翌日。
ジョウとアルフィンはお忍びで、郊外にある王室御用地へ出かけることにした。エアカーで片道2時間ほどかかる。
ピザンを発つ前にどうしても行きたい、一度ジョウも連れて行きたかったとアルフィンが望んだのだった。
グラハムが車と運転手を警備を手配すると申し出たが、二人は固辞した。
完全オフ。プライヴェートなので運転手もSPもいらないと。それを聞いてグラハムは難色を示したが、
「運転は自分でするし、アルフィンの護衛も俺がする」とジョウが言った。
「確かに、あなた様ほど腕の立つSPは本国にはおりませんけれども……」
「エアカーを貸してくれるだけでいい。あまり目立たないものを。あと、銃を一丁頼む。小型のものでいい」
「はあ」
それでも一応は国王に伺いを立てたらしかった。
ジョウの希望通り手配されたので、ハルマン三世の許可がおりたのだろうと想像した。
「お帰りは何時ころにおなりでしょうか」
訊かれてアルフィンが答えた。
「そうね、今からだと夕方になるかしら。お父様たちとの夕食には間に合うように帰るわ」
グラハムはしかつめらしい顔をこしらえた。
「姫様、くれぐれもお気を付けください。マスコミもそうですが、今は一般人がすぐにSNSなどに情報をリークできる時代です。二人がどこそこにいるなど拡散したら、あっという間に居場所を知られて身動きができなくなるかもしれません。あまり羽目を外しませんように」
生真面目に注進する。
グラハムの危惧も十分 分かっていた。
「羽目なんか外しません。信用ないのねあたしたち」
アルフィンが少し拗ねた顔を見せる。グラハムは眼鏡のブリッジを指先で軽く押し上げた。
「あまりにも仲がおよろしいので、要らぬ心配をしてしまうのですよ」
まあ、国民に知らせるためにはリークされた方がいいのかもしれませんがねと言い添える。
ジョウとアルフィンが結婚というか、婚約したことは宮殿内の職員にはまだ知らされていない。しかし、二人の様子や物腰からは完全に男女の親密さが窺えた。誰もが一目見ただけでこの二人は恋人同士かそれ以上の関係だ、そしてそれを隠す必要もなくなったのだと悟った。
宮殿内でそのように振舞うということは、国王陛下と王妃の許しを得たのだと。忠義に厚い王室づきの職員は察していた。そして我がことのように悦ばしく思っていた。
晴れがましいムードが宮殿内に漂う。
ただし、グラハムの立場では喜んでばかりもいられない。もしもの時を想定して、耳に痛いことも口にせざるを得ない。
「まあ。王室御用地からよそには行かないし。ここから往復するだけだから。たぶん大丈夫よ」
「夜には、姫様が指名なさった写真家が来訪なさいます。18時には確実にお戻りくさだい」
「わかったわ」
アルフィンは言った。
ここからは少し時間を巻き戻して。今朝、もはや早朝とは言い難い時刻。
普通の勤め人が、出勤する時間帯。アルフィンがジョウの客間をノックした。
「ジョウ、起きてる?」
長い移動の疲れと、結婚の許可をもらった安心感からか、ジョウは熟睡していた。
アルフィンは彼のベッドに歩み寄って、すっぽりと被っているブランケットをはぎ取った。
「おはよう。起きて。朝食の準備ができてるわよ。一緒に食べましょう」
ベッドサイドに腰掛け肩を揺さぶる。
ジョウはもぞもぞと大型の犬が丸まるように身を縮めた。アルフィンに背を向けたまま。
「ジョウってばあ」
「……もう少し。寝かせてくれ」
「だーめ。起きて。今日は一日あたしに付き合ってくれる約束でしょ」
起きてごはん食べよう? とさらにゆさゆさと揺り起こす。
「むー」
目をこすりながらジョウが仰向けになる。その顔をアルフィンが覗き込んだ。
「奥さんが起こしにきてあげたわよ。起きて、あなた」
茶目っ気たっぷりに言う。
ふっと眠気が引いた。ジョウはぱちっと目を見開いた。
アルフィンのはにかむ顔が間近にある。
思い出した。昨日の夜のこと。夕食会と夜の庭園の記憶の断片が次から次へと脳裏に蘇った。
そうだ、俺は昨夜国王と王妃にアルフィンとの結婚を許可されたんだった。それで……
改めて彼女に目をやる。客室には南向きの大きな窓から、明るい陽光がふんだんに射しこんでいた。アルフィンがカーテンを開けてくれたのかもしれなかった。まるで日にさらされるプールサイドのようだ。
金髪が朝日を浴びて更に輝いている。
「目が覚めた? おはようジョウ」
今日もひときわ美しい。ジョウは目をしばたたかせて首の後ろに手を当てた。
「おはよう、……今何時だ」
頭が回らない。眠気を引きずっている。
「もう9時になるわ。お父様たちは執務に入ったわよ」
しまった。そんな時間か。
がばと上体を起こしたジョウを見て「焦らなくてもいいわ。ゆっくり寝かせなさいって言ってたから」とアルフィンが笑う。
「ジョウは昨日一世一代の大仕事をしたんだからって、お父様が」
「そりゃそうだが、にしたって、体裁が悪い」
参ったなと、寝乱れた髪を掻いた。
結婚の許可をもらった後で寝坊なんて、気が抜けたと丸わかりだ。
「いいの。ゆっくりできたんなら。――でも、あたしはお腹ぺこぺこ。起きて、一緒に食べよう?」
そこでジョウはようやく気が付く。待っていてくれたのだと。自分が起きるまで。
彼はアルフィンをハグした。ぎゅうっと抱きしめて、「おはよう」ともう一度言う。
