背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

世界っていう揺りかごの中で

2023年10月07日 08時07分07秒 | CJ二次創作
波の音が聞こえる。


ジョウは目を閉じて、耳を澄ませた。
遠くから、唸るように押し寄せる波音と、テトラポッドに打ち付けては飛沫を散らす音が、絡まり合ってはまた引いてゆく。
永久運動のように。
海風がまだどこか冷たい。海水浴にはまだわずかばかり早い。ここはアラミス。
季節は、初夏。
埠頭に腰掛けたアルフィンの膝に、ジョウは身を預けていた。
アルフィンは膝枕してあげている彼の、額に掛かる前髪をそっと撫でている。
目を閉じたまま、さっきから微動だにしないジョウに、ふとアルフィンは尋ねた。
「……寝ちゃった? ジョウ」
「いや。起きてるよ」
穏やかに応えが返る。
「そう」
「重くないか、こうしてるの」
膝枕、と口にするのに照れがある。
アルフィンはううんと首を横に振った。
「眠ってもいいのよ、起こしてあげるから」
彼の額にしなやかな手を当て、優しく言った。
「ん……」
ジョウは少し、寝返りとまではいかないものの、体勢を変えた。身体をわずか抱き抱えるようにして横向きになった。アルフィンの腹に後頭部を向ける形で。
目線の先には、アラミスの碧い海が広がっていた。




ハイウェイをオープンカーで疾駆し、目についたインターチェンジでジョウは降りた。当て所なくそのまま車を走らせていたら、この埠頭に辿り着いた。防波堤の側に彼はエアカーを停めて、アルフィンに埠頭の先まで行こうと誘った。
「あんな遠くまで?」
「いやか? 歩くのは」
アルフィンは微笑した。
「全然」
エアカーから降りて二人、手を繋いで埠頭を歩いた。ジョウが心持ち歩調を緩めて。
先端まで行って、疲れたねと剥き出しのコンクリに並んで腰を下ろした。
どちらも今日は口数が少なかった。
黙って海を眺めていたジョウが、「あーあ」とふいに天を仰いだ。
そして、
「眠くなった。悪い」
とごろんと横になり、アルフィンの膝に頭を載せたのだ。
アルフィンはびっくりした。いくら二人きり、人目がないからとはいえ、ジョウがこんなことをねだるタイプでないことは、自分が一番よく分かっている。
膝枕なんて……。
しかし驚きを顔には出さず、そのまま彼を受け止めた。
ジョウは参っているのだ。事件のダメージからまだ抜け出せていない。
マチュアを救えなかったこと。仲間だと思っていたバードに、連合宇宙軍に海賊討伐のだしにされたこと。いや、それよりもっと大物の黒幕を暴き出すために使われたこと。それに、アラミス評議会も、実の父も事件に一枚噛んでいたこと。
色んな思惑の上でいいように自分のチームが転がされて、道化の役回しだったことを突き付けられ、打ちのめされている。それだけならまだしも、マチュアは非業の死を遂げた。
だから、こんな、子供みたいな甘え方を……。
しょうがなかった。誰も悪気はなかった。タロスやリッキーがしきりに慰める。けれど、頭では理解できても感情がどうしても追いつかないのだろう。
マチュアさんを助けられなかった。多分、ジョウが一番堪えているのはそのこと。
アルフィンはかける言葉が見つからずに口を噤むことしか出来ない。ジョウには笑っていてほしいのに。
いくら笑いかけても、寂しげな笑みが目元に浮かぶだけだ。
だから、そばにいるとアルフィンは決めた。
こういう時。ジョウがしんどい時、落ち込んだ時は、いつもより一層離れない。何ができるわけでもないけど、そっと見守ろう。彼が立ち上がるまでの時間を、一緒に過ごす。
アルフィンは、事件の前後の一部始終をつぶさに見ながら、今はそんな風に思っていた。
「……」
元気になって、ジョウ。
彼女は優しく、ジョウの肩に手を掛けた。
そして、
「眠ってもいいよ」
と声を耳元に落とした。
もう寝てるかもと思いながら。
「うん。……いや、勿体無いかな」
海のほうを向いたまま、彼は返した。
「勿体無い?」
うん。ジョウは頷いて言った。
「アルフィンの膝枕。レアだから」
ま。
「しれっと当たり前みたいに枕にしたくせに」
「それは虚勢だよ。断られたらどうしようかと思ってた」
「ばかね、あたしが断るわけないでしょう」
「……ん」
向こうを向いているジョウの表情は見えない。でも、耳たぶがほんのり赤いのは見て取れる。
「アルフィンは柔らかいな、……あったかい」
太ももにジョウの声が落ちかかる。今更のように自分が今日、ミニのワンピースを身に付けていることにアルフィンは気づく。
ちょうどジョウが頭を預けているあたりが、スカートの裾から覗く太もものところだ。揃えた膝頭が剥き出しになって彼の目の前にある。
と、そこでなんだか急に落ち着かない気持ちになった。
「そう?」
「うん。俺、馬鹿みたいに幸せだってさっきからずっと思ってる」
ボソッとした呟きを風がさらう。
聞き逃しそうな声だったけれど、アルフィンには届いた。
「ジョウ」
「ずるくないか、俺だけ。こんなにあったかくて、優しくされていいのかって思ってる。うじうじ同じことばかり考えて後悔してる。全然ダメだな」
消えてしまいてえな、と、とってつけたように戯けた口調で言うから、アルフィンはとっさに彼の頭を叩いた。
「痛え」
反射でジョウが頭を押さえ、身を起こしかけた。それを強引に押さえ込みながら、アルフィンは言った。
「何言ってんの、そんなのいいに決まってるでしょ。ダメでいいの。後悔だって反省だって、好きなだけすればいい。
あなたがへこんだら、あたしが慰めるわ。膝枕だってなんだってする。 ……慰めにはならないかもしれないけど、それでもするわ。あたしがしたくてするから、気にしなくていいの。だから」
とそこで、一瞬言葉に詰まる。
でも何かを踏ん切るように、アルフィンは言い切った。
「消えてしまいたいなんて言わないで。お願い、ジョウ」
あなたが消えたら、世界が消える。
あたしには同じことよと声を震わせた。
胸が痛かった。辛かった。
今回の件で、一度も泣かなかったアルフィンだが、今ここで初めて涙をこぼしそうになった。
キュと、唇を引き結ぶ。
「アルフィン」
ジョウが息を呑んで、彼女を見た。
下から見上げる格好となった。視線に気づいて、
「! やだ、ちょっと。見ないで」
ぐい、と彼の顔をアルフィンが手で覆う。
「変な顔になってるから。下から見ちゃだめ!」
ぐいぐいぐいと視界を隠す。
いててててと、ジョウが呻いた。
「わかった、見ない。見ないから」
「約束よ……?」
「うん」
ジョウは軽くうなずいてまた海の方へと目線を移した?
しばし、沈黙が流れる。アルフィンはその間に乱れた気持ちを整えて、涙を引っ込めようと懸命にこらえた。
あたしが泣くわけにはいかない。あたしより何倍も泣きたいのはジョウの方だ。
今はあたしがこの人を支える番。そう言い聞かせる。ーーと、
ややあって、
「これでいいんだよな、きっと」
合わせた腿のあたりから声が聞こえる。
ジョウが背中で言っていた。
「みっともなくても、へこんでもいいんだな、俺。君がいれば」
穏やかな声。
海から吹き付ける風に、二人は包まれた。まばゆい光と共に。
「……うん」
アルフィンは顔にかかった金髪をそっと手で押さえた。そして
「いいよ、ジョウ。まんまで、いいよ」
唄うようにゆったりと答える。
ジョウは一つ大きく息を吸い込み、また目を閉じた。
「ーー」
それ以上言葉にならなかった。言葉はいらなかった。
アルフィンはジョウに膝を貸してやり、その肩をあやすようにさすっていた。いつまでも。
海の遠鳴りと潮風を聞きながら、ジョウはまるで子守歌みたいだなと思った。
世界っていうゆりかごの中で、あったかい毛布にくるまれて守られてるみたいだ。ーーそんなふうに、思った。




