ミネルバへの帰り道、ジョウが酔ったあたしを負ぶってくれた。
海の側のクラブで遊んだ後だった。久しぶりにダーナのチームと合流して、わいわい喋ったり飲んだり、たまにフロアで踊ったり。
タロスも来ればよかったのにねと言うダーナの言葉に、少しの拗ねを感じて、あれ、もしかしたらと思った。
会いたかったのかな、タロスに。呼び出してあげればよかった。
けっこう年が離れてる二人だけど、……親子ほども離れてるけれども、意外とお似合いかもしれない。ダーナって大人びてるし。リーダーだからいろいろ苦労しているんだろう。女だけのチームってことで、同業者に舐められないように、顧客に下に見られないように、何かと。
うん、話、合うかもしんない。
そんな風に思いながら飲んでいたら、やっぱり酔っちゃった。ジョウには逐一飲みすぎるなよと言われていたのに。
ああ、あたしってばもともと体質的にお酒、弱いのかなあ。好きなんだけどな、アルコール。それを提供するお店の雰囲気も、みんな。
「アルフィンさ、もっとちゃんとしたら」
後ろからリッキーの声がする。
肩越しに見ると、少し離れたところで後からついてくる。暗くてよく見えないけれど、足取りからしてあまり機嫌はよくないみたい。
脱いだサンダルを預けて、持ってもらってるせいかしら。
「んー? ちゃんと、って?」
「だからさあ、酔って兄貴におんぶしてもらうとか。結局そうやって迷惑かけるんなら、店出るときやっぱエアタク呼べばよかったんだよ、歩かずに」
風にあたって帰りたい。そう言い張ったのは確かにあたし。
ふ頭を歩いているうちに靴擦れがひどくなって、ジョウにヘルプを出したのだ。
言われてみれば、確かに正論。ご尤も。
「ほんとね、ごめん。重いよね、ジョウ」
しゅんとして謝ると、ジョウは肩で笑った。背中だから見えないけれど、笑みを湛えた声で
「重いなあ、けっこ」
と言う。
「ひどっ」
「ウソだよ。重くない。それに迷惑じゃない。全然」
温い海風が彼の髪をなぶる。優しい声音だった。
「大丈夫だ」
そう言うから、あたしは「ん」とジョウの肩にかけた手を前に回し直した。改めて寄りかかってしがみつく。
彼の首のあたりの熱が頬に伝わって、安心した。
「……いいな、アルフィンは。ジョウが甘くて」
リッキーの声がする。今夜はやけに絡んでくるような気がするけど、どうしたんだろう。ほんと。
あたしが何か言う前に、「リッキー」とジョウの口調が変わる。ぴりっと夜の濃度が増す感じがした。
「……」
背後で黙る気配。
「あの、あたし、歩くわ。もう大丈夫。足の痛みもなくなったし」
あたしはジョウの顔を覗き込んだ。降りる心づもりもする。
でも、
「いいんだよ。気にしなくても。俺がしたくてしてるんだから」
ジョウの足取りはぶれない。全然。だからそれ以上言葉を継げなかった。
いたたまれない気分でおずおずと、彼の背に収まる。
なんか、変な空気になっちゃたな。帰り道。
羽目、外しすぎたかなあ。久しぶりのクラブではしゃぎすぎちゃったかも。
みっともなかったかな。最後、ちょっと。いやかなり。
反省の念が込み上げてくる。責任、感じちゃう。
「ジョウ、ごめんね。リッキーも」
あたしは声を後ろの暗がりに張った。リッキーは距離を空けて黒のシルエットしか見えない。
「次、気をつけるから、ごめん。許して」
彼が立ち止まるのが分かった。何かにすくむみたいに。じゃりっとリッキーの足元で小石が鳴った。
「そんな、許してとかーー」
動揺した声がする。その時、ジョウが足を止めて振り返った。
くるっと。リッキーに身体を向けて言う。
「なあ、せっかくの星空だ。夜の海の波の音も滅多に聞けない。空を見ながら、とおくの潮騒を聴きながら帰ろうぜ」
と。
リッキーが、はっとした様子で顔を上げたのがわかった。弾かれたみたいに夜空を見上げ、それから海のほうへゆるゆると首を巡らす。
星の瞬く音と、うねるような遠鳴りだけの密やかな時間が流れた。
ややあってこちらに歩み寄り「そうだね」と笑う。星明りがいつもの少しおどけた彼のやんちゃな顔を照らしていた。
「いい星だね」
リッキーが隣に並んで言った。
「だろう」
「いい夜だね」
ジョウはそれ以上言葉を継がず、黙って歩き始めた。
あたしはその頃、抗いがたい睡魔に襲われ、瞼が重く閉じかけていた。ジョウの背にすっかり身を預け、うとうとしていた。
「アルフィン、寝ちゃったよ」
あらら、と言うリッキーの声が聞こえた。意識がまだおぼろにあるうちに。
「そうか」
かすかに笑みを含んだジョウの声がする。
完全に眠りに落ちる前、確かに目に映った。
ジョウの背中から見るアラミスの夜空は、星は、びっくりするぐらい綺麗だった。
END
pixivさんに投稿した「男ともだち」「男ともだち2」の続編に当たります。
そしてちょっとでもタロさんの現役ぶりを感じると「お!」と食い付いてしまう私…。思えば小説の7巻は姫が文字通り囚われの姫になるわ、タロさんはマージとヲトナの雰囲気醸し出すわ(残念ながら一瞬でしたが)、萌え所満載で脳内大忙しでした。
幸雄氏の舞台は何度か観に行ったんですが雑誌か何かで舞台は幕が開いての数十秒で観客を惹き込むのが大事、とか仰っていたのを覚えてます。蜷川実花さんの写真も一瞬で目を奪われるものが多い気がします。映画自体の出来はともかく監督された「さくらん」は動く錦絵のようで美しかったです。レンガ美術館、やっぱり素敵ですね。前回寒くて断念したので是非次回いい季節に訪れたいです。
写真家であり、映像作家であり、映画監督であり。。。氏が創り出す美しい色調の世界に酔い痴れました。あのように世界が見えているなら、さぞかし官能的で目くるめく日々なのでしょう。
お父上の舞台は縁のないままでしたが、たくさんの才能を見出し、演劇史に名を刻んだ名演出家ですね。
表現方法は違っても、DNAに刻まれた異能は出顕すると思いました。
弘前は冬は私も足を向けません。。。降雪の前にどうぞ。笑