背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【4】

2009年08月26日 21時29分26秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降

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「結構遠くに来ちゃいましたね」
首まで水位が来ている。ぷかりと海に顔を出して、郁が言った。
この深さになるとさすがに泳ぐ人口も減ってきた。バナナ型ボートとか、貸し出しのファミリーボートとか、それに乗りながら浮かんでいる人がまばらだ。
堂上も海辺を見やりながら、「ああ、あんなに小さく見えるものな」と頷く。
そこで郁ははっとした。自分でさえ足が着くか着かないかというところに来ているということは、ひょっとしたら篤さん、いま足、届いてない? 浮遊状態なんじゃあ。
でも堂上は意に介することなく、悠々と泳いでみせる。
泳ぎには自信があるのかな。郁はそう思って、堂上の様子を窺いながら、
「向こうから、こっちが見えるのかな?」
と言ってみた。
「どうかな。試してみるか?」
えっ。
訊き返す間もなく、堂上に腕を取られる。
水の抵抗もなんのその。堂上は郁を引き寄せ、水の中に引っ張り込んだ。
「きゃ」
慌てるところを抱き寄せる。すごい力で。
素肌からダイレクトに堂上の心臓の鼓動を聞くのは、ベッドの中かバスルームの中だけと決めてかかっていたので、郁はプチパニックに陥る。
海水に冷やされても、堂上の肌は熱い。雲間から覗く陽に照らされているせいか、別の熱が皮膚一枚を隔てて肌の内側をたぎっているためか、判別がつかない。
つく間もない。水中で唇を奪われる。
――あッ。
うそ、こんな、白昼に。
反射でぎゅっと堂上の腕にしがみついてしまう。海水が喉に入り込む。苦しいのと嬉しいのと入り混じり、思考が停止しかかる。
堂上は長めに郁の唇を貪ってから、ようやく解放した。
大きく息をついて、二人は水面を突き破って顔を出す。
「びびびび、びっくりしたあ! いきなりなにするのっ」
半ば噎せながら、郁が濡れた前髪を掻き上げて言った。
堂上がすぐ側に浮かんでいたずらっ子のような笑みを見せている。焼けた肌に白い歯がまぶしい。
「さっきからキスしたくて困ってた。向こうに見えたかな?」
そう言って海辺を見やる。
郁はただでさえ心臓が胸骨を食い破りそうなほどどきんどきんと脈打っているのに、次の一言で完全にKO。海に沈められる。
「その水着、似合ってる。可愛い」
夜まで待てなくてすまんな。
まったく悪びれることなく、堂上は言ってのけた。



