背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

セイレーンの見せた夢(11)

2021年09月20日 05時41分51秒 | CJ二次創作
夕方、御用地を離れた。
サリーと別れるとき、アルフィンは少しだけ泣いた。長い抱擁のあと鼻先にキスをし、「元気でね。大好きよ」と囁いた。それから長年世話になった管理人夫婦や牧童たち、全員と握手を交わした。お世話になりました。今まで本当にありがとう。1人1人に言葉をかけるアルフィンを見て、自分たちのプリンセスはこれから旅立とうとしているのだとそこにいる誰もが察した。この青年とともに今日は別れを告げにきたのだと。
管理人夫婦、牧童たちは一列に並んで二人を見送った。西日に染められたあかね色の空を背負いながら、彼らはいつまでも手を振り続けてくれた。
湿っぽいのが苦手なジョウは、御用地を離れてしばらくしてから、助手席の窓に凭れるアルフィンにそっと耳打ちした。
「姫様、……服と髪に藁がついていますよ」
「!」
アルフィンはとっさに髪に手をやった。真っ赤になってジョウを睨んだ。ポニーテールは厩でジョウが解いてしまったので、いつもどおり長い金髪は背中に流していた。
「意地悪。誰のせいなのよ、もお」
帰路も高速を使うことにした。それが結果的には仇となった。
エアカーを運転をしているジョウが、出口付近で異変をとらえた。およそ1キロ先前方で煙が上がっている。

