デート問題

「ねえ、明日って映画観に行くのよね？」

「ああ。そのつもりだよ」

「その後は？」

「その後？」

「映画観た後のこと」

「んー……。特に考えてなかったけど、ちょっと美味いものでも食うとか？」

「美味いものって？」

「……イタリアンとか、かな。何か食べたいものでもあるか？」

ほんの少し、ジョウの声色が変わる。少しだけいぶかしむような含みを帯びる。

これは、もしかして姫君の面倒くさいモードが発動したのでは……。と隣に座る彼女を盗み見る。

アルフィンは「ううん。別にこれといってあるわけじゃないけどォ」とかぶりを振る。

「じゃあ、どうした？」

決してご機嫌というわけではない。明日、デートを控えているというのにどこかしら拗ねた口調だ。ジョウもアルフィンとの付き合いは長くなった。学習能力。

アルフィンはそのきれいな碧眼をジョウに向けて言った。

「映画デートってさ、観終わった後に二人でおもしろかったねー、とか、あそこつまんなかったねーって言いあって盛り上がるのがだいご味でしょ」

「まあ、そうだな」

適当なタイミングを見計らってジョウは相槌を打つ。

「その後にご飯食べて、アルコールとか飲んじゃって、好い雰囲気に突入するのよね。甘～い感じに」

「ん、まあな」

個人的に引っかかるところもないではなかったが、ジョウはうなずいた。

アルフィンは思案するように口をぎゅっとへの字に引き結んだ。そして、

「あたしたちって、映画観なくてもお話は盛り上がるし、ご飯はいつも一緒に食べるし、アルコールはあたしは今のところ禁止されているし、じゃあどうしてわざわざ外に出かけてまでそういったもろもろをこなすの？って思ったわけよ」

だいたい、映画に出かけなくてもうちで動画配信で最新のものを見られるしね。生真面目な顔をしてそんな風に言う。

「ああ……なるほど」

つい、思ったままを口にしてしまうジョウ。すかさず、

「何がなるほど？」

隣からツッコミが入る。

「いや、確かにアルフィンの言うとおりだなって」

なるほど。今日のめんどくさいモードはそっちにスイッチが入ったのか、という納得だった。でも口にするはずもない。

「でしょう？　つまり、あたしが引っかかっているのはさ、ジョウと映画に出かけてレストランとかで食事して帰るのって何か意味があるのかってことよ。全部、普段からあたしたちがふつーにしてることなのに。あたしはそう思ったわけ。ねえ、ジョウはどう思う？」

アルフィンは至極真剣だ。大真面目に訊いているのだとわかる。

そして、ここで答え方をしくじると、たいへんこじれて面倒くさいことになることも織り込み済み。だからジョウは慎重に言葉を選んだ。

「そうだな、確かに君の言うとおりだ。最新流行の映画はうちで見られるし、美味い飯も毎日君のおかげでたらふく食わせてもらってる。話のネタは全然尽きない、いつまでだって時間を忘れて話していられる」

「うんうん」

アルフィンが身を乗り出す。

「アルコールは……しばらくだめだぞ。禁止だ」

ジョウはそこだけ語調を強くした。先日、アルフィンは羽目を外しすぎてべろんべろんに酔っ払い、港のバーを一軒半壊状態にしたところだ。そこだけは目こぼしは許さないとばかりにジョウは彼女をじろっと睨む。

ばつが悪そうにアルフィンは顔を背ける。

「わかってるわよォ、そんな怖い顔をしなくても」

「ふん。ーーまあ、いいや。俺が、映画デートって何か意味があるの？とこじらせている君に言いたいのはだな、俺がうちでも見られる映画を外にわざわざ出かけて行ってまで観たい相手はアルフィンだけだってことさ」

「ーーえ……」

虚を突かれて、アルフィンが固まる。

目を見開いて彼を凝視した。

ちょっと照れた様子で赤くなり、視線を逸らしつつ彼は言った。

「俺は、けっこう楽しみにしてるんだけど、君は違うのか。明日のデート。……何を観るかも決めてないし、レストランも気分で選ぼうかって思ってるくらい適当でいつも行き当たりばったりだけどさ。たまには外で、デート、しないか？　アルフィン」

俺と……ジョウはそう言った。

アルフィンは満面の笑みを浮かべた。

両腕を開いてジョウに正面から抱き着く。ぎゅううっと。

「１００点！ううん、１２０点あげる。ジョウ。大好き！」

首っ玉にかじりつかれつつ、ジョウはやれやれと内心肩の荷を下ろす。

ほっと息をついて、アルフィンの背中をぽんぽんとはたきながら、

「それはどうも」

と苦笑した。

無事、ミッションコンプしたみたいだ。

リビングでその一部始終を見守っていたリッキーがそこで、ぼそっと「すげえや、兄貴」と呟いた。

END

久々の二次です。リハビリ…