クリスマスにプレゼント交換をしようと提案したのは、アルフィンだった。
ひとり1つ贈り物を用意して、誰に自分の用意したモノがいくかは当日のお楽しみ。
「いいね! なんか、楽しそ」
リッキーが2つ返事で乗ってくる。こういうイベント的なものには目がないたちだ。
タロスが「でもアルフィン。もしも男物ばっか用意されたら、お前さんもらっても困るんじゃねえのかい」と言う。
気遣いが行き届いている。年の功だ。
アルフィンは、
「あら、いまメンズを普段使いするのが流行なのよ? へーきへーき」
と、どこ吹く風。
「まあ、年に一回ぐらいこういうのもいいだろ。いつまで用意すればいいんだ? アルフィン」
ジョウが訊くと、アルフィンは少し考えた。
「んーそうね。イブにちょっとしたパーティ開くから、その時にしない?」
「おっけー」
若手3名はそう言ってやりとりを仕舞う。さーて、何を買おうかなとリッキーは浮き立つ気持を隠しきれない。
タロスだけが心許ない顔をしたままだった。
……だってなあ、俺だけ50オーバーのおじさんだろオ。
若い連中が好みそうなプレゼントなんて、わかんねえよったく。
呟いたぼやきが他の3人に届くことはなかった。
で、そんなこんなであっという間に12月24日。クリスマスイブがやってきた。
ミネルバのメンバーにクリスチャンはいない。どちらかというと無神論者ばかりだ。
でも、季節のイベントを愉しむことに関しては、ジョウもアルフィンもリッキーもやぶさかではない。アルフィンがクリスマスオーナメントを船内に飾ったり、何日もかけて七面鳥を焼いたり、それらしい雰囲気を創り出す。
それに乗じてリッキーが船内放送でクリスマスソングをエンドレスで流したり、ジョウが地球の雪原の映像をモニターに投影したり、ささやかながら協力を行った。嫌でもクリスマスムードが高まる。
「うわ~! かっこいいサングラス」
小箱を開けたアルフィンが歓声を上げた。
レイバンだろうか、黒のティアドロップ型のサングラスが出てきた。定番の人気商品だ。
「すごーい。嬉しい。メンズだけど、似合うかな」
きゃいきゃいとはしゃいで実際に掛けてみる。と、金髪と白い肌のせいか思った以上にそのサングラスはよく似合っていた。
「あ、でもちょっと緩いかな」
ブリッジのところを押さえる。顔が小さいので、するっと滑り落ちそうだ。
「俺らのは、ウイスキーだ。シングルモルト……美味そう」
リッキーが琥珀色の液体の入ったボトルを目の高さまで掲げる。とろりと渦を巻く。
「地球産のやつだー。へえーすげえ」
「お前は飲酒年齢達してないだろうが」
「そういうジョウには何がいったんだい?」
「ストールだな。カシミアだ」
ジョウが手にしているのは臙脂色の見るからに上質な代物だった。
でも、ジョウが使うものとしては、ちょっと年齢が高いように見えた。
「渋いね」
「ああ。――タロスには? 何が?」
ジョウが話を向けると、タロスはおずおずと言った様子で手にしていたものを差し出した。
見るからに高価そうな木製の箱。ふたがスライド式になっていて、中には茶色いものが詰めてある。
「それなあに?」
「葉巻だよ。キューバ産の高級品」
「葉巻! ぴったりね~。よかったわね、タロス」
普段は吸わないけど、たまに欲しくなるって言ってたもんね。にこにこしてアルフィンが言う。
「……いや、そんな」
「まあ。なんだな、俺が使ってもいいけど、タロスの方が似合うと思うんだよな。先に使ってくれないか」
ジョウが言って、ストールをタロスに差し出した。
「え」
「俺らも俺らも。――さすがにお酒は飲めないよ。タロスが飲んでくれよ」
「あたしのサングラスも、少し大きいみたい。タロスに合うと思うのよね。ちょっとほら、掛けてみてくれない?」