究極のインドア派で、海なんて似合わないだろうと思っていたけど、どうやら完全な俺の誤算だったらしい。
持ち込んだデッキチェアの上、寝そべる柴崎を見ながら、手塚は内心嘆息を漏らしっぱなしだった。
小柄だが、均整の取れたプロポーションは、白昼の下でもくっきり映える。
まるでモデルか女優のようだ。写真撮影か何かを行っているのかと、人々が思わず目を留めてしまうほど、様になっている。
「ほら、買ってきたぞ」
リクエストのごまソフトクリームを手渡すと、柴崎が「ありがと」と受け取った。
その背後を、二人連れの男が通りかかる。20くらいだろうか、まだ若い。地元の者なのか、いい色合いに焼けていた。でも人工的に焼いたようにも見える。髪はぱさぱさの金髪に近い。
あからさまに好色な目で二人は彼女の肢体を眺め回し、下卑た笑みを交し合う。
その目つきが気になって、手塚が声をかけた。
「お前さ、パーカ羽織るとかしろよ。日焼けするの嫌なんだろ」
目でそれとなく威嚇する。と、そこでようやく手塚の姿が目に留まったのか、「なんだ、男連れかよ」とでも言いたげに、その二人連れは面白くなさそうに手塚に舌打ちを投げて立ち去る。
視界の端まで連中を牽制する手塚に柴崎が言う。
「だって暑いんだもの」
「いいから何か着てろ。――じゃなかったら、海にでも入って来いよ」
柴崎は、上体を捻って億劫そうに手塚を見上げた。
「やだあ。ビーチパラソル出たら、焼けちゃうもん」
「日焼け止め塗ってるんだろ」
「水に漬かると取れちゃうじゃない」
柴崎が言った。ウォータープルーフのやつを使っているので、それは嘘だった。でも、手塚は素直に信じたのか、ふうん、と鼻を鳴らしただけだった。
なんだか横顔を見ていたら、後ろめたくなった。自分といるより、身体を動かしているほうが性に合っているはずなのだ。本来なら、手塚は絶対。
水平線にかかるねずみ色の重たげな雲を眺めながら、柴崎は言った。
「あんた、やっぱり行ってきなさいよ。ひと雨来る前に。せっかく海に来たのに、甲羅干しばかりじゃつまんないでしょ」
手塚は目を海に据えたまま呟いた。
「つまんなくはない。お前がいるからな」
柴崎は言葉に詰まる。
「……」
「? なんだよ」
手塚は柴崎の顔を見て、怪訝そうに眉を寄せた。
「……なんでもない」
まったく。ウォーミングアップもなしでいきなり剛速球投げるんだからなあ。参っちゃうわね。
頬が赤らむのを感じつつ、無言で柴崎はソフトクリームを舐めた。
自分がこの男にかなわないと思い知らされるのは、こんなときだ。
重たげに張り巡らされた雲の間から、太陽が差し込むような。そんなふうに言葉を差し出してくれるとき。
手塚が本当に好きだと思う。ふわふわと地に足が着いていないような不確かな心地になる。
そういう想いに捕らわれる自分が実はそんなに嫌いではない。柴崎は思う。
「おい」
ぼんやり物思いにふけってると、手塚に呼ばれた。
ん? と視線を辿る、と、ソフトのコーンの尻がふやけて中身が滴り始めていた。
「あ」
垂れちゃう。慌てて唇を寄せるが、一呼吸遅かった。ソフトクリームはとろりと柴崎の手を汚し、腕まで跡を引いてしまう。
「あ、あ、」
焦って振り払おうとする柴崎の腕を、手塚が把った。
有無を言わさず、腕を引き寄せる。
――あ。
今度は、声にならなかった。
クリームで濡れた柴崎の腕を、手塚がぺろりと舐め上げた。
太陽の下、びっくりするほど舌が赤く見えた。
柴崎は硬直する。手塚は構わず肘まで伝ったクリームを、手首のところまで舌先で掬い取った。
柴崎はその様を食い入るように見つめた。いや、どちらかというと、身動きがかなわなかった。瞬きさえも。
あらかた掬い取ってから、手塚は柴崎の腕を離した。そしてさっきまでと同じように海に視線を向けて、
「早く食ってしまえよ」
何事もなかったみたいに言った。
「……」
柴崎はひざに顔を埋めるように俯く。
顔を見られたくなかった。
舌にまだ味が残っているのか、鼻の付け根に手塚はしわをうっすら刻んだ。
そして、
「ごま味って、えらく甘いのな」
甘いのは、あんたの舌でしょ。
そう言いたいのをこらえて、すっかり真っ赤なっているだろう耳たぶを、膝頭に押し当てる。
「……無自覚エロって、凶悪」
「え?」
手塚は聞きとれず、耳を寄せた。
「何て言った? いま」
「なんでもない」
振り払うように言って、柴崎は食べかけのソフトクリームをぐいと手塚に突き出す。
「え、なんだよ。これ」
俺が食うのか? と心底嫌そうにしている手塚。彼の隣で柴崎はふて腐れたように、またデッキチェアにごろんと仰向けに寝そべった。
冷たいのに熱い、ぬらりとした官能的な手塚の舌の感触が、いつまでも消えなくて困った。


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3 コメント

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無自覚ってスゴイネ (セラフィム)
2009-08-27 02:06:08
とりあえずキャーー(ノ∀<*)
って感じですね

連載が終わってからコメントしようと思ってたんですが止まりませんでしたよorz
だってあんなの見せつけられたら仕方ないじゃん
堂郁がかすんじゃったよ(笑

とゆうことで今回も素晴らしかったです。
第5話も楽しみにしています
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やってくれるね (たくねこ)
2009-08-27 10:45:51
GJです。だれがって?手塚です!!
返信する
手塚は (あだち)
2009-08-30 20:56:46
無自覚だと思うんですよね。フェロモンばら撒くの。
小牧は周到に計算して、局地的に散布できそう。堂上は… うーんツンデレだからなあ。謎

コメント有難うございました。ご両人さま。
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