「いたあい」
アルフィンがくすくす笑った。髪に鼻先を押し当てると、香りが彼の鼻腔をくすぐった。
シャンプーかリンスの爽やかな匂い。きっと朝シャワーを浴びたのだろう。
ジョウはそのまま耳やうなじにキスを練り込んで、ベッドに彼女を引っ張りこむ。
「きゃっ」
「さっきのもういっぺん言ってくれ。起きて、あなたってやつ」
アルフィンを後ろから抱きしめる格好になってジョウが言った。
最高に可愛いな朝から、と我ながらべた惚れのしるし。
「俺をこんな風に毎朝起こしに来てくれるか、結婚したら」
「いいけど。ミネルバでもあたしたち、別々の部屋で寝るの?」
あ。
そうか……。
「うちの船は個室ばかりだ。そうだな、改造しないと」
夫婦用の寝室にと考えを巡らす。
無意識のうちに、彼女の服の上からボデイラインをまさぐっていく。
「――ジョウ待って。朝から。だめったら。ごはんが冷めちゃう」
アルフィンが足掻くけれども、キスで封じ込めて。
「ん。ゆうべ我慢した分ほしい」
その合間にジョウが言った。
アルフィンの服の前合わせをはだけると、ブラジャーに包まれた白い胸が露わになった。
「や。コックにまた迷惑掛けちゃう。だめ」
アルフィンが手で覆い隠そうとするのを身体で遮る。ジョウは谷間に鼻先を寄せ、ふっくらと柔らかい両の丘を手のひらに包み込んだ。
「朝飯より先に君を食べたい」
「もう……あなたが言ったんだからね。宮殿では最後まではだめだって」
「だから最後まではしないよ」
「いつもあたしばっかりなんだもの。こんなの生殺しよ」
「生殺しにされてるのは俺だ。どれだけ堪えてると思ってる。身体に悪いぜ」
「明るいところばっかりで恥ずかしい。せめて夜まで待って」
甘くねだるが、ジョウは聞き耳を持たない。
「だめだ。待てない」
魅力的な君を前にして無理な相談だ。そう殺し文句を言って、ジョウはアルフィンを開いてじっくり味わっていく。
朝食の時間は大幅に遅れた。
昨夜、夕食会の場で国王がジョウにした二つ目の質問は、「アルフィンとの結婚をどうやって国民に知らせるつもりでいるのか」というものだった。
アルフィンでければならない理由を尋ねられたのが一つ目。それに答え、無事結婚の許可はもらった。ほっと一息ついたジョウにハルマン三世は質問を重ねた。
「アルフィンは適性検査で弾かれ王位継承権はない。しかし、子供のころから国民に慕われていてね。有難いことだが、ピザンの人々はこの子を自分の娘か孫のように思い、成長を見守ってきた。親の私が言うのもなんだが、国民からの人気は高い。反乱鎮圧の後は、人気だけではなく、そうだな、信望を集めているとでも言うのかな。
とにかく、国民に何も結婚の報告をしないまま、君たちがこの星を後にすることは出来ないと思うのだよ。――どうだね、ジョウ」
尤もだった。
それに対するジョウの返答は、こういうものだった。
ジョウは近々国営放送のインタビューに単身で応じる。信頼のおけるアナウンサーを指名して、時間制限付きで。
結婚発表は、記者会見ではなくそのアナウンサーがインタビューをし、ジョウがそれに応じる形でしたい。極秘で撮影し、時期を見て公表する。
二人一緒の会見は行わない。
「なんで?」
アルフィンの疑問にジョウが簡潔に答える。
「……照れくさいから」
「それだけ?」
「って言うけどな、記者会見だといろいろ訊かれるだろう。俺の隣にアルフィンがいて、プロポーズの言葉はなんですかだの、いつごろから女性として意識したんですかだの。集中攻撃というか針のむしろというか、ああいうのは無理だ。やにさがっちまう」
取り繕えない。素が出てしまう。
「いつごろあたしを女性として意識したの?」
「なんで君がそれを訊く」
「いいじゃない教えてくれても。減るもんでも無し。
やにさがっちゃえばいいのに、この際。クラッシャーなら集中砲火だって突破するくせに」
「無茶言うな。結婚会見は別」
ジョウは憮然とした。
「アラミスの同業者も見るだろうし、依頼人の手前もある。――ピザンの王女の結婚会見なら全宇宙に発信されるんだろ。鼻の下伸ばしてでれでれになったら、百年先まで鬼の首取ったみたいに絡まれるに決まってる。俺の仕事はイメージ戦略も大事なんだ」
ジョウの決心は固かった。クラッシャーランク筆頭という矜持もある。プライヴェートのあまあまぶりをあえて自分から公に発信する必要は無い。
「しようがないわね」
アルフィンは肩をすくめた。国王と王妃が気づかわしげに尋ねる。
「アルフィンはそれでいいのかい」
「ジョウに任せるわ。この人がそうしたいなら」
「信頼しているのね」
「さっき、素敵なプロポーズを受けたからいいの。一生の宝物が出来たから。
でも、ちゃんと後で言ってもらうわよ。あたしをいつ意識したのかは」
「う、」
「なんだか尻に敷かれそうな気配だな、ジョウ」
国王は二人のやり取りを見て笑った。
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もしやっ❗️ミネルバ内クラジャケとウエディングドレス…🤭
私は、考えた。
個室をぶち抜くと、構造上問題が生じるかもしれないので、
個室の一つを寝室専用。
もう一つを、仕事や趣味・納戸にすればいいんじゃない?!
デレデレの記者会見も見てみたいかも。