アルフィンが強引にタロスの目にサングラスを掛ける。リッキーもその手にウイスキーのボトルを押し当てる。ジョウが、そのいかつい肩にそっとストールを掛けてやった。
「似合う似合う。まるであつらえたみたいよ、タロス」
よかったわね。花のような笑顔を見せてアルフィンが微笑む。
ジョウもリッキーも「メリークリスマス」と声を揃えた。
「……お前ら」
タロスは用意されたプレゼント全て手にして、棒立ちになった。
口を強く引き結んで言葉が継げない様子だったから、3人はわざと話題を変えて「さあ、パーティ始めよ。ケーキケーキ」「七面鳥も、今年はいい出来よ」「それは楽しみだな」とダイニングに場所を移した。
ひとり、リビングに残されたタロスが黙ったまままなじりを腕でごしごし拭ったことは、武士の情けで見ない振りしてあげた。
「サンキュー、アルフィン」
パーティのどんちゃんさわぎが終わった、晴れ晴れとした寂しさが漂うダイニングキッチン。
タロスは今夜はハイペースでもらったシングルモルトを空けて、用意されたご馳走もたくさん平らげた。
真っ先に潰れて、リッキーに寝室に運ばれた。その間もサングラスとストールは身につけたまま離さなかった。
アルフィンが喫煙するのを嫌がるのを知っているので、葉巻に火はつけなかったけれど。ずっと口の端に引っかけてくゆらしていた。
ジョウが散らかったゴミを拾いながら声を掛ける。アルフィンは、テーブルを拭く手を止めて、
「何が?」
と訊いた。
「ん。今夜の企画。プレゼント交換とか、もろもろ」
「なんのこと? あたしは言い出しっぺだっただけよ」
アルフィンはとぼける。
ジョウは、「それでも、ありがとな。……サンキュ」と繰り返した。
3人で打ち合わせをしたわけではなかった。けれどもみんなが用意したのは、タロスに使って欲しいものばかりだった。
ジョウが葉巻を、リッキーがウイスキーを、そしてアルフィンがカシミアのストールを用意した。
メンバーの誰が手にとっても、最後にはタロスに行き渡るという暗黙の了解でプレゼントを選んだ。
サングラスだけが、タロスが選んだものだった。それも結局は本人が戴くことになった。
「喜んでくれたかな」
「泣いて喜んでたよ。――本当によかった。俺はクリスチャンではないが、今日はいいクリスマスだ」
ジョウはゴミ袋を手に立ち上がる。そのまま、そっとアルフィンにかがみ込んだ。
口づけを贈る。
「……ゴミ袋片手にこういうことする? 普通」
ジョウの顔が離れていってから、アルフィンは頬を染めてむすっと呟いた。ロマンティックじゃないのね、と。
照れ隠しだということはわかる。ジョウは、
「俺は、君のそういうところがとても好きだよ」
優しい顔でそう告げた。
「……へへ」
アルフィンがはにかむ。
ジョウは、デニムの後ろポケットに入れていた小箱をそこで取り出した。
アルフィンに差し出す。
「――これ、どうぞ」
アルフィンの動きが止まる。まじまじとジョウの手に載っている正方形の小箱を見つめた。
ハイブランドのロゴが入っている白いリボン。焦げ茶色の箱。
これって……。もしかして。
アルフィンの目が輝く。中身はきっと、ううん。きっとじゃなくて、ほぼ100パーセントの確率で。
ジョウは、「タロスのを選ぶのと一緒に、用意してたんだ。もらってくれるか」と照れたように言った。
アルフィンは、ん、もうと蕩けそうな笑顔を見せて、
「だから、ゴミ袋片手にこういうのくれるって、ある?」
嬉しい!とジョウの首ったまにしがみついた。
「大好き、ジョウ」
今度はアルフィンからキスを奪う。
中身を確かめなくていいのか。アルフィンの身体を抱き留めて、情熱的なキスを受けながら、まあいいかと無粋な台詞は口にしないジョウであった。
END
