背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

望み(1)

2021年08月29日 07時10分38秒 | CJ二次創作
おことわり
このお話は、後半「夜の部屋」に移行します。こちらでの公開は前半部の完結までです。その旨ご承知おきくださる方のみ、以下お読みください。
 
――ねえジョウ。手術が終わって、目が見えるようになったら、一番最初に何が見たい?――
手術が終わって、目が見えるようになったら、俺は……
 
ジョウの視線は彼より雄弁。
いつもあたしの身体のどこかにそれは注がれる。太陽の光が地面を照らすように。
あなたがそんなに見つめるから、何も言えなくなってしまう。
あなたの視線が、指先でなぞるようにあたしの肌を滑る。あなたの視線があたしを薄衣で包むようにやさしく束縛する。あなたのまばたきは、あたしを記録するカメラのシャッターの動作にも似ている。
まるで記憶の中にあたしを閉じ込めようとしているみたいに、ジョウはあたしを見る。
彼の視線からは逃げられない。視界にいるうちは、いつも捕まえられる。
心の内側まで這入ってくる。あたしはジョウの前にいると透明人間になったみたいな気にさせられる。
何も取り繕えなくなる。
何ひとつ。
 
 
目を開けるのは怖かった。
俺は暗闇にいるのに慣れていた。光が射さない毎日が日常になりつつあった。
もう何週間もまぶたを閉じて包帯で固定していたから、開けるとき、まぶたがまつげと癒着したのをはがすようなかすかな抵抗を感じた。
だから、いちど閉じ直した。
意識と呼吸を整える。
医者は俺のためらいを見透かしたように「だいじょうぶ。ゆっくりでいいですからね。そっと、開けてみてください」と促した。
俺は言われたとおりにした。
ほの白い、霧か霞のようなものが目の前に浮かんだ。ややあってそれはそれぞれに色を持ち始め、輪郭を象る。
「形か色か、何か見えますか?」と医者は続けて訊いた。
自分がひどく暗い部屋に居ることが分かった。ブラインドが降ろされているのか、窓からの光を完全に遮った部屋。日中なのに、夜の濃度を感じた。
医者の白衣が浮かびあがった。俺は彼の前に座らせられ、ペンライトのような光点を鼻の先に突きつけられていた。左右にまるい光が揺れる。
俺は眩しくて目を細めた。
まぶしいということは、見えているということだ。そう思うと身体の奥底から何か熱い塊のようなものが、喉元めがけてせり上がってきた。
「……見える」
思わず、口を突いて出た。
でも自信が無かった。見えているのか、それとも俺の願望が見せている像なのか。
明かりがふっと遠ざかり、俺の前に見慣れない中年の男性の顔が取って代わった。
「……初めましてかな」
俺が言うと医者の顔のぶれが次第にクリアになった。実直そうな、眼鏡をかけた人だった。俺は左胸のネームプレートを見ていった。
文字が、見える。
「ドクター・リグスビー」
「手術は成功ですね。クラッシャージョウ。おめでとう」
そう言って彼は笑った。
 
 
アルフィンは、俺の手術が成功したと聞いて泣いた。
暗がりの部屋で診断したあと、医者は廊下で待機していた俺のチームのメンバーを呼んだ。一番先にタロスが入ってきた。強面をさらに強ばらせて。次にその後ろに隠れるようにしてリッキーが。最後に緊張した面持ちでアルフィンが入室した。
「大丈夫です。しっかり見えていますよ」
ドクターが言うと、タロスとリッキーが歓声を上げた。
「よかった、兄貴おめでとう」
「あっしが見えますか。視力は元通りなんですか」
「見えてる。たぶん」
「たぶん?」
「冗談だ」
ドクターが穏やかに俺たちの間に割って入った。
「詳しい検査をしてみないとなんとも言えませんが、いま診たところでは大丈夫みたいです。ひとまずここにいる皆さんも見えていますよね?」
俺は首を巡らした。ドクターと脇に控えるナースから。
「タロス、リッキ-。……アルフィン」
最後に、彼女に目を留めた。アルフィンは静かに涙を流していた。
胸元で手を握りしめて、口にはかすかに笑みを湛えて。
「アルフィン」
もう一度呼んだ。タロスとリッキーがアルフィンを俺のほうへと促す。
前に進み出たアルフィンに、俺は手を差し伸べた。
「ジョウ」
涙に濡れた声で、アルフィンは言った。俺の手を握り、俺の目から目をそらさずに「見える?」と訊いた。
「あたしが見える?」
「ああ。――見える」
俺は頷いた。
見えている。ちゃんと。
君の白い滑らかな頬。長く、光り輝く金髪。紅も差していないのに淡いピンク色のふっくらした唇。
理知的な額から鼻に掛けてのライン。そして、美しい宝玉のような碧いふたつの瞳。
全部、前のように見える。俺はそれだけで叫び出したいほど嬉しかった。じっと座っていられないくらいに。
「……よかった」
アルフィンは俺の肩に腕を回して抱きついた。俺は彼女を抱きしめた。
アルフィンがどれだけ心配してくれていたか、そして手術の成功を祈ってくれていたか痛いほど知っていたから。涙ごと、アルフィンのすべてを受け止めたかった。
ひと目もはばからず彼女を抱きしめる俺を見て、タロスとリッキーが口笛を短く鳴らした。俺は構わなかった。微笑を湛えて俺たちを見ている医者に向かって、
「ありがとう、ドクター」
アルフィンを腕に抱いたまま俺は礼を言った。
 
