アルフィンは操り人形のようにぎくしゃくと腰を上げ、俺のベッドの端にちょんと座った。
俺は彼女の腕を把ってベッドに引き込んだ。
アルフィンは軽いのであっさり腕の中に取り込める。
「あ」
仰向けにさせて、首の後ろに手を差し込む。身体を覆い被せて目の位置を合わせた。
アルフィンは全身を強ばらせた。
「アルフィン、俺の手術が終わってからの約束を憶えてるか」
「約束?」
なんだっけととぼける。目が少し泳いでるから分かる。
俺はそろそろと顔を寄せて彼女の目を覗き込んだ。
「手術の前に質問しただろ。俺に目が治ったら一番先に何をしたいかって、君が」
「あ。ああ、あれね。そうね、そうだったわ。訊いたわね」
俺はにこりと笑った。
「俺の答えを憶えているか」
アルフィンは、「う、うん」と顎を引いた。俺と目を合わさない。逃げ場を探すように、視線がさまよう。
俺はアルフィンの額に自分のものをくっつけた。吐息を間近で感じる。
「もう一回訊いてくれ」
「え?」
「あのときみたいに、目が治ったら何がしたいって訊いてくれ」
「いま?」
アルフィンは声を絞った。ささやき声。
「いま」
頷く。
アルフィンはもじもじしながら「でも、恥ずかしい」と俺の身体を押し返そうとした。
俺は額を離してアルフィンの首筋に鼻先を寄せた。
ぴく、と反応する。
俺は頰から掬い上げるようにしてアルフィンのちいさな耳を唇で捉える。耳朶を甘く嚙んだ。
「あ……」
艶めいた喘ぎが一瞬漏れる。くすぐったそうに肩をすくめるのを深追いして耳元で繰り返した。
「いいから。言って」
んもお……と根負けした様子でアルフィンは口にした。
「……ジョウは目が治ったら何がしたいの」
やっとその台詞を引っ張り出した俺は、アルフィンにもう一度答えを差し出した。
「俺は君の顔が見たい。君の髪に触れたい。そして、服を脱がせて裸にして、君を抱きたい。全部俺のものにしたい。それは手術の前も後も変わらない」
そう言ったのを憶えているか、と俺は確認した。
本当は手術した後の、今の方が強い情動に晒されているが、そこは伏せた。
「お、憶えているわ」
アルフィンは赤くなったまま、やっとのことでそれだけ絞り出した。
「俺の目は治った。君さえよければ願いを叶えたい。最後まで」
アルフィンは誰もいないのに他の誰かが聞いてやしないかと左右を目で窺った。
「ス、ストレートすぎない?ちょっと」
「かもな。でも事実だから仕方がない」
「~~ジョウってば。勘弁して。いきなりこんなトップギアは困るわ」
心臓が保たないのと音を上げた。
「もうちょっとゆっくり口説いてくれないと、恥ずかしくて死んじゃう」
押しすぎたか。俺は耳元への愛撫を止めて身を離した。
「じゃあ段階を追うよ。退院して、射撃場のパスが取れて、腕ならしをした後。ミネルバに戻らないで、市内のホテルに泊まるってのはどうだ」
「ホテル」
「ああ。ちょっといい部屋を予約する。そのときなら、心準備もできる。いいだろう」
「……お泊まり」
「そうだ」
うわああとアルフィンは自分の頰を手で挟む。いちいち反応が顕著で可愛らしい。
俺は目元を緩めた。
「で、でもそんなことしたらタロスたちにばれちゃわない? その、あたしたちが……そういうことになったって」
「ばれちゃまずいか。俺は構わないけど」
「そ、そんなあ」
アルフィンは言ったきりすっかり押し黙った。
俺は上体を起こした。サイドテーブルに手をやり、アルフィンが剥いてくれたサンフルーツを一つ摘まんだ。
口の中に取り込む
「美味いな」
咀嚼しながら言う。
「アルフィンも食べるか。食わせてやろうか」
「だから、……もうそれだめってば。反則だってば」
もうやだあ。上掛けを頭からすっぽりとひっかぶってしまった。
キャパオーバーのようだ。これ以上は追い詰めないこととするか。
本当に食べたいのは君だと言ったら撃沈しそうだったから、俺はそれを呑み込む。
「ホテルの件はオーケーだよな」
