背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

彼女の手帳

2023年01月07日 17時14分10秒 | CJ二次創作
ジョウがふと目を覚ますと、アルフィンの姿があった。
窓辺のスツールに腰をかけて、簡易テーブルの上に何かを広げて書き物をしている。
横顔に、金髪が落ちかかっていた。手元をわずかに隠しているのにも気がつかない様子で、集中しているのがわかった。
短い午睡から醒めたジョウだったが、あえて声をかけずにそのまま横向きにベッドに横たわった体勢で彼女を見つめていた。
何より邪魔をしたくなかったし、窓から射し込む緩やかな日差しを浴びて白く発光しているようなアルフィンの姿は、一幅の絵画のごとく静謐で完璧な構図だったからだ。彼は見とれた。
数分も経ったころ、アルフィンが視線に気づいたか顔を上げて彼を見た。
目を見開く。
「びっくりした。起きてたの」
笑顔を見せる。身体を彼に向けた。
「ああ。……どれぐらい寝てた?」
言われてアルフィンは時計を見た。
「40分くらいかな。何か飲む?」
「いや……。いい」
ジョウはリモコンを操作して、ベッドの背もたれを立ちあげた。30度ほどのところで止める。
「何を書いてたんだ。途中だったんじゃないのか」
起き上がったことで、アルフィンが手帳みたいなものにペンを走らせていたことが分かった。
アルフィンはああこれ、というように手早くテーブルの上に目を落とした。手帳を閉じて、ペンを片付ける。
「うん、ちょっとね。日記みたいなもの。備忘録みたいなやつ」
急ぎじゃないのよと言い添える。
「へえ」
初耳だった。アルフィンが日記をつけているなんて、<ミネルバ>に乗り込んできてからこっち、初めて聞く。
パスツール病院でのジョウの入院は長引いていた。病棟の窓から見える季節も夏から秋へと衣替え。緑が生き生きと輝いていた中庭の様子が、いつのまにか赤や黄色といった紅葉の色合いにドレスチェンジだ。
アルフィンがジョウの病室で過ごす時間も、大分長いものとなった。
見舞いに足繁く通ってくれることに、ジョウはただ感謝していた。


――あれ。
その日、アルフィンが引き上げてからジョウはテーブルに手帳が残されているのに気づいた。
さっき、彼女が書き物をしていたオレンジ色の表紙の。
雑誌や見舞いの手紙などの下に置いてあった。持ち帰るのを忘れたのだ。
どうしよう。連絡しようか。
でも、明日も来てくれると言ったし、携帯を置いていったのならともかく、手帳を忘れたというのは火急を争うことではない気がした。
黙ってここで預かっていて、不都合はないだろう。
「……」
ジョウは、ふとその中を検めてみたい気持ちに駆られた。
さっき、あんなに集中して何を書いていたのだろう。アルフィンは詳しくは語らなかった。
言葉を濁したふうでもなかった。たんに、日記みたいなものよ、と言った。
日記か……。
いや、いやいかん。だめだ。プライヴェートなものだ。見るなんて、やってはいかん。
ジョウは実際にふるふるっと首を横に振って、よこしまな想いを頭から追いやった。
薬を飲んで早く寝よう。そう言い聞かせてベッドに潜り込んだ。ブラケットを頭までひっかぶり、テーブルの方を見ないようにして、その晩は眠りに就いた。


「あ、やっぱりここだったあ。よかったどっかに落としたのかと思っちゃった」
次の日、病室に顔を出すなりアルフィンはテーブルの上を探った。
ジョウはさすがに寝不足気味だった。寝癖の付いた頭の後ろあたりを掻きながら、
「あー。連絡すればよかったか。悪かったな」
と身繕いを整えて言った。
とはいえ、パジャマの襟元を直す程度しかできなかったが。
アルフィンは、くるっとジョウに向き直った。
視線が合う。
「なんだ?」
「――見た?」
ストレートに訊く。ジョウの心臓が跳ねた。
「え、な、何を」
「これ、昨日、見た? 中身」
ずい、と手帳を目の前にかざす。ジョウは思わず身を引いた。
「い、いや。見てない」
「――? ほんと?」
ジョウのいらえに、若干のタイムラグが生じるのをアルフィンは見逃さない。
追及した。
「ほんと。全然見てない」
ジョウは両手を挙げてホールドアップの体勢を取った。無罪です。何もやってませんの証左として。
「……ふーん。そっか、まあいいわ。信じる」
「おい、疑うなって。俺、ほんとに何も見てないからな」
「べつに疑ってないもーん。信用してます」
くるりと背を向ける。
逆にジョウがむきになった。
「その態度、信じてないな」
「信じてるわよ。ジョウはひとのプライバシーに関わることを勝手に盗み見るような人じゃないもん。たとえそれがあたしのじゃなくたってね」
そういうとこは、絶対なのよ、ジョウは。確信ありげに背中でそう言う。
「……」
「それに、ジョウがもし、昨夜のうちにそれを見てたら。きっとあたしとこういうやりとりにならない。だから、あなたは見てないのよ。あたしにはわかる」
ごめんね。笑顔を見せて、アルフィンははい、と手にしていた手帳をジョウに差し出した。
? ジョウの顔に疑問符が浮かぶ。それを面白がるようににこにこと笑顔を浮かべたままで、
「どうぞ。見ていいわよ。気になってたんでしょ」
と言った。
「い、いや。気になってたってほどでは……」
いざ、本人にこうもあっけらかんと真正面から突きつけられると、どうも……調子が狂う。ジョウは戸惑った。
「いいの。読んで欲しいの、あなたに。――はい」
アルフィンはジョウの手に手帳を載せた。
自分は踵を返して飲み物を淹れる準備を始める。マグカップを用意したり、ポットのお湯の温度を確かめたり。
ジョウは迷ったが、ぱら、とページをめくった。
視線を落とす。