みなさまにメリー&ハッピークリスマスが訪れますように。
ひとり1つ贈り物を用意して、誰に自分の用意したモノがいくかは当日のお楽しみ。
「いいね! なんか、楽しそ」
リッキーが2つ返事で乗ってくる。こういうイベント的なものには目がないたちだ。
タロスが「でもアルフィン。もしも男物ばっか用意されたら、お前さんもらっても困るんじゃねえのかい」と言う。
気遣いが行き届いている。年の功だ。
アルフィンは、
「あら、いまメンズを普段使いするのが流行なのよ? へーきへーき」
と、どこ吹く風。
「まあ、年に一回ぐらいこういうのもいいだろ。いつまで用意すればいいんだ? アルフィン」
ジョウが訊くと、アルフィンは少し考えた。
「んーそうね。イブにちょっとしたパーティ開くから、その時にしない?」
「おっけー」
若手3名はそう言ってやりとりを仕舞う。さーて、何を買おうかなとリッキーは浮き立つ気持を隠しきれない。
タロスだけが心許ない顔をしたままだった。
……だってなあ、俺だけ50オーバーのおじさんだろオ。
若い連中が好みそうなプレゼントなんて、わかんねえよったく。
呟いたぼやきが他の3人に届くことはなかった。
で、そんなこんなであっという間に12月24日。クリスマスイブがやってきた。
ミネルバのメンバーにクリスチャンはいない。どちらかというと無神論者ばかりだ。
でも、季節のイベントを愉しむことに関しては、ジョウもアルフィンもリッキーもやぶさかではない。アルフィンがクリスマスオーナメントを船内に飾ったり、何日もかけて七面鳥を焼いたり、それらしい雰囲気を創り出す。
それに乗じてリッキーが船内放送でクリスマスソングをエンドレスで流したり、ジョウが地球の雪原の映像をモニターに投影したり、ささやかながら協力を行った。嫌でもクリスマスムードが高まる。
「うわ~! かっこいいサングラス」
小箱を開けたアルフィンが歓声を上げた。
レイバンだろうか、黒のティアドロップ型のサングラスが出てきた。定番の人気商品だ。
「すごーい。嬉しい。メンズだけど、似合うかな」
きゃいきゃいとはしゃいで実際に掛けてみる。と、金髪と白い肌のせいか思った以上にそのサングラスはよく似合っていた。
「あ、でもちょっと緩いかな」
ブリッジのところを押さえる。顔が小さいので、するっと滑り落ちそうだ。
「俺らのは、ウイスキーだ。シングルモルト……美味そう」
リッキーが琥珀色の液体の入ったボトルを目の高さまで掲げる。とろりと渦を巻く。
「地球産のやつだー。へえーすげえ」
「お前は飲酒年齢達してないだろうが」
「そういうジョウには何がいったんだい?」
「ストールだな。カシミアだ」
ジョウが手にしているのは臙脂色の見るからに上質な代物だった。
でも、ジョウが使うものとしては、ちょっと年齢が高いように見えた。
「渋いね」
「ああ。――タロスには? 何が?」
ジョウが話を向けると、タロスはおずおずと言った様子で手にしていたものを差し出した。
見るからに高価そうな木製の箱。ふたがスライド式になっていて、中には茶色いものが詰めてある。
「それなあに?」
「葉巻だよ。キューバ産の高級品」
「葉巻! ぴったりね~。よかったわね、タロス」
普段は吸わないけど、たまに欲しくなるって言ってたもんね。にこにこしてアルフィンが言う。
「……いや、そんな」
「まあ。なんだな、俺が使ってもいいけど、タロスの方が似合うと思うんだよな。先に使ってくれないか」
ジョウが言って、ストールをタロスに差し出した。
「え」
「俺らも俺らも。――さすがにお酒は飲めないよ。タロスが飲んでくれよ」
「あたしのサングラスも、少し大きいみたい。タロスに合うと思うのよね。ちょっとほら、掛けてみてくれない?」