事故だろうか。黒々とした噴煙がほそく空にたなびいていた。心持ち、車の流れる速さが遅く、道が詰まってきたのがわかる。
ハザードを出して徐行し、目についた駐車帯に寄せた。後続の車が、次々追い抜いていくのに任せた。
「ジョウ」
アルフィンが不安そうな顔で、黒煙が上がる先を見ている。
「事故かもしれない。警察を呼んだ方がいいかな。ちょっと、見てくる」
エアカーから降りて、前方に向かって走り出す。
「あたしも行くわ」
「君は車にいろ。外に出るな」
王女がこんなところにいると知られたらまずい。お忍びがお忍びでなくなる。
そう思いつつも、アルフィンがエアカーにじっとしているはずもなく、後からついてくる。
ジョウは仕方がないか、と意識を前に集中した。停止した車の列の脇を駆け抜けるうちに確信する。
間違いなく事故だ。500メートルも走ると分かった。車が炎上している。大きい事故だと分かる。
そのころには、高速の片側、こちらの二車線が完全に停止して渋滞になっていた。クラクションを鳴らす者、窓を開けて前を探る者、みな緊迫した面持ちで前方を見ている。
車線変更時に接触でもしたのか、二台車が大破し、一台は腹を空に向けて転がり、炎上。もう一台も二車線をふさがるように横倒しになっている。
手前の車の外に、女性と子供二人が座り込んでいた。抱き合って泣き叫んでいる。
「お父さん! お父さんがまだ」
子供の声がジョウの耳に届いた。運転中事故に遭い、この家族は車外に逃げられた。でも、まだ横転した車の中に人がいるのだ。
ジョウのほかにも、数人、近くの車から降りて現場に駆けつけた男たちがいた。でも遠巻きに眺めるだけで、手を出せないでいる。
横倒しになった車にジョウも駆け寄った。運転席側が下になり、ドアが塞がれている。
地面に這いつくばるようにして、窓の中を覗き込む。
「警察と消防を呼んだんだがまだ来ないんだ」
誰かが言った。興奮気味、困惑気味に。
ジョウは車内に取り残された人の様子を窺う。中年の男性。頭部から出血。意識がない。割って窓から出すか。助手席側のドアから救い出すか。それとも消防が来るのを待つか。
車からぶすぶすといやな燻りが上がっている。見ると、アスファルトに黒くガソリンが広がっていた。
引火すると危険だ。ジョウの顔つきが変わる。
「急いで出さないとまずい」
どうする。どちらがリスクが少ない。窓を割るか助手席か。消防はきっと待っていられない。
そこへアルフィンが来た。息を弾ませている。厳しい面持ち。
「ジョウ、どうなってるの?」
「中にまだ人が残ってる。救出する。君は、あの家族を車から離して安全な場所に移してくれ」
「わかったわ」
車に乗り上がり、助手席側から出すことに決めた。ジョウは腕をまくった。車によじ登る。
幸い、助手席のドアは歪んでも壊れてはいなかった。開閉は可能だ。
ただし、手動ではなく電動で開けるタイプのものなので、通電していない今は開けることができない。ジョウは迷わず腰に差した拳銃を取り出す。
構えて、至近距離で撃った。二発。
銃声が高速道路に響く。
ジョウはフレームとドアの隙間に銃弾をぶちこんで、無理やり隙間を作った。そこに手を突っ込み、力任せにこじあける。ぎりぎりと車体が悲鳴を上げた。
ジョウは歯を食いしばった。くっそお。人力じゃ限界が……。バズーカでも持ってくりゃよかったとぼやきかけたとき。
「手伝うよ」
「お、俺も」
ジョウの意図を察したか、周りにいた人々が手を貸した。ジョウを見て、誰もがはっと顔色を変えるが、緊急時、人命救助優先とばかり真剣に作業を手伝う。
「すまない。この、ドアを引っぺがして、ここから出そう」
ジョウのこめかみに汗が光る。ぎりぎりと音を立ててドアがこじ開けられていく。
「わかった」
三人がかりで力任せにドアをこじ開けた。ようやく中が見える。
シートベルトが食い込み、運転手の男性はぐったりと前に身を投げ出すようになっている。顔色が悪い。
ジョウは、「誰かナイフかなにか持ってないか」と周囲に訊いた。
「いや」
「しかたがないな」
ジョウはまた拳銃を取り出し、ベルトの接続の金具のところに銃口を向けた。
周りの人間がぎょっとするが、構わず引き金を引いた。
金具に命中してシートベルトが弾けるように緩む。がくっと、運転手が前に倒れ込む。
自由になった。
「助けるぞ。俺が中に入る。押し上げるから受け止めてくれ」
「わかった」
ジョウの指示に従って、男性を救出する。車から外に出して、仰向けにして複数で引きずった。
最後の最後、車内に残っていたジョウが、助手席から抜け出した。懸垂の要領で、身体を持ち上げ車外に転げ出る。
それと同時だった。
電気系統がスパークして、火花が散ったかと思うと、ガソリンに引火した。
ボン、っと音を立てて車が燃え上がる。
間一髪だった。悲鳴が上がる。
「お父さん、お父さん!」
家族が、助け出された男性の傍に駆け寄った。子供も女性も泣いている。
「ふう~……」
地面に座り込んで、空を仰いだ。赤々と炎上する車体を見守る。気が抜けた。
「ジョウ」
家族に付き添っていたアルフィンが隣に来た。
「大丈夫?」と膝を付き、彼の顔を覗き込む。
「やれやれだぜ」
ジョウは救出作業やすすのせいで薄汚れていた。でもけがはないらしい。アルフィンが息をつく。
「よかった。無事で」
「ああ。じきに消防も警察も来るだろう。出血して意識がなかったけど、深手ではないみたいだったから、たぶん大丈夫だ」
そこまで言って、はっと我に返る。
自分とアルフィンを、救助に当たった男性たちが凝視している。そして、その後ろにも、停車させた車から降りた人たちが十重二十重に囲んで自分たちのことをじっと見ているのに気が付いた。
まずい。これは……。
ジョウはアルフィンと目を見交わした。ジョウはサングラスをどこかで落としてしまっているし、アルフィンにいたっては変装さえしていない。普段着のような恰好をしているが、この青年と美女は……。どこからどう見ても。
ピザンの国民として見間違えようがない。
「あ、あなたがたは、もしかして」
誰かが口火を切った。
もしかして、もしかしなくても、この二人は。
「あちゃー。ばれたか」
ジョウが呟いて、立ち上がった。服のほこりを手で払う。
アルフィンもやっちゃった、という顔を見せた。でも次の瞬間にはひらりと立ち上がり、とびきりのプリンセススマイルを浮かべた。
「事故に遭われた方にお見舞い申し上げます。でも無事で何よりです。
それではみなさん、後はお任せしますね。御機嫌よう」
アルフィンは略式の礼をした。二人はそのまま現場から離れる。
1キロ先に停車させたエアカーに足早に取って返した。人垣をかき分けて。
「まずいぞこれは。グラハムに叱られる」
あれほど言い含められていたのに。こんな目立つことをしてしまった。居場所がばれた。大々的に。
ざわめきと歓声と、携帯のシャッター音があちこちから聞こえる。高速の上、二人を中心にざわざわと波紋のように広がる。まずいまずい。知らず、駆け足になる。
「しようがないわ。人助けだもの」
グラハムに電話するわ。アルフィンはデニムの後ろポケットから携帯を取り出す。
「ヘリを手配してもらうわ。ここまで迎えに来てもらいましょう」
「派手だな」
ジョウは口笛を吹いた。
「エアカーは置いていくしかないわ。後で人を使って取りにこさせましょう。とにかくあたしたちはここから離れないと、パニックになる」
けが人が出たら大変。
現に今だって後ろから追いかけてくる人たちがいる。興奮状態は伝染しやすい。渋滞していた車の中にいた人たちも、状況を知って我も我もと飛び出すか、クラクションを鳴らし始めている。それは、祝意を示すラッパのような長い祝砲だった。
ジョウとアルフィン、二人に向けられた。
「ねえ、記者会見でもインタビューでも、早めにやらないと収拾がつかなくなるかもよ」
ジョウに遅れることなく走りながら、アルフィンが言った。
「参ったな」
ジョウはぼやいた。
「やっちゃったわね。また人助けね。よっぽど縁があるのね、あなた」
アルフィンが微笑しながら通話ボタンを押す。
「あ、グラハム。あたしよ。あのー怒らないで聞いてね。不可抗力なの。実はあのね、――」