――〇月△日 ジョウが緊急手術で一命を取り留めた。ひどい火傷。とてもじゃないけど見ていられない。
九死に一生を得たと言われた。神様、感謝いたします。本当にありがとうございます。

――〇月△日 術後の経過が思わしくない。炎症反応が出ていて辛そう。眠れないのか、うなされている。
お薬を強いものにしたいけれど、それだと身体が持たないかも知れないと、お医者様も踏ん切りが付かないみたい。
……辛そうな彼を見ているのが辛い。代われるものなら代わってあげたいのに。

――〇月△日 ジョウの意識が戻る。よかった。本当に……。

――〇月△日 皮膚移植2回目終了。だいぶ、傷跡は薄れてはきたけれど、あのひどい傷を完治するまでにするのは難しいみたいで……。焦ってはいけないと分かっている。気長に付き合うしかない、この治療に。

――11月8日 ジョウのバースデーをまさか病院で迎えることになるとは思ってもいなかったわ。
でも、今年の誕生日はとびきり嬉しい。ケーキを焼いてお見舞いに行った。看護師さんたちにもお裾分けして食べた。ジョウも嬉しそうだった。
ジョウ、お誕生日おめでとう。生きていてくれて、本当にありがとう。


ジョウは、手帳から目を上げてアルフィンを呼んだ。
「アルフィン、これは」
それは、彼がクリムソンナイツの件で重症を負った後、――詳しくは手術で一命を取り留めてから書き連ねられた、術後の経過に関するメモのような、観察記録のようなものだった。
一日とおかず、書き込まれている。
短いものだったが。丁寧な文字で、毎日毎日。
アルフィンは「言ったでしょ。日記【みたいな】ものだって」と笑う。
「読んでもよかったのよ、だから。あたしのプライバシーなんて、全然書かれてないから。あなたが仕事に復帰するまでの経過を書き留めておこうと思って。リハビリも始まるだろうし、ちょっとは足しになるかなって書き始めたのよ。あ、手帳ってアナログなのはタロスのアドバイスなんだけどね」
えへ、と舌を覗かせる。
「あなたのことしか書かれていない。だから、読んでもよかったのよ」
「……アルフィン」
ジョウは、手帳を持ったままアルフィンを抱き寄せた。
ぎゅ、と力任せに。
アルフィンは、パジャマの柔らかい生地と彼の体温に包まれる。
「ジョウ」
「……」
言葉に、ならない。
ジョウは黙ってアルフィンを抱きしめていた。アルフィンは彼の背を優しくさすった。さわ……と。傷に障らないよう最大限の注意を払いながら。
「あたしが、あなたが読んでないって確信してたの。わかった?」
読んでいたら、あたしが病室に顔を見せたとき、いの一番にこうしていたはず。その台詞は口にしなかった。
「ん……」
ジョウはただアルフィンを腕に囲い、抱擁を続けた。
二人が身を離し、お茶を飲むまでしばし、時間が掛かった。


季節は、深秋――

END

劇場版のたろさんが手帳を取り出すシーンからインスパイアされたもの。
メモや日記は手帳ですよ…… 日記は書いたことないですけど。汗


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2 コメント

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明けましておめでとうございます。 (ゆうきママ)
2023-01-08 22:09:44
新年早々、新作をありがとうございます。
これだけスマホやPCがあっても、手帳や日記帳に書く人が多いことか。文字を書くのは忘れないためだよね。(私も手帳派)
それだけ、アルフィンに心配掛けた証拠。そして、覚えていないジョウに伝えるためかも。
今年もよろしくお願いします。
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明けましておめでとうございます (あだち)
2023-01-10 06:48:55
スマホの機能が優秀だって分かっていても、未だにカレンダーや手帳にメモするのをやめられません。
手書きの信頼感というか、あったかみも持ち続けていたいと思います。ことしもよろしくお願いいたします。
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