念を押すのだけは忘れなかった。
俺が事故で一時的に視力を失い、精神的に不安定になっていたときに、アルフィンは言った。
もしも手術が終わっても、視力が戻らなかったら。
あたしの目をひとつあげるわ、と。
角膜移植をすればきっとまた見えるようになる。仕事にも戻れるようになるからと。
だから心配しないで。二つあるものを分かち合えるのだとしたら、あたしはあなたとそれを分かち合いたい。あたしの目を受けとってほしいと。アルフィンは俺を抱きしめながら言ってくれた。
……俺は、彼女のそれだけの気持ちに応えられているだろうか、ちゃんと。
あのときからずっと自問している。俺は彼女にとってふさわしい男であるか。そういう人間か。
自分の身体の一部をちゅうちょなく差し出してくれるほどの、価値があるやつなのか。
――わからない。でも、アルフィンという女性に見合うだけの人間でいたい。
彼女に対して恥ずかしくない存在でありたい。そう、強く思う。
そして、もう恥も外聞も無く、アルフィンがほしい。心から焦がれる。
彼女を抱きたい。ひとつになりたい。狂おしいほどの欲求が俺を突き動かす。
二つの身体に別れているのが、苦しいほどだ。彼女からあの言葉を聞いてから、より強く思うようになった。
だから俺は、自分にブレーキを掛けるのを止めた。
願望を、想いを口に載せるのをちゅうちょしない。アルフィンに伝える。伝えることこそ、俺に与えられた特別な権利なんだと信じて。
三日後、あらゆる検査をパスして、退院が決まった。
その日はタロスとリッキーも迎えに来てくれた。久しぶりに4人で街に繰り出し、ちょっといい店で祝杯を挙げる。
「アルコールを飲んでもいいの?」
少し心配そうにアルフィンが訊く。俺は、
「オーケイだ。ぜんぶ解禁だってドクターから許可が出てる」
ビールを飲みながら答える。三ヶ月ぶりのアルコール。生き返る心地がする。
「ほんと? じゃああたしも安心して乾杯できるわ」
「アルフィンは一杯まで」
「なんでよ」
ぶうたれる。リッキーがからかった。
「兄貴の退院ってめでたい日に、酒乱で店をぶっつぶす訳にはいかないだろ」
「なんですってえ」
剣呑な雰囲気になってきた。慌ててタロスが話題を変えた。
「これからどこに行きます?」
タロスは運転手だからノンアルコール。リッキーも飲酒年齢に達していないから同じく。
「実はアルフィンと射撃訓練場に行くって決めてる。お前たちはどうする?」
「射撃訓練場? そりゃまたえらく現実的な。ロマンティックじゃないなあ」
「ほうっといてよ」
「俺らたちもいっしょに行っていいのかい?」
「それは、もちろん」
「景気よく祝砲をあげますかな。チームの再稼働を祝って」
タロスも機嫌良く言った。
俺たちは4人で射撃練習場で腕を鳴らした。
俺の銃の勘は幸いにも衰えていなかったみたいだ。愛用の銃じゃなく、訓練場で貸し出されたものを使ったが、それでも命中率は9割を超えた。リッキーもアルフィンも感嘆の声をあげていた。
タロスは「さすがですな」と唸った。
そして夜が訪れる。
俺とアルフィンが「今夜はミネルバに戻らない」と言ったらからかわれるのは必至だと思っていた。
けれど、案外すんなりと二人は受け入れた。
そっか、と。じゃあ俺らは俺らで遊ぶかとタロスがリッキーに言うと、リッキーも素直にそうすっかと頷いた。
「それじゃああした、船で」と二人とは手を振って別れた。
彼らの背中を見送りながら俺は言った。
「気を遣ってくれたな」
「そうね」
俺たちはエアタクをつかまえて俺の予約したホテルに向かった。俺とアルフィンは後部座席に収まった。
シートの上に置かれた彼女の手に手を重ねると、アルフィンが俺の肩にそっと頭をもたせかけてくる。俺は、彼女の髪に唇を寄せた。
甘い香りがほのかに鼻先をくすぐる。この香りを一晩中独り占め出来ると想うと、胸がいっぱいになった。
車窓を彩るネオンや外灯の光が、あたたかく、うつくしかった。
ジョウ、頑張れよ(笑)