「ひどいスコールだな」
頭からずぶぬれになったジョウが、ぶるぶるっと頭を犬のように振りながら言った。
バカンスで南の島は定番だったが、今回は小型のトレジャーボートをチャーターして、離島めぐりを日程に組みこんでいたジョウとアルフィン。
港を出発したときは晴れていたが、沖に出て近くの無人島に上陸し、ゆるりと探索しているところで豪雨にたたられた。
海面に雨脚が強く打ち付け、白くけぶり立つ。視界が暗く奪われる。
ボートは出せそうにない。
ジョウは数十分でこのスコールが収まると踏んで、海辺の洞穴に駆け込んだ。
しばらくやり過ごそうと、アロハを脱いで雑巾絞りでぎゅっと水気を取ったジョウに、
「真っ暗ね。まだお昼なのに」
アルフィンが長い髪をまとめて束ねてしごく。雨に濡れて不快そうだった。
彼女は今日ダークなラッシュガードを着ている。陸(おか)に上がるとすぐにそれは渇くけれども、パーカみたいに羽織るものを持ってくればよかったと思った。洞穴の中は南国と思えないほどひんやりしている。
「まあ、すぐに上がるだろう」
上体だけ裸になって、外を見やりながらジョウが答える。鍛え上げた彼の身体が天然の洞穴を内側から圧迫する感じがして、手近な岩に座っていたアルフィンは膝を何となく抱えた。
「寒くないか」
「うん。大丈夫」
と言ったそばからアルフィンがくしゅ、と小さくくしゃみ。
ジョウが苦笑い。「寒いんじゃないか」
「だってえ」
ジョウは少し考える素振りをを見せてから、アルフィンの隣に腰を下ろす。
肩と肩が触れ合う近さで。アルフィンの心臓がどきっと鳴る。
雨音が急に強まった気がした。
「……ん」
ジョウが腕を開いてアルフィンを促す。心臓に近い方の腕を。
「え」
「寒いから、おいで」
アルフィンは硬直した。自分にはない、男性の身体の厚みや筋肉のラインが目を引いて、瞬きを忘れる。
固まってしまったアルフィンを困った風に見ながら、「いやか」と言う。
「い、いやじゃない。ぜんぜん。むしろ嬉しいわ」
アルフィンは慌てて訂正。じゃあ、とジョウが再度胸を開く。
長い髪が背中や頬に張り付いて、見るからにアルフィンは寒そうだった。何とかしてやりたい一心でほら、と招く。
でもアルフィンは躊躇ったまま。動かないーー動けない。
ジョウは腕をもとの位置に戻し、彼女から少し距離を取った。
「ごめん」
アルフィンはそう言うしかない。
いや、とジョウは肩をすくめてアロハに腕を通した。
「ずぶぬれじゃない、まだ」
「まあ、レデイの前だから」
お道化るような口調で言って、ジョウはふと真顔になった。
なあと前おいてから切り出す。
「アルフィンはさ、ミネルバの中とかタロスやリッキーの前だと割とオープンにスキンシップ取ってくるのに、俺と二人きりの時には今みたいに閉じた貝になるのはなんでだ」
いつか、聞いてみたいと思ってたと言う。責めるでもなく、穏やかに。
他の人間がいないと警戒心が頭をもたげる。自然、よそよそしい感じになる。
俺と二人だけのときは、いつもそうだ。うすうす勘づいていた。
言われたアルフィンは全く逆の反応をした。目を見開いて「え」と本当に固まってしまう。
「そ、そんなことないわよ」
取り繕おうとするけれど、そこで初めて気づいた。言われてみれば、確かにそうかもしれない。マーフィパイレーツの事件で不時着したときも、今も、ジョウと一緒だとーー他のメンバーがいないと、なんとも会話自体ぎくしゃくしてしまうことに。
普段はこんなことはない。確かにジョウの指摘する通りだ。緩やかに自覚が降りてくる。
アルフィンは、何か口にしなくてはと思うけれども、言葉が出てこない。
ジョウは薄く嗤った。
「アルフィンは俺のこと好きだとか公言するし、好意を寄せてくれるのを隠そうとはしないけど、でも、俺と深い関係になるのはいやなんだなって、何となく思ってた」
「……ジョウ」
なんだかんだ言っても、アルフィンは王女様なのだ。王室生まれの温室育ち。純粋培養で男という生き物に免疫がない。好きな相手はいても、ただ偶像のようにあこがれるだけの恋しかしらない。一線を越えようと仕掛けられたことがない。越えようとする男の顔を、まだ知らない。
それを警戒するのは、彼女のせいではないんだ。ジョウはそう理解していた。
「まあいいさ。意識されてるってことではあるもんな、男として」
彼は笑って、視線を海へと逸らす。急ぐことはない。でも一抹の寂しさは過ぎる。
アルフィンはその横顔を見て、胸がぐっと締め付けられる。
反射で、彼の側に寄った。腕と腕がぴとっとくっつく。ジョウが驚いて目を見張るうちに、彼の左腕に腕をからめてより密着した。
彼女の体温が、ラッシュガードの生地を通って彼の肌に伝わる。
「アルフィン」
「分析しないで。距離を取らないで、あたしと」
アルフィンは言った。
「濡れて寒そうなら、あっためて。あなたがしたいようにして。一線を引いてるのは、あなたでしょう」
顔を見ないように更に腕に力を込める。
心臓の鼓動が大きくなっているのか、雨音が強まっているのか、もうわからない。
頬に張り付くジョウのアロハの生地がごわつく。アルフィンはそこで凭れていた腕が抜かれ、ジョウに抱きしめられた。思わず息を呑む。その音が洞穴に響くんじゃないかと不安になる。
その間もないままに、ジョウがアルフィンを懐に閉じ込め、顔を仰向かせ口づけを刻む。
濃密なキスを練り込み、ジョウは彼女を解放しないまま、ラッシュガードの胸のファスナーを手探りで下げていく。
ちいいい、というかすかな音が、雨音に交じる。
二人を離島の洞穴に閉じ込めたスコールは、まだ止みそうにない。
END
今のご時世、紫外線対策で姫君はビキニではなくラッシュガードだと思います。
姫もこんなワイルドな男に惚れたばっかりにいきなり上級者コースだけど頑張って欲しいものです(私の妄想のためにも)。
この2人は一線はひいていても、お互い心は決まっているからちょっとした化学変化で導火線に火がついちゃうんだなあ、と思いました。素敵です。ありがとうございました。
素足サンダルとか異様に似合いますもんね。ゆるーい麻のシャツとか。
そのくせ、姫にはラッシュガードなんて言う色気のない代物を着せました。ビキニを脱がすより、こういうのを暴く方がエロいという主観で>YUKIさん