背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

セイレーンの見せた夢(10)

2021年09月19日 01時27分03秒 | CJ二次創作
「ところで君は、なんで俺じゃなきゃだめなんだ」
黒のエアカーを駆って、高速を走らせながらジョウが言う。助手席にはアルフィン。ポニーテイルに髪を結い上げ、スリムタイプのデニムにピンクの綿シャツという極めてカジュアルな格好に着替えている。
いつもフェミニンな着こなしを見慣れた分だけ、新鮮だった。
ポニーテイルのおくれ毛が特にいい。頭が小さいので、大概のヘアスタイルは似合いそうだが。お姫様というより闊達な女子大生という感じ。ひじょうに彼好みの出で立ちだった。
王室御用地は、ナビに従うとあと小一時間ほどだ。平日なので高速も混んでいないし、スポーツカータイプのエアカーを調達してくれたので、操縦も楽しい。
ご機嫌な鼻歌さえ出そうな雰囲気だったが、ジョウがふと心に浮かんだことを口にした。
君はなんで俺じゃなきゃだめなんだ?
「え?」
「そういえばまだ聞いてなかったと思って。俺はちゃんと言ったのに、アルフィンは俺に言ってないよな。俺じゃなきゃならない理由も、いつから異性として意識したのかとかも」
面と向かって訊くのは気恥ずかしいが、一度頭に浮かんだことはアウトプットしないではいられない性分だ。よくよく考えれば、俺だけ言っているというのもなんとも不公平ではないか。
「あら、そうだった?」
「そうだった、って、おいおい」
完全に空っとぼけるつもりだな。ジョウは隣をじろっと睨んだ。
でもサングラスをしたジョウの目が見えないのをいいことに、アルフィンは「いいじゃない今更。あなたのことだもの。どうせわかってるんでしょう」とフロントガラスを見たまま煙に巻こうとする。
「そんなことはない。再会するまで、君が俺のこと想ってくれてるかどうかも自信がなかったくらいだぜ」
「だって、ジョウしか男の人に見えないんだもの」
あっさりと告白した。
もっとのらりくらりと逃げるつもりかと思っていたところだった。
アルフィンは運転席の彼を真っ直ぐに見て言った。
「あなたに出会ってから、他のどんなカッコいい人に言い寄られても、結婚を前提にって申し込まれても、全然心が動かないんだもの。
あたしにとってあなたはたった一人、男を感じさせて、触れてほしいキスしてほしいって思えるひとなんだもの。あなたじゃなきゃ、だめに決まってるわ」
「……アルフィン」
他の男が男に見えない。これ以上の賛辞があるだろうか。
ジョウはすっかり照れてしまった。押し黙る。
「あー。照れ屋さんね、ジョウ。自分で訊いておきながら」
アルフィンがからかう。運転席のジョウの腕に腕を回してそっともたれた。
言わなくてもいいかなと思った。けれども彼も言葉という「重し」が欲しいのかもしれないと思い直した。
昨夜、たくさん彼は「重し」をくれた。あの求愛の数々の言葉に守られ、あたしはこの先ずっとこの人とともに歩いて行ける。
彼の腕におでこを押し当て、アルフィンは幸福な気持ちで目を閉じた。
「きっとあたしの方が好きよ。好きの年季が違うもの。――でもそれでいいの」
「……いま、さらっとカッコいい人に言い寄られたり、結婚を前提に申し込まれたりって言ったか。そんなにモテてたのか、アルフィン」
いや、モテそうだけどと重ねるジョウに対してアルフィンが呆れた。つい、と身を離す。
せっかくいいムードだったのに。もお。
「ツッコむところがそこ? いいじゃないそんなことどうでも」
あんまり触れられたくないのか、話を畳もうとする。
縁談もひっきりなしに来ていたみたいだし。そりゃ、浮いた話の一つや二つ無い方がおかしいが、お互いこの年になって。
それでもジョウは「どうでもよくない」とむすりと言った。
「結構嫉妬深いのね。知らなかった」
「俺も知らなかったよ」
アルフィンがたまらず吹き出し、つられてジョウも笑った。
オープンカー仕様なので、本当は幌を上げて風を感じたいが、お忍びなのでそこは我慢。
ジョウはアクセルを踏み込んだ。エアカーが一段ギアを上げて唸る。
この人といると、万能感を感じる。--なんだってできるし、どこへだって行ける気がしてくる。
甘い麻薬のような女性。一生隣に置いてその麻薬に浸かりたい。どっぷりと頭の先まで。
隣にアルフィンの笑顔を乗せて、快晴のピザンの街を疾駆する。最高の気分だった。



