【海へ来なさい】 おまけ１

「ねえねえ、毬江ちゃんとか、こういうの似合いそうだよね」
郁が選んだのは、薄いピンク色のセパレートの水着だった。
見るなり、毬江が頬をぽおっと染める。そして、
「ちょっと露出が大きいんじゃないかな、と思うんですけど」
と囁くように言う。
ああ、可愛いなあと唸りつつ、郁は言葉を重ねる。
「いいんだって。毬江ちゃんだから、ビキニとか似合うんだって。ばーんと凹凸の激しい子が着るより、清純派のビキニは可愛いし、そそるよ」
「そうかなあ」
郁に渡されたものを、身ごろに当てて、鏡の前かざしてみている。
「そういうあんたこそ、ビキニとかどうなのよ。たっぱがあるんだから着こなしそうじゃない」
柴崎が水を向けると、
「ああ、あたしはいい。今もってる体育会系のスポーツ水着で」
あっさり手を振る。
「あの海女さんみたいなやつ？　なんでよ、せっかく教官と初海なんだから、新調しなさいよ」
結婚する前も、してからも、堂上と一緒に海に行ったことがないというのは、柴崎も聞いている。しかしなぜか郁は意固地にかぶりを振って、
「だって、……腹筋が縦に割れてるの、おてんとさまの下で見せたくないんだもんっ」
聞きようによっては、むちゃくちゃ乙女全開の台詞に、柴崎も毬江も思わず吹き出す。
売り場中に響くような笑い声を立ててから、
「何を今更、腹筋も背筋も、古傷さえさんざ見せ合った仲じゃないのよ」
「それとこれとは話が別！　ってか毬江ちゃんの前でそゆこと、言うな！　引かれる」
毬江が慌ててぜんぜん、そんなことないです、とジェスチャーを見せた。
柴崎がここぞとばかりいたぶりを続ける。
「あんたの腹筋だの背筋だの、全部ひっくるめてあんたのこと好きなんでしょう、堂上教官は。せっかくのデートなんだから、可愛い水着着たあんたを見せないでどうするの」
言うと郁はむうと口を引き結んだ。柴崎は畳み掛ける。
「あたしはあえてビキニで行くべきだと思うわよ？　あんたの腰のくびれは、きれいだから」
そ、そうかな……。
郁はそそくさと自分用のものをチョイスに入る。
素直な子ねえ。半ば微笑ましく、半ばあきれる思いで姉目線に入る柴崎。郁のチョイスにあれこれアドバイスをしてやる。
「でもね、一番男心をそそる水着って、何か、知ってる？」
「え、ビキニとかじゃなく？」
ちっちっち。柴崎は右手の人差し指を一本だけ立て、リズミカルに振る。
「まだまだね、あんた。――そんなの、決まってるじゃないの。【スクール水着】よ」
「ス、スクールうう？」
頓狂な声を上げる郁。真っ赤になってうつむく毬江。
柴崎だけが妙に確信有りげに「そおよ？　たんすの中にあったら、出して着てみなさい？男なんていちころよ。あんた、堂上教官に試してみな」
「ええええ遠慮するっ。この年でスクールはきついわっ」
「ばかねえ、この年だからいいんじゃないの」
「柴崎、それ放送コードにかかるから、ここではもう止めてえ」
せめて毬江ちゃんのいないところで。郁は年長者として必死だ。


今日は、勤務明け、柴崎と一緒に都内のデパートに繰り出して、水着選びをしていた。
大学の講義を終えた毬江もそれに加わって、女三人、あれやこれや言いながら、楽しくウインドーショッピング。
全ては彼のため。初めて水着を披露するとき、彼が驚きに目を見開くしぐさと、少し気恥ずかしそうに褒めてくれる甘い言葉が欲しくて。
何軒も何軒も、デパートの売場を見て回る。
勤務の疲れも足の痛みも気にならない。この上なく幸福な時間（ひととき）。


（補足）
拍手コメントで、「聴覚障害者の毬江が柴崎と郁と普通に会話しているのに違和感がある」という内容のものをいただきました。もっともな指摘だと思います。ですので、このくだりは「ボツ」になって本編に収録されなかったのです。その旨ご承知おきください。




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