「そう。薄く目を閉じて、ジョウ。全部閉じてしまわないで、うっすら瞼を開いて」
アルフィンが、ジョウにアイメイクを施す。半眼ってどうやるんだ。どうしても薄目にしようとすると、口が開いてしまうんだが。
ジョウはヘアバンドで髪を上げて、おでこを全開にしていた。
「なあ、ほんとにやるのか。その、--じょ、コスプレ」
どうしても女装というのには抵抗がある。最後のあがき。
「ここまできて、往生際が悪いわよ、ジョウ。じっとしてて、きれいにしてあげるから」
アルフィンは息がかかる近さできれいにカールしたつけまつげをジョウの瞼の際にのっけた。慎重に、慎重に。……ずれると、ことだわ。
「でもさ、こんなフルメイクにしなくても」
「だって、ジョウってば元々の素材がいいんだもん。お化粧しがいがあるのよ」
手を止めずに、アルフィンはアイブロウペンシルやハイライト用の筆を駆使してジョウを飾り立てる。
ジョウは鼻を鳴らした。
「素材ねえ。俺はでかいし、いかついし、女王なんて土台無理だと思うがねえ」
「それはあたしの腕の見せ所よ。確かにあなたは男性的だけれど、素肌はなめしたみたいにきれいだし、目元もきりっと凛々しい。お化粧映えするわ。きっと化けるわよう」
「……それはどうも」
しかし、正直がっかりだなあとジョウはひとりごちる。アルフィンがてっきりアリスの仮装をするのだとばかり思っていたのだけれど、それじゃあ予定調和で面白くねえですよと提案したのはタロスだった。どうせうちのメンツでコスプレをやるんならもうちょい意外性が欲しいところですねと。
「意外性?」
「そうです。キャストに一ひねり加えましょうや」
にやり。凄腕のパイロットは、ミネルバの「不思議の国のアリス」の配役に変更を申し出た。
「まさかのリッキーが主役とはなあ」
ジョウの呟きに、アルフィンが堪らず吹き出す。
さっき、リッキーに先にメイクをしてあげた。それはそれは愛らしい(ファニーな)アリスが仕上がったと自負している。
衣装もコスプレ専門店で撮り寄せたしね。
「ミミーに見せたい仕上がりよね。本人も満更でもないみたい」
「今にもウサギを追いかけて駆け出しそうだったぜ」
でもいいのか。主役、あいつに譲って。とジョウが言うと、アルフィンは「いいのよ。確かにあたしがアリスをやるより面白いしね」と意に介した様子はない。
そんなアルフィンはもう既にハンプティ・ダンプティの扮装をしている。丸い卵の着ぐるみに身を包んで、ジョウに屈み込んでいるから、動きづらそうだが、本人は割と気に入っているのか鼻歌交じりだ。
「タロスが、不思議の国のアリスに精通してることに、俺はびっくりだよ」
「確かに。柄じゃないわよね」
アルフィンは吹き出す。そして、
「よし、OK! マレフィセント級の美女のできあがり~~!」
しあがりを御覧じろ!と胸を張った。
ジョウは手鏡を渡され、そこに映った自分の顔に息を呑む。
ーーこれは……!
「きっれいでしょう。驚いた? あたしのメイクの腕前」
えっへんとハンプティ・ダンプティは鼻高々。ジョウは瞬きも忘れて手鏡を食い入るように見つめる。ーーこれが俺? 自分か?と半信半疑だ。確かに女性にしてはごつい。いかつい。しかし、化粧で顎をシャープに見せているし、眉を整えて濃い目のアイラインを引き、シャドウを入れたおかげで、性別不明な魔性の怪しさが漂っている。黒の混じった口紅も、輪郭をしっかりとっているおかげで目を引き、ウイッグのお陰で女王と言われればたしかにそんな風に見えてくるから不思議だ。
「すごい……化粧ってすごいんだな」
感想を素直に口にすると、アルフィンは「言ったじゃない。素材がいいって。化けたでしょう?」と悪戯っぽく笑った。「でも、他の女の人の前でそのセリフ言わない方がいいわよ」
メイク道具をしまいながら言った。
「写真撮ろうよみんなで。その後、パーテイにしよう?」
「うーん、このカッコで撮って、データ残すのかよ」
ジョウは、黒のドレスの裾を重そうに捌きながら立ち上がった。長身なので、威圧感が漂う。でっかい女王様だこと。と内心アルフィンは呟いた。
「アラミス本部に送っちゃおうか、こっそり」
「お前……そんなことしたら、ボーナスカットだからな」
「あ、ひどい。リーダー横暴」
「なんとでも」
二人が軽口をたたき合っているところに、出し抜けに船内アラートが鳴り響く。レッドランプも点滅した。ジョウとアルフィンは中腰、臨戦態勢になった。
ブーッ、ブーッと引っ切り無しに騒ぎ立てる。ジョウは反射でインターフォンの子機を取り上げた。ブリッジのタロスに通じるものだ。