俺が母さんと結婚しようって決めたのは、あの日のことだ。今でもはっきりと覚えてるよ。
後にジョウがタクマに語ることになる。
「へえ~。そんなことがあったのかあ」
父ちゃんが膝枕とか、母ちゃんにしてもらうことなんてあるかねえと半信半疑の目で、ジョウを見上げるタクマ。
ジョウは笑った。
「お前の知らないとこで、ちょくちょくしてもらってんだよ。マル秘でな」
タロスたちには言うなよ、と一応釘をさす。
へえ。全然そんな素振りとか見せないのに。
俺らが生まれた時から父ちゃんは業界じゃ有名人で強くて売れっ子で、いつも堂々と仕事をこなす姿しか見てこなかっただけに、驚きの色を隠せない。
「どうかな~? いいネタじゃんこれって」
「お前……ばらしたら向こう三カ月小遣いなしだぞ」
「う」
「まあ、そういうことだ」
ジョウは少しだけ照れくさそうに息子に言った。
「昔も今も、俺はアルフィンには頭が上がらないのさ」
それはずっとぞっこんなんだってことと同じ意味合いの言葉だということは、国語が苦手なタクマでもばっちし理解できた。
母ちゃんは偉大だな、改めてそう思う。
父ちゃんにこんな幸せそうな顔させられるの、この世で一人しかいないんだぜ。なあ?

END

大分前に「YOU」という、CJ劇場版の後話を書いたのですが、別の視点でのお話が浮かんだのでUPします。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« デート問題 | トップ | 彼のトリセツ »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
新作ありがとうございます。 (ゆうきママ)
2023-10-07 22:32:28
こんばんは。
マチュアの死は、やっぱり堪えるよね。

P.S.タクマへ
母ちゃんは、偉大なんだぞ!
内緒だが、酒乱で、ディスコ一軒壊したし...
お前も気をつけろよ。
母ちゃんの機嫌を損ねたら、食いっぱぐれるから(笑)
返信する
Unknown (あだち)
2023-10-10 02:10:01
コメントありがとうございます。
父も息子も、アルフィンには頭が上がらない、それが、家族平和なのですなぁー
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

CJ二次創作」カテゴリの最新記事