今日は、電車に乗って少しだけ遠出のデート。
あいにく混んでいて座れそうにない。手塚と柴崎は座席の前に立って空きを待つことに。
だが電車が走り出してすぐ、手塚が渋い顔で柴崎に耳を寄せた。
「……おい」
「なあに?」
「お前、そこにつかまるの、よせ」
手塚が目顔で促すのは、吊り輪。
怪訝そうに眉を寄せる柴崎。
「なんで?」
「なんで、って。その、……見えちまうだろ」
手塚は直視できない。視線が泳ぐ。
腋が。
夏仕様の柴崎のトップスはノースリーブで、普段陽に当たらない部分がさらけ出されている。
無防備なほど、腕の付け根は白く。……嫌でも目が吸い寄せられる。
ああ、と柴崎はなんでもないことのように頷く。
「平気よ。あたしは」
きちんと処理してあるからね、などと色気のないことは言う必要はない。
手塚は眉間に皺をよせた。むうっとあからさまに。
「俺が嫌なんだよ。他のやつに覗かれるのが。離せ」
命令口調で言って、割と強引に手塚は吊り輪を手からもぎとった。
確かに柴崎の前の座席には、好色そうなオヤジが座っている。
ちらちらとこちらを窺う目線が変に粘っこいのには気づいていた。
手塚の気持ちも分からなくはない。が、この手合いは無視するに限る。
そんなのいちいち気にしてたら、キリがないじゃないの……。
柴崎は半ば呆れ顔で、
「じゃああたしはどこにつかまればいいのよ?」
と振動でぐらつく足場を気にしながら言う。
すると手塚は、
「ここ」
と自分の腰に柴崎の腕を引っ掛けさせた。即答だった。
柴崎は手塚のシャツの裾をきゅっと握りながら、
「……独り占め?」
と囁くように訊く。
手塚は顔色も変えず、
「悪いか」
と返した。
「ぜんぜん」
ここが電車でなかったら、いまキスしてる。
そう思いながら柴崎は、今日はこのまま座れなくてもいいかな、と手塚の身体にそっと寄り添った。
(2009・7・8)
※柴崎のノースリーブ姿は、手塚でなくとも独り占めしたくなりますよね。
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