「タロス、どうした。何があった?」
「ああ、ジョウ。遭難信号をキャッチしたんです。オートで。航路を外れているとこに停泊してるみたいなんですが、うちが最短ルートらしく、駆けつけなあかんみたいで」
「分かった。とりあえず、格納庫に向かうから、アルフィンといっしょに」
「リッキーもやります。向こうで合流させます」
「了解」
行くぞ、とアルフィンを促そうとすると、既にドアを開けて廊下に飛び出している。卵の着ぐるみを身に付けているので、えっちらおっちら走りづらそうだが、それでも急いでいるのに変わりはない。きょうは自慢の金髪もまとめていて、白のボディスーツにすっぽり全身包んでいるので、大きな卵に手足が生えたものが、眼の前を急いでいる風にしか見えない。
滑稽な有様だがしようがない。救難信号は時と場所を選んではくれない。ハロウィンだっておかまいなしだ。
アルフィンを救いだしたのも、こんな風に微弱な信号をドンゴがキャッチしてくれたおかげだった。舟の中の人が無事かどうか、一刻を争う。
ーーにしても、走りづらいな。重いドレスの裾を抱え、慣れないハイヒールに足を取られジョウは苦戦していた。女の人って、こんな拷問具っていうか拘束具みたいなもん、よく身に付けていられるな、と変な所に感心してしまう。
「あ、兄貴、こっちこっち! どうする? ファイター1で出る?それとも2も出そうか。指示を頼むよ」
格納庫のドアの前でリッキーが待っていた。
不思議の国のアリスの扮装で。ふわふわの金髪のかつら。白いタイツに青いドレス。アルフィンのメイクのおかげで女の子そのものに仕上がっている。
そばかすと出っ歯だけは隠し切れないところは、ご愛敬。
ジョウはうっかり「お前、可愛いな」と言ってしまった。不謹慎だと思いつつ、口からこぼれて出てしまった。
「兄貴もびっじんだあ~。迫力女王様だね、夢に出そう……。アルフィン、すごいね、プロ並みじゃん、メイクの腕前」
「当然、っていばりたいところだけど。後でねーーどうなの、タロス、二機出たほうがいい?」
入口の上部に取り付けられているモニター画面に向かって、アルフィンが尋ねる。ブリッジの操縦席とつながっている。
画面がオンになり、タロスの姿が映し出された。--おもわず、3人は同時に吹き出す。ぶふ、っと。
不謹慎だ、今はそれどころじゃないと分かっていても――どうしても我慢できなかった。
タロスはトランプの兵隊の格好をしていた。それが画面に大写しになっている。
ハートの兵隊のコスプレをしているため、頭にはフェルトで作った赤いハート形の帽子をかぶり(アルフィンのお手製)身体は、特注のトランプ型の着ぐるみ(前がハートの7のカード、後ろがトランプのペイズリーの模様)に包まれいる。ご丁寧に、小道具としての槍も持ったままだった。(置けばいいのに。置いてもいいのに)
タロスは、心外そうに顔をゆがめた。
「笑ってる場合ですかい、ーーてか、そっちのクオリティも半端なくすげえな、アルフィン」
3人のコスプレを見たタロスも舌を巻いた。
でっしょおと指を鳴らすアルフィンを、こら、と形だけ制して、ジョウが訊いた。
「俺とアルフィンがファイター1で出る。先遣隊だ。で、人手が要りそうだったら、お前もそこをドンゴに任せてファイター2でリッキーと来てくれ。いいな」
「ようがす」
タロスは頷いた。そして、「不思議の国のアリスのメンバーが救難艇を助けたってなったら、ニュースに載っちまいますね」と他人事のように言った。
あああ……。軽く額を押さえたのはジョウだった。そんなリーダーを、リッキーとアルフィンが窺う。
でも、着替える時間も惜しい。……女王は決断した。そして、
「行くぞアルフィン。ーーついていらっしゃい」
高貴な人の口ぶりを真似て、ドレスを翻し格納庫に入っていった。
後日、その日の救出劇は、タロスの予言通りしっかり「クラッシャージョウチーム、お手柄」というタイトルでニュースパックとして全宇宙に配信されることになった。
もちろん、女王とハンプティ・ダンプティ、アリスとトランプの兵士、勢揃いの動画付きで。
END
タロスとジョウではなく、アルフィンに王道の仮装をさせました。お楽しみ頂ければ
和みました
コスプレとか。
ましてや女装なんて。でも、こういう福利厚生?とかチームの輪を維持するイベントって大事ですから。リーダーにも頑張ってもらいました。
カップルクイズといいコスプレといい、CJチーム、変わったなあーとアラミスでもさぞ話題になっている事でしょう。笑
新作ありがとうございました。