 
もちろんすぐには退院は許されず、それからも検査検査の毎日が続いた。
でも、見えないものが見えるようになっただけでストレスは大きく軽減した。
毎日病室に顔を出してくれるアルフィンの顔も晴れやかだ。見舞いでもらったフルーツかごから、俺の好物のサンフルーツを取って剥いてくれる。
「退院の許可が出たら、実弾射撃訓練場の入場許可と予約を取ってくれないか」
「射撃訓練場?」
アルフィンが首を傾げる。「たしか市内に民間経営の大きいところがあったわね」
「ああ。仕事に戻る前に、射撃の実戦練習をしたい。ライフル、レイガン、拳銃。いろいろ試して感覚を取り戻してから再開させたい」
「ひと月やそこらじゃ、そんなに腕はなまってないと思うわよ。あなたのことだもの」
アルフィンはするすると器用に皮を剥いていく。しなやかな手。綺麗に切りそろえられた爪。
アルフィンが若い女性がよくするように爪を伸ばしているのを見たことがない。
銃器を扱う仕事に就く者の手だ。
「わからないぜ。腕が落ちてガタガタになってるかもしれん」
「そういうジョウも見たいかも」
想像したのか、クスッと笑う。
「いいわ。予約しておくわね。あたしも付き合っていい?」
「もちろん」
入院している個室は日当たりがよく、俺のベッドにも窓から陽光がふんだんに射し混んでいる。
日差しに洗われてシーツも上掛けの白さも、いっそう清らかだ。
アルフィンがナイフを扱う手を止めずに言った。
「……なあに?」
「ん」
「なんで、そんなに見るの、ジョウ」
きまりが悪そうに声のトーンを落とす。
「俺、見てるか、君を」
「見てるわ。手術が終わってから、一緒にいるといつもあなたの視線を感じるわ。あんましじっと見るから……恥ずかしいわ」
照れくさいのか、そう言って目を伏せる。
そうかな。無意識だったが。
でも、アルフィンが言うのだからそうなのだろう。
今も俺は彼女から目が離せない。
「アルフィンがあまりきれいだからだよ」
「……」
アルフィンは耳たぶまでじわじわと赤くなる。髪に隠れているけどきっとうなじまでそうなっているだろう。
ナイフを持つ手が止まった。
「……そんなふうに言ってくれるなんて、普段のあなたを知っている人なら、考えられないと思うわよ」
「でも事実だから」
言うとアルフィンはさらに赤くなった。もう……と困ったように視線をさまよわせる。
俺が光を喪っていたとき、人とコミュニケートを取るには感覚を研ぎ澄ますことと言葉しか手段がなかった。
言葉を惜しむことは手段を捨てることだ。だからなるべく自分から話しかけるようにした。
簡潔に、短く、要点のみ。わかりやすく。
その癖がまだ抜けないのかもしれない。
「ほんとうに、君ほどきれいな人を見たことがない。顔を見せてくれ」
確かに、彼女に視線が吸い寄せられる。誘蛾灯に惹かれる蝶の気持ちになる。
たまらずアルフィンがナイフとフルーツをサイドテーブルに置いて、両手で顔を覆った。
「も、もうギブアップ。恥ずかしい。死んじゃいそう」
俺は笑った。
「大げさだな。……おいで」
こっちへと手招きする。
俺は検査入院だけれど、一応患者なのでパジャマ姿でベッドに横になっている。
身体をずらして脇のスペースを空けた。
アルフィンはスツールに腰を下ろしたまま雪だるまみたいに凍り付いた。動けない。
俺はもう一度促す。可能な限り優しく。
「おいで」
 
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⇒pixiv安達 薫

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