王室御用地とは、簡単に言えば牧場だった。それはそれは広大な。
そこにアルフィンの愛馬がいるという。10年前の誕生日に国王に贈られたものだと。
もうだいぶ年を取って、足腰が弱くなったけれども、まだ元気に過ごしている。アルフィンも何か月かにいっぺん、どんなに忙しい時も必ず通って世話をしていたとのことだった。
国を発つ前にちゃんと彼女にお別れを言いたいのだとアルフィンは言った。そして彼女にあなたを会わせたいのとジョウを連れてきた。
愛馬の名をサリーという。
「あたしはきょうだいもいないし、この子が妹みたいなものだったの。家族同然なのよ」
馬房で二人を出迎えた栗毛の馬は、アルフィンを見るなり鼻先を摺り寄せてきた。
アルフィンは愛おしそうにサリーの顔を両手で挟み込むように抱きしめた。
頬を寄せる。
「会いたかった? あたしもよ。元気そうね」
しっぽを振っている。アルフィンとの再会を果たすと、次にその優しい黒い目をジョウに向けた。
「あなたは誰って聞いてるわ」
ジョウは馬をじかに見るのも、触るのも初めてだった。おそるおそる、首のあたりに手のひらを添えた。
あたたかい。そしてなんて美しい毛並みだ。ため息が漏れる。
「こんにちは」
サリーはジョウのTシャツの襟ぐりやベルトのバックルに鼻先を向けた。ふっふっと熱い息がかかる。
今日はジョウもカジュアルダウンして、履き慣れたデニムに白のTシャツだった。その上にアイボリーのVネックの薄手のカットソーを羽織っている。アルフィンと似たようなラフな格好。
出かける前に、動ける服を着てとアルフィンからリクエストがあったのだ。運動ができるようにと。
「あたしの旦那様のジョウよ、あなたに会わせたかったの。どうしても」
アルフィンが紹介する。すると、
「おお。結婚なさるんですか、いよいよ。姫様」
「それはそれは、おめでとうございます」
ジョウとアルフィンをこの厩に案内した御用地の管理人夫婦も作業していた牧童たちも、色めき立った。
もっとも彼がここに現れた時点で、なんとなく予感はしていたのだが。
「まだ内密にお願いね」
「もちろんです。その辺は大丈夫です。ここで働いている者たちは口が堅い連中です」
お任せくださいと、管理人が胸を叩く。
「鞍を着けてほしいの。あと、ジョウが乗る馬も1頭見立ててくれるかしら。気性が優しい子がいいわ」
わかりましたと言って管理人が下がってから、ジョウは、
「俺、馬になんか乗ったことないぜ」
とアルフィンに耳打ちした。
「だいじょうぶ。あたしが教えてあげるから。あなたの運動神経なら、すぐよ」
「そうかなあ。生き物は戦闘機とは違うだろう」
彼らしくもなく、少し不安そうな顔。
しかしそれは杞憂だった。
ジョウには鞍をつけた白馬が用意された。サリーよりも一回り大きい。
サラブレッドだ。すらりとした美しい肢体と細い脚。しっかりと手入れされたひづめ。知的な瞳。
何もかもがジョウを虜にした。一目でこの馬を好きになった。
アルフィンと牧童が乗り方を教えると、一時間もしないうちにジョウは難なく速足までできるようになった。
体幹が強いのと、もともとの運動神経が抜群なのと、落馬を怖がらないのが相乗効果を生んだ。
「うそでしょ。本当に今日初めて馬に乗るんですか」
ジョウにレクチャーした牧童頭が呆れるほどの呑み込みのよさだった。
アルフィンが言った。
「ほらね? すぐに乗れるようになるって言ったでしょう」
にしたって、上達しすぎ。呆れるくらい。
ジョウは、完全に乗馬に嵌まった。もともとが、乗り物が好きなタチなだけに、マシンじゃない生身の動物を操る楽しさは格別だった。
アルフィンはサリーにまたがり、ゆっくりと牧草地を走らせた。サリーはこれが最後だと分かっているのか、アルフィンとの時間を惜しんでいるような目で、時折彼女を見えた。
ジョウがその隣に白馬を寄せた。駆け足を、二人と二頭で刻む。
時間を忘れた。