ジョウの来訪がマスコミに嗅ぎ当てられる前に、SNSで動画が一気に拡散した。
高速での事故でジョウが人命救助をするところ、一部始終。アルフィンが泣き叫ぶ家族を宥めて寄り添うところ。ジョウが助け出した後、地面に座って二人が会話するところ。立ち上がって走り去るところ。ヘリが高速に到着し、二人を拾って飛び去るところ。色んな人がいろんな角度から撮ったバージョンで、あますところなく。
あのクラッシャージョウが来てる。アルフィン王女と一緒に行動している。しかも、人命救助。
いったい何事!?
話題性は抜群。「クラッシャージョウ」「アルフィン姫」がトレンドのトップに躍り出た。
結局、グラハムが危惧したとおりになってしまった。
王室広報室には、じゃんじゃん電話がかかってきているらしい。担当がてんてこ舞いだと。
さっそく取材攻勢が始まった。グラハムが対応のため、王室内に緊急対策本部を立ち上げた。
「どうしよう」
困ったような、嬉しいような。複雑な表情でアルフィンが訊いた。
王室関係者としてはゆゆしき事態だが、ジョウに嫁ぐ身の上としては大っぴらになったことはちょっぴり嬉しいというのが本音だ。
国王夫妻との今宵の夕食会は流れた。緊急事態のため。
「うーむ」
ジョウは腕組みをした。
不可抗力とはいえ、結果的に迷惑をかけてしまっている。このまま手をこまねいて夜を迎えるのも忍びない。
なんとかしなければなるまい。
頭が痛かった。


というわけで、そこから話は急展開した。
ジョウが緊急でインタビューを受けることにした。録画でと思っていたが、ライブ放送に切り替えた。
国営放送のアナウンサーに宮殿に出向いてもらい、一室を借りて、20時から1時間という時間制限をつけて執り行う。
20時からの放映に間に合わせるように、国営放送のスタッフが宮殿に駆け付けてセッテイングを行った。アナウンサーとも急遽打ち合わせを行い、夕方から今までばたばただった。
ろくに晩飯も食べていない、けれど仕方がない。
「変な憶測や噂を呼ぶより、ここまできたら俺の口からしっかり話した方がいい」
それがジョウの出した決断だった。


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2 コメント

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Unknown (おすぎーな)
2021-09-20 07:57:52
投稿ありがとうございます😆
いやぁ~ A嬢の言ったとおりご縁ですね~
偶然ではなく必然。神の思し召しといったところでしょうか😁
Jくん会見頑張れ~💨
次回、最終話なのですね。寂しい感がありますが、全裸待機←という心持ちで😁お待ち申しております~🎵
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最終回↘ (ゆうきママ)
2021-09-20 21:20:02
次回最終回か~寂しい...
事故を見て、ほったらかすわけにもいかないし...
ジョウらしいよね。
どんな記者会見になるのか。会見後も楽しみです。
アラミスも荒れるかな?!
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