アルフィンが強引にタロスの目にサングラスを掛ける。リッキーもその手にウイスキーのボトルを押し当てる。ジョウが、そのいかつい肩にそっとストールを掛けてやった。
「似合う似合う。まるであつらえたみたいよ、タロス」
よかったわね。花のような笑顔を見せてアルフィンが微笑む。
ジョウもリッキーも「メリークリスマス」と声を揃えた。
「……お前ら」
タロスは用意されたプレゼント全て手にして、棒立ちになった。
口を強く引き結んで言葉が継げない様子だったから、3人はわざと話題を変えて「さあ、パーティ始めよ。ケーキケーキ」「七面鳥も、今年はいい出来よ」「それは楽しみだな」とダイニングに場所を移した。
ひとり、リビングに残されたタロスが黙ったまままなじりを腕でごしごし拭ったことは、武士の情けで見ない振りしてあげた。
「サンキュー、アルフィン」
パーティのどんちゃんさわぎが終わった、晴れ晴れとした寂しさが漂うダイニングキッチン。
タロスは今夜はハイペースでもらったシングルモルトを空けて、用意されたご馳走もたくさん平らげた。
真っ先に潰れて、リッキーに寝室に運ばれた。その間もサングラスとストールは身につけたまま離さなかった。
アルフィンが喫煙するのを嫌がるのを知っているので、葉巻に火はつけなかったけれど。ずっと口の端に引っかけてくゆらしていた。
ジョウが散らかったゴミを拾いながら声を掛ける。アルフィンは、テーブルを拭く手を止めて、
「何が?」
と訊いた。
「ん。今夜の企画。プレゼント交換とか、もろもろ」
「なんのこと? あたしは言い出しっぺだっただけよ」
アルフィンはとぼける。
ジョウは、「それでも、ありがとな。……サンキュ」と繰り返した。
3人で打ち合わせをしたわけではなかった。けれどもみんなが用意したのは、タロスに使って欲しいものばかりだった。
ジョウが葉巻を、リッキーがウイスキーを、そしてアルフィンがカシミアのストールを用意した。
メンバーの誰が手にとっても、最後にはタロスに行き渡るという暗黙の了解でプレゼントを選んだ。
サングラスだけが、タロスが選んだものだった。それも結局は本人が戴くことになった。
「喜んでくれたかな」
「泣いて喜んでたよ。――本当によかった。俺はクリスチャンではないが、今日はいいクリスマスだ」
ジョウはゴミ袋を手に立ち上がる。そのまま、そっとアルフィンにかがみ込んだ。
口づけを贈る。
「……ゴミ袋片手にこういうことする? 普通」
ジョウの顔が離れていってから、アルフィンは頬を染めてむすっと呟いた。ロマンティックじゃないのね、と。
照れ隠しだということはわかる。ジョウは、
「俺は、君のそういうところがとても好きだよ」
優しい顔でそう告げた。
「……へへ」
アルフィンがはにかむ。
ジョウは、デニムの後ろポケットに入れていた小箱をそこで取り出した。
アルフィンに差し出す。
「――これ、どうぞ」
アルフィンの動きが止まる。まじまじとジョウの手に載っている正方形の小箱を見つめた。
ハイブランドのロゴが入っている白いリボン。焦げ茶色の箱。
これって……。もしかして。
アルフィンの目が輝く。中身はきっと、ううん。きっとじゃなくて、ほぼ100パーセントの確率で。
ジョウは、「タロスのを選ぶのと一緒に、用意してたんだ。もらってくれるか」と照れたように言った。
アルフィンは、ん、もうと蕩けそうな笑顔を見せて、
「だから、ゴミ袋片手にこういうのくれるって、ある?」
嬉しい!とジョウの首ったまにしがみついた。
「大好き、ジョウ」
今度はアルフィンからキスを奪う。
中身を確かめなくていいのか。アルフィンの身体を抱き留めて、情熱的なキスを受けながら、まあいいかと無粋な台詞は口にしないジョウであった。
END
みなさまにメリー&ハッピークリスマスが訪れますように。