ランチは遅めに。――諸般の事情で、二人が朝食を採ったのが10時近くだったため。
アルフィンがサンドイッチと軽食を作ってバスケットに入れ持ってきていた。
馬房に馬を戻して手を洗い、適当な木陰を探して二人はシートを広げて外で食べることにした。
アルフィンが、ポットに入れた持ってきたコーヒーをカップに注いでジョウに手渡す。
「熱いから気を付けて」
「サンキュー。気が利くな」
心地いい風に吹かれながら、手作りのサンドイッチを食べる。
遠くに見える柵の中で、羊たちがのんびり草を食んでいるのが見えた。
のんびりと時間が流れる。ジョウは、「ここはいいところだな」と口にした。
「え?」
「いや……この国は、人も動物もあったかい。本当にいい国だなと思って」
俺は宇宙生活者だから、小さい頃から色んな星、色んな国を見て回っているけど、と言い添える。
「ピザンはいい国だ。国民が善良で、王室の人たちに深い敬意と愛情を抱いている。王室と国民との距離が近い。信頼関係がある。実際に滞在するとわかる。いい国だよ、本当に」
「ジョウ」
熱いコーヒーを一口含んで、ジョウは南風に髪をなぶられるままに任せた。
気持ちよさそうに草原を見晴るかす。
「こうしてここで座って、動物たちがのんびり草を食べているのを見ていると、本当に立ち直ったんだなと思ってさ。反乱の痛手から。6年のあいだ、国民全員で踏ん張ったんだなって。いま実感してる」
のどか過ぎるほどのどかな光景に身を置いて、陽光に温められた草のちくちくした感触を手の下に感じながらジョウは噛みしめるように言った。
「君も頑張ったな。えらいよ」
「……あたしは特に何も。やれるだけのことしかできなかったし」
「離れがたいだろう。こんなに美しいふるさとは」
アルフィンはそこで一瞬黙った。ジョウと同じ、遠くの羊の群れを見つめる。
毛糸の玉がもこもこ動いているように見える。可愛らしい。
「そうね。立ち去りがたいわ」
正直に言った。
「でも、もうこの国はあたしがいなくても大丈夫。お父様もお母様もいるし、何より国民ひとりひとりが未来に向かって着実に歩いている。だから、もう大丈夫なの」
そう言って、顔を彼に巡らす。
じっと碧い目を向けた。
「あなたは強い人だけど、それでもこの先、一人では大丈夫じゃないときが来るかもしれない。
縁起でもないって言わないでね。でもあたし、そういうときのあなたの傍にいたいの。順風満帆なだけじゃない、英雄じゃない生身のあなたの一番近くにいたい。
だから、いいのよ。罪悪感なんて感じないで。あたしを連れて行って。あたしがこの国を出て、あなたと行きたいの、ジョウ」
「アルフィン」
ジョウは彼女に唇を寄せた。
牧童が、誰が見ていても構わないと思った。
口づけを交わす。
「……サンドイッチの味がする」
アルフィンが赤くなって口を指先で押さえる。ジョウは言った。
「宮殿では、最後までできないけれど。ここは宮殿の外だよな」
え?
「アルフィン、どこか二人になれる場所に行こう。もう俺が限界だ」
熱に炙られたような低い声。少しだけ掠れているのがジョウらしくなかった。食べていたサンドイッチをコーヒーで飲み下す。
「……いま?」
「いますぐに」
頷いた。
「馬房のある厩の二階が、屋根裏みたいになってて、わらとかを保存する場所だけれど。……外じゃないとしたら、あそこぐらいしか」
「人払いしてくれ。行こう」
ええっ。
あそこでするの。は、初めてなのに。
いえ、行為自体は初めてではないけれど。結ばれる場所がよりによって厩?
躊躇するアルフィンの手を取って、ジョウは足早にさっき馬を返した馬房に向かう。アルフィンはシートに広げっぱなしのランチを気にして振り返った。
「待って。さ、さすがにあそこはないんじゃない?」
野性味あふれすぎ。もっとこう、最初に相応しいロマンティックな場所が……。
でも完全にジョウに火がついてしまっている。何度も宮殿で「おあずけ」を食った若い肉体は、今のアルフィンの言葉で抑止が利かなくなった。
「あそこはキリストが生まれた神聖な場所だぜ。――ある意味、俺たちの初めてには相応しすぎるほど相応しいかも」
屁理屈まで繰り出すありさまだ。
「そんなこと言って、無神論者のくせに。ジョウ、手、痛いってば」
「でないとここで押し倒してしまいそうなんだよ。外ではまずいだろさすがに」
犯罪者になっちまう。
「あそこだって、半分外みたいなものよ。――もう、ジョウったら強引よ」
聞く耳をもたない旦那様は、アルフィンを有無を言わさず馬房に連れ込んだ。二階に通じる階段をあがり、干し藁が敷き詰められ、小山に盛られたふかふかのベッドにアルフィンを横たえる。埃っぽいけれど、決して不潔な感じはしなかった。
陽だまりのにおい。乾いた草の匂い。床下からは馬の呼気や嘶きが聞こえる。
性急にジョウは自分から服を脱いだ。カットソーとTシャツを一気にはぎ取った。脇に放る。
上体、裸になった彼に組み敷かれながらアルフィンは思った。
厩で初めて愛を交わしたお姫様は、全宇宙広しと言えどもあたしだけじゃないかしら……。
そんなことを思い、――あとは彼の情熱的な愛撫に我を忘れ、ひといきに思考を奪われていくのだった。

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