目に手を掛ける。
しゅるっとシルクの上質なネクタイを解いた。スーツの上も脱がされる。
ワイシャツの第一ボタンも外された。左腕の時計も。
ひとつひとつが、丁寧であり、官能的なしぐさだった。
ジョウは、アルフィンに任せた。アルフィンはジョウの身に着けていたものを、きちんとハンガーにかけて皴にならないようにする。時計はサイドテーブルに置いた。男のものの腕時計の大きさと重さに驚きながら。
ジョウは、「……ドアにカギをかけてくれないか」と言った。
喉の奥で声が絡んだように、まるで自分の声ではないように聞こえた。
アルフィンは、一瞬ためらったが、言われたとおりにした。
ジョウが自分のところへ戻ってきたアルフィンの手首をつかんだ。
黙って天蓋付きのベッドに誘う。
あ……。
アルフィンはジョウの手の熱さを感じ、怯む。
ジョウはアルフィンをベッドの端に座らせた。彼女の前に立って言う。
「宮殿の中では、俺は君には手を出せない。それは、たとえ御両親に結婚を許してもらったとしても無理だ。
君の生まれてからこれまでの全部が詰まってる神聖な場所では。……分かるか」
「……はい」
アルフィンは緊張した面持ちで顎を引く。
「でも、俺は君に触れたい。ずっとそう思ってた。
だから、ちょっとだけ。俺に預けてくれ」
ジョウはそのままアルフィンを仰向けにベッドに倒した。軽い。そおっと肩を押しただけなのに。
そのあっけなさに驚く。
ベッドに膝をついて乗り上がると、ぎし、とスプリングが鳴った。
仰臥したアルフィンが、碧い目を見開いて息を呑む。
胸の上で、手を固く握りしめた。
硬直したアルフィンの顔の脇に、手と手をついたジョウ。その身体でアルフィンを囲う。
「怖くしないよ。最後まではしない。……大丈夫」
アルフィンは目を閉じた。何度も顎を引く。
ジョウは照れくさそうに俯いて、彼女にかがみ込む。体重を掛けないように、のしかかるのに難儀する。
唇より先に、互いの睫毛が触れ合った。
7へ
特に、ダンは、アラミスに妻をおいてたのはいいが、
一緒に居た時間がわずか。若くして、逝ってしまった...後悔の念があるんだろうな。
毎日の更新楽しみにしています。